Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第26話 神宮司 まりも

【同日 14時36分 国連横浜基地 廃虚ビル群】

 

 

 14時25分、廃墟ビル群に出現したBETA全滅の報が通達された。

 

 戦闘終了後、キョウスケたちは廃墟ビル群の一角に集まっている。

 アルトアイゼンと不知火・白銀が仕留めたシャドウミラーのラプター ── その管制ユニットを持ち寄り、中の衛士を引きずり出していた。

 赤髪の男と豊満な体つきをした女性。意識は回復しているが、拘束具で動けないように処理されている。

 彼らの ── キョウスケとみちるを苦しめた相手の容姿は、キョウスケが知る彼らそのものだった。

 アクセル・アルマーとW17 ── ラミア・ラヴレス。

 2人ともオリジナルの世界でシャドウミラーに所属し、1人はキョウスケたちの仲間となり、もう1人は敵と戦ったが最後の瞬間は共通の敵と戦った相手だ。

 拘束された2人だったが、キョウスケたちの質問に何も答えなかった。

 

「……無駄ですよ、伊隅大尉。こいつらは何も話しはしません」

「そのようだな。あとは基地の本職に任せるとしよう」

 

 無言。

 そんなキョウスケとみちるの会話にアクセルたちは答えない。

 当然だ、とキョウスケは共感する。自分だって敵に捕虜として捕まっても味方の情報を漏らしたりはしないだろう。アクセルがどうとは言わない、けれども相手の心を折るには時間は必要だろう。

 

「……酷い戦いだったな」

 

 キョウスケの口から呟きが洩れていた。

 

「戦いというよりは虐殺か……武器を持たない戦術機では、大型種のBETAに対抗することはできないからな」

 

 キョウスケも全てを自分の目で見たわけではないが、奇襲は成功すれば自軍を有利に敵軍を不利に追いやる事ができる。それが武器も持たない状況の敵なら……実際、効果は絶大だった。

 「A-01」が到着するまでに、どれだけの基地隊員が犠牲になったのかは後で調べてみないと分からない。

 

(……武たちは無事なのだろうか……?)

 

 武たち元207訓練小隊もXM3トライアルに参加していた。

 トライアルに参加している以上、襲撃当初は実弾兵器を1つも装備していない。攻撃力を持たず、相手に一方的に攻撃されることは戦場では致命的だ。

 BETA全滅の報が通達されてから時間はそんなに経っておらず、生存者の確認は完全に完了していなかった。

 

「伊隅大尉……白銀 武という新任少尉が無事か知らないか?」

「白銀……今度、配属されるという例の新人のことか?」

「はい」

 

 ダメ元でキョウスケはみちるに訊いてみると、意外なことにこう返事が返ってくる。

 

「そういえば、速瀬が大破した『吹雪』から新兵を1人救助したと報告があったな。名前は確認できていないが、若い男だったらしい」

 

 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」 ── 元207訓練小隊がXM3トライアルで搭乗していた機体だった。彼らが「A-01」に配属されれば不知火が支給されるだろうが、まだ正式な配属前であったのと、既にXM3に換装していたという理由でトライアルには吹雪で参加していた。

 練習機の名の通り、吹雪は戦場ではあまりお目にかからない機種だ。第三世代戦術機の高スペック、操縦特性を新兵に慣れさせるためのモノで、コストも高いため修理しながら使いまわされることが多い。

 そのため横浜基地で吹雪を使っていたのは、キョウスケが知る限り元207訓練小隊の面々だけであった。

 吹雪に乗っていた若い男と言うなら、武と考えて間違いないだろう。

 

「……伊隅大尉、その男性衛士は何処に?」

「すぐ傍の広場でうな垂れているらしいぞ。クーデターを生き残った新兵とは聞いているが、対BETA戦は初めてだっただろうから、相当ショックが大きかったようだ」

「……そうですか」

 

