Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第12話 ただ、生きるために

【西暦2001年 12月4日(火) 11時12分 国連横浜基地 PX】

 

 疲れが抜けきっていないのか、キョウスケは歩いて移動するのもおっくうに感じていた。

 腹の虫を押さえながら、ゆっくりとした足取りでPXを目指しながら、キョウスケは今朝の夢の事を考えている。

 

(……夢、いや大因子の持つ記憶なのか……? アクセル、奴の顔を久しぶりに思い出した気がする……)

 

 「シャドウミラー」の部隊長を務めていた男、アクセル・アルマー。彼は並行世界のキョウスケに撃破され宇宙に散った。もう夢の中でしか会うこともないだろう。

 しかし夢の中のアクセルの言葉が大きなしこりになって、キョウスケの心に残っていた。

 

【また会おう。もっとも、次に会うのは戦場で、だがな ──……】

 

(嫌な感じだ……また、何か起こるのではないだろうな……?)

 

 既視感に似た感じを覚えながらも、所詮夢だと考えるのを止めた。

 これからどうすればいいのか皆目見当もつかないキョウスケだったが、この後、夕呼の研究室へと呼び出されている。

 それまでに腹ごしらえしておく。食える時に食っておくのは当たり前のことだが、

 

(即物的だな、俺も)

 

 内心自分に呆れながらも、雑念に囚われている間にPXが目と鼻の先になっていることに気付いた。

 キョウスケはPX内へと入っていく。

 

 

 

      ●

 

 

 

 昼休憩前なのか、PX内はまだ人影がほとんどなかった。立てかけている時計を見ると短針が11時指している。まだ厨房では昼食の準備を始めた頃合いの時間帯だろう。

 

「あらー、武、あんた今日もサボりなのかい?」

「やめてくださいよ~今日は別の任務で動いてるんですよ。別にサボってる訳じゃないって!」

「例の特務とかいう奴かい? はいはい、そういうことにしといてあげるよ」

 

 恰幅の良い体を昔ながらの割烹着に包んだ、まるで給食のオバちゃんを体現したかの女性 ── 京塚 志津江が、カウンター越しに武と言い合っていた。

 

「だから違うって! オバちゃん、俺だって働いてるよ。そりゃあ、最近は207分隊の訓練に参加できてないけどさぁ……」

「そうだろう。夕呼ちゃん絡みじゃしょうがないけど、終わったらさっさと戻ってあげなよ。あんたがいる方が、あの子たちも張り合いが出るからねぇ」

「え、そうなの?」

「当たり前さ! 給食のオバちゃんの眼力なめんじゃないよ!」

 

 眼力に給食のオバちゃんは関係ないと思うが。むしろ、培われるのは目利きのような気がしないでもない。

 

「で、武、こんな時間に何の用だい? まだ昼ごはんはできてないよ」

「いやー、ちょっとオバちゃんにお願いがあってさー」

「今日は人工味噌汁だからね、人工トン汁には変えられないよ」

「トン汁かぁ、久しぶりに食いたい……って違うよ」

 

 一瞬、昔を思い出したように遠い目をしたがすぐに武は首を振った。

 

「実は人工コッペパンと、人工ヤキソバを ────── って具合に、できる?」

「ああ、できるよ。でもそんなもん作ってどうするんだい?」

「詳しくは言えないんだけど、それがないと大変なことが起こるんです!」

「はぁ? コッペパンとヤキソバでかい?」

「ああ! それを防ぐためにソイツが ── 俺の切り札が必要なんです!」

「何だか知らないけど、まりもちゃんには黙っといてあげるからサボリも程々にしなよ」

「だ、だから違うって!」

 

 聞く耳を持っていない京塚に武は必死に弁明していた。

 京塚も言っていたように昼食もできていない時間帯のためか、PX内には武しか人は見当たらなかった。昼食の準備が終わっていないのなら、食事にありつくためには少し待たないといけないかもしれない。

 武はキョウスケには気づかず、京塚が厨房内で調理する様子を眺めていた。昨晩別れの言葉を交わした相手が、昨日の今日で舞い戻っているとは夢には思っていないのだろう。

 しかし、いつまでも入り口に突っ立っている訳にもいかない。

 仲間を連れて戻ると約束したにも関わらずこの体たらく。キョウスケは後ろめたい気持ちを抱きながらも、PXの中へと足を運んだ。

 

「……武」

「え? きょ、響介さん!?」

 

 キョウスケの姿を見た武は驚きのあまり、一歩後ずさっていた。

 

