Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第13話 彼女たちの理由 3

【7時14分 国連横浜基地 A-01専用ハンガー】 

 

 A-01専用のハンガーにも、他の戦術機ハンガーと同じく、喧騒という名の空気が漂っていた。

 

 整備兵が機材をもって駆け抜け、強化装備を着込んだ衛士は戦術機との調整作業にせわしなく手を動かし、怒号にも似た大声のキャッチボールがハンガーでは行われている。

 誰も彼もに緊張感が奔っていた。 

 それもそのはず。

 時刻にして0700 ── 国連安全保障理事会の正式な承認がなされ、横浜基地への米軍の受け入れが決定していた。

 クーデターの声明発表が0500。米軍の受け入れ決定が0700。2時間という短時間での受け入れ決定、相模湾沖に展開している米軍第7艦隊……きな臭い何かを横浜基地の誰もが感じていた。

 あとは日本政府が国連軍の助力を認めれば、現在の横浜基地は米軍の受け入れだけでなく、保有している自前の戦力を出さざるを得ない状況に追い込まれている。

 中央司令室が作戦を決定すれば、いずれA-01以外の部隊にも出撃命令が下るだろう。対人戦が目前に迫っているというストレスからか、ハンガーにいる隊員たちは険しい表情を崩せない。

 

(…………どうにも、踊らされる感が拭いきれんな……)

 

 迅速すぎる米軍の受け入れが、用意周到に決められたシナリオを見ているような気がしてならない。裏で手引きしている何者かがいる……直感的にキョウスケは理解していた。

 既に着座調整を終えた撃震の前で、キョウスケは腕を組み佇んでいる。

 UNブルーに塗装された撃震は、今回、キョウスケが乗ることになる戦術機だ。夕呼から支給された撃震は、不知火・白銀を改造する際のテスト機として建造された機体だった。量産されている撃震と耐久力や機動性の差は特になく、周囲に格納されている不知火に比べて性能は格段に落ちる。 

 不知火ばかりのハンガー内に激震が1機だけ紛れているので嫌でも目立った。それに先日大破した速瀬の不知火の代替え機が、既に手配されいることから考えても、夕呼直属の特殊部隊「A-01」は採算度外視の優遇を受けているのが分かる。

 

「あら南部、着座調整はもういいの?」

「……速瀬中尉か」

 

 衛士強化装備に着替えた速瀬 水月の声が、機械音で騒がしいハンガー内で聞こえてきた。

 キョウスケは速瀬の体を直視できず、目を逸らして返事をした。衛士強化装備はそういうモノだと分かっていたが、どうにも、すぐに見慣れるものでもない。

 

「……何か用か?」

「何か用か? じゃないわよ。先任衛士様が期待の新人の様子を見に来てやったのに、ずいぶんとご挨拶じゃない」

「……そうか。すまない」

「……ったく、今日はこの前よりさらに調子狂うわね。南部さぁ、何かあったの?」

 

 沈んだ様子のキョウスケに、速瀬はため息交じりに尋ねてきた。

 速瀬の質問にキョウスケは答えることができなかった。いや、説明すること自体は簡単だったが、言ったところでこの世界の人間には理解できない話だったし、速瀬に伝えるべきかどうかを判断するのはキョウスケの役目ではない。

 必要だと判断すれば、夕呼が「A-01」のメンバーにキョウスケを秘密を伝達することだろう。

 

「……ま、愛想の良い南部なんて逆に気味悪いから、別にいいけどね」

 

 無言のままのキョウスケに速瀬は言った。

 キョウスケ・ナンブは寡黙な男だった。遠い昔のことのようにそう思えた。

 速瀬はキョウスケに声をかけ続ける。

 

「そうそう、話は変わるんだけど、この子たちが南部と話がしたいみたい。今、時間大丈夫かしら?」

 

 速瀬の背後には、「A-01」の少女たちが並んでキョウスケを見ていた。

 ブリーフィングルームでの自己紹介を思い出す。

 活発そうな栗毛の少女 ── 涼宮 茜と黒髪ショートカットの柏木 晴子、加えて築地 多恵に高原 ひかる、麻倉 舞の5人がキョウスケを興味津々な10個の瞳を向けてきていた。

 いつ「A-01」に出撃要請が下るか分からないが、それまではキョウスケに時間は残っている。着座調整が終わり、機体の前で手持ちぶさたにしているのだから、速瀬も様子を見計らって声を掛けたように思えた。

 

「……話? 俺にか……?」

「前に言ったでしょ? みんな、南部のことが気になっているのよ。特にうちに配属されて間もない新兵のあの子たちにとって、光線級吶喊(レーザーヤークト)をこなした南部は英雄みたいに見えるのでしょうね」

