Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第17話 動き出す影

【12月6日 未明 冷川インターチェンジより数kmの地点】

 

「こちらヴァルキリー0。伊隅大尉、目標を発見した」

 

 まだ日も登らぬ早朝、闇に溶け込むその2つの影を見つけたキョウスケは伊隅に向けて声を上げていた。

 

 G・Jから指定された将軍のいる地点から数km離れたそのポイント ── 確かに、敵はそこにひっそりと隠れていた。

 夜間迷彩を施し、その敵はさらに機体を小さな林の中に隠してカモフラージュしている。

 近づけたからこそ見えた。G・Jからの情報が無ければ、キョウスケも敵を見つけることは難しく ── 敵がキョウスケたちに気付き動きを見せることで初めて、レーダーに機影が映り、目視でその姿を確認することができた。

 G・J曰く、敵機には相当高性能なステルスが搭載されている。それも納得の潜伏ぶりだった。

 経験上、ステルス性能に特化した技術はオリジナルキョウスケの世界にも存在する。アルトアイゼンは電子戦を得意にしている訳ではなかったが、戦術機相手にそうそう遅れは取らないとキョウスケは思っていた。

 レーダー・センサー類はロボットの目や鼻に相当する。

 妨害されれば、乗り手は機体の外を知ることができなくなる。

 

(……見えない敵か、確かに厄介ではあるが)

 

 一度見つけてしまえばキョウスケは二度と逃がしはしない、見つけにくいのであれば尚更だ。

 

『……こちらでも確認した』

 

 若干のタイムラグを置いて、みちるから声が返ってきた。

 

『目的を再確認する。第1目標は敵の拘束、不可能な場合は撃破だ。おそらく、連中の手引きで将軍殿下が再び戦闘に巻き込まれた……! これ以上何か動かれる前に止めるぞ!』

「ヴァルキリー0、了解……!」

 

 みちるの命令に承服したキョウスケは、アルトアイゼンを敵に向けてさらに加速させながら……思った。

 この世界はオリジナルにとっての並行世界 ──── 既に異世界の同一人物である村田 以蔵がキョウスケの前に立ち塞がり、今対峙している敵組織の名は……シャドウミラー。

 自分の知る、かつてシャドウミラーに属していた者達が敵に回っているのなら、苦戦を強いられることは予想に難しくない。

 

(頼むぞ、伊隅大尉……!)

 

 最少戦闘単位(エレメント)の後衛を務めるみちるに背中を任せ、キョウスケは2機の戦術機 ── モニター情報にはF-22A【ラプター】と表示されている ── に突撃していくのだった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第17話 動き出す影

 

 

 

 加速度とGの増すコクピットで、キョウスケは常にレーダーと敵情報に気を配っていた。

 

 2機のラプターとアルトアイゼン間の距離は既に目視しあえる距離だ。互いに確認できる距離まで接近し戦闘態勢に入ってしまえば、高性能のステルスも上手く機能しないらしく、レーダーには2つの赤いマーカーがクッキリと浮かび上がっていた。

 

 肉薄するアルトアイゼンに敵機から迎撃の徹甲弾が飛んでくる。回避し敵の1機をロックオン、キョウスケはアルトアイゼンの5連チェーンガンをけん制目的で発射した。

 しかし敵は跳躍ユニットの噴射でチェーンガンを避け、動きながら高速移動するアルトアイゼンに突撃砲を撃ち ── 命中。アルトアイゼン故の重装甲に徹甲弾は装甲表面で弾かれ、虚空へと消えていく。

 

(当ててきたか……!)

 

 アルトアイゼンの取り柄の1つに硬く、分厚い装甲がある。

 おそらく36mm弾であろう敵の小さな徹甲弾程度では、アルトアイゼンの装甲を貫通されることはまずないだろうが、反撃で命中させてきたという事実が問題だ。

 敵の腕は良い、この一瞬のやり取りでもその程度なら把握できた。

 腕利きの敵の乗ったラプターが2機 ── キョウスケがアルトアイゼンに乗っていても、油断して勝てる相手ではないだろう。

 

「伊隅大尉!」

『任せろ!』

 

 飛ばしたキョウスケの声にみちるが応え、後方から電磁投射砲の大口径弾が飛来する。

 が、ラプター、これを避け、突撃砲の銃口をアルトアイゼンに向けた。

 もう1機のラプターと連携しアルトアイゼンを取り囲むように旋回し、トリガーを引いてくる。

 アルトアイゼンは銃弾を躱す。アルトアイゼンがいくら堅牢とはいえ、無暗に攻撃をもらい続けては危険 ── キョウスケは機体が重いなりに回避し、砲撃の1割程度が被弾してしまい、しかし装甲に弾かれていた。

 今の所ダメージはほぼ無かったが、時折織り交ぜて撃ち込まれる120mm弾は確実に避けた方がよいだろう。

 

(こいつら、やはりできる……!)

