Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

60 / 101
第14話 伊隅ヴァルキリーズ 3

【4時2分 第一帝都東京 郊外】

 

 村田 以蔵は戦場の空気を満喫していた。

 

 歩兵の発砲を契機に戦闘が再開された帝都で、村田は既に鬼神の如き戦果を上げている。

 村田はこれまでに、武家出身の一般斯衛兵が乗る武御雷を数機、その他の不知火と陽炎を多数、数は少ないがクーデター部隊の不知火まで文字通りに一刀両断していた。

 村田はクーデター部隊に属している。いわゆる味方殺しをしていることになるのだが、最少戦闘単位(エレメント)で斯衛部隊と戦闘していた部隊にのみ的を絞って一瞬で切り殺しているため、その事実は混乱を極めている他の部隊にはばれていなかった。

 そのため村田は、いけしゃあしゃあと推進剤の枯渇を理由に後退、静かに混迷を極めている帝都から姿を消すことに成功していた。

 

「ふん、この狩場もそろそろ飽きがきたな」

 

 「例の男(・・・)」が秘密裏に用意したという補給コンテナで推進剤を補給し、新たな突撃砲を確保する。背部ブレードマウントに再固定された愛刀「獅子王」は機血(オイル)にまみれていたが刃こぼれ1つ付いていなかった。

 戦術機を斬りたい。

 斬り刻みたい。

 滅茶苦茶にしたい。

 単純明快な行動理由を持つ村田が次に目を付けた場所は、通信を傍受して知った旧小田原西インターチェンジ跡だった。

 小田原を抜けた先の箱根には将軍がいるらしいが、将軍の行方はこの際どうでもいい。

 ただ、クーデター部隊の出した精鋭部隊を返り討ちにしている国連部隊が、その場所に陣取っている ── この情報だけが村田にとっては重要だった。増援経路を確保するため、クーデター部隊もさらに増援を出すだろう。

 もうすぐ、このクーデターの激戦区は帝都東京から小田原へと移ることになる。

 

「くくく、重畳重畳」

 

 管制ユニットの中で村田の顔が醜く歪む。

 補給を終えた村田は両軍が衝突するだろう小田原へと急行する。

 跳躍ユニットを噴かせて空を舞う村田の武御雷。

 純白だったはずの装甲は返り血ならぬ返り機血で赤黒く染まり、心なしか、動く筈のない武御雷の顔面がぐにゃりと歪んで見えるのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【4時4分 旧小田原西インターチェンジ跡】

 

 クーデター軍による2度の攻勢を防いだ「A-01」は、構築した防衛線に配置した補給コンテナで補給を行っていた。

 

 長方体の補給コンテナ内にはスペアの突撃砲、交換用の弾丸、近接格闘用の長刀などが収められ、コンクリートに突き立てられている。戦術機を運用する上で不可欠な推進剤を補給するためのコンテナも設置されており、防衛線には物資は十二分に用意されていた。

 キョウスケも撃ち尽くした突撃砲をスペアのそれを交換する。

 他の「A-01」の面々も生存しており、各々が必要な物資の補給を行っていた。みちるの不知火・白銀はもちろん、他の不知火も致命的なダメージは負っておらず、新任衛士である茜たちの機体も活動に支障はなさそうに見える。

 キョウスケの撃震も多目的装甲を駆使したおかげで、本体部分への被弾は避けられていた。根本的な機動力の差はどうしようもないが、武たちの開発した新OSは操作へのレスポンスは十分で、キョウスケの意図した動きを機体に十分に再現させることに成功している。

 

『この新型OS、前評判以上に使えるわね』

 

 突撃前衛を務めていた速瀬 水月が呟く。

 

『単純に機動性が増しているだけじゃなくて、今までにない複雑な機動もできる。これのおかげで帝都防衛軍の精鋭より優位に立ててるわ……ま、油断は禁物だけど』

『でも正直な所、新OSに換装が終わってて良かったです……じゃなきゃ私たち……』

 

