Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第11話 キョウスケと彼の居場所 3

【新西暦 地球 レイディバード 搭乗員席】

 

 ブリットを伴い、キョウスケはレイディバードの搭乗員席の前まで到着していた。

 

 キョウスケは内心穏やかではいられなかった。

 眼前には搭乗員席に続く扉がある。赤外線センサーで開閉をされるそれは、手をかざせば簡単に道を開いてくれるだろう。

 手をかざす、足を一歩踏み出す、そんな簡単なことがキョウスケはすぐにできなかった。

 この世界を離れていた2週間に、何があったのか自分は何も知らない。

 大きな事件があったかもしれないし、平穏無事な2週間だったかもしれない。ブリットに尋ねればそれで済む問題ではあったが、キョウスケはまず何よりも先にエクセレンの無事を自分の目で確かめずにはいられなかった。

 何より、自分の目で確かめずにはいられなかった。

 エクセレンは無事なのか?

 ブリットの事は信頼していたが、彼の言葉だけで解決していい問題とも思えない。

 搭乗員口の自動扉。

 軽く同時に重いその門にキョウスケが1歩足を踏み出すと、センサーが感知し横滑りして道を開けた。

 

「──── ふふふ、そんな慰め方ってあり? これがホントの殺し文句って奴?」

 

 搭乗員スペースが見えたのとほぼ同時、懐かしい彼女の声がキョウスケの耳をくすぐった。

 忘れるはずもない。彼女 ── エクセレン・ブロウニングの声だった。

 レイディバードの搭乗員席はお世辞にも立派な物とは言えない。機体内の左右に腰かける事ができるロングシートが2つ設置されているだけだ。

 エクセレン・ブロウニングは、入り口から向かって右側の中ほどのスペースに座っていた。ブロンドのロングヘアーに見慣れた服装、エクセレンは元気そうにはにかみながら隣の人物に話かけている。

 その様子にキョウスケは安堵の息を吐き出した。

 エクセレンが話しかけている隣の人物は彼女の影に隠れて、今のキョウスケの立ち位置からでは顔がよく見えなかった。

 エクセレンの隣の人物が気にはなったが、彼女が笑っていられるのならそれでいい ──……

 

「……その調子だ。俺の傍にいればいい、エクセレン」

 

 ……── 隣の人物の声がキョウスケの耳に届く。

 男の声だった。

 それも聞き覚えのある(・・・・・・・)男の声。ただの男の声 ── しかしその声は鼓膜から脳を、全身を震わせるような悪寒をキョウスケに与えた。

 どくん。心臓が大きく跳ね上がり、徐々に徐々に鼓動が速くなっていくのが分かる。

 エクセレンはキョウスケたちに気付かず、隣の男との会話を続けている。

 

「うん。でね、殺し文句ついでにお願いがあるんだけど……」

「何だ?」

「近い将来……ううん、もっと先でいいけど……私、双子の赤ちゃんが欲しいな」

「双子……?」

「そ。女の子の双子。お姉さんの方の名前はレモンで、妹は……」

「……アルフィミィか」

「駄目かしらん?」

 

 エクセレンが相手に艶っぽい笑顔を向けているのが分かった。彼女が何かをねだる時、キョウスケへ向けてくる笑顔だった。今までの経験上、冗談半分本気半分の心情の時に向けてくることが多い。

 そんな笑みを、エクセレンがキョウスケ以外の誰かに向けていた。

 胸の鼓動に後押しされるかのように、相手の男の顔を確かめるためにキョウスケの足は自然に動いていた。

 

「ふっ、覚えておこう」

 

 見慣れた風貌の男がエクセレンの傍に座り、微笑を浮かべ返答していた。

 その男はキョウスケの愛用品に良く似た赤いジャケットを羽織り、好んで使いそうな言葉づかいをし、声質までそっくりで ──

 

「なん、だと……ッ!?」

 

── 顔に至っては、まるで鏡に映る自分自身のように瓜二つ……──

 

 

……── エクセレンの隣に、キョウスケ・ナンブ(・・・・・・・・・)は座っていた。

 

 

 自分はここにいる。にも関わらず、キョウスケ・ナンブが目の前でエクセレンと談笑していた。頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

「あれ? エクセレン少尉、誰と話しているですか ── ッ!?」

「あらー、ブリット君、遅かったじゃない。あんまり遅いと女の子に嫌われちゃうぞ ── えっ!?」

 

