Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第15話 俺が、俺であるために 3

【4時48分 旧小田原西インターチェンジ跡】

 

 アルトアイゼンに搭乗したキョウスケはすぐさま機体状況の確認を行いつつ、懐かしいコクピットの感触を味わっていた。

 

 キョウスケがアルトアイゼンから離れて10日程経過していたが、実際にはそれ以上に長い期間、コクピットのシートに座っていないような錯覚を覚えた。座り慣れた操縦席のシートが郷愁の念に近い何か ── 帰るべき場所に帰ってきたという実感を胸の奥に湧き上がらせる。

 感慨に耽りながらも、キョウスケは慣れた手つきで機体状況の確認を終えた。

 新潟のBETA再上陸の際の傷は完治し、リボルビング・バンカーの炸薬も込められており、代えの弾薬も以前のままに残っている。プラズマホーンの起動も問題なく、機体の駆動に関しては万全のコンディションと言えた。

 ただ前回の戦闘で撃ち尽くした5連チェーンガンとアヴァランチ・クレイモアは補給の目途が立たなかったのか、チェーンガンには36mm徹甲弾が装填され、ベアリング弾はチタン製ではなく徹甲弾と同様の素材で作られた物が仕込まれていた。

 攻撃力関しては微減といった所だが、戦術機相手なら十分すぎる火力ではある。

 むしろキョウスケが驚いたのは、夕呼がアルトアイゼンに実弾を搭載したままにしていた事だった。

 

(実弾の互換性を確認後、地下に格納し俺から切り離して安心していた……と言ったところか。まさかアルトが空間跳躍するなど、俺も含め誰も夢にも思うまい)

 

 だが実弾が装填されていることは現状では好都合だ。

 おかげでキョウスケは仲間を守るために、全力を振り絞ることができるのだから。

 

「高原少尉、待っていろ。もう少しの辛抱だ」

 

 キョウスケは高原の乗っている管制ユニットをアルトアイゼンに持ち上げさせた。アルトアイゼンの両掌に収まる小さな金属の(はこ)。文字通りの棺おけにしないために、まずキョウスケは「A-01」の誰かと合流し高原を引き渡すことにした。

 

「やるぞ、アルト……!」

 

 仲間を守るために、エクセレン・ブロウニングが愛してくれた男であり続けるために、キョウスケは自分の生き様を貫くを事を決意する。

 

「俺たちが、俺たちであるためにも、今はただ戦おう!」

 

 キョウスケの昂りに呼応したかのように、アルトアイゼンのメインブースターが火を噴き、機体を大砲の弾の如く一気に加速させた。

 身体に圧しかかる強烈なGが教えてくれる。

 今度こそ、キョウスケは戦士として戦場へ帰ってきた。鋼鉄の孤狼の戦いが再び幕を開ける ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 速瀬 水月の不知火と村田の武御雷の戦闘は熾烈を極めていた。

 

「くそっ、この変態野郎!」

『どうした!? それで終いか! 張り合いのない!!』

 

 速瀬の不知火は、武御雷の振るう2本の長刀に防戦を強いられる一方だった。

 速瀬の配置は突撃前衛(ストーム・バンガード) ── 自ら前に出て武御雷を抑えていたが、敵が全力を出していない事は戦いの内に肌で感じていた。打ち込まれる2本の長刀の動きが遅い。しかし反撃を許さない程度に敵は手数で斬りかかってきていた。

 しかも速瀬が距離を取ろうとすると、近辺で援護射撃を行う「A-01」へと飛びかかる素振りを見せ、速瀬が再接近すると喜々として打ち込みを始めるのだ。

 遊ばれている。

 その証拠に長刀の振るわれる速さが徐々に、徐々に速くなってきていた。

 

『「獅子王」 ── 二刀両断!!』

「っ……!?」

 

 このままではマズイと速瀬が思った矢先、月光を浴びた武御雷の2本の長刀が煌めいた。

 神速の斬り下ろし。先ほどまでの鈍い打ち込みと対照的な緩急をつけた一撃に、速瀬の反応は遅れた。

 

(躱せない……!)

