Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【西暦2001年 12月10日(月) 7時12分 A-01専用ハンガー】
まりもと屋上で会った翌日、キョウスケは朝早くから格納庫へと足を運んでいた。
今日 ── 12月10日は、夕呼が企画したXM3トライアルが予定されている。
XM3という新型OSは武のアイデアを基に開発されていたが、アルトアイゼンに搭載されているオリジナル世界で普及していたTC-OSをも参考にされている。武がXM3の発案者なら、キョウスケは開発の協力者……キョウスケはXM3の駆動の理解者の1人として、今回のトライアルへの参加を夕呼に命じられていた。
ただキョスウケの場合、参加者である武と違い、XM3の評価者としてトライアルに参加することになっていた。
XM3のトライアルは、横浜基地に所属する全国連部隊の各小隊から代表を選出し、JIVESを使用した模擬戦をとり行う予定になっている。
その結果をABC評価し、参加チームの格付けを行うということになっており、キョウスケはその評価に関わることになっていた。
昨晩の夕呼曰く、一部を除いて基地の戦術機のOSはXM3に換装済みだが、実践データが蓄積されているのは武たちの機体のみとのことだ。TC-OSよろしく、XM3は多くの機体に搭載され、蓄積したデータを共有することで真価を発揮するOSだ。
新品のXM3と、データが蓄積され慣熟したXM3の違いを、横浜基地の
どことなく、オリジナルの世界でTC-OSが普及していった過程 ── 教導隊が基礎プログラムを作成した後のような ── そんな感じに似ているな……と感じながら、キョウスケは夕呼の申し出を了承した。
トライアルの集合時間は午前9時きっかり………
……
…
……── 翌日の朝早くキョウスケは目を覚ました。
起きたのは早朝と呼べる時間帯 ── キョウスケは部屋を出てから、気にしていたことを確認するために「A-01」専用ハンガーに足を延ばしていた。
それは、キョウスケがトライアル参加前に確認したいことがあったからだ。
ハンガーにはUNブルーの不知火がずらりと並んでおり、その様は実に壮観だ。
高性能な第三世代戦術機「不知火」が、これだけの数を配備されているのは、横浜基地内でも夕呼直属部隊である「A-01」ぐらいのものだろう。
UNブルーに統一された不知火の前に設置された通路を、キョウスケは一人歩いて行く。目指している場所はハンガーの一番奥。
しばらく行くと、青い機体の中でひときわ目立つ色の機体が2つ見えてきた。
メタリックレッドの機体は、言うまでもなくキョウスケの愛機、アルトアイゼン・リーゼ。
もう片方の純白の機体は不知火・白銀だ。
不知火・白銀は12・5クーデター事件で損傷し、昼夜問わず修復・改修作業が続けられていた。
だがそれも昨日までの話。キョウスケがトライアル前にわざわざハンガーに足を運んだ理由は、修復が完了したという不知火・白銀を一目見るためだった。
「南部……? 今日は香月副司令から呼びだされてたんじゃないのか?」
「伊隅大尉、おはようございます」
声を掛けられて振り返ると、不知火・白銀の専属衛士の伊隅 みちるがいた。
「ああ、おはよう。どうした、私の機体に何か用か?」
「いえ、修理が完了したと聞きましたので様子を見に」
「そうか、奇遇だな。私もだ」
そう言いながら、不知火・白銀を見上げるみちるの表情は険しかった。
「クーデターの時は私が不甲斐ないばかりに、大切な機体を損傷させてしまったからな。不幸中の幸いか、テスラ・ドライブは無事だったから良かったが……二度とあのような失態を見せるわけにはいかない」
「報告書を読みましたが、敵はJIVESの強制起動という奇策を打ってきたらしいですね」
「ああ、不知火・白銀を含む部隊の機体からは既にJIVESを排除してある。連中 ── シャドウミラーに対抗するためにな」
キョウスケの問に歯噛みするようにみちる答えた。
JIVESはシミュレート可能なあらゆる物理現象を再現することができる。被弾の衝撃はもちろん、実際に目の前にいない敵をあたかも存在するかのように網膜投影することもできるし、機体が大破するダメージを受けたと認識されれば、プログラムを解除するまで機体を動かすことはできなくなる。
全ては弾薬や機体の損耗を抑え、効率良く訓練するための仕様だったが、実際の戦闘中にJIVESを起動されることなどは考慮されていない。
