Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第13話 彼女たちの理由

【12月5日 4時36分 国連横浜基地 キョウスケ・ナンブ自室】

 

 ……── その日のキョウスケの目覚めは最悪だった。

 

 まだ日も登っていない早朝に、大音量の警報(・・)で叩き起こされたからだ。

 鼓膜から脳を直撃する大音声 ── 目覚まし時計など比ではない騒音が起き抜けの頭にガンガン響く。霞の起こし方がいかに優しいものだったか身をもって痛感しながら、キョウスケはベッドから身を起こし警報に耳を傾けた。

 

『── 防衛基準態勢2発令、全戦闘部隊は完全武装にて待機せよ。繰り返す防衛基準態勢2発令、全戦闘部隊は完全武装にて待機せよ ──』

 

 防衛基準態勢2 ── オリジナルキョウスケの世界における第二種戦闘配置に相当し、いつでも戦闘開始できる状態を維持することを指している。

 キョウスケがこの警報を最後に聞いたのは、11月28日のBETAの新潟再上陸の時だった。BETA出現に準ずる緊急事態が発生している……と考えて差し支えないだろう。

 

「……何なんだ、一体……?」

 

 寝起きで重い体を動かし、キョウスケは布団から抜け出しジャケットを羽織ると、部屋の外へと飛び出した。

 

「響介さん!」

 

 廊下で走ってきた武と鉢合わせした。

 

「……武、何事だこれは?」

「分かりません! まさか……オルタネイティブ5が早まったなんてことは……兎に角、夕呼先生の元に行きましょう!」

「……そうだな」

 

 状況が把握できなければ動きようがない。

 夕呼は横浜基地の副司令に任命されている。有事の際には中央作戦司令室にいるに違いなかった。

 一般兵ではセキュリティレベルが高く入ることはできないだろうが、幸いキョウスケたちに与えられているパスは、最重要機密である夕呼の研究室まで通れる最高レベルの物だ。

 キョウスケは武と一緒に中央作戦司令室へ向かった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【4時50分 国連横浜基地 中央作戦司令室】

 

「首相官邸、帝国議事堂ともに占拠されました!」

「帝都城の状況はどうなっている! 報告急げ!!」

「相模湾沖に展開中の米軍第7艦隊の動き、依然としてありません!」

 

 中央作戦司令室は騒然としていた。堂に入ったオペレーターたちの声が矢継ぎ早に交わされている。彼らの声が戦闘中のハガネやヒリュウ改のブリッジに似た雰囲気を作り上げている、キョウスケにはそのように思えた。

 巨大なモニターや計器類の全てを見下ろせる位置で、夕呼は状況を見守っていた。

 

「夕呼先生……!」

「白銀に南部? どうしてここに ── そっか、ここってあたしの部屋より機密レベル低かったっけ」

 

 武に声を掛けられ夕呼は少々驚いた様子だったが、すぐに視線をモニター類へと戻してしまう。武のような訓練兵が司令室にいる。そんなことは些事にしかならない事態が起きているのは間違いなさそうだった。

 

「夕呼先生、一体何が起こっているですか!? まさかオルタネイティブ5が早まったなんてことは……!?」

「帝国内部でちょっとした面倒事が起こっていてね……いわゆる、軍事クーデターって奴よ」

「クッ、クーデター!?」

 

 武は驚いた後、にが虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 時間跳躍者(タイムリーパー)である武は前の世界の記憶を持っている。1度目のBETAの新潟上陸時もその記憶を活用し、水際で敵を食い止める大きな力となっていた。

 しかしBETAの新潟再上陸など、武が知らない出来事が起こっているのも事実だった。武の表情から察するに、軍事クーデターは武の記憶ではなかった出来事なのだろう。

 武が、キョウスケが介入することで、彼の知っている未来が変わり始めている。それだけは間違いなかった。

 

「……穏やかではないな」

 

 キョウスケの呟きに夕呼が頷いた。

 

「クーデターの中核を担っているのは帝都守備隊の連中 ── 帝都である東京を守護する精鋭たちよ。こんな短時間で帝都をほぼ手中に収めるとは、大した手腕だと驚かざるを得ないわね。まったく、このどさくさに紛れて米軍がどこまで介入してくるか分かったもんじゃないわ」