 一先ずは武の無事に胸をなで下ろしながら、キョウスケは彼の胸中を察して表情を曇らせた。

 人間と戦うのと、人間でないモノと戦うのでは、色々と勝手が違う。

 人間相手なら自分が撃たれるかもしれない恐怖や倫理観、良心の呵責に悩まされることが多いが、アインストやBETAのような人間でないモノとの戦いでは、それらよりも「死の恐怖」に悩まされる。

 兎に角、恐ろしいのだ。

 理由があって恐ろしいというより、化け物は本能的に人間に「死」を直感させる。圧倒的で輪郭のはっきりした「死」が心に刻みこまれる。

 「死の恐怖」 ── 克服するのは難しいが、時間と経験を詰めばそれに抗う事はできるようになる。

 だが新兵にはそれがない。さらに今回は通常の出撃と違い、心の準備をする間すら与えられなかった。武が心に負ったダメージは大きな物になっているだろう。

 キョウスケは心配だった。

 武の心が折れて、立ち直れなくなっているのではないだろうか、と。

 

「……伊隅大尉、実は、俺はその衛士と知り合いでして……よければ様子を見に行きたいのですが……」

「駄目だ」

 

 キョウスケの言葉をみちるは即答した。

 

「気持ちは分かるが、シャドウミラーの捕虜を引き渡すまで持ち場を離れることは許さん。何かあって逃げられたでは話にならない。もうすぐ、引き渡しのための部隊が到着するからそれまで待て」

「……ヴァルキリー0、了解」

 

 みちるの言っていることは正しく、キョウスケは歯噛みしながらも了承した。

 拘束具で捕縛しているとはいえ、捕虜はラクセルとラミアだ。彼らは有能だ。拘束されているとは言え、何をしてくるかは予測できない。監視の目の数を減らすのは確かに危険だった。

 

 

「── 行ってくるといい」

 

 

 みちるの命令に従うべきと納得したキョウスケの耳に、彼女のではない男の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声。声の主は黒のトレンチコートを着込み、廃墟ビルの壁際にいつの間にか立っていた。12・5クーデター事件の解決に協力してくれた、紫色の特徴的な髪型をした男だ。

 

「G・J、帰ってきていたのか」

「ああ、今しがたな。大分、苦労はさせられたがね」

「……っ」

 

 G・Jの姿を見て、鉄面皮を貫いていたアクセルの眉間に一瞬皺が寄った。焚き付けてアメリカ本土へ帰還させたにも関わらず、たった数日で戻ってくる……この場でのG・Jの登場はアクセルにとって予想外だったのだろう。

 G・Jは懐から何かを取り出し、アクセルたちの方へと投げた。

 首に掛ける用のチェーンに認識番号が彫られた金属板が付いている ── ドッグタグと呼ばれる軍の認識票が、アクセルたちの目の前に転がり落ちる。タグの番号を見たアクセルの顔色が変わった。

 

「……W15、W16……!」

「悪いが、君の部下は既に捕えさせてもらった。シャドウミラー、君たちの負けだ」

「く……ッ」

 

 落胆の顔色が濃くなるアクセル。

W15とW16 ── オリジナル世界で、ウォーダン・ユミルとエキドナ・イーサッキと呼ばれていた2人だと、キョウスケは感じた。

 廃虚ビル群でBETAを暴れさせ、自分たちも戦術機で戦闘を繰り広げていた裏で、アクセルはこの2人に別命を与えていたようだ。油断ならない男だ。他のシャドウミラーの隊員が夕呼の命を狙いに来たの同様に、W16らは基地内で何かを行っていたに違いない。

 だが別命もG・Jによって防がれたようで、アクセルの様子がそれを如実に証明していた。

 

「伊隅大尉、南部中尉を行かせてやってくれないか?」

 

 G・Jがみちるに話しかける。

 

「この2人は彼に代わって私が見張っていよう。この後、香月博士に少し用があるのだが、この騒ぎの後だ、どの道すぐには会えんから体は空いている」

「……しかしですね」

「一切の責任は俺が持とう。シャドウミラーは決して逃したりはしない」

「……分かりました」

 

