Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

32 / 101
第8話 キョウスケと伊隅 みちる

【国連横浜基地 A-01連隊専用ハンガー】

 

 キョウスケと伊隅 みちるが再開する数分前 ──

 

「しかしよくもまぁ、のうのうと顔を出せたものよねぇ」

 

 ── 「A-01」専用ハンガーの入り口で、キョウスケは速瀬 水月と鉢合わせしていた。

 速瀬 水月……生身での顔合わせは、実はこれで2度目となる。

 速瀬の視線には怒気が込められ、言葉尻には棘があった。彼女の手には大きなレンチが握られている。どうやら、すぐ傍に安置されている撃震の整備をしていたようだ。

 「A-01」の面々は一貫して高性能な第3世代戦術機「不知火」を使用している。「A-01」専用ハンガーにも関わらず撃震が置かれていることに疑問を感じるキョウスケ。しかしその理由を思い出し開きそうになった口をあわててつむった。

 

「見なさいよ、コレ。アンタのせいで、修理終わるまで撃震使わなくちゃいけなくなったわ。この責任、どう取ってくれるのかしら?」

 

 トントン、とレンチで自分の肩を叩く速瀬。ちょっとした失言が引き金で、レンチが飛んできそうで非常に怖い。 

 速瀬が怒りを覚えている原因は数日前の出来事だろう。BETAの新潟再上陸の最終局面、キョウスケの乗るアルトアイゼンは速瀬の乗る不知火に危害を加えていた。

 覚えてはいない。記憶はなかったが、キョウスケが速瀬の不知火を大破させたのは事実だった。しかし政治家のように「記憶にございません」と答えでもしたら、即「滅殺ッ」されそうな雰囲気である。

 

「すまなかった」

 

 キョウスケは素直に頭を下げた。

 

「俺が中尉の不知火を破壊してしまったのは事実だ。俺にできることなら、何でもするつもりだ。それで許されるとは思ってはいないが……」

「……ふん」

 

 速瀬は鼻を鳴らした後、レンチで軽くキョウスケの頭を小突いてきた。痛みはない。その程度の軽い力加減だった。

 

「まったく、調子狂っちゃうのよね」

「速瀬中尉……?」

「さっきので許してあげるわよ。もう組織から罰は受けてんでしょ? だったら私がとやかく言うことじゃないわ。そりゃあ、不知火ぶっ壊されて怒ってるのは本当だけど……」

 

 ため息と共に眉尻が下がる速瀬。

 愛機を破壊されて怒らないパイロットはいないだろう。しかし個人が罰を与えてもそれは私刑でしかない。私刑に意味はないと理解しつつも、怒らずにはいられない速瀬の複雑な心情にキョウスケは共感を覚える。

 

「で、南部中尉は当ハンガーに何の御用なのかしら?」

「ああ。先日の件の詫びを入れにきた。速瀬中尉と伊隅大尉にな」

「それは殊勝な心がけね。大尉ならあっちよ、案内するわ」

 

 速瀬がレンチを工具箱に戻した後、キョウスケは彼女を後に付いて行った。

 ハンガー内の構造はアルトアイゼンが収納されていた所と同じだった。パイロットや整備員が通れるように戦術機のコクピット付近の高さに通路が掛けられている。眼下には重機に乗っている機体整備班、コクピット周辺に衛士やソフト面の整備をする整備員が仕事をしていた。

 速瀬の撃震以外は全て不知火が格納されている。機体色はUNブルーで統一されていた。代替え機として同型機が支給されないあたり、不知火が相当な高コスト機であると見て間違いないだろう。

 ハンガーで作業している衛士は見覚えのある少女たちで、各々がコクピット周りで調整作業を行っている。BETAの新潟再上陸前のブリーディングで顔を合わせた少女たちだった。少女たちは通路を歩くキョスウケに気づき視線を向けてきたが、それぞれの作業に手いっぱいなのか話しかけてはこなかった。

 正直なところ、キョウスケは少女たちの名前を覚えていなかった。前回の緊急出撃時には時間が無く、彼女たちの自己紹介は省略されたからだ。作戦コードでなら覚えていたが、作戦行動中以外でコードネームで呼ぶのは流石に失礼すぎるだろう。

 

(後で名簿でも見せてもらうことにするか)

 

 香月 夕呼子飼いの特殊部隊「A-01」。キョウスケのような異邦人を戦力として使いたいなら、手の届く場所に置き、何かあってももみ消せる場所に置くのが上策だ。そういう意味で「A-01」は夕呼にとって、キョウスケを最も扱いやすい場所だろうとは彼も理解していた。

