Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第25話 目的

【同日 横浜基地 B19 香月夕呼の執務室】

 

 キョウスケたちとシャドウミラーとの死闘が続き、まだ決着が付いていなかった頃 ──

 

 

 ──……国連横浜基地、その地下にて、不審な動きをしている一組の男女がいた。

 

「まだか、W16?」

「もう少しだ、W15」

 

 W16と呼ばれたと女性が、大柄なW15という男性に答える。室内にあるパソコンを操作するW16とは対照的に、W15は自動小銃を構えて周囲を警戒していた。

 横浜基地の地下19階という深層に位置する香月 夕呼の執務室 ── 横浜基地の中でも最もセキュリティレベルが高いその場所に、この2人組がどのようにして侵入したのかは分からない。

 だが彼らの ── シャドウミラーの目的は明確だった。

 

 彼らは香月 夕呼の研究データを欲していた。

 

 オルタネイティヴ4、そして横浜基地に運び込まれたと言う【残骸】の研究データを欲して、彼らは今回の行動を起こしていた。

 本音を言えば、データだけでなく【残骸】そのものを回収したい。それがシャドウミラーのスポンサーの意向だったが、軍事施設の地下深くに隠された戦術機大の物体を盗み出すなどできるはずもない。

 結局、データとある物(・・・)を持ち出すことで妥協し、基地内に侵入するために軍事クーデターを煽り、新OSのトライアルに便乗して今回の事件を起こしたのだった。

 基地中の視線を基地内から遠ざける ── そう言った意味では、横浜基地に捕獲したBETAが保管されていたことは、シャドウミラーにとっては僥倖と言えた。自軍の戦力の消耗を避けながら、自分たちの行動のための時間を稼げるのだから。

 だがBETAの数は決して多くなく、稼げる時間にも限度はあった。

 コンピューターのセキュリティを解除するため、W16はキーボードを打ち続ける。

 室内にはタイピングの音だけが響いていたが、暫くして、W16の指が止まった。

 

「データ回収完了、W15」

「了解」

 

 W16がコンピューターに接続していた端末を外すと、W15は小銃の安全装置を解除し、3点バーストで銃弾を発射する。本体に穴が3つ空き、コンピューターは機能を停止した。

 重要な研究データだ。バックアップは何処か別の場所に隠しているに違いないが、破壊しておくに越したことはない。それに予定通りに事が進んでいれば、香月 夕呼の身柄は既に確保できている頃合いだろう。

 

「で?」

 

 W15が小銃の安全装置を掛け直しながらW16に訊いた。

 

「例の物はさらに地下だったか?」

「ああ、B24だ。新潟に出現した謎の機動兵器、いかに香月 夕呼と言え、そうそう弄りまわせんだろう。なら、機動兵器が保管されている場所にある筈だ」

 

 シャドウミラーが放ったスパイからの情報と、基地内に潜入してからの2人の調査で、【残骸】は横浜基地の地下24階に保管されている事が判明していた。

 スパイ以外で基地内に潜入しているシャドウミラーの隊員はW15とW16の2人のみ。

 当然、たった2人で戦術機大の【残骸】を持ち出すなど不可能だが、得た情報が確かなら、彼らだけで持ち出せるものが【残骸】の中にはたった1つだけある筈だった。

 

「……しかし、そのような物、本当にあるのだろうか?」

「半信半疑なのは私も同じだ。だが現在の地球の技術では作れない機動兵器と、その残骸がある事は事実だ。あながち、偽情報とも言い切れん」

「むぅ……」

 

 W16の言葉にW15は小さく唸り声を上げていた。W16よりも否定寄りの考えらしい。

 その情報をW16だって完全に信じているわけではなかった。

 おそらく現時点で地球上に1つしか存在せず、莫大なエネルギーを内包した鉱物が【残骸】の中から発見された、と ── 聞き覚えのない名の鉱物で、W16はその名をすぐに思い出せなかった ──

 

 

「トロニウム」

「「ッ!?」」

 

 

