Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第17話 動き出す影 3

【12月6日 未明 冷川インターチェンジより数kmの地点】

 

 突如現れた小型の機動兵器 ── ゲシュペンストに、アクセル・アルマーは心当たりがあった。

 

 地上最強の歩兵、ゲシュペンスト・イェーガー……呼び名は様々だったが、ゲシュペンストの乗り手を知る者はみな、彼のことをG・Jと呼ぶ。

 G・Jはアクセルの所属する国の活動に協力したこともある。

 決して敵と言うわけではないが、従順な狗というわけもなかった。G・Jは人々を守るために戦い、BETAを駆逐し、しかし戦術機程目立つこともないため、多くの人間が彼の素顔を知ることはなかった。

 だがアクセルは知っていた。

 素顔ではなく、G・Jが信頼を寄せ、協力を惜しまない男が1人だけいることを。

 

「……G・Bの差し金か。面倒な奴が出てきたものだ」

 

 アクセルたちのラプター・ガイストに使われる技術を遺した(・・・)あの男 ── 本名も知らず、顔も画像データでしか見たこともないその男は、かつてシャドウミラーの母体となった組織に属していた。

 様々な画期的技術を生み出した天才科学者 ── 通称G・B。

 だが1年ほど前、G・Bは第5計画に反発しシャドウミラーの前から姿を消した。シャドウミラーも彼の追跡は続け、つい最近になって、潜伏先と思われる場所の特定に漕ぎ付けたばかりだった。

 G・Bに協力し、彼を守り続けている男が、アクセルの目の前にいるゲシュペンスト ── G・Jだった。

 

(ふん、まぁいいさ……作戦の第1フェイズは既に達成している。今は第2フェイズに向けて、準備を整えなければならない時だ)

 

 仲間を庇って動けない赤い戦術機はまだしも、G・Jの相手をするとなると骨が折れ時間がかかる。

 確実に勝てる保障がない上、長引けばアクセルたちが目撃されるリスクが高まっていく。自分たちの存在が知られたことは痛手だが、作戦半ばで捕縛されることだけは避けねばならない。

 

「W17、ジャミングはあとどれだけ使えそうだ?」

『最大出力で1分弱だ』

「それだけあれば十分だ、これがな」

 

 微笑を浮かべるアクセルのアイコンタクトにW17は頷き、2人のシャドウミラーは行動を再開する ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── アクセルたちのラプターに動きがあった。

 

 機能回復しアクセルたちの姿を正確に表示していたアルトアイゼンのレーダーに、再びノイズが奔りマーカーが消えたのだ。

 同時にコクピットモニターに表示されていたロックオンカーソルも消失していた。

 ほんの少し前、アクセルのラプターと一対一で対峙していた時と同じ状況に陥っている。敵の強力なジャミングが再開された ── キョウスケがそう判断するのに数秒もかからなかった。

 だがアクセルは、その数秒の間に行動を起こしていた。

 2機のラプターが戦術機の掌大の何かを取り出し、キョウスケたちの方向へと投擲してきたのだ。

 投げられたそれは弧を描いてアルトアイゼン手前の地面に落ち、破裂して大量の黒煙を噴出し始める ── ただでさえ迷彩塗装により目視が困難なラプターがより一層見えにくくなり始めた。

 

「煙幕? まさか ──」

『逃げるつもりか!? そうはさせん!』

 

 眼下のゲシュペンストからG・Jの声が聞こえてきた。

 

『唸れ閃光、全てを切り裂く光の剣 ── プラズマカッター!!』

 

 ゲシュペンストが左腕部 ── 量産型ゲシュペンストMK-Ⅱのプラズマステークに当たる部分から、3本のプラズマの刀身が生まれ、左腕部全体を強力な電流が包み込む。3本のプラズマ刀身は融合し、1本の巨大なプラズマカッターへと変貌した。

 オリジナル世界のプラズマカッターと違い取り外しはできないように見えるが、G・Jのゲシュペンストと量産型のサイズが同じと仮定すれば、G・Jのプラズマカッターは量産型のそれに比べ出力がけた違いに高かった。

 煙幕に包まれ、キョウスケにはアクセルたちの姿が確認できない。

 だがG・Jには見えているのか、彼は煙幕の先をしっかりと見据えていた。

 

『いくぞ!』

『── ふん、いいのか? こんな所で、俺たちの相手をしていて?』

 

 強力なジャミングの中、アクセルからの通信が入る。どうやら、敵側の通信機能だけを妨害する便利な代物らしい。

 【soundonly】と画面アイコンが表示され、アクセルの声が聞こえてくる。

 

『G・J、貴様がここにいるということは、あの男は本国で1人ということだ、これがな』

 

 アクセルの言葉にG・Jの動きが止まる。

 

『裏切り者をいつまでも泳がせておく程、俺たちは甘くないぞ』

『……くっ、あの場所を見つけたというのか』

『当然だ。手間は取らされたがな』

 

 2人の言うあの男 ── キョウスケには面識がないが、G・Jにとって重要な人物であることは会話の内容から推測できた。

 アクセルらしくない、キョウスケでさえそう思える露骨な時間稼ぎ。その証拠にアクセルたちが攻撃してくる気配はない。いっそのこと、煙幕の中にアルトアイゼンを飛び込ませるか ── と逡巡し、止めた。

