Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【新西暦 地球 ???】
……── キョウスケが目覚めた場所は暗闇の中だった。
漆黒ではなく、うっすらと目の前に何かが見える。
モニター、計器類、操縦桿……どうやらそこは、電源が落とされただけの、ごく一般的なPTのコクピットの中のようだった。キョウスケの体にフィットした操縦席が何故か愛機アルトアイゼンのそれを連想させる。
「……帰ってきたのか?」
判断材料は周りを探しても見つからなかった。暦の分かるものがあれば新西暦かどうか判別もできたるだろうが、どの道、コクピットの中に引き籠っていたのでは分からない。
キョウスケは機体に電力を入れ、モニターに外部の状況を映し出させた。
コクピットの外は真空や海中などではなく空気があった。外部カメラを通じ、ごく一般的な格納庫がモニターに表示されている。外気の構成成分は酸素21%、窒素が78% ── 地球上に存在する大気と同様の組成……呼吸をしても問題なさそうだ。
キョウスケがコクピットハッチを開放して外に出た。すると、新鮮な空気が肌を撫で、視界が開ける。
キョウスケはPTのコクピットの高さに設けられている通路にいた。
「……ここは輸送機の中か? 見慣れたこの感じ、おそらく、レイディバード……?」
レイディバード ── キョウスケの世界で広く普及しているPT搭載型の大型輸送機の名称だ。
レイディバードとは人型戦闘兵器の発達が著しいキョウスケの世界で、いまだに現役を保っているPT用の輸送機だ。少数のPTを運ぶ際には頻繁に利用され、キョウスケも機体を運搬するときに幾度となく利用していた。
量産されているだけあって、どの機も機内の光景は機能性を重視した同様の光景になっている。コクピットから出たキョウスケが見た格納スペースのそれも見覚えのあるものだった。
そして目の前に格納されている機体も、キョウスケがよく見知ったモノが納められていた。
「……あれは……ヒュッケンバインMk-Ⅱ……」
バニシングトルーパーと揶揄されたPT ── ヒュッケバインの後継機が、キョウスケの網膜を通して脳にまで投影される。
コードネームアサルト3……ブルックリン・ラックフィールドが超機人・虎龍王に乗り換えるまで愛用していた機体がヒュッケバインMk-Ⅱだった。漆黒のカラーリングが、量産機ではない純正のテスト機である証明だ。ブリットが愛用していた機体で間違いなかった。
その隣にも1機のPTが安置されていた。
純白のその機体を見て、キョウスケは腹の底から思いのたけを吐き出す。
「……どうやら、戻ってこれたようだな……」
そう確信できる存在が、格納スペースには鎮座されていた。
「ライン・ヴァイスリッター……最後に見た時となんら変わりない姿だ」
雪のような白い装甲の下 ── 関節駆動域を緑の蔦が覆い、アインストのコアと同様の真紅のそれが胸部に埋め込まれていてる。その外観は生物的であり機械的でもある。一言で表現ことができない美しさを秘めた純粋なる白騎士 ── ライン・ヴァイスリッターが、間違いなく、そこにいた。
香月 夕呼が模そうとした不知火・白銀では決してない。
エクセレン・ブロウニングが操り、キョウスケ共に戦場を駆けた世界で唯一のPTが目の前にあった。
「間違いなく、戻ってきた……」
ヴァイスリッターの雄姿がキョウスケにそう確信させる。
機体がアインストの力で変貌し、そのまま元に戻っていなかったが、そんなことは些細な問題だった。アインストの頭領 ── シュテルン・レジセイアは消滅した。その結果の残滓が残っているに過ぎないのだ。
そう思って流せる程に、帰還の感動はキョウスケの心を打ち震わせていた。
「あれ、キョウスケ中尉?」
聞き慣れた部下の声が聞こえてきたのは、彼が感動を噛みしめている正にその時だった。
「こんな所で、どうしたんですか? エクセレン少尉と一緒だったんじゃないんですか?」
「……ブリット」
振り返ると金髪碧眼アメリカ人、ブルックリン・ラックフィールド ── 通称ブリットが立っていた。
ブリットはATXチームの一員で、キョウスケの部下の1人だ。
ブリットは龍虎王の操者クスハ・ミズハと行動していない時には、ATXチームのメンバーとして共に行動するのが常だった。彼がいるということは、ほぼ間違いないなくレイディバード内にエクセレンがいると考えて差し支えないだろう。
「ふっ」
戻ってきたという実感と喜びが、キョウスケの顔を自然に緩ませていた。
「久しぶりだな。元気にしていたか、ブリット」
「……? ええ、俺はいつでも健康そのものですよ。よくクスハ汁の実験台にされてますから」
耳に懐かしい単語が心地よい。同時に苦い思い出も蘇ったりしたが、まぁ、今はそんな事は捨て置こう。
「それより、キョウスケ中尉こそ格納スペースで何をしているですか?」
「俺か……そうだな、しかし話し出すと長くなる。少し落ち着いてから、ゆっくりと聞かせてやるさ」