 

 こちらも長刀で受け止める。それならまだ間に合う。反射的に速瀬は武御雷の斬撃を長刀で防御した。

 直後、速瀬は信じられない光景を目の当たりにする。

 力強く振られた武御雷の斬撃に、まるで角材ででも日本刀を受け止めたように、速瀬の長刀はばっさりと分断されていた。

 

「嘘 ────ッ!?」

 

 機体前方から強烈な衝撃 ── すぐに不知火が武御雷に蹴り飛ばされたと気づく。その1秒ほどの間に、武御雷は右腕の長刀を振り上げていた。

 

『貴様なんぞに二刀は勿体ないわ!』

 

 網膜に機血まみれの武御雷が映る。色は白 ── 高機動型に分類されるその武御雷は、乗り手の狂気が滲み出たかのように汚れていた。

 速瀬が機体の体勢を立て直す間もなく、武御雷の長刀の切っ先が動いていた。上段からの袈裟ぎり……速瀬には斬撃の軌道が妙にゆっくりに見えた。

 

(やられる……!)

 

 これまでの経験が直感で告げてくる。

 自分は死ぬ。

 このまま斬り殺される。

 親友 ── 涼宮 遥との決着も付けられないまま、こんな同族同士の内輪もめの中で自分は死ぬのか ── いつの間にか、瞼を閉じている自分がいることに気付く速瀬。

 敵を前に目を閉じるなど自殺行為だ。

 知っている。だが閉じてしまった。きっと次に自分が目を開けることない、このまま殺されていまうのだから……刃物が金属に接触する音が速瀬の耳に木霊する。

 

 

(あれ……?)

 

 

 すぐに速瀬は違和感を覚えた。

 斬り殺されているはずの自分が、何故考えることができるのだろう、と。

 瞼を上げると、答えは目の前に広がっていた。

 

『無事か、速瀬中尉?』

「あ、赤カブト ── な、なんでここに……まさか、南部!?」

 

 速瀬の不知火の前に赤い戦術機が立ち塞がり、頭部のブレードで武御雷の斬撃を受け止めていた。

 速瀬が見間違えるはずがない。自分を2度も地に這わせた武骨で、巨大な、赤い鉄の塊。整備兵曰く、通称赤カブト ── アルトアイゼン・リーゼが目の前に立っている。

 速瀬が目を白黒させたのも無理はない、アルトアイゼンは横浜基地に置いてきた筈だった。

 

『ちっ、誰だ! 俺の愉しみを邪魔しおって!!』

『少し黙っていてもらおう』

 

 攻撃を防がれた武御雷は逆噴射制動(スラストリバース)で後退、割り込んできたアルトアイゼンと距離を取っていた。二刀の構えで警戒するが、アルトアイゼンは動かない。その両手には戦術機の管制ユニットと思われる匣を持っていた。

 速瀬の網膜上に南部 響介のアイコンが表示された。

 

『速瀬中尉、高原少尉を頼む』

「な、なんだって……まさかその中に……?」

『ああ、生きている。だが頭を打っている、早く前線司令部(HQ)で治療を受けさせてやってくれ』

 

 高原の入っている管制ユニットを速瀬は南部 響介から受け取った。

 管制ユニットを手渡すと、南部の乗るアルトアイゼンは、自由になった右手を力強く握りしめた。がちん、と右腕シリンダーの撃鉄が上がる。

 しびれを切らしたのか村田が叫んだ。

 

『我が剣戟を受け止めるとは……貴様、何者だ!』

『言ったはずだ』

 

 武御雷に向き直り、再びアルトアイゼンが速瀬の不知火に背を向ける。

 

『悪党に名乗る名などない、とな』

 

 速瀬の目の前で、大きく力強い背中が動き出す ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── キョウスケは怒っていた。

 

 仲間を傷つけた村田に対してだけではない。

 悩み、迷い、苦しむだけでは飽き足らず、仲間の足を引っ張ってしまった自分の不甲斐なさに怒りを覚えていた。

 

(俺はキョウスケ・ナンブという因子の集合体)

 

 因子集合体 ── 自分の頭を悩ませた言葉をキョウスケは今一度反芻する。

 

(俺は本物のキョウスケ・ナンブではない。例えるなら、俺はキョウスケの亡霊のようなモノ ── だがそんな俺にもできることはある)

 

