Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 4

【2001年 11月20日 国連横浜基地周辺 廃墟ビル群】 

 

 振り下ろされたプラズマホーンが、廃墟となったビルの壁をまるでバターのようにた易く切り裂いていく。比較的破損の少なかったビルの壁がゆっくりと切り取られ、アルトアイゼンの半身を覆い隠せるほどの大きさのコンクリが正方形型に抜き取られた。

 正方形の元廃墟ビルの壁 ── コンクリ壁にリボルビング・バンカーを突き立てた。元々軽くアルトアイゼンが軽く叩けば砕けてしまう程脆くなっているコンクリ壁だ、チタン製の防護キャップ越しでもバンカーは易々と壁を貫いてしまう。

 キョウスケはさらにアルトアイゼンの右手をコンクリに突き立てた。そして持ち上げる。正面から見ると打ち貫いたコンクリ壁が、アルトアイゼンの半身を覆い隠す盾のように立ち塞がって見えた。

 

「……やはり性には合わんな」

 

 即興で考えた手法ではあったが、コンクリ壁を盾のように構えるアルトアイゼンを想像してキョウスケは苦笑した。 

 アルトアイゼン単身でみちるの精密狙撃を躱しきることは困難だ。例え回避しきれなくとも、実際の戦場でならアルトアイゼンの装甲を頼りに敵に突っ込んでいけるのだが、この模擬戦では被弾即撃破設定のペイント弾が使用されている。

 しかしペイント弾は所詮ペイント弾だ。

 風化した廃墟ビルの壁でもペイント弾ぐらいは防ぐことができる。狙撃銃というモノは機関砲と違い一般的に連射が効かない。コンクリ壁でもアルトアイゼンがみちるの不知火に接近するまでの時間は稼げるはずだ。

 

「ふっ……こんな手、ゼンガーに笑われるかもしれんな」

 

 全てを一刀両断する漢の姿が目に浮かび、自分の手が所詮小細工だと思わされる。だが戦場にある全てを活用して勝利する、それがキョウスケたちPT乗りに課せられる使命でもあった。

 

(こんな時にエクセレンがいてくれればな……いや止そう、この程度の状況、俺1人で切り抜けてみせる)

 

 今はいない相方への思いを頭の隅に追いやり、キョウスケはコクピット内のレーダーを再確認した。

 みちるの不知火はまだ狙撃ポイントを変更していない。相手にもこちらの動きは把握されているはずだ。アルトアイゼンが跳びだすのを待ち、狙撃不可能な位置に移動されたなら狙撃ポイントを変更する腹づもりだろう。

 相手の射程外のポジションを常に確保する ── 射撃戦のセオリーであり、射撃が比較的不得手(と言っても一般以上の技量はある)なキョウスケでもきっとそうする。自分の被害は最小限に、相手の被害は最大限にという考え方だろう。

 

(そうはさせん。時間をかければ不利になっていく一方なら、3,4発の狙撃は覚悟の上で距離を詰めるしかあるまい)

 

 キョウスケは再びアルトアイゼンのジェネレーターの出力を上げた。先ほど、ビルを破壊しながらの突撃を敢行した恩恵で、背部のアフターバーナーはいつでも全開で噴かせられる程に温まっている。

 加えてみちるの不知火の占拠しているビルまでは、一直線に大きな道路が伸びており、加速するには最適の位置取りではあった。もちろん、道路が広いため狙撃手にも絶好の見通しではあったが。

 キョウスケはコクピットの中で微笑んでいた。一か八かの緊張感が頭を冴えわたらせ、同時に体と脳が熱くなっていく。

 

「俺とお前、どちらが先に根を上げるか勝負だ!」

 

 機体側面のスラスターを噴かせ、横っ飛びに近い形でアルトアイゼンは道路の中央に躍り出た ──……

 

 

 

     ●

 

 

 

 …… ── 身を乗り出した獲物を見逃す伊隅 みちるではなかった。

 

 不知火に片膝をつかせた狙撃体勢で、南部 響介がしびれを切らすを待っていたみちるにとって、彼の行動は千載一遇のチャンスだった。

 40m級のビルの屋上は、アルトアイゼンの立つ大きな道路の全てが見下ろせる位置だった。標的である真紅の戦術機は飛び出すと同時に推進剤を吐き出し、みちるが見たこともない加速でこちらに接近を始める。

 

(速い。あの時の異常な加速はこれか)

 