 G・Jの申し出をみちるはしぶしぶ受け入れた。生身では人並みの強さしかないキョウスケに比べれば、G・Jが警護に付いている方が数倍安全だろう。

 

「南部、行っていいぞ。ただし用が済んだらすぐに戻ってくるように。まだまだやる事は山のようにあるんだからな」

「ヴァルキリー0、了解。大尉、ありがとうございます」

 

 キョウスケは一礼すると、アクセルたちをG・Jとみちるに任せ、広場の方にいるという武の元へ向かうのだった ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 26話 神宮司 まりも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【14時45分 廃虚ビル群 ポイントF 広場跡】

 

 ……── 廃虚ビル群にある広場跡に武が座り込んでいるのを、キョウスケは見つけた。

 

 あぐらをかき、背を丸めて地面を見下ろしている。キョウスケのいる位置から武の顔は見えないが、もしかすると泣いているのかもしれない……そう感じる程に、武の背中からは落胆の色が滲み出していた。

 ただ、広場に居たのは武1人ではなかった。

 

「── 私は……憶病でもいいと思うわ」

 

 武の傍に立ち、彼に優しく話けていたのは神宮司 まりもだった。

 階級は軍曹。横浜基地で訓練兵の教導官を務めている。つい昨日まで、武たち元207訓練小隊の教官をしていた女性下士官だった。

 キョウスケの耳には届かなかったが、そんな彼女にきっと武は心情を吐露したのだろう。まりもそれに、ゆっくりとした口調で応えていた。

 

「怖さを知っている人はその分死に難くなる……だからそれでいいと思う。人は……死を確信したとき、持てる限りを尽くし、何にも恥じない死に方をするべきなのよ」

 

 まりもの言葉を武は無言のまま聞いていた。

 キョウスケは2人の所で歩み寄り、まりもの傍に立った。まりもの言葉に横やりを入れるつもりはなく、ただ、この2人の傍に居ようと思ったから。

 まりもはキョウスケに気付き、視線を飛ばしながらも武への言葉を続けた。

 

「臆病でも構わない……勇敢だと言われなくてもいい」

 

 キョウスケも武同様にまりもの言葉を黙って聞く。

 

「それでも何十年でも生き残って、一人でも多くの人を守って欲しい」

 

 戦い、生き残り、また戦う……それはとても辛い道のりだ。散って行った仲間たちの死を背負い、語り継ぎ、生きていく……それがどれだけ過酷なのか、オリジナル世界の経験を持つキョウスケには痛い程によく分かる。

 だが兵士であるのなら、そうして然るべきなのだ。まりもの言っていることは正しい。

 

「── そして最後の最後に、白銀の人としての強さを見せてくれれば、それでいいのよ……」

 

 まりもの言葉に、やはり武は無言のままだった。何と言葉を返せばいいのか、分からないのかもしれない。

 キョウスケよりも、まりもと武の心の繋がりの方がきっと強い。

 武の事を心配して来てみたが、解隊式のときと同じで、自分の出番はないのかもしれないな、とキョウスケは感じる。

 同時に、神宮司 まりもという女性の強さと優しさに尊敬の念を抱いていた。

 不器用な自分では、きっとまりものように声を掛けることはできなかっただろう。今の武に声を掛け、助言を与えるのはきっとまりもの役目だ。自分の役目は、武が落ち着き助言を求めてきたときに力を貸すことだろうと、キョウスケには思えた。

 兎に角、まりもの言葉に割って入るのは無粋というものだ。

 この場はまりもに任せ、静かに去るべきなのかもしれない……そう、キョウスケが考えたとき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 喰い殺せ

 

 

 

 

 

 頭痛と共に、声が聞こえた。

 

 

── 不完全なるもの    すべて       静寂なる世界のために

(……黙れ……一体、何だと言うんだ……?)

