Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 1

 

 

 香月 夕呼の登場により、非人道的な尋問から解放されたキョウスケ・ナンブ。

 

 彼の迷い込んだ世界は、彼が元いた世界とは別の並行世界の1つだった。

 香月 夕呼なる女性に疑念を抱かない訳ではなかったが、疑心暗鬼になってばかりでは事は前に進まないことをキョウスケは知っている。

 キョウスケは香月 夕呼と名乗る女性に従うことに決めた。

 元の世界に帰るためにも、この世界で死なないためにも……この世界での協力者が必要だったし、何よりも情報が必要だったからだ……。

 

 彼女に言われるまま、血液検査やCTスキャンなど幾重もの身体検査を受けさせられた後、キョウスケは彼女の部屋へと案内されるのだった……。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー

 

 

 

 

【西暦2001年 11月20日 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の研究室】

 

 研究室で夕呼が発した第一声は、キョウスケを驚愕させるに十分すぎる言葉だった。

 

「ようこそ、国連横浜基地へ。並行世界(・・・・)からの来訪者さん、いえ、迷い人……と呼んだ方がいいのかしら?」

 

 見るからに高級な執務席に腰かける夕呼は、いきなりの直球に言葉を失ったキョウスケとは対照的な余裕のある笑みを浮かべていた。

 

 横浜基地 ── それがキョウスケが捕縛されている基地の名称らしい。

 キョウスケは自分の居場所を再確認することにした。

 香月 夕呼の研究室は横浜基地の地下19階に存在し、相当セキュリティレベルが高いようで、高級士官であろうはずの彼女の周りには護衛が1人も見当たらなかった。現に彼女の右腕に見えた(キョウスケから見てだが)伊隅 みちるも、夕呼の研究室への立ち入りは許されず、研究室にはキョウスケと彼女の他には、たった1人の小さな女の子がいるだけだ。

 (やしろ) (かすみ) ── ウサギ型のヘアバンドをした小柄な外人の少女が、夕呼の傍に寄り添うようにして立っていた。一見、ツインテールの銀髪をした可愛らしい女の子にしか見えないのだが……夕呼の研究室に入れるということは、伊隅 みちるよりも高いセキュリティパスを持っていることになる。警戒のまなざしを向けているが、迫力がなさすぎて、まるでウサギに睨まれてでもいるような錯覚をキョウスケは覚えた。

 要するに、だ。

 夕呼の研究室には、キョウスケと夕呼と霞しかいなかった。

 夕呼たちが武装している様子はなく、体つきも華奢で、キョウスケがその気になれば研究室を占拠できそうにさえ思える……もっとも、それは不可能に近いのだが。

 なぜなら、キョウスケの首には金属製のリングが着けられていたからだ。見ようによってはアクセサリーに見えなくもないそれは、高性能爆薬が仕込まれた起爆リング……もし、夕呼に危害を加えるようなことがあれば首から上が無くなる……という寸法だった。

 

(まるで犬だな、これでは)

 

 装飾品をあまり身に着けないキョウスケにとっては違和感しか与えない代物だった。それが自分の命を左右するのなら尚更だ。だが命を握られているという事実は、尋問官に尋問されていたときもそうだったため、キョウスケがあまり動揺を感じることはなかった。

 しかし夕呼の発言に関しては別問題だ。

 

(俺がこの世界の人間ではないとなぜ分かった……? どこかで下手を踏んだか……?)

 

 会話での駆け引きはキョウスケの得意とする所ではない。いままで会話の中に問題があったとしても不思議ではなかった。

 沈黙を守るキョウスケを見て、夕呼は笑みを浮かべたまま、

 

「人払いはしてあるわ。もちろんカメラ、盗聴器の類も設置されていないから安心して。私の大事な研究を余所のバカどもに盗まれたら堪らないもの、もっとも、盗めたとしてもバカども理解できるとは思えないけどね。

 だからアンタは安心して発言していいのよ。アンタが並行世界の人間だと知っているのは私と社ぐらいのものだし」

 

 社 霞 ── 夕呼の傍にいる無害そうな少女ですらキョウスケの正体に気付いていると言う。その事実にキョウスケは衝撃を覚えたが、ある意味で手間も省けたように思えた。

 

(……元の世界に戻るために協力者は絶対に必要だ。俺は科学者ではないからな…………香月 夕呼、完全に信用するには危険な女だが、頭がキレるのは事実のようだし相当の高級士官のようだ。協力者の立場は良い方が俺にとっても都合は良い)

 

 尋問室での賭けが吉と出たと感じながら、キョウスケは口を開くことにした。

 

「なぜ分かった? 俺がこの世界の人間ではないと、どうして思ったんだ?」

「ふふん、な・い・しょ」

「…………」

 

 おどけてみせる夕呼に、キョウスケの眉間のしわが増えた。

 

「おぉ、怖い。嘘よ、嘘。冗談に決まってるじゃない、ちゃんと答えるわ」

 

 いきなりの肩すかしにキョウスケの眼光が鋭くなったが、それで貫けるほど夕呼の面の皮は薄くなかったらしい。……傍にいた霞は夕呼の服を掴んで、彼女の背後に隠れてしまったが。

 

「エアロゲイター、地球を襲った宇宙人だって、大声でアンタが自分で言っていたじゃない。取りあえずは、アレが決め手よね」

「アレでか……正気の沙汰とは思えんな……」

 

