Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第10話 キョウスケと神宮司 まりも

【20時55分 国連横浜基地 訓練兵校舎 屋上】

 

 夜、雲一つない闇夜に煌々と星が煌めいている。キョウスケの世界では戦場になっていた宇宙が、彼の世界のそれよりも綺麗に見えた。BETAに人が激減させられ、生活で垂れ流される汚染物質が減ったせいなのか、それとも単純に冬で空気が澄んでいて綺麗に見えているだけなのか分からない。

 空気も冷えていて、呼気は白いモヤとなり暗闇に消えていく。

 誰もいない、そう思って足を運んだ訓練兵用の校舎の屋上には既に1人の来客の姿があった。

 

「……神宮司軍曹……?」

「……南部中尉?」

 

 屋上の出入り口 ── レトロな金属製の扉が軋む音とそれぞれが発した声で、2人はお互いの存在に気付いた。

 

「どうしたのです、こんな夜更けに?」

 

 いつもの軍服姿のままのまりもがキョウスケに訊いてきた。

 

「気分転換に風にでも当たろうと思ってな。軍曹こそどうした? こんな場所に?」

「私も中尉と同じですよ。気分転換。ここはあまり人が来ないので、1人になるには丁度いいんです」

 

 返答するまりも。キョウスケと彼女の間を冬の冷たい風が流れていく。風になびくまりものロングヘアーが月光に照らされ、普段の彼女と違う儚ない美しさを醸し出していた。

 シンと冷えた空気がキョウスケの肌を刺し、肺の中の地下で淀んだ空気を新鮮なそれと入れ替わる。「風に当たる」という当初の目的は達していたが、すぐに屋上から去ってしまうのは妙にバツが悪い。

 

「そうか、軍曹はここによく来るのか?」

 

 今晩の予定は特にない。キョウスケはまりもの傍に寄って話しかけることにした。

 

「いえ、ごく稀にしか足は運びません。見ての通り、ここには何もありませんからね」

「確かにそうだな」

 

 ある物と言えば四方を囲む転落防止用のフェンスと、出入り口真上に設置された雨水を貯めておくための貯水タンク位のものだ。

 

「でもあの子たち ── 207訓練小隊の彩峰はここがお気に入りのようですね」

「彩峰? ああ、あの黒髪の短い子か」

「はい。理由は知りませんが、所在が知れない時はここに居ることが多いようです」

「そうか」

「ええ」

 

 再び、冷たい夜の風が2人を撫でていく。

 風切り音が去った後、2人の間には沈黙が訪れた。

 

「……手はもう大丈夫なのか?」

「はい。もうすっかり」

「そうか、それは良かった」

「ええ」

 

 三度目の風が吹き……夜の静けさが二人を包む。本当に静かな夜だった。

 

(……共通の話題がない。というより、俺は雑談するのが得意じゃないんだが……)

 

 自分から話しかけておいて、自分の得手不得手を再認識するキョウスケ。

 あまり話さない自分の分、エクセレンが3倍以上喋っていたのを思い出す。この場でまりもと話題にできるとすれば、武たち207小隊の話題ぐらいのものだろう。この沈黙を突破(ブレイクアウト)するには、キョウスケからのアプローチはやはり必要だ。

 しかし一息つきたい、というのもキョウスケの偽りない本音だった。

 ただただ、キョウスケは横浜基地周囲に残っている廃墟の方に目を向ける。灯り一つ見えない街並みは、そこはかとない寂しさをキョウスケに覚えさせた。

 

「中尉、覚えていますか?」

 

 話題を探していたキョウスケに、唐突にまりもが質問を投げてきた。

 まりもが何を指しているのか、主語がないので彼には分からない。

 

「なんのことだ?」

「風ですよ。風が寒い。昔は、いくら冬だと言ってもここまで寒い風は吹かなかったものです」

「そうだったか……?」

 

 キョウスケはこの世界の昔を良く知らない。疑われないように誤魔化すしかなかった。

 キョウスケの態度に特に違和感を感じなかったのかまりもは、

 

