Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第2部 エピローグ 南部 響介

【西暦2001年 12月3日 19時10分 国連横浜基地 香月 夕呼の仮設実験室】

 

 横浜基地の地下19階にあるフロアにて。

 

 キョウスケ・ナンブの転移実験終了後、時間の無駄遣いを嫌う香月 夕呼にしては珍しく、仮設実験室の中で時間を潰していた。

 実験から1時間以上が経過し、転移装置の電源は既に落とされている。

 実験終了後、装置前で名残惜しそうに居座っていた白銀 武も今はもういない。仕事を終えた社 霞も「例の部屋」に戻ってしまっていた。

 夕呼1人だけが実験室に残り、制御盤前の椅子に腰かけ、球体状の転移装置本体を眺めていた。

 

 香月 夕呼は予感があった。

 当たってほしくはない。しかし頭の隅から剥がれてくれない、そんな予感。

 

(……おそらく、キョウスケ・ナンブは戻ってくる)

 

 それもそのはず。

 

「南部 響介……嫌ね、どうして覚えているのかしら?」

 

 転移させたにも関わらず、夕呼は対象であるキョウスケ・ナンブの事を、欠片ほども忘れていなかったからだ。

 白銀 武が転移した時は、写真という小道具を使ってまで留めようとしていた記憶が、皮肉にも自分の世界から追放しようとしたキョウスケの時はこれっぽっちも抜けていかなかった。

 周りの者が認識すること ── それは転移先の対象者を引き戻す大きな力となる。

 しかし元のいるべき(・・・・・・・)世界に戻った場合、世界の引き留めようとする力のために、対象の事を忘れてしまう現象が起きる ── 武の転移の時がそうだった。

 

「ホント、天才って嫌ねー。忘れたいのに忘れらないんだから」

 

 夕呼は冗談を一人ごちしながら、自分の考えた仮説の正しさを確信していた。

 キョウスケが戻ってくれば確定する。キョウスケや武がどういう存在なのか、それを推察するために立てた夕呼の仮説の正しさが。

 仮説を実証するのは研究者にとって至上の目的ではあったが、今回ばかりは、外れてもらいたいと夕呼は願ってやまなかった。

 

「帰ってこない方がアイツのためだもの。それに……」

 

 夕呼は怖かった。キョウスケの持っている何か(・・)が。説明できない何かを、キョウスケは確かに持っている。

 キョウスケの持つノウハウは研究者として興味があるし、戦術レベルでは非常に惜しい。しかし戦略レベルとなると別だ。キョウスケの戦略を実現する技術がこの世界にはない上、実現できてもたった1人では意味をなさない。

 幸い、キョウスケの世界の超技術は「残骸」という形で手に入った。

 時間さえ掛ければ実現できるかもしれない。それまでこれらの技術を用いたキョウスケのスキルは、他の兵に転用できない死んだモノも同然だった。

 もちろん、キョウスケがただの異世界人なら手元に置いておくのもヤブサカではない。 

 しかし天才である夕呼が説明できない何かをキョウスケは持っていた。

 人間、訳の分からないものは怖い。それが制御できない物……例えるなら、爆破スイッチが勝手に入ってしまう爆弾なら尚更だ。

 

(アイツは……私が立てた戦略ですら何かの拍子にメチャクチャにしてしまいそう……そう思えてしまう。何故かしら? 分からない……ヤキが回ったもんだわ、私も)

 

 大きなため息を吐き出し、転移装置を見る。

 当然の事だが、何の動きも見られなかった。既に1時間以上、転移装置を見守り続けていることになる。

 流石にこれ以上は……と、夕呼が腰を上げようとしたその時だった。

 

「……やれやれだわ」

 

 電源の入っていない転移装置が、独りでに立ち上がり駆動し始めた。

 

