Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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独白【社 霞の場合】

【西暦2001年 12月3日 17時4分 国連横浜基地 香月 夕呼の仮設実験室】

 

 香月 夕呼に指定された時刻、社 霞は地下の実験室にいた。

 

「響介さん……本当に帰っちまうのかよ?」

「ああ、すまんな武」

 

 転移装置の前で白銀 武と南部 響介が話をしている。

 霞が協力してきた武の転移実験。その成果物である転移装置を使い、南部 響介を元の世界に送り届ける。それが今日の実験の目的だった。

 武の転移実験には、Alternative4を成功に導くため、彼の世界にある数式の回収するという大義名分があった。

 しかし南部 響介の場合、彼を元いた世界に送り返すだけ……釈然としない物を霞は感じている。

 

【──アンタの仲間たちと一緒にこの世界を救いに来て欲しい ──】

 

 2日前に聞いた夕呼の言葉が、霞には不思議でならなかった。

 南部 響介に提示した交換条件を夕呼が口にした時、霞は彼女の心の色を感じてしまっていた。

 人工ESP発現体(・・・・・・・・)として生み出された霞にはリーディングという特殊能力が備わっている。

 人の思考を「画」として感情を「色」として感知する能力 ── リーディング。2日前 ── 営倉から釈放されたばかりの南部 響介と対面した時、夕呼が霞を傍に置いたのは、この能力で彼の発言の真偽を判別するためだった。

 また夕呼が南部 響介の話を信じる最後の決め手になったのも、霞がリーディングで真実だと保証したからに他ならない。

 この能力を霞はコントロールすることができたが、時折、意思とは関係なく映像や色が頭に流れ込んでくる時がある。

 2日前のあの時もそうだった。

 

【──アンタの仲間たちと一緒にこの世界を救いに来て欲しい ──】

 

 夕呼は南部 響介に嘘をついていた。

 

(……暗い淀んだ色…………あれは嘘と少しの罪悪感と……恐怖が混ざった色……)

 

 霞には分からなかった。

 何故、夕呼は南部 響介に嘘をついていたのか。

 何故、南部 響介を元の世界に送り返そうとしているのか。

 そして何より、彼と武が実験室に訪れるほんの少し前、夕呼に言われた命令が、まるで喉にひっかかり飲み下せない魚の小骨のように残っていた。

 

【いい、社? 白銀の時と違って、南部の存在をトレースする必要はないわ】

 

 夕呼は確かにそう言った。

 

【今回の実験は、数式を回収する白銀のように南部を引き戻す必要はない。だから貴女は装置を作動させるための補助に徹してちょうだい】

 

 霞が南部 響介をトレースしない ── それは夕呼たちの意思で彼をこの世界に引き戻さない事を意味していた。

 

 ここが霞の大きな疑問点。

 

 2日前の夕呼の発言と矛盾しているように霞には思えたが、あちら側の軍隊を引き連れて来るまでの時間をトレースし続けるのは、彼女の精神力のキャパシティ的にも不可能だ。だからトレースしない。

 そういうことなのか? 霞は夕呼に質問していた。

 夕呼の答えはこうだった。

 

【そりゃあ本音を言えば、南部の世界の力でこの世界を救ってもらえれば、って他力本願もあるけどね。でも現実的じゃない】

 

 夕呼はさらに付け加えて言う。

 

【それに南部は帰ってこない方が良い】

 

 本音と相反する言葉に霞は首を傾げた。

 

【私の仮説が正しければ、南部は白銀と同じ類の存在よ。でもね、私はこの仮説が間違っていて欲しいと思っている。

 アイツはこのまま元の世界に帰って、こちらに戻ってくるべきじゃない。そうなると私の仮説は誤りだったことになるけど、その方がアイツにとっては幸せよ。もし私の仮説が正しければ、アイツの居場所は ──】

 

 そこから先を夕呼は語ってくれなかった。

 しかし霞は感じてしまう。夕呼の心の色は暗い青 ── 悲しみと同情を現す色が見て取れた。

 

【それにね、私は怖いのよ】 

 

 思いがけない夕呼の告白に霞は驚いた。

 

【白銀が世界を救うと豪語し影響を与えているように、南部もこの世界にとって強い影響力がある人間であるのは確かよ。

 でもね社、私はこう思うの。強い影響力は確かに人や世界を変えるわ、良い方向にも悪い方向にも……そして仮にそれが良い方向への影響力だとしても、強すぎる影響力は劇薬に似ている……いいえ、強すぎる影響力は毒物と同じと言ってもいい。

 白銀と違って、南部のそれはこの世界に致命傷を与えかねない……そんな気がしてならないの】

 

 霞は初めて南部 響介を見た時を思い出す。

 武と同じ異世界の住人。武と何処か同じ、しかし彼は何処か決定的に違っていた(・・・・・・・・・・)。武と同じだが違う。来た世界が違う、年齢が違う、経験値が違う……違う部分は探せばいくらでも出てきた。

 そうじゃない。もっと根本的な部分で武と南部 響介は違っていた。

 それが何なのか霞には分からない。

 多く人の心を見てきた霞だから感じる違和感。目には見えず、リーディングでも読み取れない何か ── 南部 響介は確かにそれを持っていた。

 

(…………分からない……心が読めたって分からない……博士も……白銀さんも……あの人も……私には分からない……)

 

 霞にとって、この世は分からない事だらけだった。

 

「必ず元の世界から仲間たちを連れて戻ってくる。武が香月博士に協力しているように、それがこの世界にできる俺の最善だ」

「分かりますよ? 響介さんの言っていることは正しい。でも……やっぱり寂しいです」

「それは俺もだ」

 

 南部 響介と武の男の友情も、

 

「いいわね南部? 元の世界に戻すための交換条件忘れないでよね?」

「分かっているさ」

 

 夕呼の口から吐き出される嘘も、

 

「……一番、二番、電力供給開始します……」

 

 黙々と作業に徹している自分もよく分からない。いつか、理解できる日が来るのだろうか? 素朴な疑問を胸に抱きながら、霞は夕呼の指示通りに制御盤を操作していく。

 南部 響介は転移装置の搭乗部に移動し、出入り口が閉じロックされた。

 

「3番と4番も入れて」

「……はい」

 

 霞の操作で、武を転移させた時と同じ規模の電力を転移装置に注ぎ込まれる。

 駆動音が増していき、空間の歪曲が始まった。

 奇妙な浮遊感が霞たちを包み込み ──── 数秒後、南部 響介はこの世界から消えた ──……

 

 


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