「BETAのせいですよ」

 

 恨み節を炸裂させた。

 

「BETAが通った後には森どころか、木1本も残らない。緑に染まっていた山肌も、BETAが通ればただの禿山にされてしまう……急激に環境が変化させられることで、地球上の大気の循環にも支障を来してしまうんです」

「なるほど、それでか」

「はい。風が寒いと思うのは、単なる私の思い込みかもしれませんけどね」

 

 苦笑するまりもの横顔が見えた。

 キョウスケが学んだ限りでは、依然としてBETAの目的は判明していない。

 ただBETAはハイヴと呼ばれる(・・)を起点に周囲へと侵攻し、道中にあるものを全て喰らい尽くしさら地へと変える。まるで凶暴で食欲旺盛なアリのように、山も木も人もBETAは関係なく平らげていく。残されるのは荒廃した大地だけだ。

 そしてすべてを蹂躙した後に新しいハイヴを建設し、BETAはその活動圏をさらに広げ続けていた。

 そうやって、地球の環境はBETAによって激変させられた。

 キョウスケの居た世界では、大昔地球温暖化という環境問題が取りさだされたことがあったが、この世界でも似た類の問題が起こっても不思議ではない。それだけ大規模な環境破壊をBETAは行ってきた歴史があった。

 そして、ハイヴは日本にもある(・・・・・・)

 

「BETAの日本上陸の際、多くの町が壊滅の憂き目にあいました。この柊町も例外ではありませんでした」

 

 まりもはフェンスに手を掛け、元は柊町という名の廃墟を見下ろした。

 

「私……この町の生まれなんです」

「……そうか」

「南部中尉は驚かないのですね」

「いや、正直驚いているよ。顔に出ないだけだ」

 

 それはキョウスケの本心だった。

 元の世界で戦争によって廃墟となった街を幾つも見てきたキョウスケは、元柊町を見下ろすまりもが抱いている感情を推し量ることができた。

 恨み、憎しみ、悲しみそう言った類の負の感情。

 廃墟と化した柊町はまりもにとって故郷であり、同時にそれを破壊したBETAへの憎しみの象徴なのだろう。

 

「私はBETAを許さない。地球からBETAを駆逐するため、人類の刃の一員として私は粉骨砕身の思いで取り組んできました。その過程で道を誤ったことも何度かありました。でも今は、こうして新人の育成に汗を流す日々にやり甲斐も感じていますし、事実、私は多くの衛士を鍛え上げてきました……」

 

 人類のために、自分のできることを精いっぱい行い結果を残す。

 素晴らしいことだ。生半でできることではない、それがキョウスケの素直な感想だった。

 しかし心なしか、まりもの言葉尻は重い。

 

「……でも…………」

「でも……どうした?」

「……私は……もしかすると、取り返しのつかないことをしてきたのではと……ふと、思うことがあるんです……」

 

 まりもは何を言いたいのだろう。

 彼女は罪悪感に囚われている。それは何となく理解できた。キョウスケはまりもの口から言葉が紡がれるのを黙って待つ。

 

「私が教え込み、鍛えれば鍛えるほど子どもたちは成長していく。子どもたちが私の思いに応えてくれる、とても嬉しいことです……でもそれは、同時に子どもたちを死へと近づけることでもある……」

 

 まりもの声は少し震えていた。

 

「もちろん、死なずに済むよう本物の技術を教えてこむことが私にできる最善であり、全てだとは分かっています……分かってはいます。でも心のどこかで納得しきれない自分がいる……何故、私が子どもたちを死地へ放り込むような真似をしなくてはいけないのか……!」

「軍曹……?」

「BETAさえ……! BETAさえいなければ!」

 

 まりもの口から怒気を孕んだ言葉が絞り出されていた。

 この世界の運命はBETAによって大きく変えられている。キョウスケの世界でEOTや異星人の存在がなければ、ロボットも存在せず、それが原因になった戦争も起こらなかったのではないか? まりもの願いをキョウスケの世界に置き換えるなら、きっとそういうことだった。

