Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第16話 その名はG・J

【4時30分 国連横浜基地 中央司令室】

 

 キョウスケと村田の死闘から時間は遡る。

 

 丁度その頃、司令室に籠った香月 夕呼は険しい表情で正面モニターの戦術情報を眺めていた。

 

予定通り(・・・・)、殿下と白銀たちは合流したまでは良かったけど、移送中の殿下がまさか倒れるとは思わなかったわね)

 

 武の所属する第207訓練小隊は、帝都を脱出してきた征夷大将軍である煌武院 悠陽と接触、クーデター部隊の追撃を振り切るため冷川方面へと移動していた。

 道中で米軍のアルフレッド・ウォーケン少佐率いる第66戦術機甲大隊と合流し、クーデター部隊の追撃を振り切れそうになった矢先に将軍が意識を失ったのだ。

 将軍の移送は戦術機で行うしかなかったとは言え、衛士強化装備を着込んでいない将軍にとって機体の加速は酷だったらしい。休息を挟むか、加速度病に対しての投薬を行うか、選択肢は2つしかなく、猶予も左程残されていないと207訓練小隊を指揮する神宮司 まりもからの通信を、夕呼は受けたばかりだった。

 

(難所である冷川は抜け、米軍が後続のクーデター部隊を抑え時間を稼いでくれている……けど移動を再開できなければ、結局打つ手が無くなってくる……)

 

 良くない報せは続くもので、クーデター部隊が占拠した厚木基地から、大量の航空機が飛び立とうとしていると夕呼の耳に入ってきた。冷川先に停留している207訓練小隊を、空挺作戦で包囲するのが目的とみて間違いない。

 横浜基地からも増援は出したが、間に合うかどうかは分からない。

 苛立ちがつい顔に出てしまう、そんな状態の夕呼に ──

 

「お困りのようですね、香月博士」

 

 ── 話しかける1人の男が居た。

 その男は夕呼の背後の壁に背を預け、彼女を見ている。

 紫の前髪が異様に伸びて、男の右目を覆い隠していた。外見は若かったが、若者と呼ぶには雰囲気が大人びすぎている ── そんな男だった。

 

「……G・J、気配消して出てくるの止めてって、前に会ったとき言わなかったかしら?」

「これは失礼。どうにも癖みたいなものでしてね」

 

 G・Jと呼ばれた男は苦笑し、壁に背を預けたままで夕呼に話しかけ続ける。

 

「それより、博士に耳寄りな情報を持ってきました。お聞きになりますか?」

「あたし見ての通り忙しいんだけど、下らない情報だったら容赦しないわよ」

「答えはYES、そう取って構いませんね?」

「ええ、そうよ、だから早く言いなさいってば」

 

 不機嫌に返答する夕呼、その様子を見たG・Jは簡潔に話し始める。

 

「【暗躍する影】の素性と居場所が分かりました」

「なんですって……!」

 

 サラリとG・Jの口から漏れた重要情報に、夕呼は思わず声を荒げていた。

 

「連中の正式名称はシャドウミラー。米軍を母体とし、例の計画(・・・・)の推進派が組織した特殊部隊です」

「例の計画って……あれかしら?」

「ええ、博士に縁の深い例の計画のことですよ」

 

 G・Jの言う計画とは、夕呼が取り組んでいるオルタネイティヴ計画のことで間違いない。

 夕呼はオルタネイティヴ4の研究者兼総責任者を務めている。その数字が示す通り、4番目のオルタネイティヴ計画という位置づけで、国連関係者には第4計画と呼ぶ人間もいたりする。

 研究というものは、その大きさに応じて多くの人員と金が必要になってくる。夕呼は国連の援助を受けてオルタネイティヴ4を進めていたが、計画が失敗した時の保険として、予備のオルタネイティヴ計画も同時に進行されていた。

 それが第5計画 ── 通称オルタネイティヴ5。

 オルタネイティヴ4が失敗に終われば予備(サブ)から主要(メイン)の計画に格上げされることもあり、これまで夕呼は第5計画推進派の妨害に幾度となく曝されてきた。

 その第5計画推進派が組織した特殊部隊 ── シャドウミラーは夕呼たちに敵対する組織、そう考えて差し支えなさそうだ。

 敵について理解した後、夕呼はG・Jに尋ねる。

 

