Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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暗躍する影 3

 

【12月5日 21時40分 第一帝都東京】

 

 村田 以蔵は待っていた。

 

 沙霧 尚哉率いるクーデター軍が、帝都を占拠してから既に12時間以上が経過しているが、帝都城前の堀を挟んでの斯衛軍とのにらみ合いは依然として続いていた。

 クーデター軍の目的は将軍の殺害ではない。

 政府内の腐った政治家や惰弱な軍人の排斥こそが目的であり、その行いの正しさを将軍から勅命として賜らなければ、戦闘に勝利してもクーデター軍に未来はなかった。

 クーデター軍の誰もが、自分の正しさを信じて疑っていない。

 だから待つ。帝都のあちこちから火の手は上がっていたが銃声は聞こえない。これまでの戦闘は必要な処置だったが、将軍相手に刃を向けることは絶対にするなと、沙霧 尚哉が全軍に厳命していた。

 両軍の睨み合いは、薄氷の上に立つような危うい均衡の上に成り立っている。

 

(ふん……下らん)

 

 傭兵である村田 以蔵は、帝都城を守るため全周囲に展開している斯衛の戦術機を見て心の中で吐き捨てた。

 

(将軍なぞ何の価値もない。早く、早く斬らせろ。俺に、貴様たちを)

 

 村田は武家出身の者に与えられる最新鋭の戦術機 ── 武御雷の中にいた。村田は元々武家出身であったが、最新鋭機である武御雷をどうやって手にいれたのかは不明である。ちなみに機体の色は花嫁の結婚衣装のように純白で、月の隠れていない夜空の下では目立ってしょうがない。

 戦術的アドバンテージのない色ではあったが、村田はこの色が好きだった。切り刻んた相手の機油(オイル)で染まっていく様が、村田は堪らなく好きだったからだ。

 白の武御雷 ── 一般に高機動型と呼ばれるそれの背部には、二振りの特製近接格闘用長刀「獅子王」が収められていた。手には申し訳程度に87式突撃砲が一丁握られているだけ。

 「剣鬼」と恐れられる村田の真骨頂は斬撃戦闘にある。

 すぐにでも「獅子王」を振り回したい衝動を村田は必死に押さえていた。

 理由は単純明快。

 もうすぐ、戦闘が始まる(・・・・・・)からだ。

 あと少しでクーデター軍の歩兵からの射撃により、この均衡は破れ、斯衛軍との戦闘が開始になるはずだった。

 

(あの男が言っていたことだ……しかし遅い)

 

 最も危険な場所 ── 最前線である帝都に志願した村田だったが、出撃前にある男と秘匿通信を交わしていた。

 村田は内容を思い出す。

 

【俺の部下を2名、沙霧の部隊に既に潜り込ませてある】

【それがどうした? 俺には関係ない】

【まぁ、そう言うな。あんたは強い奴と戦いたい、俺は俺の仕事を上手くこなしたい。帝都で戦闘が再開しないと困るのはこっちも同じさ。利害は一致している。そうだろう?】

 

 村田に顔を曝さず、声も変声機で変えてあったが、通信相手が男だということだけは直感的に理解できた。

 

【歩兵が戦術機に向けて発砲 ── 要するに、俺の部下がこの均衡を破るのさ】

【ほう、それまでは俺に雌伏の時を過ごせと?】

【戦闘が始まったら、あんたは好きなだけ暴れてくれればいい。その方が俺たちも仕事がやりやすくなる、これがな】

 

