Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【22時15分 第一帝都東京郊外 20km地点】
帝都での戦闘が再開されたとの一報は、山間部に潜伏していた「A-01」に激震を奔らせた。
『大尉、それは本当なのですか?』
『ああ、ピアティフ中尉から直接の伝令だ。城内省からの確度の高い情報と考えていいだろう』
網膜上で、みちると速瀬がそんなやりとりをしているのが見えた。
他の「A-01」の隊員たちもキョウスケの視界に投影され、複数で行うテレビ電話のように情報のやり取りがなされている。
『しかし何故今更? クーデター軍の連中だって、将軍殿下の勅命を賜るのが目的のはず……ならば将軍に害が及ぶ行動に出るとは思えませんが』
『もしかしたら、極度の緊張に耐えきれなかった兵がいたのかもしれないわね……』
『沙霧って奴……自分の軍も管理できてないじゃないの……!』
宗像 美冴、風間 祷子、涼宮 茜が視界上で口々に意見を述べ合っていた。
キョウスケはこの国の政治情勢がどうなっているのか、熟知している訳ではない。しかし少なくとも、横浜基地内の人間が征威大将軍に相当の敬意を払っていることは理解できていた。
クーデター軍の声明を聞く限り、沙霧たちもそれは同様だろう。
先に手を出せば、将軍に対する不敬と取られても致し方ない。だからこそ、12時間以上もの長時間に渡って斯衛軍とクーデター軍は睨み合いを継続していたと言うのに、ここにきて我慢の限界が来たということなのだろうか?
入念に用意した電撃作戦で、帝国の主要軍事施設を陥落させたクーデター部隊にしては、あまりにお粗末な失態だと言わざるをえない。
『……で、どうするんですか? いつまでも、隠れているわけにいかなくなりましたよ?』
柏木 晴子が上官たちの意見を仰いでいた。
キョウスケたち「A-01」は、本日0800前、夕呼の指示を受け極秘に国連横浜基地から出撃し、帝都の校外20km付近にある山岳地帯に身を隠していた。
キョウスケたちが出立してからすぐ ── 具体的には0823に、横浜基地は帝国軍の戦術機部隊によって包囲されてしまう。日本政府が正式に救援要請を出したわけではない以上、横浜基地が受け入れた米軍が好き勝手動くのをけん制することが目的だった。
当然、監視されるのは米軍だけではない。
キョウスケたち「A-01」は、横浜基地の包囲網が完成する前に脱出することで監視を逃れ、指定地点に到達し夕呼からの指令を待ち続けていた。
いつでも動けるように戦術機の主機に火だけ入れ、極力通信も制限し、12時間以上の待機を続けた果てに入ってきた情報が帝都炎上の一報である。
誰もが心穏やかではいられなかった。
日本政府が国連軍の介入を正式に受け入れた今でさえ、帝都に最も近い位置にいる国連軍の部隊は「A-01」なのだ。
増援にすぐ駆けつけられる目と鼻の先の距離。
十中八九、「A-01」には帝都での戦闘に赴く任が与えられるだろう。キョウスケだけではない、他の隊員たちもそう思っていた。
そのため ──
『待機だ』
── みちるの口から出た命令に、誰もが驚きの色を隠せなかった。
『待機って……本気ですか大尉ッ? 帝都では今まさに戦闘が行われているんですよ!?』
茜がみちるの言葉に噛み付いた。
『落ち着け涼宮少尉。大尉のお言葉はまだ終わっていない、意見を述べるのは全部聞いてからにしなさい』
『で、でも……!』
『涼宮少尉』
『は、はい……すいませんでした』
熱くなりかけた茜を速瀬が制止し、みちるの説明が続く。
『待機とは言ったが場所はここでではない。移動後、待機する場所は旧小田原西インターチェンジ跡だ。そこで横浜基地から出発した補給コンテナを満載した輸送車両と合流し、同地点に
『小田原西……これまた随分と帝都から離れますね』
速瀬の疑問に、他の隊員たちも首を縦に振り同意を示した。
現在「A-01」が潜伏している地点でも帝都から20kmは離れているが、小田原西となると約60kmと遠く3倍以上の距離がある。
帝都周辺に前線司令部を設営するならまだ理解できたが、何故離れた場所にわざわざ防衛線を構築するのか、キョウスケには分からなかった。「A-01」にはハガネやヒリュウ改のような特別速い足がある訳ではない。制空権をBETAに抑えられている以上、陸路から地道に進軍するしかないのだ。
離れれば離れるだけ、帝都に戻るのに時間を喰ってしまう。これだけは避けられなかった。
『これは香月副司令からの命令だ。小田原西にチェックインして、バカンスが始まるのを待て……だそうだ』
『……どういうことでしょうか?』
『さぁな。例の如くNEED TO KNOWだ。しかし香月副司令のこと、意味のない地点に我々を置いておくとは思えん』
速瀬の疑問に答えた後、みちるは語威を強めた。
『いいか貴様たち! これより我々は小田原などと辺ぴな場所に赴くが、それはその場所が激戦区の一つになると副司令が考えているからに他ならない! いいか、気合を入れろ!!』
『『『『『『『『『はっ!!』』』』』』』』』
『よし、隊規宣誓!!』
