Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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プロローグで書き忘れました。
第4部からオリジナル成分も上昇していく予定です。


第18話 解隊式

【12月9日(日) 4時27分 訓練兵用校舎 屋上】

 

 部屋を抜け出したキョウスケは、風に当たるため、武たちが座学に勤しんできた校舎の屋上へと向かった。

 

 人っ子一人いない校舎内にキョウスケの足音が木霊する。

 月明かりで薄暗く照らされた廊下はどことなく不気味で、自分しかいない筈なのに、誰かが後ろを付いて来ているような錯覚に陥る。もう殆ど覚えていないが、オリジナルの学生時代の学び舎も似たような感じなのかもしれないと思いながら、キョウスケは屋上へと続く階段を上り始めた。

 乾いた靴の音を鳴らせて上っていくと、見覚えのある古い金属製の扉が見えてきた。オリジナル世界の転移実験の前日、この扉を潜ったことをキョウスケは思い出す。

 あの日も確か、夜中に思い立ってこの屋上を目指していた。

 2回目になるその道を進み、錆びついたその扉を開けると、鈍く軋む音とともに冷たい風が体を撫でていく。

 屋上に出ると、月明かりに直接照らされる分、校舎内より夜目が効いた。

 

「ん……?」

 

 校舎屋上にはキョウスケの他に先客が一人いた。

 

「神宮司軍曹……?」

「え……南部中尉、どうしてこんな時間に……?」

 

 屋上には、武たち207訓練小隊の教導官を務める女性 ── 神宮司 まりもが1人で佇んでいた。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第18話 解隊式

 

 

 

 まりもが不思議そうにキョウスケの方を見つめていた。当然だ。まだ日も登らず起床ラッパも鳴っていない時間帯に、人に出会うなんて思いもしなかったのだろう。

 しかしそれはキョウスケも同じことだった。

 

「どうしたんですか? こんな時間に、こんな場所へ?」

 

 まりもがキョウスケに訊いてくる。

 

「俺は夜風に当たりに来た、妙に目が冴えてしまってな」

「そうですか」

「そう言う軍曹はどうしたんだ?」

 

 キョウスケの質問にまりもは苦笑いを浮かべて、屋上のフェンスの外側に視線を向けてしまった。

 屋上からは廃墟となった柊町が一望できた。人がいないため電燈の光はついていない。そういえば、以前に屋上でまりもに会った時、彼女は柊町で生まれ育ったと言っていたことをキョウスケは思い出す。

 悩みがあるとき、まりもは屋上へと足を運ぶ。そんな印象をキョスウケは覚えた。

 

「実は……」

 

 傍に来たキョウスケにまりもは言う。

 

「……今日はあの子たちが卒業する日なんですよ」

 

 あの子たち ── 言うまでもなく、武たち207訓練小隊の面々のことである。

 まりもが言う卒業するとは、つまり武たちの解隊式を行うということだ。卒業すると表現したのは、昔、まりもが教師を目指していたからだろう。

 解隊式 ── 訓練過程を修了し任官することは、そのまま戦場へと駆り出されることを意味する。

 先日のクーデター事件のように、訓練兵まで駆り出される事態はそうそう起きない……はずだが、任官すれば、有事の際には戦場へと赴く義務が生じてくる。言わずもがな、戦場へ近づくことはそれだけ死に近づいていくことでもある。

 そのことをまりもは憂いていた。

 教え子である武たちに生き残るための技術を教え込みながらも、その実、技術が成熟すれば前線に立ち死に近づいていく。

 

(ジレンマだな、それも決して逃れることのできない)

 

 まりもが教導官という役割を続けて行く限り、付きまとい続ける矛盾。

 武たちが成長し巣立っていく喜びと、戦場に送り出したくないという親心が、まりもの中で複雑に混じり合っているのだろう。

 

「……もう何度も繰り返して、でも全然慣れなくて……駄目ですね私。教導官失格です」

 

 まりもはかつて柊町だった廃墟を見下ろしながら呟いた。

 

「そんなことはないと、俺は思うがな」

 

 キョウスケは思ったままのことを言葉にした。

 

「何事も繰り返せば麻痺してくるものだ。そうして何も感じなくなり同じことを繰り返すだけ、それでは機械と何も変わらない。悩みながらでも頑張っている軍曹を、教官失格だなんて言う者は誰もいないだろう」

「そう、でしょうか……?」

「そうさ」

 

 口ごもるまりもに、はっきりと答えるキョウスケ。

 

「武たちは軍曹の教えをしっかり受け継いでいる。その証拠に、12・5クーデターからも生還してきた。軍曹の教えがあったからこそ、あいつらは生きて戻ってくることができたんだ」