 夕呼がキョウスケを横浜基地に置くなら「A-01」で何等かの役割を与えるだろう。利用されている自覚はあったが、キョウスケも夕呼を利用している。持ちつ持たれつ……横浜基地にいる限り、間違いなくキョウスケは「A-01」の面々と関わるざるを得なかった。

 しかし関わり合うなら、名前と顔ぐらい一致していないと話にならない。

 

「みんな、南部中尉のことが気になっているみたいね」

 

 前を歩く速瀬が振り返って呟いた。

 

「ま、そりゃそうか。私以外の隊員からすれば、臨時編成されたポッと出の男が発任務で命令違反して、単機で光線級吶喊をやってのけたんだもんね。話題性は十分、気にするなって方が無理よね」

「……命令違反に関しては反省しているさ」

 

 キョウスケが「A-01」専用ハンガーに足を運んでいるのは、それに対する謝罪のためなのだから。

 

「だが、あの時は光線級吶喊が最良の手だったのも事実だ」

「言われなくても分かっているわ」

 

 ため息交じりに答える速瀬。

 

「光線級を最優先で除去するのは現代の対BETA戦の基本戦略の1つよ。あの時だって、光線級さえいなければ即座に砲撃が始められたわ……でもだからって単機で特攻なんてする、普通?」

 

 速瀬の返答は、この世界の人間にとっては常識的なものなのだろう。

 敵集団へ単機で殴り込みをかける、キョウスケの世界でもあり得ない愚行かもしれない。しかしアルトアイゼンはある意味そういう目的のために造られていた。

 

「しかし俺には遂行できる自信があった」

 

 これまでの経験がキョウスケの口を動かす。

 

「命令違反と理解していたが、成功するれば多くの兵を救うことができる。なら迷うことはない」

「そうかもしれないけど……私には理解できないわ。私にはそんな博打みたいな真似できないし、部隊を統括する側からすれば、中尉の行動は連携を崩す要因になりかねないから嫌がられるわよ、きっと」

「……分かっているさ」

 

 キョウスケも軍人だ、命令系統の重要性は理解していた。戦略あっての戦術だ。単機による戦術レベルの行動が戦況を覆すことなど非常に稀だ、そういう意味で今回は運が良かったのだろう。

 しかしアルトアイゼンの運用方法や戦術は戦術機とは(・・・・・)まるで違う。

 過去の経験から、キョウスケはアルトアイゼンなら光線級吶喊(レーザーヤークト)成功の可能性が高いと判断し行動を起こしたが、根拠を理解してもらうには色々と説明をする必要がある。その内容が浅ければ信用されず、深ければ戦術機との違いから疑われるというジレンマが内包されていた。

 結果がどうなるか予測がつかない。自分が異世界人だという秘密を、これ以上にこの世界の人間に口外する訳にはいかなかった。

 

「そういえば、南部中尉。知ってる?」

「ん? なにをだ?」

 

 速瀬がまた声を掛けてきた。みちるがいる場所までは結構な距離があるらしい。

 

「中尉、今回の作戦で相当名が売れた(・・・・・)みたいよ。私たち以外の部隊でも中尉の噂話が流行っているみたい」

「そうなのか」

 

 派手な機体と戦果は目立つ。元の世界でもそうだったな、とキョウスケは思い返しながら速瀬の話を聞いた。

 

「なんでも、『赤鬼みたいな男が乗った戦術機が特攻してBETAを食ってた』とか『あ、ありのまま今起こったことを話すぜ、赤い衝撃が奔ったの思ったら、光線級の死骸の山ができていた……う、嘘じゃねぇっぺ』とか『ヘイジョニー、隣の部隊にカブトムシがいるらしいぜ?』『オーダニー、ボーイのために貰いに行こう』とか……機体に関わる機会が多かった整備兵たちの間だと、あの赤い戦術機『赤カブト』とか呼ばれてるらしいわよ」

「あ、赤カブト?」

「あの機体、角突きの兜被ってるみたいだもんね」

 

 アルトアイゼンの頭部に装備されているのは角ではなくブレード、それに兜というよりも鉄仮面に見える……面倒臭さを覚えたキョウスケは説明することを諦めた。

 兎に角、目立ちすぎるのは良いことではない。できるだけ自重すべきだ。

 速瀬の後ろを歩きながら、キョウスケは反省するのだった。

 

 

 

       ●

 

 

 

「隊長。お客さんが来てますよ」

「客? 私にか?……南部中尉?」

 

