Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第29話 鋼鉄の孤狼

 ── 並行世界は無限に存在し、想像だにしない可能性が無限に広がっている……そして未来は、必ずしも良いモノとは限らない ────

 

 

 

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 29話 鋼鉄の孤狼

 

 

 

 

 

 

 

 

 極めて近く、限りなく遠い世界で ──……

 

 

 

 

 

 

 新西暦と呼ばれる時代。

 

 人類が宇宙に出て既に2世紀が過ぎようとしていた時代……地球は地球人同士の争いと、異星人による武力侵攻という脅威に曝され続けていた。

 新西暦179年にアイドネウス島に落下した「メテオ3」から発見されたEOTから異星人の存在が発覚する。そしてビアン・ゾルダークを総統とするディバイン・クルセイダーズは、明らかとなった地球外知的生命体に徹底抗戦の意を表明し、地球連邦政府に反旗を翻した。

 「DC戦争」と呼ばれる地球人類同士の戦争……そこに異星人エアロゲイターが乱入し、争いは地上だけでなく宇宙までを戦場にした生き残りをかけた戦いに発展した。

 「L5戦役」と呼ばれるその戦争を勝利した人類。

 しかし訪れた平和は束の間のものだった。

 

 インスペクター。

 新西暦187年、地球侵略に乗り出した新たな異星人の通称である。

 地球人類の生き残りを賭けた戦争が再び勃発し、無数の兵士と罪なき命が散っていった。数えることなどできない。両手ではとても数えきれない程の数の人間が死んでいった。

 だが幸せか不幸か……戦争の歴史が人類の歴史と言われる程に戦い続けてきた地球人類の潜在能力は、インスペクターの戦闘に関するそれをも上回っていた。

 劣勢だった戦況はいつしか好転の兆しを見せ始める。

 新たな兵器の開発、戦闘スキルや戦術の洗練、巨大な敵に一眼となって立ち向かう様は……まるで巨大な一匹の狼のようにインスペクターの喉元に牙を突きつけるまでに至っていた。

 

 

 時は新西暦187年の末 ── 「インスペクター」との戦いに終止符を打つために、クロガネを旗艦とした突撃部隊が編成され、彼らはかつての決戦場「ホワイトスター」へと向かっていた。

 

 明朝10:00、インスペクターとの最終決戦の火蓋が切って落とされる ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 地球 ── 某所、士官学校の教壇にて

 

「── そこでヴァイスちゃんがズガガガガッと撃つとね、ドギャアァンと敵が爆発して、隊長を失った敵のテンションはズゥゥンンと下がるわけね。このように、戦闘では指揮官機を倒すことはとてもグッドな事なのよん♡ アンダスタン?」

「エクセレン先生(・・)、擬音だらけでよく分かりません」

 

 エクセレン・ブロウニングの授業を聞いていた生徒が堪らず声を上げていた。

 エクセレンはペンを取り、ホワイトボードに向かって絵と数字や文字を書いており、絵はお世辞にも上手いとは言えない。

 ロボットらしい絵から矢印が伸びており、おそらく「L5戦役」時の異星人の偵察機バグズであろう絵に大きくバツ印が描かれている。おそらく矢印は銃弾でバグズをそれで撃破した、という意味だろう。

 しかもエクセレンの説明は非常に擬音を多用しており、抽象的すぎて理解すら難しい。士官学校の生徒たちに理解できないのに無理もなかった。

 

「そーう? 私は分かりやすいと思うんだけどなぁ……」

「分かりません。このままでは、私たちのテスト結果は散々な結果になるのが目に見えています!」

 

 エクセレンに異を唱えていた生徒が声を荒げていた。

 なるほど。学生にはテストは重大なイベントなのだから、エクセレンのように意味不明な授業をされては対策も練れないに違いない。

 不平が上がるのは当たり前なのだが、エクセレンの面の皮は厚かった。

 

「えー、分からない人は後で補習してあげます。先生がぁ、手取り足取り、腰取り教えてア・ゲ・ル♡」

「うっ、結構です! それに先生には旦那さん(・・・・)がいるでしょうが!」

 

 エクセレンの冗談に一々反応する生徒。彼女はその反応を見て楽しんでいる。そのことに気付かない生徒の初心さが彼女の悪戯心を刺激しているのだろう。

 旦那、というキーワードに生徒たちの視線がエクセレンの左手薬指に集中する。

 キラリと光る白銀の結婚指輪がそこにあった。

 と、その時。

 

 

『エクセレン・ナンブ(・・・)先生、すぐに職員室まで来てください。宇宙から連絡が入っています。繰り返します、エクセレン・ナンブ先生、すぐに職員室に ──』

「あらん、宇宙からってダーリンかしら? じゃあみんな、そういうことだから!」

 

 エクセレンはホワイトボードの落書きを消すと、デカデカと自習と書いて教室を飛び出して行ってしまった。

 途端に残された生徒たちが話だし、教室中が通信相手の話題に持ちきりとなる。

 ザワメキの中にはこんな言葉もあった。

 

「なぁなぁ、エクセレン先生ってハガネで戦っていたってホントか?」

 

 万能宇宙戦艦「ハガネ」 ── 「L5戦役」でエアロゲイターを退けた特殊部隊の旗艦だった船だ。現在も現役で、最強の宇宙戦艦の一角を担っている。

 エクセレンはかつて「L5戦役」を生き抜いた猛者の1人だった。

 