 キョウスケの後ろを付いてきたブリットが話しかけ、声にエクセレンが振り向き、2人とも驚きのあまり絶句していた。

 どくん。エクセレンの声と自分に向けられた戸惑いの視線に、心臓が大きく跳ね上がる。転移前に会ったエクセレンと何ら変わらぬ目の前の彼女。再会と彼女の無事が嬉しい筈なのに、頭に血が上り正体不明の感情がその感動を塗り潰していった。

 違和感。

 戻ってきて徐々に大きくなったそれを決定的にする男が、キョウスケの目の前にいる……

 

「……何者だ、貴様?」

 

 ……沈黙の中、第一声を発したのはその男 ── 目の前のキョウスケ・ナンブだった。

 キョウスケ・ナンブは立ち上がり、敵意の視線をキョウスケに向けてくる。

 

「俺と同じ姿をして、一体なんのつもりだ……?」

「……それはこちらの台詞だぞ。貴様こそ何者だ?」

 

 キョウスケ・ナンブの問いに、キョウスケはさらに質問で返す。

 

「何故、エクセレンの傍にいる? 何故、俺と同じ姿をしている…………まさか……?」

「…………貴様……まさか……?」

 

 キョウスケとキョウスケ・ナンブの眼光が空中で激突する。火花こそ散らさないが、すぐに乱闘でも始まりそうな雰囲気が両者の間に立ち込めた。

 目の前に自分がいる理由など考えてすぐに思いつく物ではなかったが、キョウスケはその経験からあり得る1つの答えに辿りついた。それはドッペルゲンガーに類するオカルト的で、非現実的な妄想ではない。

 思い当たる節はそれしかなかった。

 それが原因で、キョウスケは武たちの世界に転移する羽目になった。

 「シャドウミラー」の来訪から始まった地球圏全土を巻き込んだ戦争、その最終局面で、キョウスケは目の前の男に出会っていた筈だ。

 

 

「「あの時の、並行世界から来た俺(・・・・・・・・・)か?」」

 

 

 二人のキョウスケは同時に口を開いていた。

 異口同音とは正にこのこと。目の前のキョウスケ・ナンブも思いつく節は同じだったようだ。

 目の前の男は、世界の壁を超えて登場したアインストに支配されたキョウスケ・ナンブ。そう考えれば全ての辻褄が合う。

 

(あの時 ── 最後の戦いで俺と共に大気圏に突入し、この世から消滅したはずだが…………当の俺は転移に巻き込まれ、奴の正確な最期を知らん。

 仮にアインストの生命力で生き残り、俺に成りすましてエクセレンに近づいたとすれば……?)

 

 格納スペースのアルトアイゼンも、白く巨大に変異していた平衡世界の機体が、再変異したと考えれば筋は通る。

 

「貴様、何の目的でエクセレンに近づいた?」

「それはこちらの台詞だ。何の目的で、再び俺たちの前に現れた?」

「え? え? ね、ねぇブリット君……これってどうなってるのかしら?」

「さ、さぁ、俺にだって何がなんだか……?」

 

 エクセレンとブリットは互いに顔を見合わせ困っていた。

 キョウスケは目の前のキョウスケ・ナンブから目を逸らさず、考えを進める。

 目の前の男が並行世界のキョウスケならば、アインスト故の回復能力故に銃撃などの武力行為は効かないばかりか、覚醒を促してしまう可能性が非常に高い。レイディバードの格納スペースまでは少し距離があり、ここで暴れ始められると間に合わない可能性が高かった。

 ならば、エクセレンたちを目の前のキョウスケ・ナンブから離し、格納スペースへ急ぐ事が先決だろう。

 目の前の男が格納スペースのアルトアイゼンが遠隔操作で動かせるとするなら、かなり分の悪い賭けになるが、今はそれ以外に目の前の男から彼女を取り戻す手はなさそうだった。

 

「エクセレン、こっちへ来るんだ」

「駄目だ、エクセレン。行くんじゃないぞ」

「え? え~と……」

 

 エクセレンの前にキョウスケ・ナンブが立ち塞がる。

 

(……こいつ……一体何が目的だ……?)