 電力は供給していなかったが、臨界運転時よりも酷い重低音を周囲に撒き散らしている。

 何処からエネルギーが供給されているのか興味は尽きなかったが、そんなことよりも装置本体がスパークし、転移対象者が乗り込む円柱状の搭乗部が大きく揺れたことの方が問題だった。

 転移装置は所々から黒煙を上げて止まり、搭乗部の扉が開放された。

 

「お帰りなさい……南部 響介」

 

 赤いジャッケトを着た男 ── キョウスケ・ナンブがそこにいた。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第2部 エピローグ 南部 響介

 

 

 

 ……── 真っ暗だった視界が開けると、目の前にはキョウスケ・ナンブではなく香月 夕呼が立っていた。

 

 香月 夕呼がいる。

 幻覚などではない。鈍くなっていた五感が元に戻っているのを自覚する同時に、あれだけ酷かった頭痛がなりを潜めていることに気が付いた。

 キョウスケがいる部屋には複数の機材が所狭しと置かれていて、電燈に照らされた球状の転移装置が黒煙を上げているのが分かった。

 間違いない。キョウスケが元の世界へと出発した国連横浜基地地下の仮設実験室だった。

 

「お帰りなさい……南部 響介」

 

 夕呼の声が耳をくすぐった。幻聴ではない。それはつまり、考えたくない、あることを意味していた。

 

「……戻ってきてしまったのか、俺は?」

「そのようね。で、どうだったのかしら? 久しぶりに帰省した気分は?」

 

 夕呼の言葉で、武の世界に舞い戻ったことが決定的になった。

 不思議な事に、あれだけ騒ぎ立てていた心臓は静まり返っている。しかしキョウスケが開いた手の平には、じっとりとした冷や汗が残っていて、アレが夢ではなかったこと雄弁に物語っていた。

 キョウスケは思ったままの言葉を口にした。

 

「……俺がもう1人いた」

 

 夕呼は黙って聞いている。

 

「間違いなく、俺は元の世界に戻っていた。見知った顔にも会えたし、エクセレンにも再会できた。しかしこの世界に置いてきた筈のアルトアイゼンが、戻った世界には何故か存在していた。

 それだけじゃない。俺と瓜二つの人間が、当たり前のようにエクセレンの隣に居座っていたんだ……」

「……そう」

 

 アレは一体何だったのか? キョウスケは自分が導き出した1つの答えが正しいのか……それを知る間もなくこの世界に引き戻されてしまっていた。

 並行世界のキョウスケ・ナンブ。

 奴がキョウスケに成りすまし、何らかの目的でエクセレンの傍にいる。そう思えてならなかった。

 

「ふぅ……やーね、天才って」

 

 キョウスケの放つ重い雰囲気を無視して、夕呼がため息混じりの冗談を吐き出した。

 

「立てた仮説が悉く正しいんだもの。研究者としては嬉しい事でもあるんだけど、もっともこの場合は、数値データもないし何の役にも立たないから公表は出来ないわね」

「……一体、何のことだ?」

「分かったって言ったのよ……アンタの正体がね」

 

 キョウスケは耳を疑った。

 一体全体、夕呼は何を言い出すのだろう。気でも狂ったのだろうか? キョウスケはキョウスケで、それ以外の何者でもない。

 正体、などと言う単語はキョウスケには縁遠い物だった。

 

「ま、立ち話もなんだから座りましょうか」

 

 制御盤前の椅子に夕呼は腰かけ、近くに置いてあるソファを指さした。

 釈然としないモノを感じながらも、キョウスケは素直にソファに腰かける。

 

「もう一度確認させて。あちら側の世界にはキョウスケ・ナンブ ── アンタがもう1人居たのよね?」

「……ああ」

 

 認めたくないが、間違いなく存在した。

 

「過去に似たような体験をしたことは? おそらく、無いでしょうけど」

「……ああ、無いな」

 

 戦場で並行世界の自分と戦った事はあっても、郵送機レディバードの中で遭遇したことはなかった。

 