 キョウスケ・ナンブは仲間を見捨てたりはしなかった。

 キョウスケ・ナンブは決して諦めたりはしなかった。

 ならば自分も、心を折らせず、仲間のために戦おう。感じていた自分への怒りは小さな火となってキョウスケの中に今は灯っている。

 

(俺はもう元の世界には帰れない)

 

 悲しい事実が冷たい風となって心を噴き抜けていったが、キョウスケの中の火が消えることはもうなかった。

 

(ならば俺はこの世界で生きていこう。

 エクセレン・ブロウニングが愛してくれたキョウスケ・ナンブという1人の男として)

 

 決意が闘志に変わり、身体を芯から熱くする。

 しかし思考は冷静に、静かに熱くキョウスケは燃えていく。

 

(俺の……いや俺たちの役目を果たそう。アルト、俺たちが俺たちであるために……!)

 

 キョウスケの思念に呼応し、アルトアイゼンの主機出力が上がっていく。キョウスケの心に燃える火とアルトアイゼンの鋼の身体に宿る火が合わさり、敵を焼き尽くす炎となって燃え盛っている ── 揺るがない決意を胸に、キョウスケは倒すべき敵を見据えた。

 正面モニターに村田の武御雷が表示されている。

 純白の機体を機血()みどろにし2本の「獅子王」を構える姿は、殺陣の真っただ中にいる鎧武者のように精悍で様になっていた。問題は剣の切っ先が自分と仲間たちに向けられていることだ。

 

『── その声……さっきの撃震乗りか? それにその機体……先のBETA新潟上陸で音に聞こえた「光線級殺し」ではないか? ふん、勿体付けずに初めから出せばいいものを!』

 

 村田はアルトアイゼンの事を知っている風だった。目立つモノには噂が付いて回るものだ。傭兵として情報収集をしている村田が、単機で光線級を全滅させたアルトアイゼンの事を知っていても不思議ではなかった。

 

「だったらどうする?」

 

 歓喜の光を瞳に宿す村田を、キョウスケは興味なさげに吐き捨てた。

 

『知れたこと! 極上の獲物、逃す手などないわ!!』

「……変わらんな、お前は。どちらの世界でも」

『戯言を! 我が往くは阿修羅の道! さぁ撃震のッ、存分に死合おうぞ!!』

 

 二刀を構えた武御雷が一歩前に踏み出す。

 2機の距離はそう離れてはいない。村田の武御雷の武装は2本の「獅子王」のみ。キョウスケを仕留めるなら剣戟戦を仕掛けるしかなく、もちまえの大出力跳躍ユニットを噴かせれば、一瞬のうちに武御雷はアルトアイゼンを間合いに収めてしまうだろう。

 だからどうした?

 キョウスケとアルトアイゼンの戦法は、昔も、今もたった一つ。

 突撃、あるのみ。

 

『往くぞぉ ──── ッッ??!』

 

 武御雷が短距離跳躍を開始した直後、全周囲回線(オープンチャンネル)に乗って村田の声が裏返るのが聞こえた。

 ほぼ同時に飛び出した2機だったが、爆発と言うべきメインブースターからの炎の噴出で、アルトアイゼンはあっという間に武御雷の懐へと飛び込んでいた。

 まさに一瞬 ── 神速の踏込みから、アルトアイゼンは武御雷にショルダータックルをブチかます。まるでヘビー級とライト級の試合でも見ているように、武御雷は後方へと大きく吹き飛ばされていく。

 

『 ── 馬鹿なッ ─── 俺より踏込みが速いだと ──!?』

「零距離、とったぞ!」

 

 タックルの衝撃で離れて行く武御雷、アルトアイゼンは両肩部のTDバランサーを作動させ、さらに加速することで距離を詰める。

 キョウスケは手を操縦桿から一瞬離し、素早くコンソールを操作した。久しく触れていないコンソールだったが、自作した特製モーションデータがどこにあるかは身体が覚えている。

 エリアル・クレイモア ── それがキョウスケの選択したモーションパターンだった。

 

 

 

 

              ── JOKER ──

 

 

 

 