キョウスケの経験した濃厚な2週間は、格納スペースでの立ち話で済んでしまうほど薄味な代物ではない。レイディバードには搭乗員用の休憩スペースがある。どうせ聞かせるのなら、そこで腰を落ち着けてからにしたかった。
思い返せば……世にも奇妙な体験だった。
エクセレンもブリットもきっと退屈せずに済むことだろう。
「……? そうですか。じゃあ行きましょう」
首を傾げながらも、ブリットはキョウスケの提案に同意した。
が、移動を開始する前に、彼はキョウスケに不思議な質問を飛ばしてきた。
「でも、調整が終わったから先に上がるぞって、ついさっき言ってませんでした? エクセレン少尉と、先に搭乗員用の座席に移動したものと思ってましたよ?」
「……なに?」
ブリットの言葉の意味が、キョウスケにはすぐに理解できなかった。
【言ってませんでした?】
頭で意味を咀嚼し、飲み込む。
【言ってませんでした?】
(……気のせいだろう。実に2週間近く、俺はあちら側の世界に行っていた訳だからな)
ちょっとした冗談で、キョウスケを驚かせようとしている可能性もある。しかし何処か引っかかる。ブリットは質実剛健で実直で、まるで真面目な日本人を絵に描いたかのようなアメリカ人だ。行方不明だった人間に冗談を飛ばすような男ではない。
加えてもう1つ、気になる言葉がキョウスケにはあった。
「調整……一体、何を調整していたと言うんだ?」
「え……どうしたんですかキョウスケ中尉? さっきから少し変ですよ?」
訝しむ表情をしながらも、ブリットはキョウスケが調整していたと言うモノを指さしてくれた。
指先はキョウスケの背後に向けられている。ブリットの指先には先ほどキョウスケが出てきたPTのコクピットがあった。
転移直後、キョウスケが入っていたそのコクピットのハッチが開け広げられたままであり、そこから少し視線を上にずらすと、煌めくメタリックレッドのカラーリングが目に飛び込んでくる。
「なっ……!?」
どくん。キョウスケは自分の心臓が大きく跳ね上がり、全身の毛穴が開く感覚を覚えていた。
キョウスケが調整していたと言う
ヒュッケバインMk-Ⅱとは対照的な太めのガッチリしたボディライン。
全身を赤で染め上げ、両肩には巨大なコンテナが装備され、右腕部に巨大な
特徴的なブレードが直立しているその機体の頭部を、どうしてキョウスケが忘れることができるだろうか?
「アルト……何故、ここに……?」
見間違えるはずがない。眼前にそびえ立っていたPTはキョウスケの愛機 ── アルトアイゼン・リーゼだった。
ありえない出来事にキョウスケは言葉を失う。
香月 夕呼の作った転移装置は1人用だったため、キョウスケはアルトアイゼンを武の世界に置いて来ていた。にも関わらず、キョウスケの目の前にアルトアイゼンはある。
(……どういうことだ?)
混乱しそうになる頭を必死にキョウスケは整理する。
転移は1人でしかできなかったため、アルトアイゼンは武の世界に置いてきた。アルトアイゼンを取りに戻るためには、夕呼との約束もあり、仲間たちを連れて武たちの世界に戻らなければならない。
筋を通すなら、アルトアイゼンはキョウスケの世界にはないはずだ。いや、あってはならないのだ。
「キョウスケ中尉、大丈夫ですか?」
呆然としていたのか、ブリットが心配してキョウスケに声をかけてきた。
「疲れてるんじゃないですか? 戦後の事後処理とか
「…………なぁ、ブリット」
「はい、なんですか中尉?」
嫌な予感がする。キョウスケはブリットに確認することにした。
「……この2週間、俺は何をしていたか知っているか?」
「え?……いえ、分かりません。俺、『インスペクター事件』の最終決戦の後すぐに、テスラ研に龍虎王たちを移送するために移動したので……中尉たちと合流してからまだ時間が浅いのでよく分からないですね。でも中尉、どうしてそんな事を聞くんですか?」
「……そうか。いや、何でもないんだ。気にしないでくれ」
(……エクセレンは無事なのか?)
エクセレンにはアインストと同化し蘇生させられた過去がある。アインストの親玉 ── シュテルン・レジセイアが消滅した今、彼女の身に何か起こっていても不思議はなかった。
(先ほどのブリットの言葉から、生きているのは間違いなさそうだが……)
エクセレンがいる。もうすぐ会える。そんな高揚感に包まれていたつい先ほどとはうって変わって、全身を小さな虫が這っているような肌寒さと不快感がキョウスケを包み込んでいた。
何かが変だ。
キョウスケは一刻も早く、エクセレンの無事を確認したい衝動に駆られた。
「ブリット、エクセレンは搭乗員席に行ったのだったな?」
「はい。あっ、待ってください、俺も行きます」
格納スペースから機首方面にある搭乗員席に移動するキョスウケ、その後をブリットが慌てて付いて行った。
靴が金属製の床を打ち鳴らす音が、ただ広い格納スペースに響いていく。アルトアイゼンの真紅の躯体は、ただ物静かに鎮座しているだけだった。