 

 どくんどくん、とキョウスケの心臓の鼓動が早くなる。

 声がそれ以上聞こえることはなかったが、嫌な予感した。猛烈に、だ。

 

「私ね、昔は学校の先生になるのが夢だった……」

「え……?」

 

 賭け事を除けば、キョウスケの勘は良く当たる。

 キョウスケの内心を尻目に、まりもは武に昔話をする。

 

「そのために必死に勉強したんだけど……BETAの東進が始まって、学校教育も軍事教練の基礎課程みたいになっちゃったでしょう? だから昔みたいな学校教育を復活させるには、BETAとの戦争を終わらせるしかない ── って、それで帝国軍に入ったのよ。我ながら単純よね」

(……なんだ……?)

 

 穏やかな雰囲気のまりもの昔話とは対照的に、キョウスケの予感は荒々しさを増していく。

 

(なんだ……?)

「皮肉よね、戦争のせいで教師になれなかった私が、こうして衛士訓練学校の教官をしているんですもの ──」

 

 

 

 

(なにか……いる……?)

 

 

 

 

 

 漠然とした予感が、キョウスケの中で徐々に形を成していく。

 背後から何かを感じる。ピリピリと肌を粟立てる、危険な空気を纏った何か……確かめなければと、キョウスケはゆっくりと背後を振り向いた。

 

 

── キョウスケの予感は的中する。

 

 

 生々しい白い体躯、人間的なフォルムをした上半身に芋虫のような下半身を持つ化け物 ── 兵士(ソルジャー)級と呼ばれるBETAが1体、音もなくまりもの背後に忍び寄っていた。

 キョウスケは見た。

 兵士級BETAは両手を伸ばし、今にもまりもの両肩を掴もうとしていた。

 

「──でもそれが、これまでの戦いで私が生き残らせてもらった意味だと……思っているわ──」

「軍曹!!」

「── えっ!?」

 

 キョウスケはとっさにまりもを突き飛ばし、懐の拳銃に手を伸ばした。突然の事に、目を白黒させるまりも ── そんな彼女の右腕を、兵士級BETAは掴んでいた。

 

「離れろ、化け物!!」

 

 拳銃を連射するキョウスケ。

 頭部に銃弾が命中する。

 しかし兵士級は意にも介さず、まりもの右腕に噛み付いていた。

 身の毛もよだつ鈍い音が聞こえ、鮮血が迸る。

 

「────ッッッ──?!!」

 

 声にならない悲鳴をあげるまりも ── 彼女の右肩から先が無くなっていた。血が噴き出し、まりもが力なく倒れていく。

 

「軍曹!!」

「え……?」

 

 まりも抱き止めながら拳銃を撃つキョウスケと、状況が把握できず間の抜けた声を上げる武。

 それを嘲笑うかのように、兵士級は手に持っていたまりもの右肩から先を、噛み、砕き、腹の中へ収めていく。銃弾が命中し、硫黄臭い体液が噴き出しているのに、兵士級はその動作を止めなかった。

 射撃しながら、ジャケットの下に着ているタンクトップを引き裂き、傷口に直接当てて止血を試みる。だが肩口からの出血は止まらない。やや勢いが弱まった程度で焼石に水 ── 状況がひっ迫しているのは火を見るより明らかだった。

 

「え? え、え……なんだよ、これ? う、腕? どうして、まりもちゃんがこんな……?」

「武!!」

 

 キョウスケの怒声に武は肩をびくんと震わせた。

 

「何してる!? 応援と衛生兵を呼んで来い! 大至急だ!!」

「は、はい……!!」

 

 キョウスケの命令に、武は弾きだされるようにして駆け出して行った。

 直後、拳銃の弾が尽きる。

 だが兵士級の動きは止まらず、最後の掌を口に入れ、咀嚼しながらキョウスケたちの方を向いた。黒い、鮫のような意思を感じ取れない不気味な瞳がキョウスケたちに向けられる。

