Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第13話 彼女たちの理由 2

【5時10分 国連横浜基地 A-01専用ハンガー】

 

 A-01隊長、伊隅 みちるはハンガーにて部下たちに指示を飛ばし、その後乗機である不知火・白銀の着座調整に移っていた。

 香月 夕呼博士から知らされた帝都守備連隊による軍事クーデターの件に、みちるに少なからず不安を覚えていた。しかし彼女の所属しているのは国連軍で日本帝国軍ではない……要請もなしに鎮圧に手を出しては日本帝国への内政干渉と取られかねない。

 正直なところ、みちるは本当に動揺していた。

 伊隅 みちるは4人姉妹の次女である。彼女の下には伊隅 まりかと伊隅 あきらという妹がおり、上には伊隅 やよいという姉がいる。

 姉妹揃って帝国軍人として奉公していたが、衛士としての才能がなかった姉だけは、帝国内務省に在籍し勤務をしていた。

 

(姉さん……きっと無事よね……)

 

 内務省は政の中心である帝都内に常駐されている。余程の事がない限り、内務省職員であるやよいが帝都内から外出することはないし、そうなれば軍事クーデターに巻き込まれた可能性が非常に高い。

 

(駄目よみちる……私はA-01の隊長……その私が動揺しているのを部下たちに悟られてはいけない。上の混乱はすぐ下に伝わってしまうのだから)

 

 冷静に、冷静に不知火・白銀の着座調整を行いながら、みちるは自分に言い聞かせていた。

 姉は無事に決まっている。だから自分もできることをするだけだ、と。

 フレーム構造へと改造された不知火・白銀は、以前とは完全に別物と言っていいほど姿を変えていた。「テスラ・ドライブ」という夕呼特製の装置を搭載したことで重力と慣性制御が可能となり、これまで必要とされた肩部のカウンターウェイトすら排除され、極限まで機動性を追求した機体へと変貌していた。

 武装は左腕の内臓式3連突撃砲と試作01式電磁投射砲のみ。

 愚直なまでの高機動・射撃特化の戦術機 ── まるで南部 響介中尉のアルトアイゼンと対の位置にいる戦術機のようにも思える。黙々と着座調整を続けるみちるだったが、彼女の不安は完全に拭いきれることはなかった。

 

(できるのか、私に……いや、やらなければならないんだ……!)

 

 愛する家族を守るために。

 彼女が愛した男が守ろうとした国を守るために。

 みちるは結果を出さなければならなかった。それは愛すべき部下たちの生存確率を高めることにきっと繋がるはずだ。

 絶対に負けない。昨晩、夕呼に渡された薬を手にそう誓い、みちるは作業を続けた。

 

「……伊隅大尉」

 

 着座調整を続けるみちるに誰かが話しかけてくる。聞き覚えのある男の声だった。

 顔を上げると南部 響介が彼女を見ていた。

 

「……南部 響介中尉、只今より『A-01』に合流します」

「香月博士から話は通っている。ようこそ特殊部隊『A-01』へ。今、部下たちに召集をかけるから少し待ってくれ。出撃前に改めて紹介しておく」

「……了解です」

 

 みちるは「A-01」副隊長である速瀬 水月に内線を繋ぐと、隊員たちを専用のブリーフィングルームへ集めるように指示した。

 調整の手を一度休め、みちるは開放状態の管制ユニットから外に出る。響介は直立不動でみちるを待っていた。

 

「では行くか。ブリーフィングルームだ、場所は分かるな」

「……はっ」

 

 響介の返答は簡潔だったが、妙な間があり、みちるは彼に違和感を覚えた。

 響介の表情に変わりはない。以前と変わりない仏頂面で感情を読み取りづらいが、背負っている空気と言うか雰囲気が、妙に重苦しくなっているように感じられた。

 移動の間、A-01に関する情報の再確認や現状の説明をし、響介から返事は帰ってくるのだが何処か気の抜けているように思えて仕方ない。

 出撃準備中の兵特有の緊張感や覇気がない、とでも言えばいいのだろうか?