 水月がやられた時のレーダーの動きを思い出す。

 アルトアイゼンは戦術機が全力跳躍した時に等しい速度で進んでいた。だから空中を跳躍してきているとみちるは判断したのだが、廃墟ビルを破壊しながらその速度を出していた敵機は、障害物のない道路上で未知の加速を見せつけていた。

 相手との距離はかなり確保した。不知火でも全力跳躍で1分程は稼げる計算だったが、あの加速では持って20秒……10数秒かもしれない。常軌を逸した驚異的な加速力だった。

 

(でも、あの速度ではブラックアウトを起こすのがオチね。それに接近するまでに撃ち落としてあげる。客観的に考えて、勝つのは私よ)

 

 みちるの心は平静だった。

 アルトアイゼンがコンクートの壁を構えているのが目に入ったが、全身を覆い隠せている訳ではなく、みちる機を目視するため頭部は剥き出しだった。

 小細工だ、と心の中で嘲笑し、みちるは頭部を狙ってトリガーを引き絞った ──……

 

 

 

     ●

 

 

 

 …… ──ロックオンアラート。

 

 キョウスケは反射的にアルトアイゼンの頭部をかがめ、右腕部に把持したコンクリ壁を構え直した。

 全速力で加速しているアルトアイゼンは機敏な回避運動を行えない。故の防御策としてコンクリ壁を用意したが、自身の速度と狙撃銃の弾速が合わさって弾道の目視確認は困難だった。

 元々加速で振動し続けているコクピット内にいては、被弾時の衝撃を知る事は難しい。直後、指揮車のまりもからアナウンスが入る。

 

『アサルト1、頭部ブレード被弾、以降使用を禁ず』

(奴の狙いはセンサー類の詰まった頭部か! なるほど! モニターが死んでは狙撃から逃れる術はないな!)

 

 頭部ブレードに青いペイント弾が付着していた。キョウスケは構えたコンクリ壁が頭部を庇うように位置を調整する。刹那、コンクリ壁が青く染まった、間一髪だ。

 コクピット内のモニターは盾にしているコンクリ壁で視界がほぼ全て奪われている。キョウスケをレーダーを頼みにみちるとの距離を詰めていく。離れていた距離が半分ほどに縮まった時、まりものアナウンスが再び耳に届いた。

 

『アサルト1、左下腿部に被弾。以降、主脚歩行を禁ずる』

(くッ、退路を断たれた! 本当に大した腕だ!)

 

 高速移動するアルトアイゼンの、コンクリ壁でカバー仕切れていない左脚部をみちるは狙ってきた。しかも正確に命中している。射撃の腕に相当自信がないと無理な芸当だった。

 主脚歩行が禁止されたということは、ブーストを止め立ち止まった場合、アルトアイゼンではほぼ身動きが取れないのに等しい状態だ。その隙をみちるが見逃してくれるはずはなかった。

 しかしキョウスケはみちるとの距離をもう4分の1にまで詰めてきていた。みちる機をチェーンガンの射程圏内に捉えている。これ以上接近しすぎると、相手がビル上にいるため射角が狭まり命中率が極端に落ちてしまう可能性が高かった。

 

「これでどうだ!」

 

 キョウスケの指に呼応して、5連チェーンガンが唸りを上げる。アルトアイゼンを見下ろす不知火に向かって、赤いペイント弾が矢継ぎ早に発射された。

 続けて、レバーとフットペダルをキョウスケは操作する。シートから弾き飛ばされそうになる程の勢いで制動がかかり、強烈なGがキョウスケの体に圧しかかった。

 アルトアイゼンの動きが一瞬止まった後、キョウスケはさらに操作を入力した ──

 

 

 

     ●

 

 

 

 …… ── その瞬間、みちるは見逃さなかった。

 

 網膜投影された映像を介して、赤色の弾が飛んでくるのが分かる。

 即座にみちるは不知火を操作、立てていた片膝でビル屋上蹴ってバックジャンプしつつ、87式支援突撃砲から弾を撃ち出した。

 不知火が居た場所をアルトアイゼンのペイント弾が、空を切り裂いて飛び抜けていった。そして直後にまりものアナウンス。

 

『アサルト1、左腕部被弾。以降、左腕部の使用を禁ずる』

「よしッ」 

 

 みちるは勝利を確信した。チェーンガンさえ封じれば、突撃砲を持っていなかったアルトアイゼンにもう射撃兵装は残っていない。

 丸腰の相手など、距離を取って一発ペイント弾を撃ち込めば決着がつく。いや、後数秒の内にこの模擬戦は終了するだろう。

 みちるは不知火を前進させ、レーダー上に表示されているアルトアイゼンの位置に銃口を向けた ── が、赤い戦術機は影も形も視界に入ってこなかった。

 

(馬鹿な! あの一瞬でどこに消えた!?)

