Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第9話 キョウスケと白銀 武

【16時50分 国連横浜基地 B19 通路】 

 

「あれ……響介さん?」

「武か。久しぶりだな」

 

 驚いた表情の武がキョウスケの前に立っていた。

 場所は地下19階、香月 夕呼の研究室へ続く通路だ。「A-01」ハンガーを後にしたキョウスケは、夕呼と約束した場所へと向かう途中武を見つけた。

 夕呼が転移実験に武も協力している、と言っていたことを思い出す。

 

「お前も香月博士の所へ向かうところか?」

「え、ええ、そうですけど……響介さんはなんで?」

「俺も転移実験に協力することになってな。よろしく頼む」

 

 武の肩をポンッと叩き、キョウスケは歩みを進める。

 慌てて武がキョウスケに追いすがってきた。

 

「協力するって……それ初耳ですよ。夕呼先生に命令されたんですか?」

「そうだ。今日の昼ごろ呼び出されてな。しかし連絡を入れていないとは、博士も人が悪いな」

「昼ごろですか。その時間帯だと俺は丁度整備訓練中だったから、邪魔しちゃ悪いと思って連絡しなかったんじゃないですかね?」

 

 いや、それはない。キョウスケは心の中で断言した。夕呼なら教導官のまりもを介して武に伝えることもできる。大方、武の驚く顔を見ようと故意に伝えなかったのだろう。

 だとすれば夕呼の目論みは既に達せられたことになるが……と、キョウスケは武の顔に傷があることに気付いた。武の額は赤く腫れている、3日前にはなかった傷だ。

 

「どうしたんだ、それ?」

「あ、これですか。昼の整備訓練中に……その、トルクレンチをナイフスルーされちゃって……はは」

 

 乾いた笑い声を漏らす武。

 武は素人ではない。上手く衝撃を逃したのだろうが、トルクレンチのような金属の塊が当たれば頭蓋骨が割れてもおかしくない。

 

「過激だな」

「はは……いや、まったく勘弁してもらいたいですよ」

「しかし何故そんなことになったんだ?」

「俺は悪くないですよ。昼食の時、霞がその……皆の前で俺に『あーん』ってしてきて」

 

 武は身振り手振りでその状況を伝えてくる。

 「あーん」 ── それは食べ物を箸で掴み、他人の口へと運ぶ時に自然と漏れる言葉であり、キョウスケの故郷「日本」では恋人同士の食事の時、アニメなどではわりと昔からあるシュチュエーションとして活用され、出現するタイミングとしては主に「2人きり」の時がほとんどなのだが ── どうも207訓練小隊の細やかな楽しみである昼食のひと時を、「あーん」が修羅場へと変貌させたようだ。

 それが尾を引いて、訓練中にトルクレンチが飛んできたらしい。

 

「ね? 俺は悪くないでしょ?」

「そうだな」

 

 同じ男として、キョウスケは武に同情を感じずにはいられなかった。同時に少しばかり羨ましく思ったりもしたが、それは秘密である。

 

「まぁ、女は感情的になりやすい生き物だ。そういう時は一歩引いて、落ち着くまで待つのも1つの手だぞ?」

「で、でもですよ! トルクレンチは酷くないっすか!? 下手したら死んじゃいますって!?」

 

 武が起こるのも無理はないが、キョウスケ的には、あのおとなしそうな霞が武に「あーん」をしていた事の方が驚きだ。

 

「嫉妬される。つまり、それだけ好かれているということだ。今回は犬に噛まれたとでも思って忘れることだな」

「にゃんですって!?」

「それは猫だ ── っと、もう着いたようだな」

 

 武と歩きながら話す内に、夕呼に指定されていた場所へと到着した。

 部屋のプレートには何も明記されていない。

 元々空いていた地下部屋を、実験のために使っているようだった。

 

 キョウスケは武を連れて室内に入っていく。

 

 

 

      ●

 

 

 

【16時55分 国連横浜基地 B19 仮設実験室】

 

 色気のない室内には大仰な装置が鎮座していた。

 大人が入れる程度には大きい球体状の装置だ。その装置からは幾つもの太いコードが伸び、床を走っていて、その内の1つが制御盤らしき物に繋がっている。

 制御盤の前に霞と一緒に夕呼がいた。

 

