Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第13話 彼女たちの理由 4

【12時19分 第一帝都東京郊外 20km付近】

 

 横浜基地から出発した「A-01」は、帝都より20km程離れた地点の渓谷に身を隠していた。

 

 かつて高速道路として機能していた道を戦術機を搭載したトレーラーで移動。キョウスケが名も知らぬインターチェンジ跡で降り、廃墟と化した村に停車、戦術機を起動させていた。

 渓谷の奥にあった廃村は崩れた家屋がそのままで、山肌の木々はなぎ倒されたまま放置されている。まるで巨大な何かに踏みつぶされたかのよう……おそらく、横浜にハイヴを建設していたBETAにより被害を受け、復興もされずに捨て置かれたのだろう。

 しかし渓谷の奥にある廃村は、「A-01」の潜伏場所として絶好だった。

 

『こちらヴァルキリー1、帝都に動きはない。香月副司令の命令があるまで待機を継続する』

 

 山肌に機体を近接させたみちる機からの情報に、隊員たちは「了解」と異口同音に返した。

 廃村はインターチェンジ跡から離れ、山間に入り込んだ位置にある。戦力の移送には高速道路が使われるだろうし、わざわざ渓谷に向かわなければ「A-01」が目視で確認されることも、おそらくレーダーに捕まることもないだろう。

 戦術機が短距離跳躍で山を飛び越えでもしない限り、滅多な事では発見されない位置だが帝都のクーデター軍が動いたとの報せは入ってきていなかった。

 いつでも動けるように主機に火は入れているが必要最小限にし、通信も最低限のものしか行わず、今も「A-01」は雌伏の時を過ごしている。

 キョウスケも管制ユニットの中で沈黙を保っていた。

 

(……俺の戦う理由……)

 

 出撃前の速瀬の問がキョウスケの胸にまだ残っていた。

 「A-01」の面々は若者が多い。速瀬ですらキョウスケより若かったが、彼女は彼女なりの戦う理由をしっかりと持っていた。女子と呼びたくなる歳の隊員たちでさえ、自分なりの戦う理由を持っていた。

 待機と言う名の静寂がキョウスケに思考を促す。

 昔のキョウスケには確固たる戦う理由があった。

 「愛する女を守るため」「大切な仲間たちを守るため」「世界の平和を守るため」……どれもキョウスケにとって重要な戦う理由だった筈だ。

 

(……いや、それはキョウスケ・ナンブの戦う理由だ……)

 

 今のキョウスケの中の戦う理由は、まるで砂漠で遭遇する蜃気楼のようにゆらゆらと揺らいでいた。

 すぐ傍に答えがあるようで、実は無いのではないか?

 答えを見失ってしまったようでいて、実は自分の中に残っているのではないか?

 分からない。

 単純な様に見えて複雑で解けないパズルのように、キョウスケの頭にかかったモヤは晴れてくれなかった。

 

(……そういえば……)

 

 キョウスケは自機の隣で待機している、みちるの不知火・白銀を見た。

 

(……伊隅大尉の戦う理由は……聞けていなかったな……)

 

 純白の塗装を施され、不知火・白銀は美しく仕上がっていたが、ここ数日で急激な改造を施されたため、搭乗者であるみちるは息つく暇がなかったに違いない。

 モノコック構造からフレーム構造への改修に加え、転移してきた【残骸】の中で唯一生きていたテスラ・ドライブの移植、さらに装甲の全廃など ── BETAの新潟再上陸時とは別の機体に仕上がっていると言っても過言ではない。

 武装は試作01式電磁投射砲に加え、左腕内臓式の3連突撃砲。背部マウントには予備の87式突撃砲が二丁と、完全に射撃特化の武装である。

 アルトアイゼンのデータにあった姿を模しているため、不知火・白銀はヴァイスリッターに非常によく似ていた。

 兎に角、ここ数日の出来事といい「A-01」の中で、みちるが最も多忙な時間を過ごしているのは間違いない。「A-01」の中で一番初めに顔と名前を覚えたにも関わらず、ここの所、まったく話していない事をキョウスケは思い出す。

 

(……訊いていいものだろうか……?)