「そう、やっぱりね」

「……なぁ博士、思わせぶりな台詞は止めてくれ。俺だって気が立たない訳じゃない。理解できないことの連続で、正直、少し苛ついているんだ」

「そうね。じゃあ本題に入りましょうか」

 

 夕呼は続けた。

 

「前置きが長いのは嫌いだから単刀直入に言ってあげるわ。

 アンタはキョウスケ・ナンブじゃない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 夕呼の答えに、キョウスケの頭の中身が白く塗り潰される。

 思考停止。理解不能。今の状態を正確に表現する術を、今のキョウスケは持ち合わせていなかった。

 

「ま、同時にキョウスケ・ナンブでもあるんだけど。

 もっと詳しく説明するなら、アンタはキョウスケ・ナンブだけど、元の世界に存在したキョウスケ・ナンブとは正確には別の存在なのよ」

「……別の……存在……?」

 

 夕呼の言葉にキョウスケは心当たりがあった。

 元の世界のキョウスケとは違う別のキョウスケ・ナンブ。

 

(……まさか……?)

 

 思い当たる節は1つしかない。

 考えてみれば、最初から変だったのだ。

 ほぼ大破状態だったアルトアイゼンが転移直後に全快していたり、転移現象の中心に自分がいたり、身に覚えのない記憶が頭の中をよぎったり……

 

(……まさか……俺は……?)

 

 身の毛もよだつ思考 ── それは元の世界で思い浮かべてしまった、今のキョウスケにとって最悪の答えだった。

 

「……俺は……並行世界のキョウスケ・ナンブなのか……?」

「え、違うわよ?」

 

 思わず口走ったキョウスケの答えを、夕呼はあまりにあっさりと否定した。

 

「いや、あながち間違いでもないわね。アンタの答えは正しくもあり、間違ってもいる」

「……トンチはもういい……博士、教えてくれ」

「あら、そう? ま、いいわ。アンタの正体は ──」

 

 並行世界のキョウスケでなければ、自分は一体なんだと言うのだろうか? キョウスケ・ナンブでありながら、元の世界のキョウスケではないとなるなら、行き着く答えはソコしかない。

 しかし夕呼は否定した。

 なら自分は何者なのか? 不安からか、キョウスケは息を飲んでいた。

 

 夕呼の口が動く。

 

 

「── 数多の世界から集められたキョウスケ・ナンブという因子の集合体(・・・・・・)、それがアンタよ」

 

 

 ぞわり、と悪寒が全身を駆け抜ける。

 

「並行世界 ── 俗に言うパラレルワールドは無限に存在する。理由は分からないわ。でもね、無限にあるパワレルワールドから集められた因子によって今のアンタは形作られている。

 無数の並行世界からの因子の集合体であるアンタは、ある意味では並行世界のキョウスケ・ナンブであり、本当のキョウスケ・ナンブでもあり、キョウスケ・ナンブ本人ではないとも言えるわ。

 そしてこの世界の南部 響介は明星作戦(オペレーション・ルシファー)でMIAになっている。そうね、この世界にとっては、アンタは偽物の南部 響介になるかしら」

「……ちょっと……待ってくれ」

 

 津波のように押し寄せる言葉に、キョウスケは頭の中がどうにかなりそうだった。

 

「すまんが……もう少し噛み砕いて説明してくれないか?」

「いいわ。すぐに理解できるとは私も思ってないから」

 

 あっさり了承すると夕呼は喋り出す。

 

「まず最初にこれから説明することを要約するけど、アンタの正体は、白銀のそれと同じなのよ」

「……武と……?」

「そう。白銀も複数の世界から集められた白銀 武という因子の集合体よ。特に白銀の場合、因果律にすら縛られていると言ってもいいかもしれない……でも、これは白銀にはまだ説明していないわ。機が来るまでは説明しないつもりだから、アンタも白銀には黙っておいて」

 

 キョウスケの正体は武の正体にも通じ、彼に語れない程に重大な秘密ということだ。

 キョウスケが頷いたのを確認し、夕呼は続けた。

 