 モニターに真紅の文字が表示された刹那、アルトアイゼンはTDバランサーを活かした一瞬の制動の後、空中高くへと舞い上がっていた。

 両肩に装着されている巨大コンテナのハッチが鈍い音と共に開く。

 射線は眼下 ── 体勢を整えたばかりの武御雷へと向けられている。見上げてくる村田の武御雷に赤いロックオンマークが刻まれ ──

 

「クレイモア ──!!」

『── しゃらくさいわァァッ!!』

 

 ── 複数の発射口から120mmの巨大ベアリング弾が発射された。

 BETAの新潟再上陸時に撃ち尽くしたチタン製と違う材質だが、口径の大きいため戦術機相手なら威力は申し分ない。ベアリング弾がばら撒かれ、高速道路のアスファルトを天から降り注ぐ雨のように広範囲に穿っていく。

 だが村田は長年の勘が働いたのか、回避の難しい広範囲の散弾を跳躍ユニットを全開に吹かせて避け切っていた。

 

『はははっ、どうしたその程度か ──── うげぇ!!?』

 

 村田の声がキョウスケの耳に届き、眼下に小さく映っていた武御雷の姿がどんどんズームアップされていく。

 キョウスケはあえて外したクレイモアで武御雷を移動させ、フルブーストでそこへ頭部から突っこんでいた。

 村田、絶句 ── 彼もキョウスケのような無茶苦茶な機動をする人間を相手するのは初めてだったのだろう。回避を諦めたのか、それとも落ちてくるアルトアイゼンを斬り捨てようとしているか、2本の「獅子王」を十文字に交差させ構えた。

 地面に激突する勢いで加速するアルトアイゼン。

 帯電し、白熱化した頭部のブレード ── プラズマホーンが、加速された全重量を乗せて武御雷に打ち込まれた。瞬間、1本の角と2本の名刀が火花を散らす。

 

『馬鹿め! 我が「獅子王」に断てぬ物な ────』

 

 1秒に満たぬ交差の後、2本の「獅子王」はプラズマホーンで真っ二つに切り裂かれ ──

 

『── しぃぃ……?!』

「シシオウブレード相手ならこうはいかんがな……!」

 

 ── 武御雷の胴体に、プラズマホーンが深々と斬り込まれていた。伝達系が破壊されたのか、武御雷の両手から「獅子王」の残骸が滑り落ちる。

 武器を失い村田の武御雷はもはや戦闘不能。

 しかしアルトアイゼンの連撃は止まらなかった。

 

「これで ── 」

 

 アルトアイゼンはプラズマホーンを突き刺したまま機体を一回転、勢いをつけて武御雷を空中へと放り投げた。

 

「── 抜けない装甲はないぞ!」

 

 上昇していく武御雷に、キョウスケは5連チェーンガンの徹甲弾を次々と叩き込んだ。36mmとオリジナルより口径は小さくなっているが、戦術機相手なら効果は十分で、武御雷の装甲を抉っていく。

 徹甲弾の直撃で満身創痍となった武御雷。純白を汚していた機血が分からないぐらいに傷だらけになっている。跳躍ユニットを制御する機能を失ったのか、それとも村田が意識を失ったのか、武御雷が重力に引かれて落ちてきた。

 キョウスケはリボルビングバンカーの切っ先を構え、

 

「いけぇ!!」

 

 落下してきた武御雷に突き立てた。

 

『── こ、こんな所でぇぇぇっ!!?』

 

 まだ意識があったのか、村田の断末魔が聞こえてきた。

 

『終わるものかぁ!? 我が修羅道がぁ!! 俺は斬る!! もっと斬る!! 阿修羅の如く斬って斬ってえぇぇえぇ ── ガハァ??!』

 

 村田の言葉尻に、何かを吐き出したような音が混じっていた。リボルビング・バンカーが突き刺さっている場所は武御雷の胴体付近、即死は免れたが重傷を負い吐血でもしたのだろう。

 多く人間を斬り捨ててきた村田だ。銃を撃てば撃ち返され、剣で斬れば斬り返される。分かり切っていることだ。自分もいつか今の村田のようになると時が来ると、覚悟しながらキョウスケは引き金に指をかけた。

 

「ゼンガーの代わりに俺が案内を務めよう。村田、お前の行先は地獄の底だ」

 