「待ってたわよ2人共」

 

 夕呼がキョウスケたちに言った。

 

「じゃあ時間もない事だし早速始めましょうか? 社、準備して」

「……はい」

 

 夕呼は制御盤の前の椅子に腰かける。装置に送っている電力を調整したのか、装置から洩れる駆動音が重さを増した。

 霞は小さな手に持っていたスケッチブックを広げ、何かを描き出した。視線の先には武の姿がある。

 夕呼は兎も角、霞が何をしているのかキョウスケには皆目見当がつかなかった。

 

「武、俺はどうすればいいと思う?」

「さ、さぁ……俺はあの装置に乗らないといけないですけど、とりあえず夕呼先生にでも訊いてみます?」

 

 霞の視線に曝されながら、開放された装置への乗り込み口らしき入り口へと武は向かう。霞はペンを走らせている。

 このまま呆然と立っていては実験に参加した意味がないではないか、とキョウスケは夕呼に尋ねてみることにした。

 

「香月博士、少しいいか?」

 

 返事がなかった。手元のキーボードを夕呼の細い指が疾走している。装置の調整に全神経を集中しているようなので、キョウスケは作業が終了するのを待つことにした。

 室内を見渡す。無機質な部屋だ。中に4人いるとは言え、各々の仕事らしき事に従事しているため、やることのないキョウスケは手持ちぶさたを覚えずにいられなかった。

 

(……しかし、あんなモノで転移が上手くできるのだろうか……?)

 

 部屋の中央に設置されている球状の転移装置を見て、キョウスケの頭に不安が過る。

 装置から伸びている各種大型コードも固定されず、地面を好き勝手走っていて即興で造った雰囲気が溢れ出していた。ちなみに武の乗り込む場所は球体の装置の内部ではなく、そこから伸びたアームに吊るされている円柱状のスペースだった。

 急造りかつお粗末……それが装置に対してキョウスケの受けた印象だ。

 キョウスケの知る転移装置と言えばロボットの中に内蔵されていたり、シャドウミラーの軍団を大量に転移させることが可能な代物だったりと、冷静に考えれば規格外な代物だった。

 それに比べると夕呼作の転移装置は何と言おう……酷くアナログな物に思えた。もっとも、キョウスケ自身も現物を目の当たりにしたことが無いのだから、目の前の転移装置を色眼鏡で見ていることを否定できないのだが。

 

「よし、調整完了。で、南部、私になにか用?」

「いや、俺はなにをすればいいのか分からなくてな」

 

 夕呼にキョウスケが答える。

 

「個人的に、この実験には是非とも成功してもらいたい。俺にできることはなんでもしよう」

「じゃあ、その辺に座って見学してて」

「分かった…………なに?」

 

 夕呼が指さした先にあるパイプ椅子、キョウスケは言われるがままに腰かけてから唸った。

 

「ちょっと待て、見学してろとはどういうことだ?」

「そのままの意味よ。技術的な面でアンタが手伝えることは無いでしょう? だからそこで見学していなさい」

 

 キョウスケは夕呼の言葉に納得できなかった。キョウスケに協力を頼んだのは夕呼の方ではないか。それがこのおざなりな扱いである。

 釈然としないが、夕呼の指摘通りキョウスケにできることは確かにない。

 仕方ないので、パイプ椅子の上で腕組みして実験が始まるのを待つことにしたキョウスケに、

 

「アンタはそこにいるだけで役に立つのよ、ま、仮説だけどね」

 

 夕呼が説明を補足した。

 

「アンタの役目は社の補助よ。例えるなら、私たちと白銀を結ぶ命綱をより強固な物にすること、それがアンタの仕事なの」

「……なるほど、まったく理解できん」

「実験が終わったら説明してあげるから、今は黙って座ってなさいな」

 

 そうまで言われては、キョウスケは黙っているしかない。もうすぐ実験は開始されるようだし、下手に説明を要求して実験に支障をきたすのはキョウスケも望む所ではないからだ。