 

 その昔、宇宙人が攻めてくれば人類は一丸となって立ち向かう、と声高に主張した偉人がいたそうだが、それが妄言でしかないことをキョウスケは身をもって痛感している。

 実際に異星から侵略者が現れても、人類は互いに銃を撃ち合うことを止めなかった。滅亡の危機に瀕しているこの世界でもきっと同じことが言えるのだろう。

 この軍事クーデターもキョウスケには愚挙の極みとしか思えなかった。国内にBETAの本拠地 ── ハイヴがあるというのに、背中を向けて身内同士で撃ち合っているのだ。クーデター中にBETAの侵攻を許せば、寝首をかかれるとか言う以前の問題だった。

 クーデターに高度な政治的判断が伴っているとしても、この世界に来て日が浅いキョウスケには詳しい事情はよく分からなかった。

 

「副司令!」

 

 夕呼直近で作業していた金髪のオペレーターが声を上げた。

 

「何かしらピアティフ中尉?」

「クーデター部隊の声明が放送されるようです。繋ぎますか?」

「……そうしてちょうだい」

「メインスクリーンに表示します!」

 

 ピアティフと呼ばれたオペレーターが機材を操作すると、真正面に設置された巨大スクリーンに1人の男の姿が表示された。

 眼鏡をかけた青年だった。当然、キョウスケに見覚えはない。

 

『── 親愛なる国民の皆様、私は帝国本土防衛軍、帝都守備連隊所属……沙霧 尚哉大尉であります』

「……この人がクーデターの首謀者……なんだ、何処かで見た覚えが……?」

 

 武の声がキョウスケの耳に届く。しかし武の独り言に付き合う余裕は誰にもなく、司令室内の全員の視線が沙霧と名乗った男に向けられていた。

 

『皆さまもよくご存じの通り、我が帝国は今や人類の存亡をかけた侵略者との戦いの最前線となっており、殿下と国民の皆様を……ひいては人類社会を守護すべく、前線にて我が輩は日夜生命をとして戦っています。

 しかしながら政府および帝国軍は、その責務を十分に果たしてきたと言えるでしょうか? 将軍殿下のご尊名において遂行された軍の作戦の多くが、実は政府や軍の効率や安全のみが優先され、本来守るべき国民を蔑ろにしているのです。

 ── しかも国政を欲しいままにする奸臣どもは、その事実を殿下にお伝えしていないのです!』

 

 キョウスケが知っているだけでも、この世界の日本の政治体制は元の世界のそれと大分違っていた。

 将軍 ── すなわち征威大将軍はこの世界の日本における、政務と軍の指揮系統のトップに位置しているはずだ。沙霧の言葉を信じるなら、現内閣は将軍をお飾りとみなし、統帥権干犯が繰り返されていることになる。

 

『このままでは殿下の御心と国民は分断され、遠からず日本は滅びてしまうと断言せざるを得ない。超党派勉強会である『戦略研究会』に集った我々憂国の烈士は、本日、この国の先行きを正すために決起いたしました。

 我々は殿下や国民の皆様に仇なす物ではありません。我々が討つべきは日本を蝕む国賊 ── 亡国の徒を滅するのみであります!!』

 

 沙霧の熱弁に指令室内がざわめきだす。

 

「……もういいわ。声明は記録しておいて、必要な作業に戻ってちょうだい」

「了解!」

 

 夕呼の指示にピアティフが従い、メインスクリーンには帝都周辺と思われる戦域マップが表示された。

 帝都城周囲を青い光点 ── 友軍機が取り囲み、さらにその周りにさらに数の多い赤い光点が居座っていた。さらに帝都周辺の主要な軍事施設が幾つも陥落している。クーデター部隊は帝都城を除く多くの軍事施設を手中に収めていた。

 この日のために周到に準備され、それらが息つく暇も与えぬ電撃作戦でやられる様が目に見えるようだった。

 猛攻の中で将軍のいる帝都城が落ちていないのは、直属部隊の斯衛軍の力によるものなのか、それともクーデター軍の意図する所なのかキョウスケには判別が難しい。

 