 キョウスケはトリガーを引いた。

 唸る撃鉄、弾ける炸薬 ── アルトアイゼンの右腕で天高く勝ち上げられた武御雷は、リボルビング・バンカーを通じて送られる衝撃を全身で受け止めることになる。

 武御雷の胴体を突き刺さっていた鉄針が衝撃と共に背中から生え、戻った。

 絶命の一撃 ── 武御雷はリボルビング・バンカーで串刺しとなり持ち上げられていたが、もう、回線を通じて村田の声は聞こえない。管制ユニット付近を撃ち抜いたのだ。戦場の常識で考えるなら、村田はもう生きてはいない ── 死んだのだ。

 沈黙した武御雷を、バンカーから機体を抜くため、アルトアイゼンは無慈悲に地面に叩きつける。

 ずぅぅんっ、と鉄の屍がアスファルトの上に打ち立てられた。

 

「速瀬中尉、無事か?」

 

 その様に国連軍、クーデター部隊共に短い時間ではあるが唖然としていて ── しかしキョウスケは意に介せず、速瀬に状況確認のための通信を行っていた。

 

『え、ええ……南部、おかげで助かったわ』

「礼はいい。それよりこの戦闘のケリを付けよう。俺は伊隅大尉を援護する、中尉は部隊を指揮してくれ」

『……調子、戻ったみたいね。これはこれで腹立つけど、まぁいいわ。やるわよ、南部!』

「よし、行くぞ……!」

 

 キョウスケと速瀬は頷きあうと、別れてクーデター部隊の鎮圧に乗り出した。

 クーデター部隊の指揮官機と戦闘しているみちるの元へ、キョウスケは急ぎアルトアイゼンを走らせるのだった ──……

 

 

 

 

 ……── 程なくして、旧小田原インターチェンジ跡での戦闘は終息した。

 結果は「A-01」の勝利。村田によって戦場が掻き回されたのは確かだったが、損害はクーデター部隊にも出ており、追い打ちとばかりに敵指揮官が不知火・白銀とアルトアイゼンの連携によって撃破されたことで戦線が瓦解したのだ。

 士気の向上や機体の地力の差など、様々な要因が絡み合っての勝利だった。辛勝とも圧勝とも言えないが、要所である小田原を「A-01」は守り切ったのだ。これ以降、クーデター部隊が増援を出し、仮に小田原が奪還されたとしても、将軍の奪取はもう間に合わないだろう。

 高原は前線司令部で意識を取り戻した。横浜基地に戻り次第CTなどの精密検査は必要だったが、とりあえず命に別状はなさそうだ ──……

 

 

 

 

 ……── 戦闘終了後、「A-01」は本日3度目となる補給を行っていた。

 

 敵を退け、クーデター部隊の増援が将軍に接触するのを未然に防ぐという任務もほぼ完遂したことにはなるが、敵がもう増援を送り出してこないという保証もない。

 できることはやれる内にする。消耗したパーツの交換は無理だが、推進剤と武装の補充を交替で行いながら、「A-01」の面々は通信を交わしていた。

 

『── それよりも南部、貴様、何故その機体に乗っている?』

 

 補給を終えたみちるが、部隊全員の疑問を代弁するように言った。

 その機体、とは間違いなくアルトアイゼンのことを指している。

 横浜基地を出発した時、キョウスケが搭乗していた機体は第一世代戦術機の撃震だ。アルトアイゼンは横浜基地の地下格納庫に置いて来ていた。

 しかし戦闘が終わってみれば、キョウスケが乗っている機体がアルトアイゼンになっているのだ。奇異の視線を向け垂れるのは当然で、さらに横浜基地との物理的な距離と相まって、何故アルトアイゼンがあるのか疑問を通り越して不振がられても不思議はない。

 

「それはだな……」

 

 拾った、と口走りそうになって止めた。

 良い口実が思いつかずキョウスケは思い悩んだ。

 

(転移してきた……とはやはり言えないな……困った)

 

 転移の事を話すなら、隠しているキョウスケの真実を暴露しなければ信用してもらえないだろう。いや、信用してもらえるかどうかも怪しいが。兎に角、今回のみちるは追及を止めるつもりはないようだ。