「……そういうものか……?」

 

 光線級吶喊を遂行できたのはアルトアイゼンの性能があってこそだ。

 激震に乗らざるを得ない今のキョウスケでは、光線級吶喊など夢のまた夢……戦術機の操縦技術も熟達していないため、不可能の3文字で切って捨てられそうである。

 

「あの時、MLRS砲撃が早まっていなかったら、多分……うちにも死傷者が出ていたわ。南部は間接的にあの子たちの命を助けたようなものなのよ。少なくとも、あの子たちはそう思っている」

「……そうか」

「ったく、辛気臭いわねェ! たまには若い娘と話して、若いエキスでも吸い取ってきなさいな!」

 

 おっさんか、こいつは。というか、速瀬もキョウスケよりは年下だろうに。

 キョウスケの心の突っこみを余所に、速瀬は彼の背を叩いて「A-01」の少女たちの方へと送り出す。

 キラキラな5人分の眼光が、キョウスケの肌にチクチクと刺さってきた。

 

「南部中尉に敬礼!」

 

 涼宮 茜の声で従い他の4人がキョウスケに敬礼をポーズを向けてきた。

 キョウスケも同様に返し、全員が敬礼を解く。

 

「貴重なお時間をいただきありがとうございます! 私は涼宮 茜と言います。階級は少尉で、今期から『A-01』に配属となりました」

「同じく、柏木 晴子少尉です」

「築地 多恵少尉です」「高原 ひかる少尉です」「麻倉 舞少尉です」

 

 茜は元気の良く、柏木はクールな印象を受ける。高原らは個性の薄い3人組と言った感じで、自己紹介の声が重なったりして仲が良いのか、思考パターンと行動パターンが同じなのか分からない。

 

「……南部 響介中尉だ……まぁ、楽にしてくれ」

 

 南部 響介。自分でその名を口にすると胸が痛んだ。まるで自分で自分を否定しているような、そんな感覚。

 

「……それで、俺に話とは……?」

 

 しかしそれと彼女たちは関係ない。

 キョウスケは茜達の話を聞くことにした。

 

「は、はい、先日のBETA新潟再上陸であれだけの戦果を挙げた南部中尉は、一体どのような方なのか気になってしまいまして」

 

 5人を代表してか茜が答えた。

 

「私たちも戦闘に参加していましたが……その、なんていうか、生き残るのが精いっぱいだったといか……その……」

「この子、南部中尉に憧れてるんですよ?」

「ふぁっ!? ちょ、ちょっと晴子! 急に何を言い出すのよ!?」

 

 突然、柏木が話に割って入り、口ごもっていた茜が赤面しながら叫んでいた。

 

「ち、違いますよ!? いや、違わないんだけれども?!」

「……どっちだ……?」

「この子、速瀬中尉のような突撃前衛(ストーム・バンガード)に憧れているんですよ。だから同じ配置だった南部中尉の操縦テクにもうメロメロって訳でして」

「……そっちか……」

 

 どっちなら良かったんだよ? 自分の言葉に内心突っこみながらも、もうっ晴子はちょっと黙っててよ、と茜が怒る光景に微笑ましいものを感じていた。

 

「……しかし、俺の戦い方はあまり参考にならんと思うぞ……」

 

 正直なところ、アルトアイゼンを使ってのキョウスケの戦法は、お世辞にも戦術機乗りにとって良い物だとは言えなかった。

 アルトアイゼンのコンセプトは圧倒的火力と加速力による一点突破、強襲殲滅である。そのために、PTとしては破格の堅牢さが要求され、並の特機なら渡り合える程のパワーも獲得していた。

 しかしはっきり言って、戦術機は脆い(・・)

 キョウスケの戦い方を戦術機で行えば出撃毎にオーバーホールが必要、最悪の場合、戦場で活動不能な状態に陥る可能性が非常に高い。戦場で動けなくなった者には、BETAに食い殺されるという悲惨な結末しか残っていない。

 

「い、今はそうかもしれません! でもいつか、参考にできるぐらいに腕を上げて見せます!」

「……そうか……まぁ、頑張れよ」

「はい!」

 

 努力するのは悪い事ではない。

 キョウスケに茜の思いを否定する気はなかった。

 

「それにしても南部中尉、あの赤カブトは何処に行ったんですか? ハンガー内に見当たりませんでしたけど」

 

 柏木がキョウスケに尋ねてきた。

 

「……赤カブト?」

 

 キョウスケの呟きに柏木が答える。

 

「あ、南部中尉の戦術機のことです。整備兵の人たちがよく口にしていたので、つい」

「他にも光線級殺しとか呼ばれてましたよ」

 