 並行世界にいるという事実を確かめるため、尋問室でキョウスケが発した単語ではあったが、普通に考えれば信じてはもらえない。あの状況を逃れるための嘘、あるいは狂人の戯言と捉えるのが普通だろうし、キョウスケだってきっとそうする。

 自分を信じるには根拠が弱すぎるように思えてしかたなかった。

 

「あら、その目は信じてないわね? ……ま、しょうがないか。私だって、その言葉を信じるに足る私にしか分からない理由(・・・・・・・・・・)がないと、絶対に信じてないでしょうしね」

「……何の事だ?」

「こっちの話よ。アンタには関係ないわ」

 

 夕呼が一瞬だけ霞に視線を向けた気がしたが、すぐにキョウスケを見つめ直し、話は再開する。

 

「勿論、他にも理由はあるわよ。一番はあの赤い戦術機よね。人型でジャンプユニットが搭載されていてどう見ても戦術機なのに、コクピットの構造や操縦系統からして戦術機じゃないんだもの。整備の連中が私に泣きついてきたのって、これが初めてかもしれないわ」

「そうか……確かに整備は難しいかもしれないな」

 

 世界が違い設計概念が違えば混乱するのは当たり前の事。キョウスケのいた世界が多世界の技術が入り乱れすぎているだけで、この世界の整備士の反応は至極真っ当なものだと感じた。

 

「装甲素材も未知の物だし、第1世代戦術機よろしくのバカげた超重装甲に関わらず、第3世代と比較にならない程巨大なジャンプユニット搭載させてるし……一言で言えばメチャクチャよね。戦術機の運用思想から考えれば、絶対にありえない戦術機 ── それがあの赤い戦術機なのよ」

(既存概念にない未知の兵器……確かに、動かぬ証拠ではある。もっとも、単に新しい概念の兵器が開発されたと考える方が一般的だろうが……この女だけが知る「俺を信じるに足る理由」というモノは余程の信頼されているようだな)

 

 夕呼の背後に隠れてキョウスケを観察していた霞に目が行く。視線が合った瞬間、彼女は顔を夕呼の背後に隠してしまった。どうやら相当警戒されているらしい。

 夕呼の話は続く。

 

「ま、前例(・・)もいたことだしね。アンタを並行世界の住民だと信じるのに、さほど時間は必要なかったってわけ。

 これで私の話は終わり。さあ、次はアンタの話の番よ」

「了解した。貴女には全てを話しておいた方が良さそうだ」

 

 香月 夕呼 ── 彼女を信用することはキョウスケにとって危険な賭けだろう。命を握られ対等な関係では決してないけれど、この世界で生き抜き元の世界へ戻るために協力者の存在は必要不可欠だった。

 

(この女はサマ師かもしれんが、仲間になる以上はこちらの手札を開示せんとな)

 

 横浜基地で目覚めるまでの出来事、元の世界での出来事、機動兵器や大気圏での最後の戦いの事をキョウスケは夕呼に語って聞かせた。

 

 戦争をしている宇宙人はBETAではないということ。

 人型機動兵器の名前が戦術機ではなくPTやAMと呼ばれていること。

 コロニーが建設され宇宙に人類が移住していることや、地球上が地球連邦という括りで統一されていること。

 その1つ1つに夕呼は興味深げに耳を傾けていた。

 

 語るうちに時間は経過し、ついにキョウスケの手持ちカードは底をつく。

 

「── 以上が、俺の話せる事のすべてだ」

「そう、そちら側の世界も大変そうね……こちら側の世界ほど(・・・・・・・・・)じゃないけど」

 

 

 今まで、余裕たっぷりだった夕呼の表情に影が差した。

 そちら側とあちら側 ── 「シャドウミラー」のアクセル・アルマーや自分の部下となったラミア・ラブレス、彼らとの会話でたまに出てくるフレーズだった。

 あちら側 ── アクセルたちの世界で「シャドウミラー」は窮地に追い込まれ、こちら側 ── キョウスケたちの世界に力を蓄えるために避難してきた。それは強敵だった「シャドウミラー」が絶対的に追い詰められるほど強大な力が、あちら側に存在していたことに他ならない。

 キョウスケは感じていた。

 夕呼の言う「こちら側」にも、アクセルたちに似た……それ以上に重いモノが含まれている……と。

 キョウスケの懸念を尻目に、夕呼は執務席から立ち上がった。

 

「さて、と。じゃ、行ましょうか?」

「行く? 一体どこへだ?」

「アンタ、バカぁ? 決まっているでしょ。アンタの赤い相棒の所へよ!」

 

 先ほどの影はどこへなりを潜めたのか、夕呼は大仰な手振りで天井を指した。

 夕呼の指先は地上、それも赤いキョウスケの相棒 ── アルトアイゼン・リーゼのある場所を指しているに違いなかった。

 夕呼は好奇心に満ちた瞳を向けてくる。

 

「アンタの身の上と世界の状況は大体把握した。なら次は例の戦術機の実動データとアンタの腕前の程を見せてもらわなくちゃね。

 伊隅たちには既に準備を始めてもらっているわ。……あ、いけない、まりも呼ぶの忘れてたわー……ま、いっか」

「……模擬戦、か」

「そんなとこね。南部 響介、アンタしっかりやりなさいよ。あまりにヘッポコだったら就職先を紹介してあげないからね ── あ、それと霞はもういいから例の部屋に戻ってなさい」

 

 霞はコクリと頷くと、トテトテと早足で夕呼の研究室を出ていく。

 夕呼もそれに続いたため、キョウスケも後を追い研究室を後にしたのだった ── ……

 

 

 

 




その2に続きます。

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