 速瀬の言葉に茜が不安げに声を出していた。

 機体の条件が対等なら、茜達のような新任衛士と防衛軍の精鋭とでは、技量の関係から後者に分があるのは明らかだ。新OSによる機動性の向上が、その差を一時的に埋めているだけにすぎない。

 クーデター軍は「A-01」の機動性と、今までの戦術機に無い動きに戸惑い翻弄されていたが、新OSに相手が慣れてしまえば茜たちが途端に不利になるのは間違いなかった。

 

『涼宮少尉、弱気は禁物だぞ』

 

 茜の感想に指摘をしてきたのはみちるだった。

 

『た、隊長……!』

『有利、不利、双方の条件など関係ない。一度戦場に出れば、手元にある材料でどんな任務も遂行する。それが我々(プロ)の仕事だ。弱気など犬の餌にもならない、強気でいけ、強気でな』

『は、はい! 了解です!』

 

 緊張した面持ちで返事をする茜。

 

『それでいい。連中の相手は可能な限り我ら先任が引き受けるが、いざと言うときに自分の身を守るのは貴様たちだ。遠慮はいらん。本土防衛軍の精鋭だがなんだか知らないが、伊隅戦乙女中隊(イスミヴァルキリーズ)の敵ではないことをその身に教えてやれ』

『『『了解!!』』』

 

 茜以外にみちるの言葉に耳を傾けていた面々が一斉に返答する。

 

「……了解」

 

 キョウスケも小さな声で応えていた。

 こんな場所で死ぬつもりは毛頭ない。降りかかる火の子は払うだけだ。キョウスケだって死にたくはない。

 

(……例え俺がキョウスケ・ナンブ本人ではないとしても、この世界が俺の世界ではないとしても、こんな所で死ぬ理由にはならんはずだ……)

 

 慣れない戦術機。慣れない囮役。いつもの戦術を実行できれば少しは違うだろうが、戦闘をこなせばこなす程にキョウスケにストレスが貯まっていっていた。

 新OSを詰んだ撃震の追従性に文句はなかったが、せめてアルトアイゼンがあれば……そう思わずにはいられない。

 

(……よそう。無い物ねだりをしてもしょうがない、伊隅大尉も言っていたことだ)

 

 手持ちの材料で状況を打破するのがプロの仕事、彼女の言葉の正しさをキョウスケは経験から理解していた。

 ある物で何とかする。その意味では今回の防衛戦は恵まれていると言えた。キョウスケの視線はみちるの乗る不知火・白銀に向けられていた。

 

(……テスラ・ドライブ、やはり圧倒的だな)

 

 先ほどの戦闘で、不知火・白銀は八面六臂の活躍を見せていた。

 撃墜数は12機いた敵の不知火の内の実に7機。囮戦法で射程外から狙い撃つだけではなく、上空からの強襲による近接戦闘もこなし、他の不知火以上に変幻自在な動きで敵陣をかき乱していた。

 その結果、クーデター部隊を約3分という短時間で殲滅できている。

 

(……しかし……)

 

 キョウスケは視界に映るみちるの表情を見た。

 みちるの様子は普段と変わらない。キョウスケは違和感を覚えずにはいられなかった。

 

(……不知火・白銀は、改修前後で不知火とは別機種と言っていいほどに変わっている。加えてテスラ・ドライブの搭載……いくら伊隅大尉がエースだとしても、ろくな訓練期間もなしでこの変化が負担にならない筈がない……)

 

 不知火・白銀のモデルであるヴァイスリッターは、あまりに突飛な高機動性故に高い操縦技術と集中力を要する機体だった。

 結果、アルトアイゼン同様に乗りこなせる人物がほとんどおらず、事実上エクセレン・ブロウニングの専用機体となっていた。

 テスラ・ドライブの恩恵で、不知火・白銀は他の戦術機より頭1つ以上飛び抜けた高機動を獲得していたが、操縦する衛士にはその分大きな負担を強いてしまう。

 