 既に起こってしまった事態は変えられない。分かっていても仮定の話をせずにはいられないのだろう。目の前の廃墟がまりもの故郷なのなら、腸煮えくりかえる思いをBETAに抱いているはずで、なおさらその話を夢見てしまうのも無理はない。

 

(……子どもたち、か……)

 

 キョウスケはまりもの言葉を反芻した。

 確かに、まりもは怒っている。だがそれは自分の身に降りかかる不幸に対してではなく、自分の教え子たちの先行きを案じての結果だった。

 職務に疑問を持たず、与えられた仕事をこなす模範的な軍人。

 それがキョウスケが抱いていたまりものイメージだった。

 

(優しい女だ……割り切ってしまえば、少なくとも自分の心が傷つくことはないだろうに)

 

 キョウスケの彼女に対する認識がいつの間にか変わっていた。

 

「総戦技演習後のあの子たちの成長は目を見張る物があります……あの子たちの解隊式ももう、すぐ……」

 

 あの子たち、それは207訓練小隊の子を指しての言葉だった。

 

「もうすぐ……あの子たちも私の元を去ってしまう……何度経験しても慣れるものではないですね。別れというのは」

「……そうだな」

 

 解隊式 ── それは訓練過程を終了した事を証明する儀式の事だ。

 解隊式を終えた訓練兵は正規兵として扱われ、もちろん戦場にも駆り出される。まりもがナイーブになっているのは、その節目がもう真近に迫っているからなのだろう。

 自分も明日、この世界を去る。そのことを今のまりもに言っていいものか? キョウスケは逡巡し、結局、口にすることを止めた。

 

「なぁ、軍曹」

「……なんですか、中尉?」

「軍曹はよくやっていると思うぞ。軍曹はやれるだけのことはやっているし、教え子たちにも慕われている。月並みな言葉かもしれんが、あの子たちは軍曹に感謝こそすれ恨むようなことはないだろう」

 

 少なくとも、武たちはそうだろう。

 

「だから軍曹が気に病む事はないさ。アンタはよくやっている」

「……中尉、ありがとうございます」

 

 まりもに微笑みが戻ってくる。

 

「すいませんでした、こんな話に付き合せてしまっ ── くちゅんっ」

 

 まりもが可愛らしいくしゃみをした。

 若干重めだった雰囲気が、間の抜けたそれでぶち壊される。キョウスケとまりもは互いの顔を見て、苦笑を浮かべ合った。

 

「……さて、体も冷えてきたな。そろそろ戻るか」

「そうですね。あ、南部中尉」

「どうした?」

「中尉は明日、お暇でしょうか?」

 

 いきなりな質問だった。

 明日の予定は1700に仮設実験室に足を運ぶことだけだ。それまでの時間は特にすることもなかった。

 

「夕方には予定があるが、特に他の予定がある訳ではないな」

「私も明日は非番なんです。体も冷えてしまいましたし、どうですか、これから私の部屋で一杯?」

 

 まりものジェスチャーは杯を口に運ぶ動きのそれだった。

 

「一杯? 酒か? このご時世によく残っていたな」

「以前に香月博士が譲ってくれた物なのですが、中々開ける機会に恵まれなかったんですよ。中尉さえよければ、一緒にどうですか?」

 

 キョウスケは別に下戸ではない。

 控えめに飲めば、明日の転移実験になんら支障はない筈だ。元の世界でエクセレンの開く宴会によく巻き込まれていたことを思い出し、郷愁に駆られ酒の一口ぐらい構わないかという気持ちになってくる。

 

「折角のお誘いだ、いただくとしよう」

「では、行きましょう」

 

 キョウスケはまりもの誘いを受け、彼女の部屋へと足を運ぶことになった。

 2人がいなくなった屋上には冷たい風が吹きすさび、空には黄金色のはずの満月が、心なしかうっすらと赤みを帯び始めていた。

 




(予告)次回、まりもキャラ崩壊。
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