 既にまりもは顔面蒼白 ── 出血多量で意識を失っていた。

 弾が尽きた拳銃を投げ捨て、キョウスケはまりもを抱き上げた。

 逃げなければ命がない、自分も、まりもも。だが兵士級BETAの足は人間よりも速い。まりもを抱きかかえているキョウスケが、逃げ切れる保証はどこにもなかった。

 だが兵士級はキョウスケの都合など構いはしない。

 大口を開けて、キョウスケの方に近づいて来る。

 

 

 

 

── 喰い殺せ

 

 

 

 

 再び、声が聞こえた。

 頭痛と共に頭の中へとあの声が囁く。

 

 

── 喰い殺せ  不完全なるもの  すべて

 

(止めろ……黙ってろ……!)

 

── 不要  不要   土に還せ     肉片に変えろ

   太極   完全を  悲しみのない  静寂なる世界を

 そのために 喰い殺せ    不完全   全てを

 

 

(殺す……? 喰い殺す? 俺がこいつを……!?)

 

 

 

── 静寂なる世界    太極 涙流さぬ

    悲しみのない    世界を  

 

 

 

 

 兵士級が素早い動きで肉薄してくる。

 

 その様がキョウスケにはゆっくりと見えた。

 

 キョウスケの頭を噛み砕こうとする兵士級の歯には、まりもの血糊と肉片がまだこびり付いていた。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、キョウスケの中で何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

 ブチン、と切れた。

 許せない。

 許せない。

 なんだ、この生き物は?

 キョウスケは直感だけで理解する。

 奴らは、人間を喰い殺す ── BETAという名の ── 不完全な生物。

 生物的ではない。

 何も考えず、何かのために、何かを集める ── ただの働き蟻。

 キョウスケは知っていた。

 似たような化け物を。

 アインスト。

 許せない ── キョウスケの大切な物を奪っていこうとした、因縁深い狂った化け物の名……思い出しただけで、キョウスケの腹の底は煮えくりかえる。

 

 

 エクセレン・ブロウニング ── 自分の愛する女性を奪おうとした化け物ども。

 許せない。

 自分の大切なものを奪おうとするものを ──── 全て、キョウスケは許せない。

 そうだ、許せない。

 許せるわけがない。

 絶対に…………許せるわけがない。

 何故だ?

 それはキョウスケ本人にも分からなかった。

 殺せ。

 全てを。

 自分にとって、大切なモノを奪おうとする全てを! 悲しみを生み出すモノを全て殺せ ──── 許せるわけがない……! 許してはいけない!

 その感情だけで、キョウスケには十分だった。

 

 

 

 

 

「殺す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── キョウスケが吠えた直後、兵士級の体は大きく吹き飛んでいた。

 

 

 兵士級はそのまま空中から落下し、鈍い音と共に地面に激突し、動かなくなる。

 

『大丈夫か!?』

 

 兵士級を叩き飛ばした鉄の拳が、キョウスケの目の前にあった。

 2m超の鋼鉄の巨人 ── ゲシュペンスト。みちると居る筈のG・Jが駆けつけ、キョウスケたちの窮地を間一髪救っていた。

 キョウスケの危機をG・Jがどうやって察知したのか分からない……兎に角、自分の命の危機は回避された。

 しかし余談を許さない状況が続いている。まりもの出血が止まらない。彼女を抱き上げたキョウスケの服が、傷口を押さえた手が赤くで染まっていく。

 

「くそ……! くそ……ッ!」

 

 応急処置用のキットすら持っていなかった自分が恨めしい。

 

(傍にいながら……みすみす軍曹を……!)