 とその時、ずっとスケッチブックに何かを描いていた霞が手を止めた。

 

「……できました」

「それじゃ、いくわよ白銀! 『元の世界』の事を強くイメージしなさい!」

「は、はい!」

 

 夕呼の号令を皮切りに、転移装置の重低音がさらに増していく。

 スケッチブックを仕舞った霞も制御盤で夕呼の補助していた。

 

「……まだ電力が足りないわね。社、3番と4番も入れてみて」

「……分かりました」

 

 どんどん転移装置の音が増していく。装置の稼働には多量の電力が必要なようだった。送られた電力の余波が放熱という形で現れているのか、温い空気がキョウスケの肌を撫でていく。

 

「よし。これ位でいってみましょう。準備はいいわね、白銀!」

「はい!」

 

 直後、キョウスケの目の前が揺らいだ。

 いや、実際には揺らいではいない。

 空間が歪んだんような錯覚がキョウスケを見舞っていたが、無機質な部屋の様子になんら変わりはなかった。

 送電量が減ったのか、転移装置の音が弱くなっていく。

 夕呼も制御盤の操作を止めていた。

 

「博士、実験はどうなったんだ?」

「……は? 実験? 南部、アンタなに言ってるの?」

「……なんだと?」

 

 夕呼の返答にキョウスケは猛烈な違和感を覚えた。

 

「なにを言っているんだ。武と協力して、今しがた転移装置の実験を始めたばかりだろう?」

「……武……? ああそうだったわね。危ない危ない。ありがと、南部」

 

 夕呼は白衣のポケットから1枚の写真を取り出し、それを眺めはじめた。

 霞は閉まっていたスケッチブックを再び開き、猛烈な勢いで筆を走らせている。その額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 

(……2人の様子が変だな。実験開始したばかりだと言うのに、何か起こっているというのか……?)

 

 キョウスケは武の入っている円柱体を見た。

 中に武がいるはずなのに、何故だか誰もいないような気がしてならなかった。

 事態が飲み込めない。座ったままでいることに我慢できなくなり、キョウスケは制御盤にいる夕呼の元に歩み寄って、持っている写真を覗き見た。

 写真には訓練中と思われる武の姿が写っていた。

 

「武の写真、どうしてこんなものを?」

「……忘れないようにするためよ」

「忘れない、だと?」

「その様子だと、私の勘は当たってたみたいね。南部、アンタは最高の安全装置(セーフティー)だわ」

 

 やはり夕呼の様子は妙だった。霞の様子もだ。スケッチブックを1枚、また1枚と絵を描き続けている。茶髪の男の子の絵だった。

 

「やはり理解に苦しむな。安全装置などと呼ばれる意味が分からん」

「……そうでしょうね。でも説明は後よ。私だって忘れずにいるのに手いっぱいなんだから」

 

 夕呼は写真へ視線を戻した。

 よく見ると写真には文字が書いてあった。

 

 

実験動物(モルモット)の実験中だってことを忘れるな! 実験動物(モルモット)の名前を思い出せ!】

 

 

 それが武を指していることは何となく理解できた。

 かといって、キョウスケに何かできるわけでもなかった。おそらく夕呼は実験のために、武のことを忘れないよう努力している。無暗に話しかけて邪魔するのは良くないだろう。

 キョウスケはため息を一度つき、実験が終わるのをパイプ椅子に腰かけながら待つことにした。

 

 

 

 

 ……── 10分後。

 

 

 転移装置に変化が起きる。

 実験開始直後の空間が揺らいでいるような感覚が、再びキョウスケを襲ってきたのだ。発生源は転移装置本体である巨大な球体。しかしその感覚もすぐに収まる。

 転移装置の駆動音が弱まっていき、

 

「痛ってええぇぇっ!」

 

 ズドンっと大きな音と悲鳴と共に、武が転移装置の中から出て ── いや吹っ飛ばされ、飛出してきた。

 床で背中を打ち付けていたが、すぐに飛び起きた。

 

「い、いきなり殴る奴があるか!!」

「……あら、お帰り白銀」

「あ、あれ、夕呼先生? じゃあ俺、戻ってきたのか!」

 