「おそらく、元の世界には……白銀のオリジナルが普通に生活しているわ。転移実験のはじめの頃、体が自由に動かせなかったのは、オリジナルの肉体に思念だけが憑りついたような状況になっていたからよ」

 

 怒涛勢いで夕呼の口が動き始める。

 

「転移先でアンタが見たのも元の世界のキョウスケ・ナンブ ── その世界に存在するべきオリジナルよ。

 キョウスケ因子の集合体であるアンタはオリジナルとは別の肉体を持っている。以前に白銀が転移した時のように、元の世界で遭遇する運命が織り込み済みなのなら、オリジナルと遭遇してもアンタ自身がオリジナルである可能性は出てくるわ。

 でもアンタは心当たりがないと言った。

 つまり今回の転移では、別個体のキョウスケであるアンタが、元の世界のオリジナルキョウスケに遭遇しただけ……ということになる訳。転移先にアルトアイゼンがあったのも、おそらく、それがオリジナルのアルトアイゼンだったと言うだけの話よ」

「……アルトまで……?」

「因子の集合体が生物でなければならない理由は何一つないわ。元になった並行世界のアルトアイゼンにあった能力なら、アンタに心当たりのない能力でも、この世界にあるアルトアイゼンに備わっていても不思議じゃないわ」

 

 新潟BETA再上陸時の転移現象、謎の再生現象、機体の基本スペックの向上 ── 怪しい点は幾つもあった。

 しかしあまりに極端な設計思想のため、アルトアイゼンには拡張性というモノが他機に比べ非常に劣っている。あまり複数の機能を搭載できるとも思えなかったが、何処かの並行世界ではそれを実現している世界があるのかもしれない。

 

「それにこれは白銀にも言えることだけど、アンタ、所々記憶が抜け落ちてたり、身に覚えのない記憶を思い出したりしない?」

「ああ……だがそれは転移の影響だと武が言っていたが……」

「ああ、私が白銀にした説明ね。あれは半分嘘よ」

 

 いけしゃあしゃあと言い切る夕呼。

 

「転移の影響って事にした方が分かり易いでしょ? 

 でも実際は違う。様々な並行世界の因子が集合して、それぞれの記憶や体験が混在し、まるで色を混ぜすぎた絵の具のようにそれらが真っ黒になっているのよ。黒く染まった部分は、塗りつぶされている訳だから当然思い出せない。

 もちろん、転移の時に記憶が抜け落ちた可能性もあるけど、それだけだと知らない記憶を思い出す理由は説明できないわ。思い出すのは忘れていた記憶だけ。

 知らない記憶が蘇るのは、何かの切っ掛けで、黒く染まっていた部分が見えるようになったから。それで知らない記憶を思い出してしまうのよ。

 でも無数に存在する並行世界の記憶を全て思い出すと精神が耐えられない。これは推測だけど、数が多い些細な記憶を思い出す事はできないでしょうね。でもアンタを形作っている大きな因子 ── さしずめ大因子(ファクター)の強い記憶なら思い出せてしまう、きっとそんな所かしら」

 

 大因子。初めて聞く単語だった。

 

「……博士、その大因子というのは……?」

「アンタを構成してるメインの因子の事よ。普通の因子を細胞の1個1個だとするなら、大因子は体を支える骨格のようなもの……少なくとも2つか3つかの大因子の元に無数の因子が集まって、今のアンタは構成されている。

 そうね例えるなら、体を構成する因子(・・・・・・・・)精神や記憶を構成する因子(・・・・・・・・・・・・)戦闘技能を構成する因子(・・・・・・・・・・・)と言った所かしら?」

 

 俄かに信じがたい話だったが、アインストのような奇怪な生命体が存在するぐらいだ……多少不思議なことが起きても受け入れる度量をキョウスケは持ち合わせているつもりだった。