 みちるは「A-01」専用ハンガーの最奥部にいた。

 純白に塗装された第三世代戦術機 ── 不知火・白銀が安置されたスペースで、みちるは通路の手すりに腰かけながら読書に勤しんでいた。本は分厚く、色気がない。おそらく、教本か何かの類だろう。

 不知火・白銀の周囲 ── 眼下の機体足元周辺には整備兵が慌ただしく走り回っていた。夕呼が言っていた改修作業の真っ最中のようだった。

 

「南部中尉が大尉に御用だそうですよ」

 

速瀬がキョウスケを示して言った。

 

「それじゃあ私、B小隊連れて機体の実動調整しないといけないので失礼しますね」

「わざわざすまんな。何かあったらまた連絡してくれ。内線番号はいつものものだ」

「了解しました」

 

 みちるに敬礼をした速瀬は踵を返し、キョウスケに視線を向けてきた。

 

「またね、南部中尉。最も、中尉が『A-01』に臨時編成されるような事態、もう二度と起こって欲しくないけど」

「案内すまなかったな、速瀬中尉。俺もそうならないよう祈っているよ」

 

 速瀬は元来た道を去って行った。

 作業音と整備兵の声が飛び交う不知火・白銀前にキョウスケとみちるは残された。

 

「さて、南部中尉。貴様は私に何の用があるのか?」

 

 みちるは分厚い本を閉じると、キョウスケに冷やかな眼光を投げつけてきた。

 何をしに来た?

 感情を込めていない双眸が、雄弁に自分を非難してくる。前線指揮官という立場もあり、「A-01」内で命令違反を最も嫌うのはみちるに違いない。静かにみちるは怒っている。キョウスケにはそう思えてならなかった。

 

「伊隅大尉、先日は申し訳ありませんでした」

 

 キョウスケは深々と頭を下げた。

 

「……ほぅ」

「戦場での独断専行、命令違反、このような事は二度としないと誓います」

「……ふ、開口一番でそれか。なんだか、予防線を張られたような気がしないでもないが、まぁ、いい。南部、頭を上げてくれ」

 

 みちるの言葉に従いキョウスケは姿勢を戻した。みちるは真剣な顔でキョウスケを見つめていた。

 

「南部 響介中尉」

「はっ」

「先日、貴様は重大な軍規違反を犯した。1つ、前線指揮官である私の命令に背き、独断専行したこと。1つ、友軍である速瀬機に明確な攻撃を加え、大破させたこと。

 2つとも本来なら軍籍をはく奪されても不思議はない重大な問題だ。しかし今回、3日間の営倉入りの処分で済まされたのは、特殊部隊という我々の性質と香月博士の口利きがあったからに他ならない」

 

 やはりか、とキョウスケは納得した。

 元々軍属の身だ。軍内部の罰則の厳しさをキョウスケは良く理解していた。

 つい先ほどの話の中で、夕呼はその事に関して一切触れなかったが、キョウスケが横浜基地に居れるのは夕呼の力添えがあってこそだ。

 特殊部隊に臨時編成されたとは言えキョウスケはたかが一兵士でしかなく、軍の所有物である戦術機1機を故意に破壊したとなれば、その罪が営倉入り3日で済むはずはない。何らかの圧力が無ければ、キョウスケは今回の出撃で切り捨てられてもおかしくなかった。

 

「だが貴様は既に罰を受け終え、ここに来ている」

 

 みちるは言い聞かせるように口を開く。

 

「これら2つに関して、これ以上とやかく言うつもりは私にはない。

 ただし! もう2度とするなよ。貴様の軍人として正しき資質(ライトスタッフ)が疑われるぞ」

「はっ! 肝に銘じておきます!」

「よし。この件に関しては以上だ。楽にしてくれ」

 

 敬礼で返答するキョウスケにみちるが言う。

 

「で、要件はそれ終わりか? 詫びならもういいぞ。こう見えて、私も多忙なのでな」

 

 みちるは特殊部隊の隊長だ。暇を持て余すことはまずない筈……しかし傍から見ると、みちるは通路の柵に持たれて読書しているようにも見えた。

 みちるは分厚い本を開き直した。背表紙には【不知火・白銀 改造プランB】と書かれている。夕呼が言っていた改修内容が記されているに違いなかった。

 

(……博士はテスラドライブを移植すると言っていた。アレの概念はこの世界の人間にとってまったく馴染みのない代物だ……すぐに理解できるとは思えないが……)

 

