Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第28話 掴んだその手は

【同日 22時45分 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の執務室】

 

 集中治療室を後にしたキョウスケは、戦闘の事後処理を行うために「A-01」に合流していた。

 戦闘は戦って敵を倒せば終わりではない。特に自軍本拠地での戦闘となれば、生存者の救助から残骸の撤去、機体の整備と猫の手を借りたくなる程に忙しく、まりもの一件があり許可を取ったとは言え、キョウスケは部隊から離れて別行動を取っていたのだ。

 やるべきことはやらねばならない。自分の我が儘を許してくれたみちるへの報告義務もある。まりもの教え子である「A-01」の面々にも、彼女の死は、夕呼の口からおいおい伝えられることだろう。

 胸に穴が空いたような喪失感 ── キョウスケはそれを埋めるかのように、感情を表に出さず、黙々と課された任務をこなしていく。

 

(……ダイテツ艦長のときも……こんな感じだったな……)

 

 キョウスケは自分の大部分を形作る、大因子(ファクター)が持つオリジナル世界の記憶に思いを馳せる。

 「L5戦役」に「インスペクター事件」と、万能宇宙戦艦ハガネの艦長を務めたダイテツ・ミナセの死は、クルー全員に衝撃と悲しみを与えていた。最年長者としてクルーの心の支えになっていたダイテツの死 ── 大小は比べられないが、まりもの死も同様のショックを心にもたらした……いつの間にか、彼女の存在が自分の中で大きくなっていたのだな、とキョウスケは今更ながら自覚する。

 

(護れなかった……俺はまた(・・)……)

 

 誰かを失うのはこれが初めてではない。一般人より死に近い距離にいるキョウスケだったが、これだけはどうしても慣れなかった……既視感(デジャヴ)にも近い表現しがたい何かが自分の中に渦巻き続ける。

 

また(・・)護れなかった……なぜ、そう感じる……? 軍人としてありあちな感覚だからか……?)

 

 目を逸らしたい衝動……手を動かし続ける内に、日はとっぷりと暮れ、キョウスケは任務から解放された。

 

 損傷したアルトアイゼンの修理を一先ず整備兵に任せたキョウスケの足は、自然と夕呼の執務室へと向かう。

 

 執務室に入ると、夕呼は普段と何も変わらぬ風に机に向かっていた。愛用していたコンピューターが無くなっていたが、書類の山と格闘している姿はいつもの夕呼だ……ただ、普段より表情が乏しい、そんな印象は受けたが。

 

「お疲れさま、終わったの?」

「……一先ずはな。だが明日以降も機体の整備など、やることはまだまだある」

「そう」

 

 素っ気ない言葉を返す夕呼。

 疲れが貯まっているキョウスケも知りたい用件だけを口にする。

 

「軍曹には会ったのか?」

「ええ、安らかな顔をしていたわ」

「そうか」

「まりもなら霊安室にいる。行ってくるといいわ。あたしの名を出せば、通してもらえるようにしておいたから」

「そうか、すまない」

 

 キョウスケは礼を言い、夕呼に背を向けた。

 1人で医療施設内にある筈の霊安室へ向かおうとし、ふと、気づいたことがあり振り返る。

 

「……武はどうした?」

 

 彼の名前に夕呼の眉尻は寄る。しばしの沈黙の後、夕呼は答えた。

 

「逃げたわ。あの臆病者なら」

「逃げた……?」

 

 思わずおうむ返しをしたキョウスケに夕呼は淡々と言う。

 

「生々しいまりもの死に際を見て、耐えられなくなったんでしょうね。人間がBETAに殺される、この世界ではよくあること……事実を伝えたら急に激昂してね、転移装置で元の世界に戻せとあんまり騒ぐから送り返してやったわ」

 

 夕呼の言う元の世界……それは、キョウスケにとって心地の良くない響きの言葉だった。

 キョウスケは普通の異世界からの転移者ではない。普通の転移者からすれば、元の世界とは故郷を指す単語だったが、キョウスケにとっては「極めて故郷に近く、限りなく故郷から遠い」別世界のことだった。