 

 アインストの首領であるシュテルン・レジセイアの体を奪い、この世界に顕現した並行世界のキョウスケが、いまさら下位のアインストに接触する理由が思いつかない。

 上位のアインストは下位のアインストを生み出せる。しかしそれを吸収することはできなかった。アインストと融合しているエクセレンに至っては不純物もいい所で、アインストである事はやはり近づくに決定的な理由にはならないように思えた。

 それに並行世界のキョウスケは、同族のアルフィミィを殺害した時なんの反応も見せなかった。

 仲間を護る。そんな殊勝な心がけもあるとは思えない。

 理由などないのかもしれない。

 考えれば考える程、よく分からなくなってきた。

 

「え~っと…………お願い!」

 

 唐突なエクセレンの懇願。

 キョウスケも、目の前のキョウスケ・ナンブも彼女の声に気が逸れた。

 

「お願いだから、私を巡って争うのはヤメテ!!」

「「……………」」

「ガビーン! (ダブル)アウト・オブ・眼中!?」

「……エクセレン少尉、死語ですよ、ソレ」

 

 雰囲気を変えるつもりだったのだろうか。ボケをかますエクセレンをブリットが律儀に拾ってあげていた。

 

(……妙だな?)

 

 エクセレンのボケが、ではない。

 目の前のキョウスケ・ナンブが並行世界の奴ならば、何故、エクセレンに気付かれることなく傍にいることができたのか?

 エクセレンはアインストと融合している。それ故、アインストに関する感覚は鋭く、時にはアインストが転移してくる予兆すら感じ取ることができた。仮に並行世界のキョウスケが力を隠していたとしても、違和感の1つぐらい覚えそうなものだ。

 疑問点はそれだけではない。

 並行世界のキョウスケに目的があるとして、何故、エクセレンに近づいた時点で達そうとしなかったのか?

 何故、約2週間という時間を無為に過ごしていたのか?

 そもそも、目的がエクセレンなのならば、以前のように支配するなりアインスト空間にでも連れ去ってしまえば済む話でもある。

 

(……何なんだ、この違和感の無さは……?)

 

 エクセレンを庇うように立つキョウスケ・ナンブ。焦燥感こそ覚えたが、その光景は実に絵になっていた。

 

(本来、俺がいるべき場所に奴がいる。俺と同じ姿形だからか……? いや、それだけは説明がつかん………── ッ!?)

 

 心臓が激しく脈打ち、しかし全身から血の気が引いていく感覚をキョウスケは覚えた。手に冷や汗が滲んでくる。

 ある1つの懸念(・・・・・)が、キョウスケの脳裏に浮かんできたからだ。

 それはまるで決して踏んではいけない対人用の地雷のように、決して思い浮かべてはいけないモノのような気がしてならなかった。

 

「キョウスケ中尉、1つ質問をいいでしょうか?」

 

 これまで黙っていたブリットが、律儀に挙手して声を上げた。

 

「いいぞ」

「どうした?」

「あの戦闘後、中尉は精密検査を受けているはずです。あれだけの戦闘の後、それも並行世界からアインスト化した中尉が相手だったんですから、体の異常よりもあることが起こっていないかを重点的に調べられた……覚えていますね?」

「ああ、アインスト化していないか、あるいはエクセレンのように融合していないか……だったな」

 

 目の前のキョウスケ・ナンブがブリットに返答した。

 

「そうです。結果はシロでした。つまり中尉が人間であるということは、連邦医学が証明している訳です」

「……それがどうした?」

 

 キョウスケは改造人間や人造人間、ましてやアインストと同化した人間でもない生身の人間だ。

 当たり前の事を言われただけ。しかしキョウスケの心臓の刻むビートは、ますます速くなっていくばかりだ。

 

「つまり俺が言いたいのはですね、検査を受けて、エクセレン少尉や俺と行動を共にしていたキョウスケ・ナンブ中尉は、間違いなく人間だった……ということです」

「な~る、ブリット君冴えてる。要するに、どっちが私たちと居たキョウスケか分かればいいのよね?」

「ええ、その通りです」

「ちょっと待て、残ったもう1人はどうするんだ?」

 

 反射的に言葉が飛び出していた。

 

「とりあえず、今は、拘束させてもらうしかないですね。抵抗しなければ、後日精密検査もできる……すいません中尉、今はこれ以上良いアイデアが浮かびそうにありません」

「いや上策だ。で、どうやって確かめる?」

 

 勝ち誇ったように目の前のキョウスケ・ナンブが言った。それにブリットが続く。

 

「キョウスケ中尉なら、絶対知っていることを質問しますので答えてください」

 

 キョウスケは今なら、追い詰められた獣の気持ちが分かる気がした。

 どう考えても、この流れではキョウスケが不利だ。

 アインストに常識は通用しない。目の前のキョウスケ・ナンブは精密検査を何らかの方法でクリアしたに違いない。検査に不備があったのなら、共に行動していたとしてもアインストでない保障はどこにもないのだ。

 無論、ブリットもその事を承知していて「後で検査」するつもりのようだ。2人のキョウスケを放置するわけにもいかず、どちらを信用するかを決めるための苦肉の策、と言った所か。

 

(……むしろ好機かもしれん)

 

 目の前のキョウスケ・ナンブが、この世界でのキョウスケの記憶を持っていなければ、この質問で逆に追い詰めることができる。エクセレンを取り戻すことができる。

 相手が並行世界の人間なら、この世界の正確な情報は持っていないはずだから。

 L5戦役が始まったのは何時か?

