Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第12話 ただ、生きるために 3

 

【16時47分 国連横浜基地近辺 廃墟ビル群】

 

『模擬戦にはJIVES(ジャイブス)を使用するわ。終了条件は敵機を撃破、または戦闘続行不能な状態に持ち込むことよ。いいわね?』

『20706、了解』

「……ヴァルキリー0、了解」

 

 網膜投影された夕呼の姿に、キョウスケと武は互いの言葉で返答した。

 今、キョウスケは第一世代戦術機「撃震」の管制ユニット ── コクピットの中にいた。愛用の赤いパイロットスーツ姿ではなく、国連軍仕様の黒い衛士強化装備に身を包んでいる。

 

 予想より体を締め付ける衛士強化装備に始めは戸惑ったが、時間の経過でその感覚にも慣れ、頭で考えていたよりも良い兵装であることを実感していた。

 特に驚いたは網膜投影される情報モニター。

 データリンク状況、戦域マップ、自機の状態などの様々な情報が目の前に表示され、尚且つ、意識すれば情報を瞬時に消せるため視野を狭めることもない。モニターを眼鏡とするなら、網膜投影はコンタクトレンズといった所だろうか。

 他にも硬軟瞬時に切り替わる保護皮膜や四肢を保護するハードプロテクター、バイタルモニター機能にカウンターショック機能まで備えている。保護皮膜のせいで羞恥心を煽る外見になってしまっているが、これだけの高性能なら衛士たちが文句を言わず使い続けるのも頷けた。

 網膜投影があるためモニターが存在しない管制ユニットは、その点とBMセレクトを行うコンソールパネルが無い事を除けば、PTのコクピットと似たような作りだった。要するに操縦桿とフットペダル以外、操作に関わる物品は見当たらない。

 

 操縦に関しては、武のアイディアとTC-OSを参考にした新OSが搭載されているためか、直立・歩行程度なら違和感なく行く事ができた。

 移動を続けるキョウスケの撃震の中で夕呼の声が響いてくる。

 

『互いに使用する機体は香月 夕呼印の特性機よ。不知火・白銀に使っている新素材で組み上げた、フレーム構造の戦術機ね。耐久力は通常の撃震と大差ないわ』

『通常のモノコック構造じゃなくてフレーム構造なんですね。でも何故そんなことを?』

 

 網膜投影された映像上で、武が夕呼に質問していた。

 通常の戦術機は装甲その物が外骨格の役割も果たす、車や戦闘機などに代表されるモノコック構造と呼ばれる造り方をされている。対してはPTは人間の骨組みそのままのフレームに装甲などを搭載する造り方をされ、フレーム構造と呼ばれている。

 どちらが優れているということはなく、用途に応じて使い分けられるものだった。

 そんな内容を、視界の両端に2人の顔が小さなウィンドウで表示され喋っているので、なんだか2人が小人になったのでないかという不思議な気分になってくる。

 

『元々、不知火・白銀を仕立てる前に試しで組んでいた機体よ。アルトアイゼンのようなフレーム構造を実現できるのか、悩んでるより作ってみる方が早いと思ったから。ま、案ずるより産むがやすしって感じかしら』

 

 実際に動かせているのだから、夕呼の目論みは成功したと言っていいだろう。

 キョウスケと武の撃震は、伊隅 みちるやまりもと対峙した廃墟ビル群に離れて設置されている。これから、市街地戦を想定してJIVESを使った模擬戦をする予定になっていた。

 JIVES ── 戦術機の実機の各種センサーとデータリンクを利用した仮想訓練プログラムのことで、砲弾消費による重量変化や着弾や破片による損害判定及び損害箇所など、あらゆる戦闘における物理現象をシミュレート可能なシステムだ。

 近代の戦術機の実機訓練にはJIVESを使うのが一般的だった。

 しかし転移して間もない頃のアルトアイゼンにインストールされていなかったり、電磁投射砲の威力や装甲強度を測定するため使用しなかったりと、キョウスケにとっては初体験となるシステムでもある。

 

『武装は87式突撃砲2門、74式近接戦闘長刀1本、ナイフシースにそれぞれ短刀が2本内蔵されているわ。JIVES下での戦闘になるから、実際には弾は出ないし、使用するのも模造刀だから安心して相手を撃破しちゃって』

『言っていることは結構不穏ですね』

『白銀、何か言ったかしら?』

『に、20706、了解!』

 

 取り繕おうと武は慌てて声を張る。

 夕呼はたいして気にもしていない様子で、モニター隅で微笑みを浮かべていた。

 

『そろそろ始めましょうか? 私は離れた所でモニターしているから、良いデータを頼むわよ2人とも』

『20706、了解!』

「……ヴァルキリー0、了解」

 

 武に対して、キョウスケの声に張りはなかった。無論、相手に聞こえない程の小ささではなかったのだが。

 

『響介さん、初めての戦術機で慣れないでしょうけど、俺遠慮しませんからね!』

「……ああ、俺も精一杯やらせてもらう」

『響介さん……?』

 

 開放通信(オープンチャンネル)で話しかけてきた武だったが、対戦相手あるため、その後すぐに通信ウィンドウが閉じられた。敵との情報のやり取りを制限するためだ。

 直後、指揮車内の夕呼から号令が飛んだ。

 