「帝都では斯衛軍とクーデター軍の睨み合いが続いているわね」

 

 夕呼が考えを口にする。

 

「クーデター軍も、さすがに将軍のいらっしゃる帝都城を砲撃するような馬鹿な真似はしないだろうけど……」

「……少しの刺激で崩れるな、この均衡は……」

「そうね。火花が散れば大爆発を起こす火薬庫でも見ている気分だわ」

 

 夕呼は淡々と口を動かし、視線はメインスクリーンから微動だにさせなかった。

 

「ど、どうするんですか先生!? こんな事件、俺、知りませんよ!!」

「白銀、少し落ち着きなさい」

「で、でも……!?」

「騒いでどうにかなるならとっくにそうしているわ。完全に後手に回ってしまっている上、取ってつけたように米軍の第7艦隊が相模湾沖に展開している。まるで日本で何が起こるか知っていた(・・・・・)みたいにね」

 

 意味深な夕呼の発言。

 夕呼は続けて言った。

 

「兎に角、国連軍に正式な出動要請がかかるのも時間の問題よ。白銀は原隊に復帰、南部は伊隅たちと合流して出撃準備を整えておいて」

「え……で、でも俺訓練兵ですよ?」

「そうも言ってられない状況になるかもしれないでしょ? できることはやっておく。何事においても基本よ」

 

 ずっと背を向けたまま話していた夕呼は、そこで初めてキョウスケたちの方を振り返った。

 

「ピアティフ中尉、少しだけ席を外すわ。何か動きがあったら内線で教えてちょうだい」

「了解しました」

 

 ピアティフの返答を受けて、夕呼はキョウスケたちを連れて司令室の外へと出た。

 外の廊下も基地職員が走り回っていて騒がしかったが、それぞれが自分の仕事をこなす事に精いっぱいなのか夕呼たちに視線が向くことはなかった。

 夕呼はキョウスケたちの耳元で小声で話し始めた。

 

「……白銀、一応確認するけど、この事件はアンタの記憶にはないのよね?」

「はい。天元山の噴火はありましたけどクーデターなんて……流石にこんな大事件忘れようがないですよ」

 

 武の返事に夕呼の顔に微笑が浮かぶ。

 

「素晴らしいわ……BETAの新潟再上陸もそうだけど、この事件は確実に未来を変えているという動かぬ証拠よ。それにこの事態、捉えようによってはあたしたちにとって好都合よ」

「先生……それってどういう意味ですか……?」

「……また何かするつもりなのか……?」

 

 武とキョウスケの問いに夕呼は ──

 

「第4計画 ── オルタネイティヴ4の成果を示し、箔をつけるにはいい機会……ということよ」

 

 ── 3人以外には聞こえない内緒話の後、夕呼はキョウスケたちの肩をポンっと叩いて言う。

 

「── 2人とも、頼んだわよ」

 

 自由にできる時間がないためか、夕呼はそれ以上説明せずに司令室へと戻ってしまう。

 

「……響介さん、俺、行くよ!」

「……ああ、また後でな……」

 

 訓練兵用の校舎へと走り去る武とは反対方向 ── 特殊部隊「A-01」の専用ハンガーがある場所へとキョウスケも駆け出した。

 軍事クーデター……今度の相手はBETAではなく人間だ。運が悪ければ、血で血を洗うような殺し合いに発展してしまうだろう。

 正直なところ、まったく乗り気がしない。

 キョウスケはこの世界の戦いに極力首を突っ込みたくなかった。

 

(……並行世界に与える影響、か……もう、難しく考える必要はないのかもな……)

 

 自分はキョウスケ・ナンブという因子の集合体。

 帰るべき世界は何処にもない。

 武のようにこの世界で生き、行ったことに対し責任を取り、老いて死んでいくべきなのかもしれない。

 

(……いかんな。1人になると、色々と考えを巡らせてしまう……)

 

 今はやるべきことをやる時だ。

 集中できることを求めて、キョウスケはA-01専用ハンガーで早足で向かうのだった。

 

 

 

 

 

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