今や、全てといっても過言では無いほどに、JIVESは殆どの戦術機に導入されている。それ程有益なプログラムだったが、前回の戦闘ではそれが仇になった。
(あの時の強力なジャミングやステルスもそうだが、アクセルたちの戦術機は明らかに対BETAではなく
まるでBETAとの戦争の後を想定している、そんな印象をキョウスケはあの戦闘の後に感じていた。
兎に角、アクセルたちのラプターの対人戦闘能力は非常に高い。憂慮すべき事態だと感じたキョウスケとみちるは夕呼に報告・相談したが、戦闘データが少なすぎて、現時点で打てる対応策はJIVESを取り外すことぐらいだった。
G・Jもあれからキョウスケたちの前に姿を現していない。潜伏したアクセルたちを探し出した彼がいれば、もっと現実的な対応策を練れたかもしれないが、いない人間に頼ってもしかたないのも事実だった。
あれから、アクセルたちの足取りは掴めていない。
だがいつか、キョウスケたちの前に現れるだろう。
「今度は絶対に不覚はとらん」
みちるが意気込みを口にする。
「修復が終わるまでに、シミュレーションを行う時間は十分にあった。今度こそ使いこなしてみせる、このじゃじゃ馬をな」
「じゃじゃ馬か、間違いない」
みちるの言葉にキョウスケは同意した。
不知火・白銀のモデルになったヴァイスリッターは、マリオン・ラドム博士の割り切りすぎた ── どんな攻撃も当たらなけばどうという事はないという無装甲、超高機動 ── 極端な設計のため、乗りこなせる人間がエクセレン・ブロウニング以外にほとんどいないトンチキ機体だった。もっとも、それはアルトアイゼン・リーゼも同様だったが。
「だが私1人であの2機を同時に相手にするのは不可能だ。南部、お前の力、当てににしているぞ」
「ヴァルキリー0、了解した」
キョウスケはみちるの期待に応えるように微笑みを返すと、XM3トライアルに参加するためハンガーを後にした。
キョウスケはトライアルが開催される予定の廃墟ビル群を目指して移動する。
●
【同日 11時23分 廃墟ビル群 指揮所】
午前9時から開始されたXM3トライアルは、大きな問題も起こらず、滞りなく進行していった。
トライアルは分かり易く言ってしまえば、4対4で行う小隊同士の対抗戦だ。
登録されている機体にはすべてXM3が搭載されており、横浜基地内から選出された
その中に、武たち元207訓練小隊の面々も含まれている。
『もらったぁ!』
指揮所のモニターには行われている戦闘風景が中継され、武の乗る高等練習機「吹雪」の姿が映し出されていた。
JIVESが作り出す仮想の銃弾が飛び交う中、新OSに不慣れな故に生まれた一瞬の隙を突き、武機の短刀が敵の撃震の装甲を切り裂いた。
激震が膝を着き、撃墜を告げるアナウンスが流れる。
『── バンデット4、スプラッシュ』
『よっしゃあ ──── ッ!?』
勝利の咆哮をあげる武。だがそれとほぼ同時に、武機の懐で銃弾が爆ぜた。弾種は
不意の一撃に深手を追い、武機が膝を折る。状況は中破、これ以降の高機動戦闘は満足にこなせそうにない ── 架空の大ダメージを受けていた。
『しまった ── まだ1機いたのか!?』
痛手を被った武の状況を告げるアナウンスが流れる。
『── 04、フレンドリーファイア』
『はァ!? 味方誤射だって!!』
『あははー、ごめんねー武』
元207の鎧衣 美琴の声が回線に乗って聞こえてきた。
どうやら、彼女が武を狙撃してしまったらしい。
『いやー、助けようとしたんだけどねー』
反省の色が感じにくい口調の美琴の発言の直後、
『── バンテッド1、スプラッシュ ── 状況終了』
『隊長機は私が墜とした、ヴイ』
彩峰機が敵側の指揮官機を撃墜し、真顔でピースサインをする彼女の顔がデカデカとモニターに表示され、武たちの模擬戦は終了したのだった ──……
……── その様子を、キョウスケは審査員として観察していた。
最後の最後で味方誤射という失態を演じてしまった武たちだったが、全体を通しての評価は決して低くない。むしろ上位に食い込んでいる。
XM3という新型OSは、武の世界にあったテレビゲームの動きを再現するために作られた代物だ。動作のキャンセルや追加入力、よく使う動作をパターン化し他機と共有するなど、その発想や特性はPTに搭載されているTC-OSに非常に良く似ている。
オリジナルの世界でも、TC-OSが普及し、教導隊が作成したモーションパターンが広まり、人型機動兵器の有用性は飛躍的に向上していった。
TC-OSはそれだけ画期的なOSだった。