 

 みちるに、彼女の戦う理由を。

 訊けばきっと、みちるは怒るだろう。作戦行動中に勝手な真似をするな、と。 

 みちるの言い分はいつも正しい。部隊の長として冷静で、中立な判断を下すのは当然のことだ。

 けれどキョウスケは知りたかった。

 自分の頭のモヤ ── 迷いを剥ぎ棄てるために、みちるがなにを考え、なんのために戦っているのか知りたかったのだ。

 キョウスケはみちるへの秘匿回線を開く。

 

『── 南部? 貴様、秘匿回線などとなんのつもりだ?』

 

 案の定、みちるはキョウスケを咎めてきた。

 キョウスケも遊びでやっているわけではない。

 引くわけにもいかず、意を決してキョウスケはみちるに訊く。

 

「……伊隅大尉、あなたはなんのために戦っているんだ?」

『……なんだと?』

「……あなたが戦っている理由を……良ければ、俺に教えてくれないか……?」

 

 馬鹿な質問をしているなと、キョウスケは自分でも思っていた。

 少なくとも、作戦行動中に訊く内容ではない。

 みちるの逆鱗に触れてしまったか? 恐る恐る顔を上げると、みちるは眉間に皺を寄せてキョウスケを睨みつけていた。

 

『……南部、この質問は私以外の誰かにしたか?』

「……いいや」

『ならいい。しかし間違っても新米(ヒヨコ)たちにこんな問いはするな。迷いが生じる』

 

 上官の迷いや動揺は下士官へとすぐに伝播する。それを言葉に出してしまえば尚更だった。

 

『どうにも、貴様の様子は今朝からおかしいな。なにかあったのか?』

 

 みちるの質問にキョウスケは答えることができなかった。

 

『……だんまりか? 私には質問しておいて、自分への質問には答えないとは、良いご身分だな。自分勝手と言ってもいい……南部、軍でそんな自由が許されると思っているのか?』

「……それは……」

 

 部隊は兄弟や家族のような集まりではない ── 一瞬一瞬の生死を共にする、いわば運命共同体。1人の些細なミスが部隊の全滅に繋がることもある。目的達成のために上官は部隊を統率する必要があり、部下は上官の命令に従順でなくてはならない。

 キョウスケのいたハガネやヒリュウ改でも、この原則を基本的に順守していた。上官が必要と判断したなら、部下から情報を収集することはごく普通だ。

 しかしキョウスケは答えられなかった……みちるが彼に不信感を抱くのは当然と言える。

 

『……まぁ、いい』

 

 転移 ── 一昨日の出来事を追求されると思っていたキョウスケの耳に、予想外なみちるの言葉が届いていた。

 

『貴様の身になにがあったのか私は知らん。しかしその事に関して深く追求するなと、基地の出立前に香月副司令から厳命されていてな……貴様に話すつもりがないのなら私はこれ以上訊きはしない』

「……伊隅大尉」

『誰でも話せないことを胸に1つや2つ秘めているものだ。ましてや副司令の研究に協力している貴様では尚更だろう』

 

 夕呼に冷酷な印象を持っていたキョウスケは彼女の気遣いに少々驚き、みちるは妙に実感がこもったような苦笑いを浮かべていた。

 

『それよりも、問題なのは今の貴様の精神状態だ』

 

 みちるの指摘をキョウスケは否定することができなかった。

 

『貴様も熟練の衛士なら、自分を制御する術の1つや2つ持っているだろう。だが今の貴様にはそれができていない。貴様の身に余程のことがあったに違いないとして、貴様がそれを話してくれなければ、私も適切な助言をすることはできない』

「……すまない」

『……その言葉、私には話せないという意味で受け取っていいな?』

「……ああ」

 

 キョウスケは重い呟きをみちるに返した。

 みちるが会話している自分が因子の集合体で、この世界のキョウスケ・ナンブは既に死に、転移先でオリジナルのキョウスケ・ナンブに出会ったなどと……誰に打ち明けても、性質の悪い冗談としてしか受け取られないだろう。

 救いのない夢物語だったのなら、本当にどれだけ気が楽だったか……キョウスケの気力は、沼に取られた足のようにずぶずぶと堕ちていてく。

 

『……まぁ、いい。貴様が知りたいのは私の戦う理由だったな。今の貴様の足しになるとも思えんが、気休め程度に話すとしよう』

 

 再び口を閉ざすキョウスケに、みちるは言葉を紡いでくれた。

 

『そうだな、私は……私が、私らしくあるために戦っている』

 