 

 レーダーにマーカーは間違いなく表示されている。ビルを破壊していた時に振動センサーが拾った波形は検出されていない。不知火の足元のビルに潜り込んだ訳ではなさそうだ。

 みちるの思考 ── この間、1秒にも満たない。消えた相手の居場所をみちるの経験値が告げていた。

 

「上か!?」

 

 87式支援突撃砲を上空に構える。

 そこには今にも自由落下を始めようとする、巨大な赤い影が日の光を遮って浮かんでいた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── コクピット内の騒音で、キョウスケが放った舌打ちはかき消された。

 

 アルトアイゼンの急制動からフルブーストによる上空飛翔 ── キョウスケが実戦でプラズマホーンを使用する際によく使う機動パターンだったが、みちるの目から逃れるには至らなかった。十八番の機動パターンでも、ほんの一秒程、こちらの姿を眩ませることしかできなかった。

 本来ならそれで十分のはずだったが、上昇する前にアルトアイゼンの左腕部に被弾してしまったのが痛い。5連チェーンガンが使用できれば、今頃、みちるの不知火をペイント弾の赤で染め上げているはずだった。

 

(クレイモアが使えれば、な……無い物をねだっても仕方がないが)

 

 空にされてしまった両肩のコンテナが恨めしい。

 重力に引かれてアルトアイゼンが自由落下し始めた頃、みちるの不知火からロックオンされた。右腕のコンクリ壁で胴体部分を覆い隠すが、発射されたペイント弾はアルトアイゼンの右脚部に見事に命中してしまう。

 

『アサルト1、右脚部被弾、着地と共に扱いを大破とする』

 

  両脚部が機能不全になった以上、着地すらままならず歩くこともできない。それでは、陸でひっくり返ったカメも同然だ……普通の人間なら、ここで勝負を捨ててしまってもおかしくない。

 勝ちが揺るがないと感じているのか、みちる機から第2射は飛んでこない。

 

(進退窮まったか……いや、違うな。こんなモノに頼ってしまったのがいけないんだ)

 

 キョウスケはモニターに映るコンクリ壁を睨みつけた。

 

(盾など、俺とアルトらしくもない。何を弱気になっていたんだ、俺は? 見知らぬ世界に飛ばされたからか? 馬鹿馬鹿しい、世界が違っても俺たちが俺たちであることに変わりはないはずだ。そうだろう、アルト?)

 

 キョウスケがレバーを力強く握ると、答えるようにアルトアイゼンの出力が上がり、機体が動いていく。

 

(そうだ! どんな時だろうと、俺たちはただ撃ち貫くのみ!)

 

 キョウスケはコンソールを操作し、武装選択を右腕部のリボルビング・バンカーにセットした。同時にシリンダー内の炸薬が無いことを示すエラーが、大きく赤くモニターに映し出される。

 だがキョウスケは構わず機体を操作する。アルトアイゼンの体を守っていたコンクリ壁を蹴り飛ばした。

 コンクリ壁が砕け、岩の塊となり、ビル屋上のみちるの不知火に向かって降り注ぐ。

 それが不意を突く結果となったのか、コンクリの塊が不知火の機体に直撃し、体勢がグラついた。

 

「今だ! 撃ち抜け ── 」

 

 本日何度目かのフルブースト。それが自由落下の勢いに加わり、アルトアイゼンは銃弾並の速度で不知火に向かって降下していく。

 しかしみちるの不知火もすぐに体勢を立て直し、トリガーを掛けた指が動くのがキョウスケには見えた。

 それがどうした。

 キョウスケは弱気を心の中で殺し、叫ぶ。

 

「── リボルビング・バンカァッ!!」

 

 アルトアイゼンの右腕が唸りを上げ ── 不知火の銃口から青が吐き出される。

 ほぼ同時。

 そして直後、2機の機影は交錯。

 アルトアイゼンの重量と勢いに押されて、2機はビルを倒壊させながら大地に激突するのだった ──……

 

 

 

 

 

 




5……という2話エピローグみたいなのに続きます。

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