それはXM3も同じこと ── しかし技術の革新に、いつも人がすぐに付いてこれるとは限らない。
旧型OSに慣れている衛士たちは、XM3の追従性と柔軟さに戸惑い、慣れるまでに時間が必要だった。
衛士たちは経験値は武たち新兵に比べて上だったが、XM3導入直後の短期間の間だけならば、12・5クーデター事件を生き延びた武たちのXM3搭載機の練度は上だった。
それを証明するように武たちは破竹の勢いで勝ち続け、キョウスケを含む他の審査員から高評価を受ける。
午前中の模擬戦プログラムが全て終了した時、武たちの小隊の評価は暫定ではあったが、一位という記録を叩き出していた。
(XM3に既に慣れ有利とは言え、大したものだ)
武だけでなく、冥夜たち6人全員をキョウスケは心の中で賞賛する。
プログラムが終わった後も、しばらく模擬戦を審査していたキョウスケ。
そんなキョウスケに気が付いた武が近づいてきて、言う。
「響介さん! どうでした、俺たちの戦いぶり!」
褒めてくれと言わんがばかりに、武は満面の笑みを浮かべていた。
成果だけ見れば褒めてやってもいい。
だがプログラムは午前だけで終了ではない。
「自惚れるな。ベテランもそろそろOSに慣れ始めた頃だ。午後からが本番だぞ」
褒めてやるのが正しいのかどうか、キョウスケには分からず気を引き締める意味でそう答えた。
「ちぇー、厳しいなぁ、響介さんは」
「……まぁ、お前たちは良くやっている。白銀少尉、午後もこの調子で頑張るように」
「了解! 任せてください!」
互いに略式の敬礼を交わすと、武は冥夜たちの元に戻った。
戻った直後、先ほどまで模擬戦をしていたベテラン衛士に話しかけられ、武は衛士たちに連れられ去って行く。
冥夜たちは緊張した面持ちでその様子を眺めていた。
(裏に呼び出し、新兵に負けた腹いせでもするつもりか……? 別に珍しくもない。仮にそうだとしても、軍にはそういう輩もいるという良い勉強にはなるだろう……過保護すぎるのも良くないしな)
そういえば、オリジナル世界でキョウスケはケネス・ギャレット准将 ── もとい真空管ハゲに事あるごとに難癖を付けられていたことを思い出す。
歳と立場を傘にして、我のみを通そうとする馬鹿はどこにでもいるものだ。
しかし武を連れて行った衛士をキョウスケは知らない。衛士たちをそんな馬鹿と決めつけるのは良くないと思いながら、キョウスケが午前の評価の全てを終えた頃 ──
「南部、新OSの調子はどうかしら?」
── XM3の開発責任者の香月 夕呼がキョウスケに話しかけてきた。
キョウスケはいつもの仏頂面で夕呼に答えた。
「悪くない。この量産品が行きわたれば、BETAとの戦闘も大分楽になるんじゃないか」
「あら? べた褒めなんて珍しいわね」
「俺は正当な評価を下しているだけだぞ」
というよりも、TC-OSに慣れているキョウスケにとっては、戦術機に使われていた従来のOSが使い勝手の悪い骨董品のようなモノというだけなのだが。
「コストを左程かけずに戦術機の追従性や性能を底上げできるんだ、制式採用されるのはほぼ間違いないだろう」
「そうね、でももう少し箔を付けたいところだわ」
箔を付ける ── XM3はこんなに素晴らしいものだと知らしめ、強烈なインパクトを与えるための既成事実が欲しい……ということだと、キョウスケは夕呼の言葉を理解した。
そのための武たち ── XM3搭載機にもっとも慣熟している新兵VS慣れていない熟練衛士、そしてXM3トライアルという場というわけだ。
夕呼の目論み通り、武たちの成績は現時点では暫定一位。
武たちを勝たせるために夕呼が何らかの細工を施している可能性はあったが、事実として武たちは勝利し、敗れた衛士たちから運営の夕呼にクレームが上がることもなかった。
「ま、白銀たちは十分に頑張ってくれているし、あまり高望みしすぎるのも野暮ってものよね」
満足はしている風に微笑みを浮かべる夕呼。
キョウスケは夕呼の言葉に頷いた。
「ここからが正念場、武たちの腕の見せ所といった所か。俺は『A-01』配属予定の新人たちの実力をここから見させてもらうとしよう」
「あらあら、もう先輩面? アンタも配属されてから1週間も経ってないでしょうに」
「……言われてみればそうだな」
「A-01」に正式に合流してから、既に一か月近く経過しているような錯覚をキョウスケは覚える。
それもこれも、初出撃の12・5クーデター事件で様々な濃い体験をしたからに違いなかった。