 模擬戦でみちるを制し、BETAの新潟再上陸で光線級BETAを全滅させた男と、同一人物とはとても思えなかった。

 そうこうする内にブリーフィングルームに到着し、みちるは響介を引き連れて中に入るのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【5時34分 A-01専用ブリーフィングルーム】

 

 A-01メンバーの自己紹介を聞いた後、

 

「……南部 響介中尉だ、本日付けで『A-01』に正式編入されることになった。改めてよろしく頼む」

 

 状況説明に使用されるスクリーンの前で、デスクから起立した隊員たちに向けて敬礼した。

 A-01の隊員数は新参者の響介を合わせて11人。中隊の規定人数が12人だから、人数が1人足りていない事になる。

 

「南部中尉、特殊任務部隊『A-01』 ── 伊隅戦乙女中隊(イスミヴァルキリーズ)にようこそ。我々は貴様を歓迎する。正式な隊員としては初の男手だからな、期待させてもらうぞ?」

「……はっ」

 

 事務的な敬礼をみちるの視線に返すと、響介は促されるまま空いているデスクに向かう。みちるの合図で隊員たちが着席したので、響介も従い椅子に座った。

 

 前回の出撃時も思ったことだが、A-01の所属衛士は皆若い女性ばかりだった。

 隊長の伊隅 みちるもおそらく響介と年齢が近く、古参ながら若手の部類に入るだろう。

 副隊長の速瀬 水月も歴戦の衛士の風格は漂わせているが、響介よりは確実に年下だろうし、涼宮 遥や宗像 美冴、風間 祷子と名乗った女性陣もそうだろう。衛士になってまだ日が浅そうな涼宮 茜や柏木 晴子ら5名は言うまでもないだろう。

 あの夕呼直属の特殊部隊にしては、熟練の衛士の数が少ない。

 裏を返せば、それだけ任務と部隊員の損耗が激しいことを意味していた。

 響介は隊員たちの名前と配置を記憶に刻み付け、彼女たちの顔を観察する。彼女たちの表情は真剣そのもので、その瞳には強い光が宿っていた。自分の生まれ故郷を守り、生き残るために戦うことに迷いなど無いに違いない。

 そして彼女たち1人1人にも戦う理由があるのだろう。

 それに比べて自分は……心が暗く沈んでいることに響介は気づく。

 

(……無心になれ……雑念は戦場で己を殺すことになる……)

 

「さて、機体の調整中にわざわざ集合してもらったのは、南部中尉の紹介を行うためだけではない。現在、判明しているクーデター軍の情報を貴様たちに伝達するためでもある」

 

 響介はひとまず、みちるの言葉に全神経を集中させることにした。

 CP将校である涼宮 遥がコンピューターを操作すると、スクリーンに見覚えのある戦域マップが表示された。中央作戦司令室で見た帝都周辺の地図だ。相変わらず帝都城周辺を固めている斯衛軍の青を、クーデター軍の赤が完全に包囲していた。

 遥にスクリーンを操作させながら、みちるは淡々と状況を説明し始める。

 

「本日12月5日未明、第一帝都東京を守備する帝都守備連隊が武装蜂起、周辺の主要軍事施設および首相官邸などの政治的要所をほぼ同時に占拠された。

 同日5時、貴様らも知っての通り、クーデター軍による犯行声明が放送された」

 

 司令室で見た、クーデターの首謀者沙霧 尚哉による演説の事だ。

 

「幸い、クーデター軍も将軍殿下には手を出すつもりはないのか帝都城は無事だ。現在は帝都城周辺を守護する斯衛軍とクーデター軍が、掘りを挟んで一触即発の睨み合い続けている。

 今の所、クーデター軍が動く気配はないとの報告が城内省から送られてきている。奴らも将軍殿下の恩赦を受けることに必死だろうからな、そう易々とは手を出せんだろう」

 