 

 しかしアルトアイゼンの重量は、戦術機のそれに比べて非常に重い。

 回避に専念しても全て避け切れる保証は無く、なにより長所である攻撃性能を十二分に発揮できなくなる。

 

(ならば……多少もらう覚悟でツッコむ……!)

 

 キョウスケのコンソール操作に反応し、リボルビング・バンカーの撃鉄が上がった。

 TDバランサーのウィングが展開され、バランス制御に使われていたそれが、アルトアイゼンにさらなる加速を与えるために出力を増し始める。

 コクピットでは、モニター上のラプターに真っ赤なロックオンマークが刻まれている。

 徹甲弾を弾きながら加速するアルトアイゼン。あとはラプターに機体ぶつけ、バンカーの切っ先を突き立てて撃ち貫くだけ ──── だがその時、機体のモニターに異変が起きた。

 

 突然、これまで、くっきりと浮き上がっていたロックオンマークが消えた。

 

(なんだ……!?)

 

 突然の事態にアルトアイゼンの進行方向が僅かにぶれる。

 一瞬の隙を付き、敵のラプターはリボルビング・バンカーの攻撃範囲から逃げ ── その動きを、アルトアイゼンは追尾しきれなかった。

 リボルビング・バンカーの切っ先が空を突く。

 目標物が多少動いた所で、機体に搭載されているTC-OSなら、自動補正し移動方向や攻撃の角度ぐらいは調整、追尾してくれる。

 融通が利きにくいアルトアイゼンでも多少は追尾し敵を捕らえる ── 素振りは見せるものだが、さっきはそれが全くなかった。

 

(まさか……!)

 

 空振りに終わった突撃。

 TDバランサーの力を借りて素早く旋回すると、モニターに120mm弾が一瞬映った。被弾。貫通はしていないが、アルトアイゼンの装甲表面が損傷した。

 モニターに銃口を向けた敵ラプターが見える ──── が、画面上でロックオンマークが重なる様子は確認できなかった。

 

(チッ……強力なジャミングの類か何かか……!?)

 

 ついさっきまで表示されていたレーダーのマーカーも消えていた。

 敵のラプターは目視での追跡を困難にするため、夜間用の迷彩色で機体を塗装している。レーダーが効かず、ロックオンによる追尾も不可能……尚更、メインカメラで捉えている敵機を見失う訳にはいかなくなった。

 しかし正面に集中すれば、当然、もう1機のラプターへの注意が散漫になる。

 

「こちらヴァルキリー0! 伊隅大尉、レーダーが効かなくなった! そちらの敵機を頼みます!」

 

 幸いキョウスケたちと敵の数は同じで、それぞれが1機ずつ担当すれば、発生している問題を大分誤魔化し戦うことはできる。

 

『──────』

 

 しかしキョウスケの通信にみちるの声は返ってこない。

 聞こえてくるのはノイズのみ。

 

「伊隅大尉! 伊隅大尉、応答してくれ!」

 

 キョウスケの声にみちるの返事はなかった。

 レーダーが効かなくなっても、撃墜されたなら集音マイクなどの音で分かる筈……敵の妨害で通信障害も起きていると考えて間違えなさそうだった。

 

(目と耳を奪われたか……やってくれる!)

 

 みちるの生死が分からない。しかし集中力を切らせることはできない。キョウスケは目の前のラプターを見逃さないよう闇夜に目を凝らす ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 赤い戦術機が、アクセル・アルマーの改造ラプター ── ガイスト1に食い下がってくる。

 相手は技量の高い衛士だと、アクセルが確信する。

 同時に自分が見たことのない赤い戦術機の動きに、アクセルが持てる最大限の警戒を持って向かっていた。

 アクセルは戦術機による戦闘が嫌いではない。相手の赤い戦術機が友軍で、これが模擬戦だったなら、生死を考えず、互いに存分にやりあえただろう……そう思えて仕方なかった。

 だがアクセルは任務中だ。

 任務は持てる全てを使い果たすもの。

 彼は迷うことなくW17に声をかけた。

 

