Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【西暦2001年 12月9日(日)21時14分 横浜基地 香月 夕呼の執務室】
香月 夕呼は悩んでいた。
オルタネイティヴ計画 ── それはBETAが地球に飛来し、脅威となった時から続けられてきた対応策の一つだ。
その第4計画の主導者を務める彼女は、先の12・5クーデター事件を受けて、以前より感じていた危機感をさらに募らせていた。
クーデターに現れた「シャドウミラー」 ── その背後には、オルタネイティヴ4と並行して進められている補助計画のオルタネイティヴ5の推進派が隠れているだろう。
補助計画……要するにオルタネイティブ4が完遂できなかった際の保険がオルタネイティヴ5である。
オルタネイティヴ計画は人類がBETAに勝利するための物……成功率を高めるために、複数の計画が同時に進行するというのはよくある話だったが、オルタネイティヴ5は内容にいささか問題があった。
オルタネイティヴ5 ── その実態は、地球と言う星の放棄に他ならない。
あるいは、人類という種の保存のための最終手段と言ってもいい。
少数の選ばれた人たちを異星へと脱出させ、その後、G弾による地球BETAの本拠地であるオリジナルハイヴへの一斉射撃を行う ──── それがオルタネイティヴ第5計画であった。
確かに地球上のBETAの本拠地が消滅すれば、人類は再興の機会を得ることになるだろう。聞こえは良い。だがそれだけだ。
オルタネイティブ5はG弾が撃ち込まれた地点の事を考えていなかった。
人類の滅亡の危機だ、それ位は目を瞑る ── それは当事者でない他者の言う、実に無責任な理屈ではないだろうか?
香月 夕呼にだって、そう思えてしまう時は確かにある。やらなければやられる。だからやる。必要なことだと妥協し、受け入れなければならない時があるのも間違いなかった。
しかし、
【オルタネイティヴ5が発動されれば、大地は海に沈み、海底が陸になるでしょう ──】
そう言った男がいた。
G・Jだ。
G・Jを引き連れていたG・Bも同じことを言っていた。
G・BはG弾を開発した張本人と言ってもいい。開発した本人のお墨付きのG・Jの予言。
G・JとG・B……彼らと夕呼が互いに協力し始めるまでには紆余曲折があったが ── 彼らがそう言うのならと、検証を重ねてみた結果、G・Jの予言がG弾一斉発射後にもっとも起こり得る現実であることを夕呼は知ってしまった。
しかもG・Jはこうも続けた。
【── BETAは死滅していない】
……宇宙空間で生存できる生物が、過酷とはいえ深海の環境で生き残れないとは考えにくい。地獄絵図のような地球がオルタネイティブ5の後には残ることを、その時、夕呼は知ってしまったのだ。
絶対にオルタネイティヴ5は阻止し、オルタネイティヴ4を成功させねばならない。
いつの間にか、強迫観念にも似た思いを夕呼は抱くようになっていた。
(……だからこそ、異世界からの訪問者である南部と、白銀は私にとって最高の素材だった)
世界に本来にない因子が混ざることで、きっと世界の未来は変わりやすくなる。
それが良い方向にか悪い方向にかは分からない。
結果的には【白銀 武】という不確定因子が加わることで、少なくともオルタネイティヴ4は良い方向へと進んでいた。
しかしそこに現れたのが【南部 響介】という不確定因子だった。
彼が現れることで、白銀 武が知らなかった12・5クーデター事件という、彼が知らない事件が起きた。いや、クーデターが南部 響介が原因なのかはっきりしていない。おそらく、これから検証し続けてもきっと分からないだろうし、そこに意味はないのかもしれない。
多くの戦術機と人的資源を無駄にした12・5クーデター事件 ── 多く分野で損害を与え、横浜基地にも少なからず被害は出していた。
だが収穫もあった。
少なくとも夕呼にとって、収穫は大きなものだったと言える。
(新OS ──
夕呼が腰かけている椅子がぎしりと軋んだ。
白銀 武の意見と、様々な物を参考に作り上げたXM3の性能はもはや疑うまでもなく高い。XM3は搭載すれば、新兵でも熟練衛士と渡りあうことができる。高水準で完成された画期的なOSだ。
知名度が高くなれば、XM3を欲しがる国は沢山出てくるだろう。