『では、これより模擬戦を開始せよ』

 

 日が傾き、黄金色に染まる廃墟で戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

      ●

 

 

 

【16時46分 廃墟ビル群】

 

「響介さん、やっぱりなんか変だ……」

 

 武は撃震の管制ユニットの中で呟いていた。

 

「戻ってきてくれたのは嬉しいけど、きっと、向こう側で何かあったんだ……そうじゃなきゃ、あの人が俺に不自然さを感じさせるような真似をする筈がない……」

 

 通信謝絶状態の撃震の管制ユニット、こちらから開放通信を行わなければ夕呼以外の声は武の耳には届かない。

 南部 響介……いや、キョウスケ・ナンブは大人の男だ。

 他人との接触による精神的なショック程度でボロを出すような男には、武はどうしても思えなかった。

 南部 響介は強い。

 南部 響介は逞しい

 南部 響介は、武にとっての初めての本当の仲間であり、憧れる大人の男性だった。

 

「……響介さん、一体何があったんだ……?」

 

 武は戦域情報上の響介の位置を見て、確認した。

 以前観戦したまりもと響介の戦闘開始位置とほぼ同じ場所に自分たちは配置されている。

 比較をするためか、それとも、特に意味はないのか武には分からなかった。

 

「……やってやる」

 

 武が戦術機に乗る目標は、少しでもAlternative4の成功の助けとなる戦力となるためである。Alternative4を完遂させ、この世界を救い、元の世界へと帰る。そのために、武は少しでも強くならなければならなかった。

 南部 響介は強い。

 武がこれまで見てきた中でも最強の部類に入るだろう。

 しかしそれも、アルトアイゼンという彼の愛機があってこそなのかもしれない。

 もちろん、武がアルトアイゼンに乗れば響介に勝てるという保証はない。自分では振り回されるのがオチ……そう思ってもいた。

 

(だけどな、戦術機同士の戦いで、俺はあんたに負けるつもりはないぜ……)

 

 前の世界で散々乗り回した「撃震」だ。操縦技術は身体が覚えていた。

 初めて戦術機に乗った響介に武は負ける気が起きない。

 

「見てろよ響介さん! やぁぁぁってやるぜッ!!」

 

 武の咆哮に応えるように撃震の跳躍ユニットが火を噴いた。

 マニュピレーターの保持した87式突撃砲2門が、次に現れた敵に備えて銃口が正面へと向けられていた。

 

 

 

      ●

 

 

 

【16時47分 廃墟ビル群】

 

 模擬戦を始めよとの夕呼の号令は聞こえていたが、キョウスケは開始地点から一歩も動いていなかった。

 

(廃墟……昔は街だった何か……)

 

 キョウスケの心は既視感(デジャヴ)的な何かに鷲掴みにされたままだった。自分は以前にも似た光景の中に立っていた。戦場として戦士として駆けたわけではなく、血反吐を吐きながら必死に何かを探していたように思う。

 覚えていないのに思い出せる……おそらく、大因子(ファクター)の持つ記憶の一端なのだろう。

 心に乾いた風が吹いていた。

 見ない方がいい……まるで本能が自分に向けてそう告げている。そう思えて仕方なかった。

 

(何故……俺はここに立っているのだろうな?)

 

 JIVESが生み出した仮想シミュレーション、しかし管制ユニットの外では本物の戦術機が動き、自分を狙っている。

 それがどうしたというのか?

 今の武程度のパイロットなど、自分は元の世界で嫌と言う程見てきた。

 武は近接戦闘の技術ではアラド・バランガには到底及ばないだろう。射撃の腕ではゼオラ・シュバイツァー、気迫や剣戟ではゼンガー・ゾンボルト、超能力的な力ではリュウセイ・ダテの足元にも及ばない。

 歴戦の勇士であるハガネやヒリュウ改の仲間たちの顔が1つ、また1つと浮かんでは消えていった。

 

(……俺はもう戻れない……)

 

 戻っても自分がいる。居場所はない。

 なら、自分はこの世界で生きていくしかないじゃないか。

 

「アルト……何故、俺たちはこの世界に飛ばされてきたのだろうな?」

 

 激震ではなく、今は傍にいない愛機に向けてキョウスケは愚痴を漏らした。

 

「……俺は武と違う……俺の周りには俺の見知った顔は一つもない……!」

 

 何故自分が、自分だけが……怒りが腹の底で湧き上がる。

 キョウスケはその怒りを全て、操縦桿を握る手に乗せた。

 憎悪や怒りは何も生まない。

 分かっているし、経験して理解している。

 だけれども、キョウスケは操縦桿を握る手の力を緩める事ができなかった。

 

「……戦っている間は……忘れていられる……」

 

 フットペダルを踏む足に合わせて、撃震の主脚が前に飛び出す。

 遅い歩みだった前進は、すぐに疾走へと変わり、跳躍ユニットの排出口が爆発した。

 アルトアイゼンには遠く及ばない速度で撃震が空に飛び出す。

 

「俺は……何だ……っ?」

 

 悲痛なキョウスケの言葉は撃震の駆動音で掻き消され、誰にも届くことはなかった ──……

 

 




12話はその5まである予定です。

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