 その戦争を生き抜いたのは誰か? トップエースは誰か?

 シュテンルン・レジセイアに使われた施設はホワイトスターだったのか?

 一から十まで、キョウスケの記憶と並行世界のそれが同じとは思えなかった。キョウスケが転移した武の世界では、自分に関係する人物に一人も会わなかったのだから、尚さらそう思えてしまう。

 しかしエクセレンたちと実際に行動を共にしていたのは目の前のキョウスケ・ナンブだ。自分が圧倒的に不利であることは揺るがない。

 

(分の悪い賭けだが……乗るしかないか)

 

 嫌な予感はした。しかしこの状況でブリットの提案を拒否することは、自分が偽物だと認めてしまうようなものだった。

 

「では行きます」

 

 ブリットが質問を投げかけてきた。

 キョウスケは息を飲み、その内容を待つ。

 

「アルトアイゼンやヴァイスリッターの開発者のフルネームは教えてくだい」

「「マリオン・ラドム博士だ」」

「わぉ、まるでステレオって感じの答えねぇ」

「せ、正解です」

 

 キョウスケと目の前のキョウスケ・ナンブの答えに口ごもった後、

 

「では次の質問、行きます」

 

 ブリットがキョウスケたちに次の質問を投げかけた。

 

(・・)現在、俺たちATXチームの所属している基地の名前は何でしょう?」

 

 拍子抜けする程簡単な質問だった。

 緊張で手に汗握っていただけにキョウスケにはありがたかった。

 

「北米のラングレー基地に決まっている」

「……違います」

「なっ……!?」

「あらら、じゃあこっちが偽物さん?」

 

 キョウスケ・ナンブ越しにエクセレンの視線が向けられた。疑惑の視線。エクセレンに向けられるとは夢に思っていなかったモノだった。

 

「『インスペクター事件』後、ATXチームは転属することになったんですよ」

 

 ブリットの言葉に衝撃を覚えるキョウスケ。

 

「前々からケネスの真空管ハゲチャビンに嫌われてたからね~、転属することになって今向かってる(・・・・・・)基地の名前なんだっけ? トロロパブロフ・ビーフジャーキー? それともペトロパフパフロクス・ガムスキーだったかしらん?」

「……ロシア極北のペトロパブロフスク・カムチャッキー基地だ」

 

 目の前のキョウスケの言った基地の名は聞き覚えのない名前だった。

 戦後たった2週間で転属する羽目になるなど誰が思うだろう? キョウスケの体験した異世界転移に比べれば随分と現実的ではあったが、転属という事実が胸に突き刺さったナイフのように自分を追い詰めていると感じたのは初めてだった。

 

 どくんッ。

 胸が跳ね、血の気が引き、頭痛がしてきた。

 頭痛は増していく。

 五感が遠くなっていった。

 自分は本物のキョウスケ・ナンブだ。

 その事を伝えて信じてもらうしかない。

 エクセレンの傍にいるのは偽物のキョウスケ・ナンブだと信じてもらう。

 そのためには訴えなければならない。身の潔白を。

 だが ──

 

(なん、だ……? この体が引っ張られるような感覚は……?)

 

 ── 気が遠くなり、キョウスケは口も動かせなくなった。

 すぐ傍でエクセレンとブリットが何かを言っている。しかし聴覚も弱くなっているのか、よく聞こえなかった。

 

「── 貴様の居場所はここじゃない……」

 

 目の前にいたキョウスケ・ナンブの声だけが、いやに熱く耳に残った。

 自分の居場所。エクセレンの隣、そして仲間たちの傍。

 混濁していく意識の中、彼女たちの笑顔が浮かんで、消えた。

 声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

── 全ては 

       静寂なる

           世界のために ──

 

 

 

 

 

 

 直後、キョウスケの視界が暗転する。

 次の瞬間、レイディバードの中からキョウスケの姿は消えていた ──……

 

 

 

 

 

 

 

 




次が第2部エピローグです。

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