 城内省とは、将軍家の一切を取り仕切っている省庁のことだ。

 その特性上、将軍の住居の役割も果たしている帝都城内部に設置されていた。城内省から帝国軍各所に送られている情報ならば確度は高いだろう。

 

「だが、城内省から送られてきたもう一つの情報は最悪の物だ」

 

 みちるの表情が険しく、声が重くなるのが分かった。

 

「クーデター軍の首謀者、沙霧 尚哉によって、榊首相を含めた政府高官ら数名が粛清と称され殺害された」

「何ですって……!?」

「酷い……ッ!」

 

 速瀬や茜の声に始まり、ブリーフィングルーム内が色めき立つ。

 日本の政治の実質的最高責任者が殺害された。沙霧は政府を奸臣、亡国の徒と罵しっていたが、まさかそこまでするとは響介も想像できなかった。

 

「クーデター軍の鎮圧に国連軍の出撃要請がかかるのは時間の問題だ。我々A-01にも香月副司令から正式な命令がそう遠くない内に出されるだろう。

 機体も新OSに換装し終えたばかりだからな、まだ時間がある間にしっかりと調整を終えておけ。命令が下り次第、私から貴様らに再び召集をかける。

 私からは以上だ。解散!」

 

 凛としたみちるの声が、粟立っていた室内の空気を引き締める。

 みちるが不確かな情報を伝達するとは思えないため、首相殺害の悲報は信用できる筋から得た確かなものなのだろう。

 実質的な政治のトップの死。悲報には違いない。しかしキョウスケたちがこの場で騒いだり、互いに推論を口にし合っていても解決の糸口が見つかるはずもなかった。

 みちるの言うように、出撃の可能性が高まっている以上、戦術機の調整に時間を費やすのが賢明だ。

 新OSに換装したてのA-01各員は当然だが、中でもキョウスケこそ調整に時間を使うべきなのは言うまでもなかった。

 

(……今回の出撃……俺はアルトは使えない……)

 

 昨晩の夕呼の言葉が蘇る。

 

【── 同じことが起こらないという保証は誰にもできない ──】

 

 今のアルトアイゼンにキョウスケが乗るという組み見合わせ……それが何を引き起こすのか、それとも何も起こらないのか、夕呼にもキョウスケ自身にも分からなかった。

 BETAの新潟再上陸で起きた転移が、再び発生する可能性もあった。次に転移が起きた時、飛ばされてくるのが【残骸】だけとは限らない。異世界の敵を武の世界に引き込んでしまう可能性は無きにしもあらずだった。

 そして、誰も転移だけで済むとは保証できない。

 想像もできない恐ろしい出来事を、因子集合体であるキョウスケと今のアルトアイゼンは引き起こすリスクを孕んでいた。

 

(……そんな理屈、信じたくはないが……)

 

 事がキョウスケ1人の問題で留まらない以上、夕呼に手配された撃震を使うしかない。幸い、新OSの恩恵で新兵よりは戦術機を上手く扱うことはできそうだった。

 

「ちょっと南部、呆けてる場合じゃないわよ」

 

 気付くと、先にデスクから立った速瀬 水月がキョウスケに声を掛けてきた。A-01の副隊長にして先任中尉の速瀬の役割(ポジション)突撃前衛(ストームバンガード) ── キョウスケと彼女の得意分野は非常に似通っていて、敵の先鋒を共に肩を並べて迎え撃つ可能性が高い。

 

「さっさと着座調整終わらせるわよ。やっと、代えの不知火が届いたんだから」

「……そうだな」

「? 南部、あんた少し雰囲気変わった?」

「……気のせいだろう」

 

 暗いキョウスケの声に速瀬は首を傾げたが、それ以上の追及はしなかった。

 戦術機による近接格闘戦のエキスパートに2度目の操縦でどこまで迫れるか……それよりもキョウスケは、この世界の人間と撃ち合うことに現実味が出てきたことに憂鬱さすら覚える。

 生き残るために銃を取り、撃ち合う。

 それは武の世界で生き、元の世界に戻れないことを認めてしまうことのような気がしてならなかった ──……

 


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