 茜が続けて言った。

 

「あと人類初の合体型戦術機で、相棒と合体すれば全長100mになるとか」「夜な夜な色が青くなるとか」「あと変身を2回残しているとか、なんとかかんとか」

「……好き勝手に吹聴されているな……」

 

 高原ら3人組の言葉に呆れるキョウスケ。

 噂には尾ひれがつくのが付き物だが、いくらなんでも非現実的すぎる。アルトアイゼンの存在が、整備兵の妄想力に火でもつけてしまったのかもしれない。

 

「それで、南部中尉の乗機はどうしたんですか?」

「……オーバーホール中でな、香月博士に預けてある……今は、臨時に回されてきたこの撃震が今は俺の乗機だ……」

 

 UNブルーに塗装された撃震を指さし、キョウスケは柏木の質問に答えた。

 オーバーホール中など真っ赤な嘘だが、本当のことを教える訳にはいかない。アルトアイゼンは横浜基地の地下格納庫に保管され、夕呼に精密検査を受けている筈だった。

 

「そうなんですか。でもそれで、良かったかもしれませんね」

 

キョウスケの撃震を見上げながら、茜が呟いた。

 

「……何故だ?」

「今回はBETAではなく対人戦が想定されています。BETAに迷彩は関係ないけど人間相手だと……なので、どこのハンガーでも目立つ色は塗装され直しています。南部中尉の機体は真っ赤で目立ちますから、それこそ真っ青になるまでUNブルーの塗料を振りまかれていたかも……」

「……そいつは嫌だな……」

「でしょう」

 

 素直なキョウスケの感想に茜は微笑みを見せた。

 キョウスケの世界で目立つ色の機体などゴマンといたが、実際問題、目立てばそれだけ見つかりやすくなり被弾率も上がる。人間は五感の中でも特に視覚に頼っている生き物だ。冷静に考えれば、戦場となる場所の迷彩カラーに毎回再塗装するのが理想なのだが、手間や緊急出動があったりと中々現実的には難しかった。

 アルトアイゼンにも一度夜間迷彩を施したことがあったが、長年の付き合いがあるキョウスケにとっては、やはりメタリックレッドのカラーリングこそがしっくりくる。

 

撃震(コイツ)は赤く塗らないのかな?」「馬鹿っ、塗りたいの!?」「えへへ、冗談だよ」

 

 高原ら3人組がなにか呟いていたが聞き流す。彼女たちの愛称は3馬鹿でいいかもしれない。

 

(……それにしても、やはり若いな……)

 

 茜たち5人を見て、改めてそう思った。

 武たちの世界は、長く続いたBETAとの戦争で人口が著しく減少している。

 年長の者たちはBETAとの戦いでどんどん死んでいく。必然的に、若い者たちが生存競争を生き残るための戦いに身を投じざるを得ない。

 

(……この娘たちは……なんのために戦っているのだろうか……?)

 

 そうせざるを得ない状況に追い込まれている。果たして、それだけなのだろうか?

 自分以上に追い込まれいると言っていいこの世界で、この少女たちは何のために戦っているのだろうか? 

 そう思ってしまった。キョウスケは。

 少女たちより年上なのに、今の自分には明確な戦う理由がない。

 戦う理由が無くても戦うこと、人を殺すことはできる。現に、自分はこれまで多くの人間い引き金を引いてきた。引き金を引けば人は死ぬ。

 

(……そうだ……信念が無くても人は殺せる…………俺は……)

 

 自分はどうするべきなのか?

 自分はなにがしたいのか?

 なんのために戦えばいいのか……キョウスケは分からなくなっていた。

 

「……? どうしたんですか、南部中尉?」

「……いや、君たちはなんのために戦っているのだろう……そう思ってな……」

 

 急に沈黙したキョウスケに声をかけた茜に、彼は不意に尋ねてしまっていた。

 

「え……BETAを全滅させて、この世界を守るために戦っているだけですけど……」

「……建前じゃない。君たちの本音が聞きたいんだ……」

 

 キョウスケの問に茜達は少し戸惑いながらも、凛とした声ではっきりと答えてきた。

 

「私はお姉ちゃんや憧れの先輩に追いつきたい。大切な人たちを守りたい、です」

「私は家族を守るために戦っています。家族がBETAの脅威に曝されないよう、奴らを全滅させてみせる」

 

 茜と柏木の答えは真っ直ぐだった。

 彼女たちは武と同じだ。大切なものを守るため、奪われないために戦っている。

 では自分はどうなのか? 自分はどうだったのか? 記憶の中身を掘り返した。

 

(……キョウスケ・ナンブは仲間を大切に思う男だった……仲間を、恋人を、大切なものを守るためにただ我武者羅に戦い続けた…………なんだ……)

 

 一緒じゃないか、武や茜たちと。

 難しく考える必要はなかった。キョウスケ・ナンブは彼女たちと同じ理由のために戦っていた。では自分はどうなのか? キョウスケ・ナンブの集合体である自分(キョウスケ)は?