みちるの号令に「A-01」の全員が答える。
『死力を尽くして任務にあたれ!!』
『生ある限り最善を尽くせ!!』
『決して犬死にするな!!』
隊規を読み上げることで、自分がこれから戦場に赴くという実感が強くなっていく。キョウスケは相変わらずの仏頂面で、仲間たちの姿を観察していた。
まだあどけなさが残っている少女たち……一体、この中のどれだけが生きて帰れるのだろう、いや、あるいは自分も ──
(……余計な事は考えるな……生き残ることだけを考えろ……)
── キョウスケは自分の心を制そうと必死になり、しかしその視線は仲間たちが動かす機体から離す事ができなかった。
全機UNブルーで塗装された不知火に乗る「A-01」の中で、唯一機種の違うキョウスケの撃震と、純白で染め上げられたみちるの不知火・白銀が月光に照らされ一際目立って見える。
フレーム構造に改造され、外見を模され、頭部こそ不知火の名残りが残っていたが、不知火・白銀はヴァイスリッターに非常によく似た外見を獲得していた。
テスラ・ドライブの移植、装甲の全廃を代償に得た高機動性は、並の戦術機など歯牙にもかけぬ領域に突入している筈だ。
改良され、さらにシャープな外見となった試作01式電磁投射砲を持ち、不知火たちを統率する姿は、まるで北欧神話に登場したヴァルキリーのようだった。
『よし! A-01 ──
『『『『『『『『『了解!!』』』』』』』』』
「……了解」
状況が少しずつ動き始めていた。
Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~
第14話 伊隅ヴァルキリーズ
【12月6日 1時37分 クーデター軍により占拠された厚木基地】
駒木 咲代子は制圧を終えた帝都周辺の主要基地の1つ ── 厚木基地で、沙霧 尚哉の傍に立ち話しかけていた。
沙霧率いるクーデター部隊の決起から約20時間が経過し、既に日付が変わり、時刻はまもなく2時を迎えようとしている。
とっぷりと暮れた夜空の下、厚木基地は昼繁華街顔負けの灯りを煌々と灯していた。
「── なんと、将軍殿下が既に帝都におられないだと?」
厚木基地の一室で、沙霧 尚哉は駒木 咲代子の報告を受け、眉尻を下げて唸り声を上げていた。
クーデター軍の電撃作戦に最後まで抵抗を続けていた厚木基地を手中に収め、沙霧は部下たちに基地機能の完全掌握に全力を注がせていた。厚木基地のとある代物を、どのような状況にも対応できるよう確保するためだ。
それが見つかるのはもはや時間の問題だが、駒木の持ってきた報せは沙霧を驚かせるには十分すぎるものだった。
「はっ、帝都城地下に極秘に建造されていた地下道を使い、帝都城ならびに帝都より御姿を眩まされたご様子です」
咲代子の言葉に沙霧は目を瞑り、しばらく考えた後に訊いた。
「情報源は──?」
「……
「果たして、信用してよいものか」
「同感です。ですが ──」
咲代子は沙霧に具申する。
「── 男の情報によると、地下道をつたって各地の鎮守府や城郭に向かう動きが複数確認されているそうですが、将軍殿下はその内の1つ……箱根方面にある塔ヶ島城に伸びる地下道を使っておられるそうです」
「……何故、そこまで分かる?」
「そ、そこまでは私にも分かりかねます」
「……胡散臭いことこの上なし、だな」
例の男 ── 非通知での通信を沙霧と駒場に入れてきた、顔も出自も不明の謎の人物のことだった。
通信が入ったのは過去に一度だけ。
しかし男の
「確か第五計画の使者……などと意味不明な単語を言っていましたね」
「……だが帝都城の地下道の噂は私も子耳に挟んだことがある。あながち、真っ赤な嘘と断定することもできん」
「この情報の他にもヨロイを名乗る男から、同様の情報が漏洩されています。こちらは場所の特定まではしていませんが、私たち以外の士官にも既に知れ渡っています」
「そうか」
短く答えると沙霧は目を開き、立ち上がった。
「どうしますか?」
「決まっている。殿下をお迎えにあがるのだ」
厚木基地の一室から出て、沙霧は臨時の司令部へと移動し始める。
「殿下は間違いなく帝都城を脱出しておられる。ヨロイとやらに情報を漏洩させたのは、おそらく将軍殿下だろう」
「では……殿下は御身を囮に……?」
「……不甲斐ないが、殿下をお守りすべき我々が逆に助けられたようなものだ。これで我々は帝都を離れざるを得なくなった」
咲代子は沙霧に付き従いながら、将軍の行動に感謝していた。
将軍が帝都から別の場所に移動したなら、クーデター軍が帝都で戦い続ける意味は無くなる。クーデター軍の目的は将軍と民を分断する奸臣を排除することであり、無暗に身内を殺すことではなかった。無論、必要とあらば手を汚す事を厭わないのだが。
兎に角、将軍を追跡すれば、帝都がこれ以上火に包まれることはなくなる。
「駒木中尉、例の物の準備は?」
「はっ、現在調整中です。しばらくすれば使えるかと」
「そうか。では殿下の居場所を確認し次第出れるようにとの伝令を」
「了解です」
咲代子は簡潔に返答すると沙霧と別れ、厚木基地の格納庫へと向かった。
14話はその3まで続く予定です