「ど、どうしてここに!? いつ帰ってきてたんですか!?」

「……実はあの後すぐだ。あちら側で色々あってな、気づいたらこちらに引き戻されていた」

「色々って……一体、何があったんですか?」

 

 キョウスケがあちら側で体験してきた出来事。話せば長くなる。が、それ以上にキョウスケと武の正体に直結する重大なモノだった。

 立場を同じくする武になら話してもいいか、稚拙な考えが頭を過ったが、

 

【機が来るまでは説明しないつもりだから ──】

 

 夕呼の言葉を思い出し、キョウスケは言うのを踏みとどまった。

 要点を隠して説明することはできるだろう。しかしそれはキョウスケの役割ではない。夕呼の果たすべき役割だった。

 

「響介さん……?」

 

 押し黙るキョウスケを不安げに武が見つめていた。

 秘密を共有する仲間に話せないことが1つ増えてしまった。

 それも互いの出自に関する重要な事象。罪悪感を覚えると共に自分の正体を思い返し、まるで沼に浸かった足がずぶずぶと飲み込まれていくようにキョウスケの心が沈んでいく。沼に底があるのか、それともないのか、それは分からなかった。

 

「……武、すまんが香月博士に口止めされていてな。答えてやることはできない。仲間も連れてはこれなかった」

「そ、そうですか……でも、響介さんが返って来てくれて、俺、嬉しいよ!」

 

 武は笑顔を浮かべてそう言った。

 キョウスケがヒリュウ改やハガネの仲間たちを連れてくることを心待ちにしていたのは夕呼だけではない。武だってそうだった筈だ。この世界のパワーバランスを一気に覆す切り札になったかもしれないのだから。

 それでも武は気丈に笑ってみせてくれた。キョウスケの帰還を喜んでいるのは本当だろう。キョウスケは心からありがたいと思うことができた。

 

「でもチャンスはきっとまだありますよ。俺だってあの書類を渡すまでに2回も失敗してますからね。大丈夫! 次は上手く行きますって!」

「……だと良いが……」

 

 キョウスケは苦い笑みを浮かべることしか出来なかった。

 あちら側にキョウスケの居場所はない。そう明言した夕呼が、キョウスケの転移実験を2度も行うとは思えなかった。

 オリジナルのいる世界に今のキョウスケが出向き、信用を得て助け船を出してもらえるとは限らない。むしろあちら側にメリットが皆無である以上、実現は絶望的と言えた。実にならない実験を、莫大な電力を捻出して行う余裕はこの世界にはなかった。 

 

「それより武、お前はこんな所で何をしているんだ?」

「オバちゃんに切り札を作ってもらってるんです」

「切り札?」

 

 ジョーカーの事ではないだろう。

 過去に奥の手として使ったアルトアイゼンの連携パターンを思い出した。

 切り札。武は一発逆転の手札を戦場や賭場ではなく、何故食堂に求めるのだろうか。

 

「どうするんだ、そんなもの?」

「……話したい奴がいるんですけど、そいつ中々頑固で、俺の話を聞いてくれないんです」

「そうか。まぁ、よくある話だな」

 

 武の話が切り札とどう結びつくのか、イマイチ想像できない。

 

「で、そいつが俺のいた世界で目が無かった食べ物を作って、差し入れて話を聞いてもらおうかと」

「なるほど、食い物で釣るのか」

「身も蓋もない言い方だなぁ……いや、実際そうなんですけど」

 

 武の言う切り札をその相手が受け取ってくれるかどうかは別にして、堅苦しい雰囲気よりも、お茶などで一息入れた方が話は弾むというものだ。

 

「お待たせ武、これでいいのかい?」

「おお、コレコレ! ありがとうオバちゃん!」

「……これが切り札なのか?」

「あら、響介も来てたのかい?」

 

 厨房から調理を終え出てきた京塚がキョウスケの事を呼び捨てる。

 この2週間、PXを利用していたらこの世界では珍しい男だからか、もしくは制服ではなく赤いジャケットを着ているからか、名前を覚えられてしまっていた。

 階級はキョウスケが上だったが、京塚になら呼び捨てられても嫌な気はしなから不思議なものだ。

 京塚が持っているトレイには、キョウスケも見知っている食べ物が乗っていた。

 

「響介、アンタは何の用だい? 武みたいに我が儘言わないどくれよ。こっちは昼食の準備で忙しいんだから」

 