「で、居場所は?」

「あそこですよ」

 

 G・Jは戦術情報 ── 207訓練小隊と米軍のマーカーが表示された正面モニターを指さした。友軍以外にはクーデター部隊を示すそれしか見当たらず、他には周辺の土地情報が読み取れる程度だった。

 

「見えないでしょうが、連中は常に将軍殿下の近辺に潜伏しています」

 

 G・Jの言葉通り、シャドウミラーらしきマーカーを見つけることはできなかった。

 

「連中は高度なステルス機能を持っていましてね、高性能のレーダーですら発見は困難です。困ったことに、どうにもG・Bの遺した技術を活用しているみたいですが」

「G・Bの……無効化できない? 作ったのアンタの雇い主なんでしょ?」

 

 G・B ── 鎧衣 左近の雇い主でもあるその人物は、G・Jの主でもあるらしい。

 G・Jは苦笑いを浮かべて、答えた。

 

「もちろん、訊きましたとも。無理だ、そんな半端な代物を作る訳がないだろう、と一蹴されましたよ」

「……馬鹿じゃないの、アイツ?」

「昔から、天才となんとかは紙一重と良く言いますから」

 

 呆れ顔の夕呼にG・Jは淡々と言う。

 

「結局、シャドウミラーは俺が探す羽目になりましたがね」

「よく見つけ出せたわね」

「なに、例のシステムのちょっとした応用ですよ。まだ修理中で完全な力は引き出せませんが、この程度なら造作もないことです」

「……例のシステム……私が転移装置作るときの参考にしたアレか……まったく、流石と言う他ないわね」

 

 珍しく感心した後、夕呼はG・Jに言った。

 

「G・J、アンタの言うこと信じてみるわ。動かせる部隊を連中の所へ差し向けて ──」

「──ふ、副司令、大変です!!」

 

 突然、夕呼の側近であるピアティフ中尉が声を荒げ、夕呼の言葉を遮った。冷静な彼女にしては珍しく慌てている。

 

「ピアティフ中尉、どうしたの?」

「だ、第七ハンガーに異常反応あり! 映像、モニターに出します!」

 

 夕呼が尋ねるとピアティフ中尉は慌てて返答した。

 第七ハンガー ── 広大な敷地を持つ横浜基地には戦術機用のハンガーが幾つもあり、その内の1つが第7ハンガーだ。他のハンガーと違い地下深くに建設されていて、夕呼は特別な機体をそこに格納するようにしていた。

 第七ハンガーには、アルトアイゼン・リーゼも収容されている。

 正面モニターに第七ハンガー内の映像が表示され ──── 夕呼は言葉を失った。

 

「嘘、でしょ……?」

「おやおや、これはこれは」

 

 アルトアイゼンがハンガー内で起動し、動いている姿がモニターには映し出されていた。

 機体を固定するための拘束具 ── コの字状に壁に溶接されているそれを、内側から腕力だけで力任せにへし曲げていく。めきめきと不快な金属音を響かせて、アルトアイゼンの機体表面を囲っていた拘束具が千切れ、弾け飛ぶ。

 夕呼はピアティフ中尉に命じてコクピット内の様子を映し出させた。

 モニターで確認できるのは誰も座っていないコクピットシートだけ ── パイロット不在にも関わらず、アルトアイゼンは独りでに動いていた。

 拘束具の外れたアルトアイゼンがハンガー内を歩き出す。まるで何かを求めるように、アルトアイゼンは巨体を引きずりハンガー内をゆっくりと動き回っていた。

 第七ハンガーの異様な光景に司令部内が徐々にざわめきだす。

 

「博士、あの機体のパイロットは?」

 

 唐突なG・Jの質問に苛立ちながらも夕呼は答える。

 