 武は周囲を見渡し、なにかを思い出したように叫んだ。

 

「そうだ! 先生、戻れましたよ! 間違いなく『元の世界』でしたよ!」

「はいはい、当たり前のことで騒がない。それでどうだったの?」

 

 夕呼の質問に武はしばらく黙り、ゆっくりと口を開いた

 

「……何もできなかった。俺が喋ろうとしても言いたかったのとは違う言葉が口から出てきて、俺の意志とは関係なく体が動いてました」

「そう、完全な実体化は無理だったみたいね。装置の改良と出力の確保は不可欠ってことか」

 

 武と夕呼の間で交わされる言葉がそう悲観的なモノではないことは、キョウスケにも理解できた。

 武の転移自体は成功したが、装置が未完成のため完璧にとはいかなかったらしい。

 

「はぁ……それにしても、やっぱりこの実験気持ち悪いわねぇ」

「香月博士?」

 

 重いため息をつく夕呼。実験時間は約10分程で、夕呼は制御盤の前で武の写真を眺めていただけだったが疲労感が滲み出ていた。

 キョウスケは実験の詳しい説明をまだ聞いていない。

 何故、夕呼が疲れているのか分からなかった。やはり事情の説明が必要だ。

 視界の外から、武が飛び出してきた時とは違う鈍い音が聞こえたのは、キョウスケが夕呼に説明を要求しようとした正にその時だった。

 

「か、霞!? どうしたんだ急に!?」

 

 霞が倒れていた。

 駆け寄った武が霞を抱き起す。

 

「……気を失ってる。どうしたって言うんだ、急に……」

「座ってなさいと言ったんだけどね、それだと集中できないのかしらね」

「博士、彼女が担っている役割とは一体……この消耗の仕方は尋常ではない」

 

 まるで霞は過労で倒れたように見えた。限界を超え、糸が切れた人形のように霞はぐったりとしている。武は霞を部屋にあったソファへ寝かせた。

 キョウスケには、霞は実験中、スケッチブックに絵を描き続けていただけにしか見えなかった。蓄積していた疲労がこのタイミングで表出しただけなのか、それとも……キョウスケは夕呼に視線を向けた。

 

「霞の仕事はね、とても集中力と精神力を要するものなの。…………話すのはもう少し後にしようと思っていたけど、南部もいることだし、要点だけでも教えておいた方がやりやすいかもね」

 

 キョウスケの眼光に夕呼は応えた。

 

「まず前提として知っておくべき情報を伝えるわ。これは既に白銀に話していることなんだけど、白銀は極めて特殊な存在で、意思の力が揺らいだ時点で『この世界』と『元の世界』を移動してしまう存在なのよ」

「……意味が分からん」

「あら、そ。でもアンタが理解できなくも問題ないわ。そういうものだと思って頂戴」

 

 夕呼は強引に話を進めていく。

 

「2つの世界を移動する特殊な存在である白銀をこの世界に留めている要素は3つ、『白銀自身の意思』『周囲の世界の認識』そして『この世界そのもの』よ。

 肝心なのはここからなんだけど、水が高い所から低いところへと流れるように、世界っていうのは元来安定した状態を好むものなのよ。でも今は、元々安定していた『あちらの世界』から白銀という要素(ピース)が抜け落ちている状態。すると世界はどうすると思う?」

「……知るか。俺の専門分野ではないからな。ただ……」

「ただ?」

「無くなったものはそのままだ。世界に大きな変化は起こらないと思う」

「なるほど、それが南部の考えという訳ね。でも正解は違うわ」

 

 夕呼は凛と言い放つ。

 

「安定を欠いた世界は、安定を取り戻すため要素である『白銀』を引き戻そうとするのよ。

 転移装置で元の世界に一時的に送った時、白銀を引き寄せようとする『世界』の力が問題になってくるわ。元の鞘に収まった要素を『世界』が手放すまいと抵抗するの。この力に相殺するためには、私たちが白銀を強く『認識』することが必要になってくる」

「『認識』……要するに、武の事を強くイメージすればいいのか?」

「そうね。そうすることで、あちら側の世界からこっちの世界へ白銀を引き戻す。社はそのために重要な役割を担っているのよ」

 