 案の定、食事の準備はまだ終わってないらしい。

 無い物ねだりは大人気ない。大人しく、準備が終わるのを待つのが一番だ。

 しかし気になるのはトレイの上に乗っている「切り札」である。1つだけかと思いきや、「切り札」は2つあった。

 

「それより武、言われた通り作ったけど、こんな料理あたしゃ見たことがないよ」

「そりゃそうさ! だってこれは俺のオリジナルだからな!」

 

 質問する京塚に武がそう豪語する。

 武が料理が得意だとは思えない。十中八九、武の元の世界の食べ物で間違いないのだが、京塚を誤魔化すために自信たっぷりで叫んでいた。

 「切り札」には、PXのメニューの中ではそこそこ食べられる「人工焼きそば」を、食感がボッソボッソでスッカスッカで味わい薄い「人工コッペパン」に入れた縦の切れ目に挟みこんである。挟まれた「人工焼きそば」の上には「人工紅ショウガ」と「人工青のり」、下にはおそらく「人工マヨネーズ」が仕込まれている事だろう。

 

(そもそも、加工品は元より人工のような気がしてならんが……)

 

 兎に角、トレイの上には武の「切り札」 ── キョウスケも見たことのあるパン料理があった。キョウスケの世界にもそれはあった。確か、「謎の食通印」のクロガネ購買部にて堂々の人気No.1商品として君臨していた筈だ。

 武が「切り札」を手に取り叫んだ。

 

「そう! これぞおぉっ! あっこれぞおおおぉぉ ──」

 

 歌舞伎ばりの叫びに、武の手に握られた「切り札」が光り輝いた……ように見えた。

 

「── これぞ、皆大好き『焼きそばパン』! 思わず実写で表現したくなっちまう程の旨さだぜ!」

「何を言い出すんだろうねぇ、この子は?」

「……気にするな京塚曹長、いつもの事だ」

「焼きそばパン、ゲェィットだぜええぇぇッ!」

 

 京塚とキョウスケの突っ込みもどこ吹く風か、武のテンションは鯉の滝登りの如くうなぎ上り(?)だった。

 

「サンキュー、オバちゃん! 恩に着るぜ! でもなんで2つもあるの?」

「1個作るのも2個作るのも手間は同じだからねェ。丁度2個分の材料が余っていたってだけだよ」

 

 作る量が増えれば仕込みに時間がかかりそうなものだが、流石に料理の達人は言うことが違った。

 

「武がいらないんだったら、響介が持って行きな」

「いいのか?」

「余らせるよりは百倍いいよ」

「それはそうだ。では遠慮なく頂こう」

 

 武は1つ分の焼きそばパンにしか必要ないようで、残りは快く譲ってくれた。しかも京塚はご丁寧に持ち帰れるように紙袋まで用意してくれた。腹が空いていたキョウスケにはありがたい。

 

「あたしは仕事に戻るからね。武、あんましサボんじゃないよ!」

「だから違うって ── って、聞いてねえか」

 

 2人に焼きそばパンを渡した京塚はさっさと厨房に引っ込んでしまった。直後、厨房内から肝っ玉母ちゃんのような京塚の声が響いてきたが、それは余談ということで流しておく。

 

「武、お前はこれからどうする?」

「夕呼先生に呼ばれてるんで、焼きそばパン渡して早めに話を付けようかと思います」

「15時だったな。実は俺も呼ばれていてな」

「響介さんも? また実験の件でしょうか?」

「さぁな……お前はいいが、俺は何処かで時間を潰さねばならんな」

 

 手の中の焼きそばパンを見下ろし、呟く。

 誰もいないPXで焼きそばパンを齧るのもシュールで妙な感じだ。

 

「じゃあ、裏山でも言ってみたらどうですか?」

「裏山?」

 

 武の言葉に首を傾げる。

 

「今日は天気もいいし、静かに1人で時間つぶすにはいいかもしれませんよ。見晴しもいいし……ま、見えるのは元柊町だけですけどね」

「元柊町、か」

 

 一昨日、屋上でまりもと街並みを見下ろした記憶が蘇る。

 あの時は暗くてよく見えなかった。

 もう一度、見てみるのも悪くないかもしれない。

 

「そうだな。そうするとしよう」

「では15時に夕呼先生の部屋で会いましょう」

「了解だ。武も頑張れよ」

 

 キョウスケは武と一緒にPXを後にし、別れた。

 ひとまず、ほんの少しだけ軽くなった足を動かしながら、横浜基地の近隣にあるという裏山を目指した。 

 

 


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