「白銀たちなら大丈夫よ。アタシの親友は教えるのが上手いんだから。ちなみにアンタ以外の『A-01』に所属している衛士は全部まりもの教え子よ」
「……それは初耳だ」
予想外の事実にキョウスケは少々驚いた。
まりもはもちろん、みちるたち「A-01」のメンバーの誰も、キョウスケにその事を教えてはくれなかった。
もっともキョウスケは「A-01」に合流して日が浅く、雑談の類の会話をそれ程交わせていない。コミュニケーションが十分に取れていない現段階では、各隊員の持つ背景などをキョウスケはほとんど知らなかった。
「別に隠してたわけじゃないわよ。言う機会がなかっただけ」
「ああ、分かっている」
「じゃああたしはもう行くわ、昼休憩の時間もそんなに取れないしね。南部、この調子で午後からのプログラムもよろしくね」
頷き了承するキョウスケを確認した後、夕呼は指揮所から去って行った。責任者である夕呼は、トライアルで得たデータの整理などで多忙なのだろう。
キョウスケは昼食を摂るためにPXへと向かった。
道中で武たち元207と出会い、昼食を共にした後、指揮所へと戻りトライアルの審査役を再開する。
【同日 13時12分 廃墟ビル群 指揮所】
キョウスケは指揮所で戦術マップと中継モニターを眺めていた。
指揮所内にはトライアルの審査役、少数のオペレーターと夕呼以外に人はいない。
午後のトライアルは模擬戦のプログラムを同時進行させるため、指揮所付近に待機させていた全ての戦術機は廃墟ビル群へと飛び立ち模擬戦を開始 ── 指揮所内に衛士は1人もいなくなっていた。
XM3に慣れ始めた衛士たちに苦戦しながらも、武たちの小隊は良い成績を残していく。
午後のプログラムが始まって30分程経過した頃だった。
その異変が起こったのは。
廃墟ビル群の一角 ── Lポイントで、チャーリー小隊の戦術機が爆散したのだ。周囲の廃墟ビルが倒壊し、チャーリー1のアイコンが戦術マップから消える。
事故か?
指揮所内にいた基地スタッフ全てに、緊張感が電流となって駆け抜ける。
JIVESを用いた模擬戦とは言え、
(だが機体反応が消失する程の大ダメージを、いくら鉄骨とは言え、建物にぶつかった程度で戦術機が負うのか……?)
キョウスケの中で疑問が沸き上がる。
直後、キョウスケの不安に応えるようにチャーリー2と、交戦していたブラボー3の機体反応が消失した。
そして、ほぼ同じタイミングで大音量の警報が指揮所内に鳴り響いた。
オペレーターの女性が叫ぶ。
「香月副司令! 戦域に敵性体を確認 ──── パ、パターン赤、BETAです!!」
「なんですって!?」
夕呼が声を荒げ、指揮所内が一気にざわめき出す。
トライアル中の戦術機だけを映していた戦術マップ ── 対BETA用の生体センサーをONにすると、敵を示す大小様々な赤い点々が浮き上がってくる。
中継モニターを切り替えると、
夕呼は吼える。
「CODE:991発令! 基地本部から増援と銃火器の要請! 大至急よ!」
「了解!」
「── HQより各部隊へ! 防衛基準態勢1へ移行! 繰り返す ── 防衛基準態勢1へ移行!!」
警報とオペレーターの声が響き渡る中、中継モニターには
トライアルに参加している部隊の銃器に、実弾は装填されていない。武器のない丸腰状態でBETAに襲われている。
その部隊の中に武たちも含まれている。
キョウスケは反射的に叫んでいた。
「博士! 俺が出る! 今からハンガーに戻ればまだ ──」
「駄目よ!」
キョウスケの言葉は夕呼に遮られた。
「アンタはここまでどうやって来た? ただの軍用車でしょ。移動中にBETAに襲われたら、それこそひとたまりもないわよ!」
「しかし……!」
「こんなこともあろうかと、待機させてた伊隅たちにスクランブルをかけてるわ。南部の機体も輸送させる……まさか敵がBETAになるなんて、思ってもみなかったけど……!」
苦虫を噛み潰したような表情をする夕呼。
対シャドウミラーのためJIVESを取り外した「A-01」の相手がBETAになる。それは夕呼にとっても予想外の事態だったのだろう。
(……頼むぞ、伊隅大尉……間に合わせてくれ……!)
機体が手元にない以上、キョウスケは戦場へ足を踏み入れることができない。
手をこまねいて待つしかないキョウスケは、武たちの生存を祈りながら、戦術マップを眺めるしかできないのだった ──……
<補足>
この作品のマヴラヴ世界に登場するWシリーズは生身の(あるいは強化措置を受けた)人間で、アンドロイド的な存在ではありません。ご理解ください。