 とあるページを開いたまま、みちるは眉をしかめて呟いている。

 

「実は不知火・白銀改修に伴う新しいマニュアルを読んで、理解せねばならなくてな。しかしこれが理解に苦しむ内容が多くて困っている。

 特に今回の改修で組み込むことになっている香月博士が開発(・・・・・・・)したこの『テスラドライブ』という特殊装置がよく分からない……」

 

 キョウスケの予想は的中した。 

 案の定と言うか、みちるはテスラドライブの詳細が記されたページに手こずっていたようだ。しかも何故か、テスラドライブを開発したことになっていたが……その方が丸く収まるのは間違いないので、キョウスケはあえて何も言わなかった。

 

「テスラドライブですか。一体何が分からないのですか?」

 

 キョウスケは助け舟を出すことにした。

 

「うむ。なんでも、テスラドライブとは慣性制御と重力制御を行う装置らしい。やりたいことは理解できるのだが、理屈や仕組みがさっぱり分からないのだ。そもそも、そんな夢物語のようなことが果たしてできるのか? いや、香月博士だから、きっと笑いながらやってのけるのだろうが……」

 

 うむむと唸るみちるを見て、思わず苦笑を浮かべそうになるキョウスケ。

 しかし無理もない。

 テスラドライブは異世界 ── キョウスケたちの世界でも、それまでの戦闘の概念を変えた画期的な装置だ。キョウスケの世界の天才たちが作りだし、改良し続けてきたそれを、テクノロジー面で劣っている異世界の一兵士がすぐに理解できるはずもなかった。

 みちるの反応は至極当然なものだ。

 キョウスケもテスラドイブに関しては運用の仕方や概念しか分からない。テスラドライブが一般的に普及している世界でなら、実働させる現場レベルではそれで十分だったからだ。

 しかし無理なく概念などを受け入れるためには、やはり前例がなければ難しいものだ。キョウスケが転移の事実をすんなり受け入れたのもシャドウミラーという前例がいたからに他ならない。

 みちるの場合、それがなかった。

 

(ロケットブースターの推力で重力を相殺して飛翔、カウンターウェイトを用いての慣性質量の相殺……当然、俺たちの世界でも行っている技術だ。

 人型起動兵器を運用する上での基本的な部分……非常に現実的で、実用的な技術しかこの世界にはない。良く言えば堅実で信頼性が高いが、悪く言えば延びしろ俺たちの世界に比べて極端に低くパワーがない)

 

 ブラックホールエンジン、T-LINKシステム、マシンセル ── 例を挙げれば暇がない、化け物のような技術が跳梁跋扈していた世界にいたキョウスケだ。テジタルに対するアナログのように、キョウスケにとってこの世界の技術は、骨董品を見ているような気分にしかならない。

 逆もまた然り。みちるにとって、テスラドライブは未来の超技術の結晶のようなもので、初見で理解できるはずがない物だ。

 

(俺が同じ立場でも無理だろう。どれ、無理がない範囲でマニュアルの説明でもしてみるか)

 

 マニュアルと睨めっこしているみちるに声を掛ける。

 

「伊隅大尉、よければ俺にマニュアルを見せてくれませんか?」

「ああ、別に構わないぞ。ちょうど行き詰っていた所だ」

 

 みちるからマニュアルを受け取るキョウスケ。「カウンターウェイトの除去に関する項目」が開かれていた。

 キョウスケはマニュアルを流し読みする。

 すると、夕呼の意図が見えてきた。

 

(やはりと言うか、不知火・白銀を極限までヴァイスリッターに似せるつもりのようだ。模倣から技術や知識を吸収するつもりなのだろう)

 

 ハンガーには装甲を除去・分解され、改修作業をうける不知火・白銀の姿がある。真新しい剥き出しの骨組み ── フレームが分解されたボディの中に見つけることができた。

 不知火・白銀は元々の機体構造を、フレーム構造へと改造されている最中に見えた。

 同じ人型起動兵器でも、戦術機とPTは機体の作りがまるで違う。まりもの講義でキョウスケが知った戦術機の構造はモノコック構造。PTのフレーム構造を人間の骨組みのような内骨格とするなら、モノコック構造は外骨格 ── 甲殻類の外郭のようなものだった。

 装甲その物が自重を支える骨組みの役割を果たしているのだ。

 ヴァイスリッターを模すつもりなら、装甲は全て空力カウルへと変更されなければならない。そのまま改造しただけでは、いくらテスラドライブの恩恵を受けたとしても自重を支えきれない。

 それ故のフレーム構造への改造 ── おそらく、フレームにはアルトアイゼンの装甲を参考に開発した新素材が、惜しめなく注ぎ込まれているに違いない。

 ほぼ間違いなく改修が終了した時には、装甲を削りに削った不知火をより輪をかけて華奢な機体が出来上がっていることだろう。

 

(ヴァイスリッター……この世界の人間に扱えるのか……?)