 アルトアイゼンの背後には倒れた不知火・白銀がいる。

 これがキョウスケを誘き出す罠なら、孤立し、無防備となった不知火・白銀にトドメを刺すなど造作もないことだった。

 可能性は低い、が、キョウスケは動くことができなかった。

 

『貴様は俺たちに手を出した。あの男を拘束するには十分すぎる理由だ』

『くっ……!』

 

 アクセルの言葉にG・Jは声を詰まらせている。

 

『さっさと帰るんだな。今ならまだ間に合うかもしれないぞ? それと貴様、キョウスケ・ナンブといったか?』

『……アクセル、俺を覚えているのか?』

『言ったはずだぞ。俺は貴様など知らん、とな』

 

 キョウスケに向かってアクセルが言い放つ。

 

『だが覚えた。貴様との決着は次の機会に置いておこう。

 キョウスケ・ナンブ、次に会った時が貴様の死ぬときだ、これがな ──……』

『アクセル……!』

 

 一方的な通信は、アクセルたちによって勝手に打ち切られた。

 キョウスケは焦燥感を覚える。アクセルはやると言ったらやる男だ。キョウスケを本気で殺しに掛かってくるだろう。今ここで逃がしていいのか、と迷いが生じる。

 

『よせ、南部 響介……もう遅い』

「ギリアム少佐……! しかし……!」

『連中はもう行ったよ。追撃は不可能だ』

 

 辺りに立ち込めていた煙幕が風に流されていく。キョウスケはラプターの姿を探したが、何処にも見当たらなかった。

 ジャミングされていたレーダーも回復していたが、敵を示す赤いマーカーは表示されていない。最接近しなければレーダーに映りさえしなかったアクセルたちのラプターだ、闇雲に探し回っても発見できるとは思えなかった。

 アクセルたちは逃亡した、その事実がしこりのようにキョウスケの胸に残る。

 

『南部 響介、すまんが俺は急がねばならん。香月博士によろしく伝えておいてくれ』

「待ってくれ少佐……!」

 

 G・Jのゲシュペンストが立ち去ろうとし、キョウスケは慌てて止めた。

 

「貴方は俺の知るギリアム・イェーガー少佐なのか? 俺はそんな小型のゲシュペンストを見たことも聞いたこともないぞ」

『……君のことは香月博士から聞いているよ。南部 響介 ── 誰にも言っていない俺の本名を知っているとは、なるほど、不思議な男だな君は』

 

 G・Jはしばらく沈黙し、重い口を開いた。

 

『俺は君とは間違いなく初対面だ。君の世界にいた俺は時間軸の違う俺か、それとも並行世界の俺か、ここで問答した所できっと正解は出はしないだろう。

 兎に角、俺は行かせてもらうよ…………今の状態でも、単体の通常転移ならなんとかなるか……あとで不具合がでなければいいが……』

 

 G・Jがボソリと呟き、ゲシュペンスト周辺の空間が歪み始め、直後、キョウスケが瞬きをする間にゲシュペンストの姿は忽然と目の前から消えていた。

 アルトアイゼンの時のように荒々しくなく、静かに颯爽と消えたゲシュペンスト ── しんとした冷たい空気の中、熱を持ったアルトアイゼンと不知火・白銀だけがその場に残される。

 

(……今のは空間転移……俺の知るゲシュペンストにそんな機能はない、というより、地球の技術で自在に空間転移はできない。あのギリアム少佐 ── いやG・Jは俺の知らないギリアム・イェーガーだと言うのか……?)

 

 見知った顔に出会えた喜びと同時に、奇妙な喪失感を覚えるキョウスケ。

 G・Jがキョウスケの知るギリアムだと判別する方法を彼は持っていなかった。だがキョウスケは思う。それを知ることにあまり意味がないのではないか、と。

 

(俺が俺であったように、G・JもG・Jだ。難しく考える必要はない。ありのままを受け入れる、それでいいのかもしれないな)

 

 キョウスケは、アルトアイゼンに不知火・白銀を抱き上げさせた。極限まで装甲を排除した華奢な機体はどうしてもヴァイスリッターを彷彿させる。みちるは意識を失っているのか、未だに応答はない。

 ふと気づくと、真っ暗だった夜空の端が茜色に染まり始めていた。

 冷川で聞こえていた銃声もなりを潜め、丸い太陽が山肌からひっそりを顔を出し、アルトアイゼンたちを照らしていた。

 

「夜明けか」

 

 長かった夜が明けた。

 思い返せば色々な事があった。

 クーデターの勃発、村田との死闘、アルトアイゼンの転移、G・Jやアクセルとの邂逅 ── 濃い、あまりに濃い夜の終りを告げる太陽をキョウスケは静かに眺めるのだった ──……

 

 

 

 

 西暦2001年 12月6日 未明

 クーデター首謀者沙霧 尚哉、戦死する。

 同日、13時23分、市ヶ谷駐屯地に残っていた最後のクーデター部隊が投降した。

 後に12・5クーデター事件と呼ばれる日本全土を震撼させたこのクーデターは、様々な思惑を内包したまま終息を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 





【本編に出そうとしてやめたボツネタ】
ゲシュペンストがプラズマカッターを出すシーンで……
「リボルケ ── じゃなかった、プラズマカッター!」
……とG・Jが叫ぶ。ちょっとお茶目すぎたので出すのを止めた。

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