 キョウスケの過去と違い、目の前に物体としてアルトアイゼンがある事実を、隊長として無視することはできない……と言った所か。

 数秒の沈黙。隠し事をしているためか、まるで浮気がばれて嫁に追及されている旦那のような、奇妙な罪悪感を味わうキョウスケ ── と、

 

『ん、なんだ? この音?』

 

 その音に最初に気付いたのは速瀬だった。

 アルトアイゼンの集音マイクがキョウスケの耳にもその音を届ける。

 風切り音 ── 航空機が飛ぶ際、主翼が空気を切り裂いて発生するあの音が辺りに響いていた。

 

『上空から何かが接近してきます!』

 

 前線司令部の遥の報告に、「A-01」の全員の注意が音が聞こえてくる方向の空へと向く。しばらくして、音の発生源が山間を縫いながら姿を現した。

 戦術機輸送用の大型航空機が十数機、編隊を組んで飛行していた。

 

『これは……まさか空挺作戦(エアボーン)!? 佐渡島ハイヴの光線級に狙われるかもしれないのに……!?』

『……決死行か。やられた……地上部隊は囮、こっちが本命……謀られたようだな』

 

 みちるが苦々しく呟き、珍しく舌打ちしていた。

 光線級の照射射程距離は約200-300km。レーザーは直進しかせず地球も丸みを帯びているため離れた地上は狙われないが、空を飛ぶとなれば話は別だ。高度を上げ水平線から顔を出した瞬間、航空機は光線級に狙い撃ちにされる危険がある。

 かと言って高度を低くすれば、山に接触する危険や敵に攻撃されるリスクが高まる。故に戦術機の運送は基本的に陸路で行われるのが常識だった。

 

(常識の裏をかいてきたか、敵も必死だな)

 

 予想外のクーデター部隊の行動に「A-01」内がざわめき出す。

 そんな時だった。横浜基地からの通信が「A-01」に届いたのは。

 通信先の相手は横浜基地にいる副司令の香月 夕呼。

 

『ちゃお、皆久しぶり。元気してたかしら?』

 

 いつもの軽口を叩きながら夕呼は続ける。

 

『クーデター部隊が厚木基地から航空部隊を発進させたわ。空挺作戦で移送中の将軍閣下との距離を詰め、奪取するつもりと見てほぼ間違いなさそうよ』

 

 相応のリスクを背負っての作戦行動だ、なら目的はそれ以外ありえないだろうとキョウスケは納得した。

 モニター上で伊隅が夕呼に報告する。

 

『副司令、こちらからも航空機の姿を確認できました。我々も追撃した方がよろしいのでは?』

『無理ね。並の戦術機の足じゃ航空機に追いつけないし、残りのクーデター部隊が小田原や他の防衛陣地に向かっているのが確認されたわ。目的は足止めね。防衛線を抜かれる訳にはいかないから、あなたたちにはそこの防衛を続けてもらうわ』

 

 既に後手に回っている以上、空挺作戦を妨害することは難しい。

 ほぼ間違いなく将軍の近辺で戦闘が開始されることになる。将軍に最接近するクーデター部隊に、さらに増援が到着することだけは避けねばならないだろう。

 

『しかし副司令、将軍殿下の御身に何かあってからでは遅いと考えます。我らも戦力を分け、追撃を行うべきではないでしょうか?』

『もちろん横浜基地からも増援は出すわ。それに殿下の傍には米軍の精鋭部隊も護衛に付いているから、間に合う可能性が低い防衛線を手薄にしてまで増援を捻出するメリットがあまり無い……それよりも、あなたたち ── 正確には伊隅と南部にやってもらいたいことがあるわ』

「俺と大尉に……?」

 

 急に立った白羽の矢にキョウスケは軽く驚いた。

 

『伊隅は速瀬に指揮権を移譲、不知火・白銀とそちらに移送しておいた(・・・・・・・)アルトアイゼンは指定のポイントに向かい、潜伏している敵を撃破してちょうだい』

 

 夕呼の口から出た嘘に気づいたのはキョウスケだけだった。

 みちるも疑っていないのか、夕呼に任務の質問を投げかける。

 

『副司令、その敵とは一体……?』

『そうね、今回のクーデターを手引きした黒幕(・・)のようなもの……そう考えてほぼ間違いないわ』

 

 夕呼の言葉に部隊全体に衝撃が奔る。

 