打倒BETAが人類の至上目的である以上、XM3は独占するより人類全体で利用した方が良いに決まってはいる。しかしオルタネイティヴ4を完遂するため、政治的な取引材料として使い勝手の良いカードが夕呼は手元に欲しかった。
(そのためにはXM3にさらに箔を付ける必要がある、そのためのXM3トライアル ──)
それは、12・5クーデター事件で遅れてしまっていたが、夕呼が企画し12月8日に執り行う予定だった催しだった。
クーデター後の後始末に追われ日程が押してしまったが、明日 ── 12月10日に国連による新OSのトライアルが横浜基地で行われる。
白銀 武や南部 響介にもこの件は既に伝達済みだった。
だが夕呼には、実は2人に伝えていない
夕呼が愛用のコンピューターを操作すると、とあるデータが映し出された。
捕獲したのはBETAの研究が目的。
捕獲したBETAは活動を抑制する酵素を使用し、横浜基地近辺の研究所で管理していた。
(── XM3に箔をつけるのに一番効果的な方法……それは対BETA戦における性能を証明すること)
幸か不幸か、捕獲したBETAを使えばBETAとの実戦は容易に実現する。
問題は、トライアルにはJIVESを使うため戦術機に実弾は装備されないこと。予め通知するのも手ではあるが、捕獲しているBETAの数は多くないため実弾さえあれば容易に撃退することができる。
それでは意味が無い。
武器が無い状況でさえ、BETAと戦い生き残ることができる ── そんなインパクトが必要だった。
(XM3トライアル中に起こるトラブル ── BETAの奇襲……でもその場合、少なくない数の死傷者が出ることになる……)
夕呼は迷っていた。
この腹案を実行に移していいものか?
(オルタネイティヴ4を完成させるために必要なことなら、あたしはなんだってするわ……でも何故かしら? 嫌な予感がしてならない……)
夕呼は迷う。良心の呵責もそうだが、根拠のない予感に夕呼は躊躇していた。そんな自分に夕呼は驚きを覚える。
(……勘、か。あたしらしくもない。南部に会ってから、どうにも調子が狂ってるわね)
ため息をつきながら夕呼は考える。
横浜基地近辺でBETAを解き放つ。目的があるとは言えリスクが高すぎるように思えた。
(……迷うぐらいなら、この案は無しね。もう一押し欲しいけど、トライアルだけでも箔はつくし……ん?)
昨晩行った転移実験で、白銀 武の世界から
夕呼は捕獲BETAの情報を表示したコンピューターの電源を落とそうとし、ふと、違和感を覚えた。
画面には整理された様々な情報が詰め込まれている。夕呼が使いやすいようにカスタマイズし、表示された情報も前回コンピューターをシャットダウンした時のままで、何もおかしな所は見当たらない。
なのに夕呼は感じていた。
奇妙な違和感を。
「……疲れてるのかしらね」
ここ最近は色々な出来事があった。
そこに元々の激務に加わり、夕呼に疲れが貯まらないわけがない。
椅子に深く腰掛け大きなため息をついた夕呼だったが、中断していた作業を再開する ──……
●
【同時刻 国連横浜基地内 B4 個室】
……── 香月 夕呼が研究に勤しんでいる頃、横浜基地地下4階にある基地職員の居住スペースには一組の男女がいた。
女の方が携帯型のコンピュータ端末を操作し、男の方はその様子を見守っている。
女は端末の操作を終えると言った。
「やはり、例のデータは香月 夕呼の自室にあるようね」
「流石だな、W16」
W16と女性を呼んだ屈強な男性のコードネームはW15。12・5クーデター事件で帝都での開戦の引き金を引いた2人組である。
クーデターのドサクサに紛れて、2人は横浜基地に潜り込んでいた。自分たちに風貌の似た基地職員を殺害し、遺体を処分、変装して成りすますというありがちな手法を使って。
「では行動に移るとしよう」
「そうね、隊長たちの最後の報せではG・Jが動いているらしい。どの道、変装で騙し続けるのにも限界がある」
「決行は明日 ── 新型OSとやらのトライアルで目がそちらに向いている時」
「そのための仕込みに移るとしましょう、W15」
「了解だ、W16」
香月 夕呼のコンピューターに表示されていた捕獲BETAの情報 ── それが表示された端末をW16は懐にしまい、2人は殺害した職員が使っていた個室から外へと出るのだった ──……