「W17、ジャミングは問題ないか?」

 

 アクセルの声にW17が答える。

 

『出力最大で稼働中。持続可能時間は5分だ』

「5分もあれば十分だ。俺は赤いの、貴様は白いのをやれ」

『W17、了解』

 

 W17の改造ラプター ── ガイスト2が、ガイスト1より離れて行く。

 赤い戦術機と白い戦術機は、アクセルたちのガイストに追随してきている。

 2機のラプター・ガイストにはアクセルの所属している組織シャドウミラーの技術の粋 ── あの男(・・・)が残した多くの特殊技術が組み込まれている。その性能は米軍の中で「戦域支配戦術機」と呼ばれ始めているF-22A「ラプター」を軽く凌駕し、第三世代を超え第四世代の領域に足を踏み入れていると言っても過言ではない。

 しかしその機体に、敵の衛士と機体は喰らいついてくる。

 機体性能は言うまでもなく、衛士の技量も一級品だった。

 特にアクセルは、赤い戦術機の大胆かつ思い切りの良い機動 ── それを行う衛士の気概と胆力が嫌いではなかった。

 

「良い腕だ、俺の部下に欲しいぐらいだぞ」

 

 彼は小さく呟きながらも、操縦桿(スティック)を動かす手を休めない。

 爆発的な加速でガイスト1に吶喊してくる赤い戦術機。その右腕の巨大なパイルバンカーの直撃を受ければ、いかにガイスト1と言えど致命傷は免れない ── が、ガイスト2の高性能ジャミングが効いていて、突撃してくる赤い戦術機にコンマ数秒の不自然な動きが出るのをアクセルは見逃さなかった。

 サイドステップで赤い戦術機のパイルバンカーを躱し、銃弾を浴びせる。

 120mm砲弾が命中した。

 だが硬い。赤い戦術機は沈黙はせず、旋回し、再びガイスト1との距離を詰めるべく加速し始める。

 長期戦の様相を呈してきたにも関わらず、アクセルの顔には微笑が浮かんでいた。

 

「BETAならいざ知らず、対人(AH)戦闘で俺たちが負けることは絶対にない、これがな」

 

 アクセルの乗る改造ラプター ── ガイスト1は、先行量産型のラプターにあの男の遺した技術で強化改造を施し続けた機体だ。しかしステルス性能はラプターより少し上な程度、ガイスト2と違い、ジャミング機能を追加されている訳ではなかった。

 ではどの部分が強化されているのか? 

 答えは単純。

 追い詰められた時、本当にモノを言うのは特殊な技術などではなく、地力の差である。

 ガイスト1の強化改造はシンプルと言って差し支えないものだった。機体性能 ── 機動性、即応性、装甲や関節の強度、主機出力……およそ戦術機を動かすために必要なハード面を、徹底的に強化された機体 ── それがラプター・ガイスト1だ。

 量産性を度外視した超強化 ── しかしこの機体が残すデータこそ、後の戦術機の礎となり、同時にこの戦闘における戦闘の勝利をアクセルに確信させる……それだけのスペックを誇っている。

 だが彼の確信を裏打ちしているのは、なにもガイスト1の超高性能だけではなかった。

 

「W17」

『なんだ、隊長?』

「奴らに見せてやれ、ガイストの幻影をな」

『W17、了解』

 

 アクセルが勝てると確信している最大の理由は、W17が搭乗しているラプター・ガイスト2にあった。

 ハード面を強化したガイスト1と対照的に、ガイスト2はソフト面に対して徹底的な強化改造を施してある。

 それも電子戦に重点を置いた強化で、ガイスト1同様の高いステルス機能だけでなく超高性能なジャミング機能、ハッキング能力をラプター・ガイスト2は持っていた。

 例え、第三世代戦術機がOBLシステムで外部からの電磁波の影響を受けにくくなっているとしても、あの男の遺した技術の前では吹けば吹き飛ぶ砂上の楼閣のようなものだ。

 防御プログラムを用意しているならいざ知らず、追撃、突撃をしてくるだけの敵に、ガイスト2のハッキング能力を防ぐことなどできはしない。

 アクセルの耳に、W17の冷たい声が聞こえてきた。

 

『ターゲット、アンノウン1、2。敵JIVES(ジャイブス)、強制起動 ──』

 

 これで自分たちの勝利は揺るがない。

 アクセルは勝ちを確信しながらも、トリガーを引く指の力を緩めることはなかった。

 

 

 


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