「……大尉、機体の調子はどうです?」

 

 本当に大丈夫か? そう口が動きそうになるのを抑え、キョウスケは訊いた。

 

『機体か? 問題ない、すこぶる高調だ』

「……なら、良いのですが」

『なんだ、自分が囮役だから気になるのか? そろそろ操縦に慣れてきた頃合いだ。なんなら、これから来る敵機を全て引き受けてもいいくらいだぞ』

 

 みちるは画面上で不敵な笑みを浮かべていた。

 

(……本当に乗りこなせている? なら……別に構わんが)

 

 キョウスケの不安は単なる杞憂に過ぎないのかもしれない。キョウスケの世界にも訓練なしで新型機をすぐに乗りこなせる天才は確かにいた。みちるもその類だとすれば納得はできた。

 小田原を抜けなければ増援を送り込めない以上、クーデター部隊は必ずまた襲撃してくる。キョウスケはその時に備えて、入念に武装の確認を始める ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 先ほどの響介の声掛けに、みちるは肝を冷やしていた。

 

 部下たち同じく不知火・白銀の補給と電磁投射砲のチェックを行いながらも、いつもなら感じない妙な体の重さをみちるは覚えていた。

 疲れている、体がというよりは、神経をすり減らした後に全身を襲ってくる脱力感にそれは似ている。

 

(……チッ、このじゃじゃ馬め……!)

 

 心の中で舌打ちし、不知火・白銀の操縦難度に毒づく。

 改修前は不知火の改造機程度の認識だったのに、改修後の操縦感覚は完全に別機体のそれだった。

 少しの踏込みで一気に加速し、制動も一瞬で終わる。最高速度に達するまでの時間 ── タイムラグがこれまでの従来の戦術機とは大違いで、加速減速を自在に操り、変幻自在な高機動を実現することが可能だった。

 しかしそれに比例して操縦難度が上がってくる。下手に動けば視界が目まぐるしく変わり、空中浮遊が容易なため自分の位置を見失いかねない。しかも装甲が皆無なため、被弾どころか建築物に衝突するだけで行動不能に陥りかねない。

 要するに操縦の癖が強く繊細な操縦を要求してくるが、1度でも被弾する訳にいかないため、大胆な動きで敵を翻弄する必要があるという矛盾が生まれてくる。

 先の戦闘で戦果をあげたみちるだったが、それ相応に神経をすり減らしていた。しかし弱気は禁物と忠告した手前、部下たちに疲れを気取らせるわけにはいかない。

 

(……出来れば時間が欲しい。使いこなせさえすれば、圧倒的な性能なのだから)

 

 完熟期間が必要だ……そんなみちるの願いはあっさり断たれることになる。

 前線司令部にいる「A-01」のCP将校、涼宮 遥から通信が入ってきた。

 

『伊隅大尉、クーデター部隊の増援がそちらに向かっています』

「……そう、数は?」

『およそ20機、反応からして全機不知火の精鋭部隊です』

「了解した。迎撃準備を開始する」

 

 敵が近づいてきている。おそらく数分も経過すれば、戦術機のレーダーでも捉えられる距離にまで迫ってくるだろう。

 急ぐ必要があった。

 

傾注(アテンション)! よく聞け貴様らッ、クーデター部隊の増援がこちらに向かってきている ──」

 

 みちるは「A-01」に指示を飛ばし、隊列を整え始める。

 小田原を抜けられれば、移送中の将軍の元への増援を許すことになる。将軍の奪取だけは絶対に避けねばならない最悪の事態だった。

 贅沢は言っていられない。

 結局、今ある手札を駆使してやりきるしか、みちるに道は残されていなかった。

 

 

 




次回から第15話「俺が、俺であるために」になります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。