 ── W15とは違う声が答えた鉱物の名に、2人のシャドウミラーは肩を震わせる。

 W15とW16の2人しか室内にはいなかった。

 誰もいない筈の壁際に1人の男が寄りかかり、2人の方を見ていたのだ。

 紫色の髪の毛が特徴的なその男は、黒のトレンチコートを纏い壁際に立つ姿がやけに様になっている。異様に伸びた前髪が顔の半分を隠し、冷やかな左目の視線がW16らに向けられていた。

 

「トロニウム、それが君たちに探している物の名前だろう?」

「貴様、何者だ? いや、それより何時の間にこの部屋に入ってきた?」

 

 小銃を構えて恫喝するW15。まったく気配を感じなかった。作業していたW16ならまだしも、警戒態勢だったW15に気付かせない ── 相当、腕の立つ男のようだ。

 

「シャドウミラーが俺の顔を知らない、か……ま、素顔を曝すこともあまりなかったからな、無理もない」

「貴様……我々の素状を……」

「もちろん、知っている。なんなら、君たちシャドウミラーの目的も答えてみせよう」

 

 男は壁から背を離すと、W16たちの方へとゆっくり歩み出しながら話し続ける。

 

「シャドウミラーの目的、それはBETA大戦後の世界を牛耳る……いや、違うな……戦後勃発するであろう列強諸国による世界の覇権争い、その絶対的なイニシアチブを確保し、自分たちの所属する米国に貢献すること……それが表だっての組織としての目的だったかな?」

「おい貴様、止まれ……!」

 

 W15が銃口を男の眉間に向ける。しかし男は怯まず、ゆっくり近づいて来る。

 

「もっとも、俺の知っていた君たちが立ち上げた題目は『永遠に闘争が続く世界』の実現だ。戦いや争いは感覚を研ぎ澄ませ、技術革新の追い風となる。戦いによって磨き抜かれた力でBETAを撃滅し、人類という種の存続させること ── それが君たち、いや、君たちの母体となった組織の真の目的。

 その目的はシャドウミラーにも当然引き継がれ、君たちはまるで運命に引き寄せられるようにオルタネイティヴ第5計画 ── オルタネイティヴ5の元に集った」

 

 男の話にW16は肝を冷やす。自分たちの組織 ── シャドウミラーの目的を言い当てられたからだ。

 

「人類の未来(あした)のために、永遠に続くとも思える闘争の中で君たちは力を研鑽していった。全てはBETAから人類を守るため……世界の危険を排除するため、ただひたすらに戦う力を得るために最善の手段を尽くす、例えそれで悪と罵られることになろうとも……まるで、かつての自分を見ているようだったよ。

 だから、俺もかつての君たちに力を貸した。

 しかし徐々に、俺がいたシャドウミラーの母体となった組織は変わっていった。力を得ることに徐々に固執し始め、遅々として結果を出せないオルタネイティヴ4に君たち苛立ち始める」

 

 近づいてくる男の表情は苦々しく歪んでいく。

 

「人類のとっての最後の保険 ── オルタネイティブ5に傾倒していった君たちは、計画をより確実なものにするため、祖国とスポンサー ── 第五計画推進派の意向に従う組織へと変わってしまっていた。 

 だがそれも仕方ないことかもしれない。

 完成するかどうかも分からない新技術、それの完成なくして成功はありえないオルタネイティヴ4の可能性にかけるよりも、効果が実証された兵器を使い、確実に発動させることができる第5計画に力を注ぐ方が現実的だった……俺も君たちの考えを否定はしきれない。

 新技術が結果を出すまでには時間がかかるものだ。君たちが地球上のBETA根絶のために、G弾を使った第5計画に惹かれるのも無理はないだろう」

 

 男は自分たちの全てを知っている。

 どこでそれを知ったのか、W16には分からなかった。それにもう1つ、不思議でならないことがある。

 この男はそこまで知っていて、何故、オルタネイティヴ5の成功に尽力する自分たちに敵対するような行動を取るのだろうか?