『そいつらはクーデター部隊だけでなく、帝国内にも巧妙な仕込みをし、表舞台に出ることなくクーデターを引き起こさせた。あるいは連中の仕込みは、国連部隊や米軍内部にまで至っている可能性すらある……そんな連中が殿下の傍を付かず離れず、潜伏して暗躍しているのよ』

 

 夕呼の話が本当なら、クーデター部隊や日本帝国だけでなく国連軍である自分たちですら、その連中の掌の上で踊らされていたことになる。

 極力表に出ず、他組織の戦力を使って事を成す ── その手口にキョウスケは何処か既視感(デジャヴ)を覚える。

 直後、夕呼の口から信じられない単語が飛び出してきた。

 

 

『【暗躍する影】 ── 連中の名はシャドウミラー』

 

 

 キョウスケは反射的に息をのみ込んでいた。

 

「なん、だと……?」

『十中八九、極東での復権を熱望する某国の特殊部隊と考えて間違いないわ。とても狡猾な連中みたいでね、ある男(・・・)からの情報がなければ、あたしも殿下の傍に潜伏している事には気付けなかったわ』

 

 シャドウミラー ── 忌々しいその名前の登場にキョウスケは驚き、自分の眉間に皺が寄るのが分かった。異世界からオリジナルキョウスケの世界に侵攻してきた侵略者たちの名を、この世界に来てまさか聞くことになるとは思わなかったからだ。

 驚愕するキョウスケを尻目に夕呼は続けた。

 

『兎に角、連中が何かしてからじゃ遅いわ。最高速度の速いアルトアイゼンと不知火・白銀で指定されたポイントへと向かってちょうだい』

『伊隅 みちる大尉、了解しました』

「南部 響介中尉、了解」

 

 キョウスケたちの返答に夕呼は頷きで返してきた。

 そしてモニターの先で誰かを呼ぶ仕草を見せる。

 

『ではこれ以降、2人は彼の指示に従うように ── じゃ後は頼んだわよ、G・J』

「G・J……?」

 

 シャドウミラー同様に耳に覚えのあるイニシャルが聞こえた。

 オリジナルの世界にも同じイニシャルを持つ男が1人いたことを思い出す。その男はある装置を開発した後、事故によりシャドウミラーの世界から転移してきた人物で、彼の開発した装置がシャドウミラー侵攻を誘発する要因になったことを覚えている。

 その男の名前はギリアム・イェーガー。

 元教導隊の一員であり、キョウスケと共に「L5戦役」や「インスペクター事件」を生き残った戦友の1人でもある。

 

『ああ、分かった』

 

 聞き覚えのある渋めな声が鼓膜をくすぐる。

 声の主の姿がモニターに映し出された。

 すらりとした細身の長身に黒のトレンチコートを見事に着こなしたその男は、腕を組み壁にもたれかかっている。壁際の姿が実に様になるその男は、特徴的な紫の色の前髪が右目を覆っていて顔の左半分と口元しか見えなかった。

 その男の外見的特徴は、完全にギリアム・イェーガーと一致している。

 男は壁から背を離し、キョウスケたちに話しかけてくる。

 

『伊隅大尉、南部中尉、お初にお目にかかる(・・・・・・・)

 

(初……? 初対面を装っているのか……それとも……?)

 

『俺は香月博士の協力者の1人だ、そうだな、俺のことはG・Jとでも呼んでくれ。衛士である君たちには【地上最強の歩兵】とでも言った方がイメージしやすいかもしれないが』

(歩兵? 何を言っているんだ、ギリアム少佐?)

 

 ギリアム、いや、G・Jの言葉に覚えがないキョウスケ。

 この世界における歩兵は、主にBETAの小型種との戦闘を役割としている。ギリアムは単身で潜入捜査なども行いはしていたが、戦闘はもっぱらPT ── 主にゲシュペンスト系に乗って行っていた筈だ。

 

『では急ぐとしよう。時間はあまり残されていないぞ』

 

 違和感を覚えながらも、キョウスケはG・Jに指定されたポイントへとアルトアイゼンを動かし始めるのだった ──……

 

 




1万文字超えてしまい、思い切って駒木戦はカットしました。希望があれば執筆しようかと思います。

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