 通信先の男は笑っている、村田はそう感じた。

 あまり長く通信していは沙霧に勘付かれる可能性がある。男は必要な事を言い終えたのか、村田に挨拶もせずに通信を切ってしまった。

 12時間以上も前の出来事だ。

 待っていれば戦闘は始まる。分かっていたが、村田の我慢は既に限界を迎えつつあった。

 と、その時。

 網膜投影される武御雷の視界に、不審な動きをする歩兵の姿が映った。

 携帯型の対戦車用のロケット砲を肩に担いだ男と、それに付いて行く女の兵士だった。最大望遠にしても顔は見えない。

 その男女2人組は上官らしき男に引きとめられていた。

 直後、女が懐から拳銃を抜き打ちする。上官らしき男は頭を撃ち抜かれ、脳しょうを撒き散らしながら糸が切れた人形のように倒れた。

 

「……くくく、第五計画推進派の駒、か……」

 

 村田は笑いが込み上げてくるのを押さえることができなかった。

 レコーダーに記録されていよう知ったことか。

 もうすぐ戦いが始まる。

 喜びを全身で表すように、村田は武御雷の手持ち武器を突撃砲から「獅子王」へと持ち替えた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 目の前に血だまりができ、死体が転がっている。

 

「死人に口なしとは、よく言ったものだ」

「そう邪険にするな、W15」

 

 上官らしき男を撃ち殺した女が、ロケット砲を担いだ男に言った。2人は交わした英語らしき言葉が、身に着けている自動翻訳機で日本語に訳され、周りへ響く。

 女がW15と呼んだ男の背を叩いた。

 

「さっさと任務を終わらせて戻るとしよう。戦闘に巻き込まれて死ぬのも馬鹿らしい」

「了解だ」

 

 W15と呼ばれた男は、担いだロケット砲の安全装置を外し、照準器を斯衛の戦術機へと向けた。

 男が無言でトリガーを引くと、ひし形をしたロケット弾が発射され、戦術機の胴体で大爆発を起こした。眼下からの砲撃を皮切りに、斯衛の戦術機がクーデター軍に向けて発砲を開始。

 クーデター軍がそれに応戦を開始した。

 

「き、貴様ら、自分がなにをしたのか分か ────」

 

 男女の暴挙に気付いた歩兵が咎めたが、女の放った銃弾で頭を砕かれ絶命した。

 

「さぁ、行きましょう」

「了解だ、W16」

 

 男はW16と呼んだ女性に連れられて、再び戦火が巻き起こった帝都の闇へと消えて行った ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 村田は喜びに打ち震えていた。

 

「雌伏の時は終わったのだ!!」

 

 行きがけの駄賃とばかりに、直近の斯衛の戦術機へと跳躍し一閃。

 「獅子王」の驚異的な切れ味の前に、斯衛の戦術機 ── 黒の塗装の武御雷は上下に真っ二つにされ、地面に叩きつけられて沈黙した。

 飛び散った機油(オイル)で、村田の武御雷の純白が汚れていく。

 

「チィェストオォォォォッ!!」

 

 最少戦闘単位(エレメント)を組んでいたもう1機の武御雷の銃撃を、村田は俊敏な動きで躱し肉薄、唐竹割りの如く「獅子王」を振り下ろす。

 すすっ、と振り切り村田が逆噴射制動(スラストリバース)で後退した直後、黒の武御雷は左右に割れて爆散した。

 

「そぉら、みぃぃぃっつめぇ!!」

 

 バックジャンプの勢いを維持したまま機体を捻り方向転換。

 前方に見えたクーデター軍(・・・・・・)の不知火を流れるような動きで、袈裟に斬り捨てた。

 

『き、貴様ぁ! なんのつも ───』

 

 斬り倒した不知火の相方から通信が入ったが、村田は意に介さず一刀両断にする。

 一瞬で、村田の周りには戦術機だった鉄の塊が出来上がっていた。

 

「ふふふ、愉悦愉悦」

 

 村田の顔は管制ユニットの中でぐにゃりと歪んでいた。

 

「ここを味わい尽くしたら、次は貴様らだ ── 駒木、沙霧」

 

 月光に栄える「獅子王」を手に、村田の駆る武御雷は戦場を「剣鬼」の如く駆け巡るのだった ──……

 

 

 




次回から14話です。

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