 オルタネティヴ4と大げさに呼ばれてはいるが、その内容は所詮対BETA用の諜報員を育成するための計画である。

 W16も戦争において情報の重要性は理解していたが、相手はBETA ── 化け物だ。

 化け物の考えを知ったところで確実に勝てる保障などありはしない。

 G弾の一斉発射でオリジナルハイヴを吹き飛ばす方が、確実に地球上からBETAを殲滅できる唯一の方法なのだから……ただ、それでも人類は勝てるとは限らない。

 

(だから種の保存のために外宇宙へ10万人を逃がし、私たちは地球に残り、地球上のBETAの殲滅と月面・火星にいる残りBETAに備えなければならない。

 G弾の大量投下で戦局は一気に動き、世界は混乱する。混乱した世界を導くには強力なリーダーシップが必要だ。それを担うのは我々の祖国 ── アメリカでなければならない(・・・・・・・・・・・・・)

 そのためにはオルタネイティヴ5を主導し、地球上のBETAを全滅させたという実績が必要不可欠。いつまでも結果を出せないオルタネイティヴ4など、足手まといどころか最早邪魔者……!)

 

 BETA大戦後を導いていくには政治力だけでなく、軍の力や技術力、そして実績が必要だった。

 BETAに対する圧倒的な力を自国だけ有していれば、他国はその力に頼らざるをえなくなる。地球上のBETAを全滅し、アメリカを中心に世界は纏まる……理想的な世界の構造ができあがる。

 だが絶対に忘れてはならないことがあった。

 

(月面と火星にはフェイズ6 ── オリジナルハイヴ以上のモノがまだある)

 

 例え地球からいなくなっても、BETAは空の上に蠢いているのだ。

 だが人間は忘れる生き物だ。

 仮初めの平和に、人々はBETAの脅威を絶対に忘れ始める。自分たちはもう安全なのだと、気が緩み始めた頃に腐り始める。もちろん、人類の全てがそうなるとは言い切れない。

 

(次にBETAの降下船が落ちてくるのは1年後か? 10年後か? それとも100年後か? 分からない。だが間隔が長ければ長い程、緊張感は保てず、戦う力も失われていく)

 

 W16たち、シャドウミラーはそれだけは避けたかった。

 目前にまで歩いてきた男が言う。

 

「さっき言ったように、シャドウミラーの目的は『闘争の続く世界』の実現だ。だがそれはあくまで、戦いの先に得られる成果物や力を求めてのことだ。BETAを地球上から駆逐した後も、君たちは人類は争い続けなければならないと考えている。命を賭した戦い、その中で戦う技術を研鑽する必要がある ── いつ飛来するとも限らない月面や火星のBETAに備えるためだ」a

 

 男の指摘は怖いぐらいに当たっていて、W16の背筋に冷たいものが奔る。

 平穏は人類を腐らせ、目を曇らせる。目の前のBETAの脅威が去っても、奴らの本当の拠点は遥か天空にあるという事さえ、仮初の平穏が訪れれば忘れてしまうだろう。

 だから人類は争い続けなければならない。敵を殺す技術を磨くために。

 それがシャドウミラーの考え方で間違いなかったが、何故、目の前の男がそれを知っているのかと……W16は彼に得体のしれない何かを感じていた。

 

「もっとも、その必要とされる闘争を裏で操る……それが君たちの目指すシャドウミラーの姿だろう?」

 

 図星。だがW16は男の問いに答えない。答える義理と必要性がないから。

 

「戦争や闘争は確かに進歩の動力源となる。だがそういう進歩の先に常に栄光が待っているとは限らない……俺は視て(・・)しまったんだ。希望が未来を焼き尽くす。だからシャドウミラーの母体となった組織から離れ、香月博士とオルタネイティヴ4側に付いている ── なぁ、君たちは本当に自分が正しいと信じているのか?」

「── ジャパニーズの諺にこういうものがある」

 

 男の話をW15が遮った。小銃の安全装置を解除し、引き金に指をかける。

 

「死人に口なし、とな……!」

 