「南部中尉……」

「確かに、技術を教えることで死地に近づいていくかもしれない。だがそれは、あいつらが選択した道でもある。それを分かっているからこそ、軍曹もあいつらにできる限りの技術を教え込んできたのだろう?」

 

 BETAとの戦争で、若者のほとんどが戦場に駆り出される……そんな世界だ。オリジナルキョウスケの世界ほど、選べる将来の幅がこの世界は広くはない。しかし例え選択肢が少なくても、自分の選んだ道と命には責任を持たなくてはならない。

 武たちは選んだ。戦う道を。

 例えそれが戦時下で教育され、作られてしまった道だとしても。

 まりもは教えた。戦う術を。

 武たちが望んだからまりもは応えた。「生き残って欲しい」という願いと「死地に近づく」という現実の板挟みに、責任感の強い彼女は苦しみ続けてきたのだろう。これが無責任な人間なら、何も感じずのうのうと仕事を続けているに違いない。

 感情を理解し、感情をコントールし、しかし感情に支配されている ── 神宮司 まりもはとても人間的な女性なのだと、キョウスケは改めて思う。

 そんな彼女をキョウスケが嫌いになるわけがない。

 

「なぁ、軍曹、今は祝おう」

 

 教導 ── まりもの行いを肯定するためにキョウスケは言った。

 

「軍曹の教えと武たちの努力が実を結ぶ、そんな日なのだろう? 今日は」

「はい……そうですね」

 

 キョウスケの言葉に曇っていたまりもの表情に微笑みが戻る。

 

「私がこのようではいけませんね。笑顔であの子たちを送り出してあげないと」

「それでいい。軍曹は笑っているのが良く似合うからな」

「え……そ、そうですか?」

 

 まりもがどもりながら返事をする。

 薄暗い早朝、まりもの顔色はよく分からなかったが、心なしか薄い赤に染まっているように思えた。それが何故か、キョウスケには分からなかったが、気分を害しているようには見えない。

 キョウスケはまりもらしい表情をイメージして、彼女に呟いた。

 

「そうだな、あとは眉を吊り上げて怒っている顔とかもな。似合っている、というか軍曹らしい」

「ど、どういう意味ですか……?」

「ん、よく武のことを叱っているだろう」

「あ、あれは白銀が悪いんですよ……! いつも突拍子もないことを言い始めるから……!」

「ふ、違いない」

 

 笑うキョウスケに、まりもも笑顔を浮かべる。中尉からも注意しておいてくださいね、と冗談が出てくる程度には、張りつめていた彼女の雰囲気は和らいでいた。

 しかし現実は非情だ。

 戦場に出て命を落とすなど往々にしてあること。兵士として戦い続けていたキョウスケはそれを痛いほどに身に染みて理解している。

 まりもの肩に手を置き、まるで自分に言い聞かせるように、あえてキョウスケは言う。

 

「武たちならきっと大丈夫。信じてやろう、あいつらのことを」

 

 自分で言っておいて無責任な言葉にも思えたが、はい、とまりもは頷いてくれた。

 きっと ── そんな言葉は戦場では何の当てにもならない。

 キョウスケだってそれは分かっている。しかし言わずにはいられなかった。

 

(なら護ればいい……そんな単純な問題でもない、か)

 

 四六時中、武や「A-01」の仲間たちがキョウスケの傍にいるとは限らない。キョウスケの目の届かぬところで不幸は起こるかもしれない。いやむしろ、そちらの可能性の方が高いだろう。

 

(だがせめて、目の前にいる仲間だけでも護ってみせる……!)

 

 武たちを信じながらも、キョウスケは自分にできることをやっていこうと心に誓うのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【同日 9時32分 国連横浜基地 講堂】

 

 

 「A-01」の訓練の合間、キョウスケは207訓練小隊の解隊式が行われている講堂へと足を運んでいた。

 

 まるで高等学校の体育館のような作りのその中では、パウル・ラダビノット司令から武たちに解隊式と同時に任官を告げる祝辞が述べられていることだろう。

 キョウスケが到着した時、既に講堂の傍で解隊式が終わるのを待ち構えている人物がいた。

 最初はまりもかとも思ったが違う。キョウスケと同じ「A-01」の隊員の涼宮 茜が講堂の様子を見守っていた。彼女もキョウスケ同様、みちるに無理を言って抜け出してきていたことを思い出す。

 気を焼いているのか、視線は講堂の方に釘付け、背後までキョウスケが近づいても気づく様子はなかった。

 

「少尉、こんな所でなにをしている?」

「ひゃ……っ! な、南部中尉、驚かさないでくださいよ……!」

「いや、普通に声をかけただけなのだが」

 