「今は出撃中で基地にはいないわ」

「原因はおそらくそれでしょう。あの機体は探しているのですよ、半身 ── 自分に乗るべきパイロットをね」

「なに言ってるの、そんな非科学的なことある訳 ──」

「── ほら、跳びますよ」

 

 まるでG・Jの言葉を合図にしたかのように、第七ハンガー内でさらなる異常が発生し始めた。

 アルトアイゼンの周辺の空間が揺らめきだす。揺らぎが巨大な球体を形成し、アルトアイゼンを包み込んでいく様が肉眼的にもはっきりと分かる。発生していると思われる莫大な余剰エネルギーが球体上を電流となって奔り ──── 次の瞬間、アルトアイゼンは第七ハンガーから忽然と姿を消していた。

 球体に接触していたハンガーの床や壁などは鋭利な刃物で切り取られたように消滅しており、以前の新潟での転移現象時に確認された、アルトアイゼン周辺の地形に起こっていた変化と完全に一致している。機材で観測すれば、おそらく、新潟の時と同様の時空間振動が観測されるはずだ。

 

「香月博士、何故機体とパイロットを引き離したのです?」

 

 特に表情を変えることなく、G・Jが夕呼に尋ねてきた。

 

「あの手の機体をパイロットと引き離すのはかえって危険です。昔、俺も自身の半身と呼べる特殊な機動兵器に乗っていた経験がありますが、パイロットの危機に機体が過剰反応することがある。あの手の機体を管理するなら、パイロットと機体を離さずに運用するべきでしょう」

「……たくっ、アンタの常識ってどうなってんのよ? 非常識が日常化してるんじゃないの」

「まぁ、否定はしませんよ」

 

 ニヒルな微笑を浮かべるG・Jと自分の迂闊さに腹立たしさを覚えながらも、夕呼は考えを巡らせていた。

 

(南部と引き離しても、アイツが戦場に出ている限りさっきの現象は起こり得る……なら南部とアルトアイゼンを缶詰状態に……いえ駄目だわ。転移の引き金になっているのはどちらも戦闘だけど、アイツが待機している基地内で、新潟のような転移現象が起こることだけは避けなければならない……)

 

 横浜基地は単なる国連軍の駐屯基地と言う訳ではない。

 オルタネイティヴ4の研究施設でもあり、人類が初めて奪還できたハイヴを利用した施設でもある重要施設だ。仮に南部 響介を基地内待機を命じても、何らかの戦闘行為が勃発し、基地内で新潟の時のような転移が起こることが考えられる最悪のケースだった。

 何が引き起こされるか分からない転移現象の被害に基地を曝す訳にはいかなかった。

 

(G・Jの言う通り、南部とアルトアイゼンはセットで運用し、戦闘時は必ず出撃させておく……そうすれば、戦闘中に何か起きても、すぐに基地に影響が出ることはない……)

 

 夕呼はピアティフ中尉に命じて、映像を第七ハンガーから旧小田原インターチェンジ跡の戦域情報へと切り替えさせた。

 小田原では「A-01」とクーデター部隊が激戦を繰り広げている。じっくりと確認すると、その中にアルトアイゼンを示すマーカーが出現していた。転移の先には間違いなく南部 響介がいるはずだ。

 

(正直、危険なのに変わりはない……けれど、落としどころは何処にするのか? G・Jの案が今は一番現実的に思える。それに、今はシャドウミラーを打倒し、殿下を救出することを優先するべきだわ)

 

 多少の危険はやむおえない……夕呼は自分を納得させ、司令部での指揮に戻る。

 G・J曰く暗躍するシャドウミラーの数はそう多くないとのことで、連中に対しては、戦術機の中でも足の速い伊隅の不知火・白銀と南部 響介のアルトアイゼンを差し向けることになった。

 クーデターが終息した後、司令部の面々に第七ハンガーでの出来事を他言しないよう口止めすることを決め、夕呼は戦闘を終えた「A-01」に向けて通信回線を開く。

 

「ちゃお、皆久しぶり ──……」

 

 こうしてG・Jは、南部 響介ら「A-01」の面々と初対面を果たすことになるのだった ──……

 

 


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