 キョウスケの正体は、無数にある並行世界から「キョウスケ・ナンブ」という因子が寄り集まってできた因子集合体 ── それは白銀 武も同様だった。

 ただし、この事実を武は知らない。成り行きからキョウスケだけが先に知り、武には夕呼が伏せていた真実だった。

 

「博士、送り返したと言うが……あちらの世界には武の居場所は……?」

「そう、ないわ」

 

 夕呼、即答。夕呼は分かった上で、武を送り返したようだ。

 因子集合体を無理に元の世界に送り返せば、何が起きるか分からない。武の転移実験は概ね成功し、あちら側の世界から必要な数式を回収できたが、キョウスケの時は1時間もしない内に、オリジナルと出くわしこの世界に弾き返された。

 何が起きるか予測ができない ── 転移先のオリジナルを消し飛ばしてしまったり、身体を奪ってしまう事態が起きても不思議はなかった。

 因子集合体にとって、元の世界は死からの逃避先に選択するにはリスクが高すぎる。

 

「なぜ、そんなことを……?」

「白銀から引き出せるモノは既に全て引き出したわ。回収した数式のおかげで00ユニットは完成する」

 

 00ユニット ── オルタネイティヴ4完遂の要だと、キョウスケは聞かされたことがある。しかし00ユニットの具体的なスペックや詳細は一切知らなかった。

 

「全てを引き出した、けれど、白銀の役目はまだ終わっていない。言いたくはないけど、恩師の死ぐらいで立ち止まってもらっちゃ困るのよ。アイツには立ち直って、役に立ってもらわないといけない」

「博士……」

「そのためには、白銀のオリジナル世界も利用させてもらう。勿論、分の悪い賭けをするつもりはないわ。あちら側のあたしには、前々回の転移時に既に必要な資料は渡してある……白銀は必ず帰ってくるわ」

「……そうか」

 

 夕呼には何らかの勝算があり、あえて武を送り返した ── 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という事なのだろう。

 仲間の死は軍人を続けて行く上でほぼ必ず通る超えるべき壁の1つだ。キョウスケだって過去にそれを乗り越えた。武にできないとはキョウスケは思っていない。

 キョウスケが精神的に追い詰められていたとき、武は熱い言葉と想いで支えてくれた男だ。必ず、乗り越えて戻ってくるとキョウスケは信じている。

 武が辛いとき、傍で支えてやれないのは残念ではあったが。

 

「そうだな、では、俺も待っているとしよう」

 

 キョウスケは再び夕呼に背を向け、出口へと歩きながら呟いた。

 

「そして武が帰ってきたら話を聞いてやるさ、ゆっくりとな」

 

 見たこと、感じたこと、考えたこと……人にいう事で楽になれるのはよくある話だ。立場を同じくする者同士ならなおの事だ。

 

「そうしてあげて。白銀もアンタには心を許しているみたいだから」

「ああ、ではな」

「ええ、おやすみなさい」

 

 挨拶を交わした後、キョウスケは夕呼と別れ、まりもの眠る霊安室へと向かうのだった ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 28話 掴んだその手は

 

 

 

【同日 23時23分 横浜基地 医療施設内 霊安室】

 

 手続きを済ませた後、重い足取りでキョウスケは霊安室へと到着していた。

 

 霊安室を管理する係員に夕呼の名を伝えたら、あっさりとまりもへの面会が許可された。昔ながらの手動の扉を奥に開き、中に入ったキョウスケの手には「B-24」と書かれた札が吊るされた鍵が手渡された。

 しばらく廊下を歩いて壁にぶち当たり、渡された鍵で扉を開ける。

 中は1K程度の小さな個室だった ── 某国で用意されるような蜂の巣のような引出に遺体を安置するものとは違い ── 部屋の中心にはベッドに寝かされたまりもがいた。

 BETAに人間が喰い殺され滅亡に瀕している世界で、それが夕呼にできる最大限の憂慮だったのだろう。

 血まみれだったまりもの身体は綺麗に吹き上げられ、白い和服を着せられていた。

 息は……していない。

 土気色のまりもに会い、キョウスケは頭を下げていた。

 