 男の眉間に向けて、弾丸が3発放たれる。

 しかし男は首を傾けるだけでそれを躱し、小銃を掴むと銃口を頭上へと向けさせる。

 

「ぐ……!」

「アメリカではママに教わらないのか? 人の話は最後まで聞きましょう、とな……ま、いいさ。長話をしすぎた、そろそろ俺の要件を済ますとしよう」

 

 W15は銃口を下げ、男をもう一度狙い撃とうとしていたが、男は片腕一本でそれを阻止していた。信じられないことに、巨漢のW15が細身の優男に力負けしている。

 W16は懐から拳銃を取り出すが、男はそれを制止するように空いている手で何かの容器を取り出した。

 角張りの小さなガラスの容器 ── 中には米粒大の輝く石が収められている。

 

「これが何か分かるか?」

 

 分かる筈も答える義理もなく、W16は沈黙したまま銃口を男に向ける。

 男は構わず続けた。

 

「香月博士はいつか第五計画推進派が自分の命を狙いに来ることを予測していた。そのような状況を想定し、考え付ける『世界で最も安全な場所』に彼女はトロニウムを預けた。君たちのような火事場泥棒がいつ何時、現れるとも限らないからな」

「では……それが?」

「そう、トロニウムだ」

 

 W16らの目が、容器に入った鉱石に釘付けになる。

 人が運べる程度の大きさとは聞いていたが、河原の小石よりも小さいとは……W16の顔に微笑が浮かぶ。

 

「『世界で最も安全な場所』……それが貴様だと?」

「ああ。あるシステムのちょっとした応用で位相空間(・・・・)に少しな」

「言ってる意味が分からんが、探す手間が省けたな、W15!」

「おう!」

 

 W16の掛け声で、小銃を掴んでいた男の腹にW15の前蹴りが飛ぶ。

 しかし男はそれを避け、W15から距離を取った。

 

「そうそう、自己紹介がまだだったな……いや必要ないか、この姿を見れば嫌でも分かる」

 

 男はトロニウムが入った容器を懐にしまうと、右手を天高く突き出して叫んだ。

 

 

 

「── コールッ、ゲシュペンスト!!」

 

 

 

 その瞬間、W16の目の前で不思議な事が起こった。

 男の体から眩いばかりの閃光が迸り、空中に体が浮かび上がったのだ。

 直後、何処からともなく現れた鋼鉄製の手足、胴体、ヘルメットが男の体に装着されていく。

 光が収まった時、男が居た場所には、2m超の黒光りする鉄の巨人が立っていた。

 

『天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ! 

          俺の名はG・J、呼ばれてなくても只今参上!!』

 

 男が変貌した鉄の巨人の姿とその名乗りに、W16は男の小隊にすぐ検討がついた。

 W16も名前だけは知っている。かつてシャドウミラーの前身となった組織に籍を置き、G・Bと呼ばれる男を守っている男……クーデターで隊長であるアクセル・アルマーが接触した男だ。

 

「地上最強の歩兵……ゲシュペンスト・イェーガー……!?」

 

 米国にいるG・Bの身柄を確保するためシャドウミラーの隊員が送り込まれ、G・Jはそれを防ぐため本土の方に戻っている筈だった。

 たった数日でシャドウミラーからG・Bを奪還し日本に戻ってきた? それともG・Bを見捨て、元々米国本土には戻っていなかった? 様々な考えをW16の頭をよぎる。

 しかし今は、そんな事を考えている場合ではなかった。

 

「うおお……ッ!」

 

 叫ぶや否やW15がG・Jに向けて、小銃をフルオートで連射した。

 銃声と金属音が連続し、すぐに弾切れで音は収まったが、G・Jは無傷で腕を組んで立っていた。

 

 

 

 

「さて、お仕置きの時間だ」

 

 

 

 

 

 

 横浜基地の地下深く……一組の男女の悲鳴が響いていたが、それを聞いた者は誰もいないのだった……──

 

 

 

 

 




納得してもらえるか分かりませんが、これがこの小説でのSWの目的です。
今後も私なりの作品を書いていくので、お付き合い頂けると嬉しいです。

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