 

 昨日の早朝、屋上でまりもと会い、誓った想いを守れなかった ── いや、まだだ。まだ諦めるには早すぎる。友軍と合流し、軍医に診てもらえばまだ間に合うと、キョウスケは駆け出し ──

 

『待つんだ、キョウスケ・ナンブ!』

 

 ── G・Jに止められた。ゲシュペンストに肩を掴まれ、キョウスケは動けない。その間も、体の外へとまりもの血は流れていく。

 一分一秒が惜しい状況に激昂し、キョウスケは吼えていた。

 

「離せ、G・J!」

『落ち着くんだ! 出血なら俺が止める、だから彼女を横にするんだ……!』

「なに……!?」

 

 予想だにしないG・Jの言葉に驚くキョウスケ。

 

『早くしろ! 彼女を死なせたいのか!?』

「あ、ああ……!」

 

 G・Jに従い、キョウスケはまりも地面に仰向けに寝かせた。圧迫止血を試みているが十分な効果は得られず、傷口から止めどなく溢れてくる。

 満足な道具もなく、本当に止血なんてできるのか……柄にもなく弱気がキョウスケの中で首をもたげ出す。

 傷口を押さえているキョウスケの手にG・Jが、ゲシュペンストの掌を重ねた。

 

『俺のゲシュペンストにはリカバーという特殊能力が備わっている』

「リカバー……?」

 

 聞き覚えのない単語……少なくとも、オリジナル世界のゲシュペンストにはG・Jの言う能力は無い。

 

『仲間の体力や傷口を回復することができる能力だ。無くなった腕を生やすことはできないが、傷口を塞ぎ、血を止めるぐらいなら……!』

「なんだっていい、やってくれG・J!」

『もう…………やっている……!』

 

 ゲシュペンストの掌から淡いエメラルドグリーンの光が滲み出し、キョウスケの手を通り越し、まりもの傷口を優しく包み込んでいく。

 温かい光だった。

 次第に出血の勢いが弱まっていく。

 理屈は分からなかったが、光が収まった時、傷口の止血は終わっていた。しかし完全に治療が終わったらわけではないのか、じわりと血が滲んでいたが、当面の失血の心配はなさそうに見える。

 

「G・J……ありがとう……!」

 

 奇跡を目の当たりにしたキョウスケはG・Jに感謝していた。

 まりもは助かる……助けられるかもしれない、そう思うと素直に言葉が飛び出していた。

 だがG・Jはキョウスケに無言のまま応えない。

 それどころか、G・Jの駆るゲシュペンストが地面に膝を付き、崩れ落ちたのだ。

 

「G・J!?」

『……大丈夫だ』

 

 返事をするG・Jの声色が弱々しい。

 

『……俺のことはいい…………それより、早く彼女を軍医に見せるんだ……! リカバーでは失った血液までは治せない…………血を失い過ぎだ……このままでは、彼女の心臓の鼓動は止まる……!』

 

 片腕を無くし、そこから動脈性の大量出血 ── G・Jが血を止めなければ、間違いなく助からないレベルだった。

 体重の30%の血液を失えば、人間は生命の危機に曝される。血を失うということは、そのまま命の危機に直結するのだ。客観的に考えて、まりもの心肺機能が停止に陥る危険性は十二分にあり得た。

 

『俺は少し休ませてもらう……後は頼んだぞ、キョウスケ・ナンブ』

 

 G・Jの体を守っていたゲシュペンストが一瞬輝いた。光が収まると、地面に座りこんだ生身のG・Jが現れる。額に大粒の汗をかき、肩で息をしていた ── リカバーと呼んでいた能力の行使には、G・Jにとって何らかのデメリットが伴うのだろう。

 それ程にG・Jは消耗していた。

 彼の事は心配だったが、今はまりもを助けることを優先しなければならない。

 

「ああ、すまない……!」

 

 まりもは顔面蒼白で、体から暖かさが失せはじめていた。呼吸も弱くなってきている。急ぐ必要があった。

 G・Jと別れ、キョウスケはまりもを抱き上げて走り出す ──……

 

 

 

 




第4部のサブタイトルはこの時を示していました。
原作の転機ですしね。
まさにTIME TO COMEと言うわけでして、はい。
ここら辺からオリジナル展開全開になりますが、良ければお付き合い頂けると嬉しいです。

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