「…………」

 

 言葉はない。

 何を詫びていいのか分からなかった。

 まりもが武を慰めていたとき ── 自分はもっと周囲に気を使うべきだったのか ── 自分が武に声をかけるべきだったのか ── 自分はあの場所にいるべきではなかったのか……様々な想いがキョウスケの中を駆け廻る。

 そのどれもが正解のようで、間違いのようで、キョウスケには本当の答えが分からなかった。

 

(軍曹……俺はどうするべきだったのだろう……?)

 

 礼をしたままのキョウスケに、まりもが応えてくれるはずもない。

 当たり前のことだったが、キョウスケの心に妙な重しが圧し掛かる。

 

(……俺は……護れなかった……今回も(・・・)だ)

 

 まただ。

 二度目だ。

 

(二度目……? なんだ、この感じは……?)

 

 どうしてこんな ── 身に覚えのない感覚に、キョウスケの心は締め付けられていく ──……

 

 

 

 

 

── 喰い殺せ

 

 

 

 

 

 

 頭の中に声が聞こえた

 

 

 

── 不完全なる生命 すべて 悲しみを生み出すもの すべて

 

 

 

 何度も聞いたあの声だ。

 

 

── そして   

      完全なる    生命を

          静寂なる      世界を    

 

 

 

 霊安室の中にはキョウスケとまりもがいるだけ……キョウスケとは違う何処となく中性的な声が頭痛と共に響いてくる。

 初めて声を聞いたのはBETAの新潟再上陸のときだった。

 2度目はオリジナル世界に転移したとき……クーデター事件、今回の事件と徐々に聞こえる頻度が増えてきている。

 そして声が聞こえたときには、決まって何かが起こっていた。SRXたちの残骸の出現、アルトアイゼンの転移 ──

 

(なん……だ……?)

 

 ── 突然、強烈な睡魔がキョウスケに圧し掛かってきた。

 足が、手が、瞼が重い。視界が霞み、ベッドに寝ているまりもの姿が薄れていく。XM3トライアルからのBETA出現、戦闘、事後処理と疲れが貯まっていないと言えば嘘になる。

 

(……疲れて眠い……これは……そんな生半なもの……では……)

 

 キョウスケはよろめいて、霊安室の壁に背中をぶつけてしまった。一瞬だけ鈍い痛みが奔ったが、すぐに睡眠に対する欲求がキョウスケの中で勝ってしまう。

 眠い、途方もなく眠い ── 耐えきれなくなったキョウスケの膝が折れ、霊安室の中に座り込んでしまった。

キョウスケの意識は闇の中へ落ちていく ──……

 

 

 

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 この夢を見るのは何度目だろう……?

 

 なぜ、同じ夢をキョウスケは見るのだろう?

 寝ている間だけしか見れない。起きてしまえば忘れてしまう。夢は水面へと登っていく水泡のようなもので、一度弾けてしまえば、次に夢で見た時は一度みた夢だなんて、普通は認識できない。

 

 だがキョウスケは違った。

 キョウスケは見た夢を覚えていた。忘れる夢もあったが、起きても絶対に忘れられない夢もあった。最後にキョウスケがこの夢を見たのは、昨日の夜のことだった。

 瞼を閉じれば、キョウスケの脳裏にまざまざと夢の光景が蘇ってくる ──……

 

 

 

 ……── 夢の中で、キョウスケは瓦礫の山を掘り起こしていた。

 

 燃えている。市街にあるビル群が、馬鹿のように崩れ、ガスを供給している配管から火の手が上がっている。

 そんな中、重機などを使わず、自分の腕2本で頭大のコンクリートの塊を力任せに退けていく。

 それを掘る、と言っていいのだろうか?