 ソファで眠る霞にキョウスケの目が向く。

 武を強くイメージする。それが霞の仕事だとして、何故スケッチブックに絵を描いていたのか、キョウスケには今一つ釈然としないところがある。

 

(イメージするだけの簡単な仕事……その割には、2人とも実験中の様子がおかしかった気がするが……)

 

 特に夕呼が変だったことをキョウスケは思い出した。

 

「でもね、あちら側に行った白銀を『認識』するのに1つ大きな問題があってね。

 転移中の白銀は確立の霧になっている状態なの。そのせいで白銀のことを『認識』しづらくなる ── 要するに忘れてしまうのよ」

(香月博士の様子がおかしかったのはそのせいか)

「社はイメージを捉え続ける力に優れているわ。だからこの役割を担ってもらっているけど、もの凄い精神力と集中力を必要とするのよ」

「それで倒れた?」

「その通りよ」

 

 武の呟きに夕呼が答えた。

 

「この負担を軽くするには、社との絆を深める事が一番手っ取り早いの。だから今、白銀には社と共同生活してもらっているという訳」

「そうか」

 

 キョウスケは憮然とした表情で頷いた。

 

「あら? 驚かないのね?」

「正直に言うと理解に苦しむが、この手のよく分からん理論は俺のいた世界ではザラだったからな。この程度で驚いていては身が持たん」

「そうじゃなくて、白銀と社が同棲しているって部分なんだけど」

 

 そっちかい。

 飛び出しそうになった言葉を飲み込むと、キョウスケはもう1つ気になっていたことを訊くことにした。

 

「もう1つだけ教えてくれ。武が転移している間は武のことを忘れてしまうと言っていたな?」

「そうね」

「ならば、何故俺は武のことを覚えていた? 実験中の様子を見る限り、強く意識していないと忘れてしまう印象を受けたが……」

 

 霞はイメージを捉える続けるのに秀でているらしいが、夕呼は写真を使って何とか記憶を保っていた。

 対してキョウスケは実験を傍観していただけ。予備知識もなく特に意識もしていなかったが、武の名も顔も鮮明に思い出せた。

 この違いがキョウスケにはどうも腑に落ちなかった。

 キョウスケの疑問に、夕呼はしばらく沈黙の後に答える。

 

「さぁ?」

「おいおい」

「仕方ないでしょ、私だって何でも知ってる訳じゃないんだから。ただ ──」

 

 夕呼は苦笑いを浮かべたまま続けた。

 

「── 2回の転移の中心にいた男、南部 響介。アンタが転移に干渉する何かを持っているんじゃないか……そう思っちゃったのよ。そう、ただの勘よ、勘。……まったく、私も焼きが回ったようね」

「……そうでもないないさ。俺でも実験の役に立てる、これが分かっただけでも収穫だ」

「そうね。あいにく社の負担を軽減はできないかもしれないけど、南部がいれば確実に白銀を引き戻すことができそうだわ。保険は必要だから、社にはやっぱり頑張ってもらわないといけないけど」

 

 それだけ言うと話すことが終わったのか、夕呼は転移装置の制御盤前に腰かけた。夕呼は制御盤に向かいキーボードを操作し始めた。

 

「兎に角、社がこの状態じゃ実験の継続は無理ね。それに現状では装置の改良をしないことには始まらないわ。今日はここまでにしておきましょう」

「そうだな。俺は2人を部屋まで送ってこよう」

「そうね、お願いできるかしら。明日の1700までに装置の調整は終えておくから、同じ時間にまた来て頂戴」

「了解した」

 

 夕呼はキョウスケの方を一瞥して言うと、再び制御装置へと向かい作業を開始した。

 キョウスケはソファで寝息を立てている霞を抱き上げる。

 

「さて、行こうか、武」

「あ、待ってくれよ響介さん!」

 

 時刻はもう少し18時を回る。外はもう日が沈み暗くなっている頃合いだろう。腕の中の霞を休ませるため、キョウスケは武と共に彼の部屋へと移動する。

 

 

 

 

 




その2に続きます。

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