 キョウスケが思っていたよりも、みちるの答えは抽象的なものだった。

 

『正確には、自分の目指す理想像を最期まで貫き通す……といった所かな。衛士という役割を担い続けていれば、一足先に自由になった先人たちのように、いつか私も命を落とすときがくるだろう』

 

 銃弾飛び交う最前線で生き残り続けるのは生半なことではない。

 キョウスケの世界でもそうだった。相手が情け容赦を知らぬ化け物相手のこの世界では、もはや語るまでもないだろう。

 

『いつか地獄であの男(・・)に会えるその時に、恥じることがないよう精いっぱい全力で生きていく。それこそ私が私らしく生きていくということであり、そうすることが隣の仲間たちや家族を一秒でも長く生き延びさせる最良だと、私は信じているからだ』

 

 ハキハキとしたみちるの言葉に、キョウスケは一片の迷いも感じ取れなかった。

 自分が自分らしくあるために努力する。

 初めは抽象的だと感じたみちるの戦う理由だったが、非情にシンプルで明確で分かり易い。少なくともキョウスケはそう感じた。

 

『無論、人類の勝利や副司令の研究に貢献する、というのも私の戦う理由の1つだ』

「……あの男とは?」

『ふふ、秘密だよ。言っただろう? 誰だって言いたくないことの1つや2つ持ってる。私も女だからな、女は秘密を沢山持っているものだ』

 

 キョウスケの質問は、みちるに微笑みを浮かべてはぐらかされた。

 

『私の戦う理由はこれで終わりだ。どうだ、気が済んだか?』

「……ああ」

『南部、貴様がなにを悩んでいるのか私には分からない。私が助言できたとしても貴様の助けになるとも思えない。むしろ私の経験上、今の貴様のような悩みは、結局、自分の中で解決するしかないように思う……月並みな言葉だが、大事なのはどうするべきかよりも、貴様がどうしたいかだろう』

「……そうかもしれんな……」

『だがな南部、これだけは忘れるな ──』

 

 最期の忠告とばかりに、みちるがキョウスケに言う。

 

『── 絶対に生き残るんだ。生き残りさえすれば、ゆっくりと考える時間もできる。だから戦闘が始まったら悩むな。生き残ることだけを考えろ。いいか、これは命令だ』

「……ヴァルキリー0、了解」

『それでいい。副司令から声がかかるまで待機、気力を高めておけ。以上だ』

 

 みちる側から秘匿回線は遮断され、視界から彼女のウィンドウが消えた。

 渓谷で待機を続けている「A-01」各機の様子に変化はなく、管制ユニット内はキョウスケの息遣いと機材の駆動音だけが響いている。

 唐突なキョウスケの問に真摯に応えてくれたみちるに、キョウスケは感謝していた。

 

(……自分が自分らしくあるために戦う、か……)

 

 具体的になにを努力しているのかを、みちるは教えてくれなかった。

 自分らしく ── 言葉にするだけなら簡単だが、実行するのは中々に難しい。因子集合体である今のキョウスケには、そのハードルがさらに上がっているようにさえ感じられる。

 因子集合体である自分らしく……キョウスケはすぐに答えを出す事ができなかった。

 

(……こんな時、本物のキョウスケ・ナンブならどうするのだろうな……?)

 

 キョウスケ・ナンブが戦い続けた理由なら、今でも手に取るように思い出せる。

 愛する女と過ごす平和な世界のために、全ての人たちが笑っていられる未来のために、隣で戦っている大切な仲間たちを生かすために ── キョウスケ・ナンブは戦っていた。

 侵略者たちからそれらを守るためになら、どんな不利な状況でも立ち止まらず、分の悪い勝負にも打って出る ── キョウスケ・ナンブはそんな男だった。

 決して諦めず、仲間や愛する女を守るために戦い続ける ── キョウスケ・ナンブはそういう男だった。

 キョウスケは自分の生きてきた軌跡を思い返す。主観的でもあり客観的でもある追想が、キョウスケ・ナンブがどんな男だったのかキョウスケに思い出させた。

 だが ──

 

(……それはオリジナルのキョウスケ・ナンブであって……俺ではない……)

 

 ── 結局、問題はそこに帰結する。

 堂々巡りするキョウスケの思考を嘲笑うかのように、時間だけは無慈悲に過ぎていくのだった。

 




第13話はこれにて終了です。

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