 答えはまだ見つかっていなかった。

 

「宗像中尉は美しかった風景を取り戻すため」「風間少尉は音楽という人類の遺産を後世に残すため」「速瀬中尉は ──── なんでしたっけ?」

「あらら、格好良く代弁してくれるかと思ったら拍子抜けだわ」

 

 高原ら3人組に苦笑いを浮かべた後、速瀬はキョウスケを直視して発言する。

 

「遥との決着をつけるためよ、色々とね。そのためにはBETAが邪魔なの。だから倒す。どう? シンプルでいいでしょ?」

 

 速瀬の理由にキョウスケは無言のままで頷いた。

 戦う理由を、彼女たちはそれぞれに持っている。

 彼女たちの理由を聞くにつれ、キョウスケは自分がなにも持っていない、空っぽな人間なのではないか……虚無感に似たなにを内面に覚えていた。

 

「で、南部はどうなの?」

「……なにがだ……?」

「戦う理由よ。ここまで皆に聞いておいて、自分だけダンマリってのは無しでしょう」

「そうですよねー」「いつ言うの?」「今でしょ! なんちゃって」

 

 高原ら3馬鹿の小声の呟きが聞こえてきたが、鬱陶しいので無視する。

 キョウスケはまだ自分が戦う理由を見いだせていなかった。

 転移から今まで、ただ流されるままに戦ってきた。そこに信念や理由はあったのか? つい最近のことだったにも関わらず、霞がかってはっきりと思い出すことができない。

 

「……俺は ────」

「お喋りはそこまでだ、貴様たち」

 

 背後から聞こえたみちるの声に、キョウスケの声は遮られた。

 振り向くと強化装備姿のみちるが腕を組み、こちらを見ていた。特に意味はないだろう腕組みという姿勢が、一瞬だけ豊満な胸を腕で隠す動作を連想させ、キョウスケの劣情を無意味に刺激する。

 

「香月副司令からのお達しだ。米軍受け入れに伴い、帝国は横浜基地の監視を強化するだろう。包囲される前に出立し、第一帝都東京から20kmの地点に潜伏し、状況を観察せよ ── とのことだ」

 

 とうとう、出撃命令が夕呼から下った。

 国連横浜基地は国連安保理の決議を受けて米軍受け入れを承認したが、日本政府が直接米軍に協力を要請したわけではない。自国の領土に認可していない他国の軍が踏み込んでくれば、当然、好き勝手な行動をされないように警備は強化されるだろう。主権国家として当然の措置だ。

 その結果、国連横浜基地が帝国軍に包囲されるような状況に陥る可能性もあった。

 「A-01」は夕呼直下の特殊任務部隊だ。

 裏で動きこそすれ、その様子を表の者たちに悟られるわけにはいかない。

 まだ自由に動ける今の内に、基地を出て、次の指令を待つのが賢明だった。

 

「さて、貴様たち、一緒にピクニックとしゃれ込もうじゃないか」

「伊隅大尉、おやつは何円まで持参可能でしょうか?」

「好きなだけ持って行くといい。74式近接格闘長刀(バナナ)や劣化ウラン入りの高速徹甲弾(コンペイトウ)を、な」

 

 みちるの笑えない冗談に速瀬が乗っかり、隊員たちから小さな笑い声が漏れた。

 

「出発は10分後だ。いくら楽しみだからとはいえ夜更かしして遅れるなよ。遅れた奴は後で尻を百叩きだ」

「「「「「「了解ッ!!」」」」」」

 

 キョウスケも敬礼でみちるに返答し、その様子を確認した彼女は自分の機体 ──不知火・白銀のある場所へと戻って行った。

 敬礼を解いた後、速瀬がイの一番に声を発する。

 

「南部の戦う理由、聞けなくて残念だわ。この任務が終わったら聞かせてちょうだいね」

「……ああ」

「よしお前たちッ、大尉は10分とおっしゃったが5分で支度しな! 時は金なりよ!」

 

 速瀬の号令で、茜たち5人は顔色を変えて走り去っていった。

 速瀬もすぐにいなくなる。キョウスケは撃震の管制ユニットへと乗り込み、出撃の出撃の準備を始めた。

 

 ── 人間相手の戦いがもうすぐ始まる。

 


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