 が、それが自分の身に降りかかることは想定外だった。

 

「俺が……キョウスケ・ナンブの集合体……?」

 

 実感がまるでなかった。今でも、自分がキョウスケ・ナンブだと確信を持って言い切れる。

 だが違う。夕呼が言うには自分は元の世界のキョウスケ・ナンブでもなく、並行世界のキョウスケ・ナンブでもなく、キョウスケ・ナンブという因子の集合体らしい。

 説明には筋が通っていて体験と合わせて納得できるものだったが、到底信じられるものではなかった。

 

「……なぁ、博士。もう一度、俺を転移させることはできないだろうか……?」

 

 夢だと、嘘だと、信じたい。

 もう一度元の世界に戻れば、もう1人のキョウスケ・ナンブはおらず、エクセレンの隣に自分が立っていられる。それが本来あるべき世界のありようの筈だ。

 夕呼はしばらく黙ってキョウスケを見つめ、その後口を開いた。その視線には憐みと何処か恐れのようなモノが含まれているように思えた。

 

「南部……本当は分かってるんでしょ?」

「…………」

「どの世界にも、アンタの居場所はない(・・・・・・)ってことが」

 

 聞きたくなかった答えが、無情にも鼓膜を通して脳へと伝わった。

 

「どの道、アンタが戻ってきた影響で転移装置は故障中よ。修理しなくちゃ使えないわ」

 

 転移装置が黒煙を上げていたのを思い出す。

 

「キョウスケ・ナンブ、いえ、あえてここは南部 響介と呼びましょうか」

 

 無言のままのキョウスケに、夕呼は追い打ちをかけるように言った。

 

「アンタも軍人で大人なら分かってるはずよ? 居場所は与えられるものじゃない。自分で作っていくものだってことを」

「………………ああ」

「でも今は私が居場所を与えてあげるわ」

 

 夕呼の言う居場所とは特殊部隊「A-01」の事だろうか? 夕呼からの提案にキョウスケはただ頷くことしかできなかった。

 あれだけ説明されたにも関わらず、実感というモノがキョウスケの中にまるで生まれてこなかった。

 自分がキョウスケ・ナンブの因子の集合体? 姿かたちはそのままで、所々抜けているが記憶や愛する女との想い出も持っていて、戦いの技術も少しも落ちていない。何より自分がキョウスケ・ナンブだと言う強い思いが胸の中に宿っていた。

 

(……何故、こんな事に……?)

 

 記憶の中から原因を探らずにはいられなかった。夕呼ではないが、原因もなくこんな結果に陥ってなど堪るものか。

 

(…………ああ、アレか……?)

 

 「インスペクター事件」の最終局面で、キョウスケは自分 ── いや元の世界のキョウスケと並行世界のキョウスケとがもつれ合いながら大気圏に落下して行ったことを思い出す。

 アインストに支配され、異様な化け物になっていた並行世界の自分とアルトアイゼンは、キョウスケが撃ち込んだ一撃と大気圏の摩擦熱の前に燃え尽きた筈だった。シュテルン・レジセイアを憑代に顕現した並行世界のキョウスケだ。消滅する際に莫大なエネルギーを撒き散らしたに違いなかった。

 巨大なエネルギーの放出自体は、キョウスケの世界では珍しいことではない。だが並行世界の自分がいるという稀有な事態と、そこから先の記憶がキョウスケにないことが最早決定的な気がしてならなかった。

 

「心の底から同情するわ、南部 響介」

 

 夕呼は南部 響介とキョウスケを呼んだ。

 

「でも私がアンタにしてやれることはタカが知れてる。精々アンタがこの世界で生きていく手助けをすることぐらいよ」

「……博士、本当に……?」

「冗談でしたって言えばアンタの気は済むのかしら? だったら幾らでも言ってあげるわよ。でもね南部、これは現実なのよ」

 

 

 突き付けられた言葉が、まるでナイフのようにキョウスケの胸に刺さった。

 