 声を掛けられ肩を跳ねあがらせた茜は、本当にキョウスケのことに気付いてなかったようだ。

 

「実は……今日、千鶴 ── あ、私の親友なんですけど、その子の部隊の解隊式が行われるって聞いたので……本当は晴子たちと一緒に来たかったんですけど、流石に全員抜け出すのは無理ですから、私が代表で見に来たんです」

「そうか、お前たちは同期だったな」

「はい。でも南部中尉はどうしてここに……?」

 

 茜達とは12・5クーデター事件が終わってから話す時間があり、207訓練小隊の面々と同期の間柄ということをキョウスケは知っていた。

 解隊式の話を耳にして、居ても経ってもいられず様子を見に来たのだろう。目的はキョウスケと同じだった。

 

「俺もその小隊の白銀 武という男と面識があってな、様子を見に来た」

「白銀……あぁ、例の男の子ですね」

「知っているのか?」

「はい、色々凄いっていうか特別だって千鶴が言っていましたから」

 

 凄いというのは、おそらく武の戦術機操縦技術のことだろう。

 時間跳躍者(タイムリーパー)として前回の世界の記憶と経験を持つ武は、並の訓練兵など歯牙にもかけない戦闘スキルを持っている。目立つのも無理ないだろう。

 しかし講堂の周りにはキョウスケと茜しかいない。解隊式と大げさに言っても、たかが訓練兵が過程を修了し任官する、ただそれだけのことだ。基地隊員の注目が集まるイベントでもないので、当然とも言えた。

 早朝にまりもに聞いた話だと、解隊式は9時に始まり30分ほどで終わる予定らしい。

 武たちは衛士育成の訓練過程を経ているため、解隊式と共に衛士であることを証明する階級章 ── 銀の翼を象り、キョウスケのジャケットにもつけられている ── を受け取り、少尉に任官される。

 夕呼に経歴をねつ造され衛士という立ち場を手に入れたキョウスケにとって、あまり思い入れのない階級章だったが、訓練過程を終えた武たちにとっては誇らしく、そして重い物になるだろう。

 

「あ……中尉、出てきましたよ」

 

 講堂の扉が開き、武たち207訓練小隊、いや、元207訓練小隊の面々がまりもの後を着いて出てきた。達成感からか、6人全員が一様に笑顔を浮かべている。

 

「神宮司軍曹……今までありがとう」

 

 講堂を出てすぐに、武がまりもに声を掛けていた。遠巻きに様子を見ているキョウスケたちには気づいていないようだ。

 

「軍曹の錬成を受けたことを生涯誇りに思う。今俺がこうしているのも、軍曹のおかげだ」

「光栄です少尉殿。ですが、少尉殿は元より傑物でした。私は何も益しておりません」

 

 2人の会話が聞こえてくる。

 衛士として任官された時点で武の階級は少尉となる。対してまりもは軍曹。これまで教え子だった武に敬語を使うまりもの姿が、彼らが彼女の元から巣立った証明に見える。

 それはまりもが望んだ武たちの姿であると同時に、恐れていた姿でもあった。

 

「でもッ、それでも ── ッ」

 

 まりもの言葉に武の語気が強まる。

 

「── 俺はまりもちゃんに育てられたんです! 俺はそのことを誇りに思っています!!」

 

 臆することない大きな声が、遠くのキョウスケの耳にもはっきりと聞こえてきた。

 

「ありがとうございます少尉殿……! お望みであれば、まりもちゃんでも構いませんが、軍規上神宮司軍曹の方が望ましいと思われます」

「あっ、す、すみませ ── すまない軍曹。……検討しておく」

 

 凛とした態度を取るまりも。

 軍において階級は絶対だ。例え教え子であろうとも、礼を尽くし気を引き締めて向かわなければならない。

 まりもは自らの態度でそのことを伝えようとしていた。それがまりもができる最後の教導 ── 時は来た、武たちが巣立つ時が、だ。

 

 武だけでなく、元207の面々が次々とまりもに感謝の言葉を述べていく。自然とまりもの周りには武たち6人が取り巻き、感謝の涙を流しながら、部外者は近寄りがたい空間が出来上がっていた。

 

「うぅ……良かったねぇ、千鶴」

 

 キョウスケは隣で涙ぐんでいる茜と一緒にその様子を見ていたが、しばらくして、

 その場を立ち去る。

 

「あれ、南部中尉、もう行くんですか……?」

「ああ。俺の出番は、どうやら無いようなのでな」

 

 微笑みながら去るキョウスケの後ろを茜がちょこちょこと付いてくる。

 その後「A-01」と合流したキョウスケはノルマの訓練をこなした。

 程なくして、武たち元207訓練小隊が「A-01」に組み込まれることを知るのだった ──……

 

 


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