 

 一抹の不安を覚えるキョウスケだったが、今はできることをする方が建設的に思えた。

 キョウスケはマニュアルを示してみちるに、

 

「伊隅大尉、ここはですね ──」

 

 説明していくのだった。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 数時間後。

 

 

 

 

「── ということは、不知火・白銀は装甲板の代わりに空力カウルを装備し、テスラドライブの重力制御による飛行、推進剤の消費量減少、高機動を獲得した戦術機に生まれ変わる……そういうことか?」

「その通りです、大尉」

 

 みちるの言葉にキョウスケは満足げに頷いた。

 マニュアルの説明を始めてから既に数時間が経過していた。マニュアルは量が多かったが、みちるは飲み込みが早く、教えれば教えるだけ内容を理解していった。

 先ほどの一言は、彼女が自分なりに内容をまとめての言葉だった。

 

「すごいぞ、これ」

 

 テスラドライブの項を見ながらみちるは呟いた。

 

「第三世代戦術機なんて目じゃない。もうこれは第四世代と言っても遜色ないのではないだろうか。何よりテスラドライブによる推進剤の消費緩和がありがたい。今すぐにでも『A-01』の全機に取り付けたい代物だぞ」

「まぁ、そうでしょうね」

 

 重力制御が行えれば、重力を相殺するのに必要な推進剤の量も減少する。推進剤の枯渇が即死につながる、それがこの世界における対BETA戦の常識だった。

 

「しかしそれ以外の改修内容は正気を疑うな。装甲の全廃? 装甲に見えるのは実は全部空力カウルだと? 確かに、現状の不知火でも大型級BETAの攻撃を直撃すれば即致命傷になる。だからこそ、戦術機は攻撃を避けることで生存率を高めてきたのだが……幾らなんでも、これは極端すぎやしないか?」

「……悔しいが、否定できん」

 

 ぐぅの音もキョウスケは出せなかった。

 アルトアイゼンもヴァイスリッターも元の世界では、下手すれば欠陥兵器、上手く行った現在でさえ、キョウスケたち以外は誰も乗りたがらないトンチキ兵器だった。

 いくら早く動けるからと言って、裸で戦場に飛び出したい変態はいまい。

 いくら硬くて速いからって、直進しかできずスピードが出ると曲がれない車に乗りたがる阿呆はいまい。

 常識を疑う。作り手も、乗り手も。つまり、みちるが抱いている感想はそういうものだ。

 

「当たらなければどうということは無い……それでいいのか?」

「装甲は必要です、偉い人にはそれが分からんのです!」

「黙って作業しろい、このボンクラども! 減給すっぞコラァッ!!」

 

 眼下で作業している整備兵の声が聞こえてきた。

 

「……まぁ、香月博士らしいと言えばそれまでなんだが……」

(リーゼへの改造プランを提示した手前、俺も人の事を言えんか……?)

「さて、もうこんな時間か。助かったよ南部中尉、付き合わせて悪かったな」

 

 みちるの言葉にキョウスケは時間を確認する。

 時刻は既に16時を回っていた。マニュアルを説明するのに結構時間を食っていたらしい。

 しかし夕呼との約束は1700だ。移動時間も考慮すれば、丁度いい時間でもあった。

 

「ひと段落ついたから、私は速瀬たちの様子を見に行くことにするよ。南部中尉、貴様はどうする? 身体が空いてるなら、正式に部下たちを紹介しようか?」

「すいません、香月博士に呼ばれているもので……」

「そうか。では名簿でも回しておこう。空いた時間にでも見て覚えてくれ」

「お心遣い感謝します。では、失礼します」

 

 キョウスケとみちるは互いに敬礼し合い、別れた。

 約束の時間に遅れぬよう、キョウスケは早足でハンガーを後にする。

 

 「A-01」の隊員や整備兵が黙々と作業するのを見て、キョウスケは郷愁の念を抱いていた。自分の居た部隊でも似た光景が広がっていたからだ。 

 極めて近く、限りなく遠い ── 自分の居場所。彼女もそこにいるはずだ。

 

 今できることをするために、キョウスケは約束の場所へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。