「今日はもう疲れたでしょう? もう戻って休みなさい。私も仕事に戻るわ」

 

 夕呼は椅子から立ち上がると、呆然としているキョウスケを一瞥し実験室から出て行った。

 キョウスケはソファの背に体を預けたまま動けない。酷い疲労感が両肩に圧し掛かり、まるで体が鉛か何かになったかのように重く感じられた。

 眠気がキョウスケを襲ってきた。

 死んだように睡魔の渦の中に飲み込まれていく ──……

 

 

 

 ……── 朦朧とした意識の中でキョウスケは夢を見ていた。

 

 小さな酒場らしい場所で、キョウスケはグラスを片手に誰かと話をしていた。

 隣に座っている男も酒を飲んでいる。特徴的なクセ毛がちな赤い髪、少し垂れ気味の両目、鍛え抜かれた肉体 ── その男をキョウスケは知っていた。

 アクセル・アルマー。

 並行世界の特殊部隊「シャドウミラー」の隊長を張っていた男だ。大群を率いてキョウスケの世界に侵攻してきたが、最期は並行世界のキョウスケに敗れて宇宙に散った筈だった。

 漠然とキョウスケは理解した。

 これは夢か、キョウスケを構成する大因子(ファクター)の持っている記憶なのだと。

 

「馬鹿か貴様は?」

 

 夢の中、酒を飲み語らいながら、アクセルはキョウスケを鼻で笑い飛ばしていた。

 

「束の間だ、そんな平和。戦争はすぐに起こるさ。まぁ、数年以内にはな」

「……もし、起こらなかったとしたら?」

 

 アクセルは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「なんなら、俺が起こしてやってもいい、これがな ──……

 

 

 

 

 

 ……── 時刻は19時半を回ろうとしていた。

 無音と化した仮設実験室の中には、ソファに腰かけたまま眠るキョウスケの姿だけが残されているのだった……。

 

 

 

 

 To Be Continued ──……

 

 

 




<第2部後書き>
短かったですが、第2部はこれにて終了です。
第2部はこの小説のキョウスケの核心に迫る話でした。この小説のキョウスケは白銀 武と同質の存在、いうなれば光と影のようなものです。武が表の主人公なら、キョウスケは裏の主人公として今後も描いていく予定です。
加えて、主要キャラとの絡みを描くための場でした。
私はスパロボが好きで、二次小説が好きですが、スパロボの特性上登場するキャラクターが非常に多くなります。キャラが多くなれば、その分、キャラの掘り下げは困難になり、全部掘り下げればテンポの悪化につながる。
なので、私の小説ではメインの登場キャラを第2部で出たメンツに焦点を当てるつもりです。描き分ける技量が未熟というのも理由の一つですが。

ま、何はともあれ、第2部は無事に終了しました。
次の第3部は原作同様に戦闘が多くなる予定です。そこに私なりのオリジナリティを加えていきたいとおもいます。

ここまでお付き合いくださった読者の皆様、よければ今後もお付き合いいただければ嬉しいです!(マジで)
今後もマブラヴ世界で生きるキョウスケ・ナンブを描いていきたいと思います!

最後に第3部の次回予告を載せて終わりにしたいと思います。
ではでは、よければ今後もお付き合いくださいねノシ


【第3部 予告】

 キョウスケ・ナンブは自分を見失いそうになっていた。
 キョウスケ・ナンブなのか? いや、それとも南部 響介なのか? 
 自分はいったい何者なのか?
 突きつけられた衝撃の事実に体が、心がついていかない。
 自分の置かれた境遇を、平静で受け入れられたと言えば嘘になる。
 彼には時間が必要だったが、彼を取り巻く状況がそれを許してくれなかった。
 だが。
 突如として始まった軍事クーデターが、彼を戦場へと再び引きずり出す。

  第3部 望蜀の下界 ~Phantom role~
          彼は戦う、自分が自分であるために……!

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