 退()ける、退()ける。

 退ける。

 退ける。

 退ける。

 兎に角、キョウスケは我武者羅積み重なったコンクリートを退け続けた。

 退ける。

 退ける。

 退け続ける ── 変わり果てた見慣れた街の中でナニカ(・・・)を探して退け続ける。

 そう、退け続ける。

 退ける。

 退ける。

 退ける。

 退け ──……

 

 ── 長い時間の末。

 キョウスケは見つける。

 そして叫んでいた。

 

 

 

 

 

「うおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ ─────── 」

 

 

 

 

 

 キョウスケは手を伸ばした。

 彼女の手を掴むために、力いっぱい手を伸ばす。

 掴まなければという思いで頭の中が一杯になる。キョウスケは掴まなければならない。絶対に、だ。

 

 

「 ─── スケ──」

 

 

 手を伸ばす。

 手を伸ばす。

 キョウスケは手を伸ばす。

 

 

「キョウ ── ケ ──?」

 

 

 夢の中で、キョウスケは確かに掴んだ。

 キョウスケの右手に柔らかな感触が ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……── 温もりが、キョウスケの掌にじんわりと伝わってくる。

 まだ眠気で頭が回らない……けれど、自分の右手を誰かが握っているのが分かった。

 

「キョウスケ? ねぇねぇキョウスケ、どうしたの? 眠いの?」

「あ、あぁ……」

 

 女の声が聞こえ、眠い目を擦りながらキョウスケは答えた。声をかけてきたのは、キョウスケの手を握り締めている人のようだ。

 性別は女性。

 彼女の聞き覚えのある声がキョウスケの耳をくすぐる。

 

(俺は……寝ていたのか……?)

 

 やっと冴えてきた頭で、キョウスケは状況を把握し始める。

 まりもに会うために霊安室に足を運び、睡魔に襲われて倒れた。目が覚めると女性に右手を握られ、話しかけられていた。

 

(だが誰に……?)

 

 霊安室の中には自分と、まりもの遺体があるだけだった。

 誰かが霊安室に来て、倒れているキョウスケを助け起こそうとした? しかしまりもの霊安室へは夕呼の許可がなければ入れないようになっている。そうそう人がやって来るとは思えない。

 

(では誰が……?)

 

 霞む視界に相手の右手(・・)が飛び込んでくる。病衣を着せられていたが、何となく見覚えのある女の手だった。

 手を見た瞬間、ぞくっ、とキョウスケの背に寒気が奔った。

 

(……なんだ……?)

 

 ありえない事が起こっている ── キョウスケは本能的に直感する。

 顔を上げてはいけない。視線を上げて、女性の顔を見てはいけない。そんな気がした。

 

「キョウスケ?」

 

 女性の声にキョウスケは応えることができなかった。

 認識してしまったが故、声が彼女のものにしか思えなくなったからだ。

 ありえないことだ。

 彼女は死んだ。遺体は霊安室のベッドの上で寝かされていた。

 キョウスケは女性の顔が視界に入らぬよう横目でベッドを見る。

 ベッドには誰も寝ていなかった(・・・・・・・・)

 恐る恐る、キョウスケは視線を上に上げる。

 豊満な胸の女性的な身体が最初に目に入り、次に栗色のロングヘヤーが飛び込んでくる。甘い香りのするその髪の毛は、キョウスケが良く知る女性の物だった。

 

 

 キョウスケの目の前に彼女が ── 神宮司 まりもが立っていた。

 

 

 BETAに喰われた筈の右手は元に戻っていて、両の頬には紅い水玉のタトゥー(・・・・・・・・)が刻まれている。

 まりもが右手を離して、キョウスケの首に手を回してきた。

 

「キョウスケ、好き!」

「軍曹……これは一体……?」

 

 まりも抱きつかれたキョウスケは、霊安室の中で愕然とするしかないのだった ──……

 

 




がちりがちり……と物語は狂っていく


……次回は第4部エピローグです。

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