「ホントらしいぞ。射撃の名手だったそうだ。その人も寿退社ならぬ寿退役して今じゃ士官学校の先生……そして、旦那は空の上ってね」

「インスペクターとの最終決戦……クロガネは勝てるのかな?」

 

 生徒の1人の言葉に教室中が静まり返った。

 生徒たちは分かっているのだ。戦況が地球側に優勢に傾いているのは確かだが、敗北すれば人類は滅ぼされる……または支配されるだろう。クロガネを旗艦とした部隊は現地球側では最強といえたが、逆に敗北すれば地球側の敗北するのと同義だという事を生徒たちも理解していた。

 それ故の沈黙。

 敗ければ自分たちも死……もしくはそれに準ずる苦痛を受けることになる。

 

「大丈夫だって!!」

 

 重々しい沈黙は一人の生徒の空元気によって破られた。

 

「忘れたのかよ皆! クロガネにはあの人がいるんだぜ! エクセレン先生の旦那がさ!」

「そうだな! エクセレン先生の旦那さん……キョウスケ・ナンブ!」

「殺しても死なない男、鋼鉄の孤狼 ── ベーオウルフと不死の部隊ベーオウルブズがいるんだ!!」

 

 そうだ、クロガネは負けないのだ。と、生徒たちはキョウスケの名が出ただけで大いに盛り上がりを見せた。 

 現在の時刻は17:00……ホワイトスター突入作戦の結構は明朝の10:00。

 この1戦で全てが決まる。

 生きるか死ぬか……全てはクロガネの双肩にかかっていた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 宇宙 ── L5宙域付近に停留するクロガネの通信室にて。

 

「久しぶりだな、エクセレン」

 

 画面に浮くしされたエクセレンの笑顔に男が話しかけていた。

 金属製の肩当があしらわれた赤いジャケットを肩にかけている。上半身はノースリーブの黒いシャツ、その下には鍛え抜かれた筋肉が垣間見える。無駄な脂肪が少ない、戦うための筋肉のように見えた。 

 茶髪の先端を金色に染めた男が口元を緩ませている。

 男の名前はキョウスケ・ナンブ。地球連邦に所属する小隊「ベーオウルブズ」の隊長である。階級は大尉、しかしその実力から「鋼鉄の孤狼(ベーオウルフ)」異名を取る猛者だった。

 キョウスケの薬指には妻帯者の証である婚約指輪がはめられている。

 戦場では一瞬たりとも気は抜けない、まだ戦場に辿りついていない戦艦の中であろうともキョウスケは神経を張りつめていた。緊張感の連続する時間はゆっくりと流れていく。そんな中、最終決戦前に唯一許された安息の時間がエクセレンとの通信だった。

 時間にして5分程度しか許されないだろう。それでもエクセレンの笑顔はキョウスケの乾いた心を潤してくれていた。

 

「そっちは元気でやっているか?」

「もちろんよ。キョウスケこそ大丈夫? 怪我とかしてない?」

「ああ。俺の方は問題ない」

 

 5分の間、キョウスケとエクセレンは他愛のない会話を繰り返した。

 士官学校での出来事やクロガネクルーの話……取り立てて意味があるとは言えない会話を続ける。

 傍から見れば貴重な5分間を無為に費やしているように見えるかもしれない。

 しかしキョウスケの心は確実に癒されていた。

 そして胸に立てた誓いを新たにする。

 妻の ── エクセレンの笑顔を守るために。彼女と共に生きていける平和な世界を手に入れるために俺は戦う、と。

 地球人類の未来のためという大義名分も確かにある。だがキョウスケが戦争で命を張る理由は、エクセレンという1人の女のためと言っても過言ではなかった。

 

「エクセレン、絶対に生きて帰るからな」

「うん、無事に帰ってきてねダーリン♡」

 

 5分が過ぎた頃、キョウスケがエクセレンに別れを告げる。

 エクセレンも彼に応え、

 

「あと、戻ったら話があるの」

 

 お腹をさすりながら微笑んでいた。

 

「? なんだ? 話なら今すればいいじゃないか」

「もぉー、キョウスケのニブちん」

 

 エクセレンは苦笑いを浮かべながらもお腹をさすり続けていた。

 キョウスケには彼女の行動が何を意味しているのか分からなかったが、冷静に考えてみれば、彼女の行動の意味がうっすらと理解できる。

 

「もしや……エクセレン、お前 ──」

「うふふ、これ以上はヒ・ミ・ツよん♡ 続きは戻ってきてから。楽しみは最後にとっておきましょう」

 

 キョウスケは確信した。

 エクセレンの言質を得たわけではないが、おそらく、いやほぼ確実に間違いないだろう。

 キョウスケとエクセレンは四六時中離れ離れな訳ではなかった。

 ささやかな結婚披露宴のときはもちろん一緒だったし、初夜だって、何度も夜を共に過ごしたこともある ── つまりはそういうことだ。

 胸の奥が温かい。キョウスケの中はには奇妙な充足感生まれていた。

 

「死ねない理由がまた1つ増えたな」

 

 エクセレンに聞こえないように小さく呟くキョウスケ。

 キョウスケは何度も死の淵から生還してきた男だった。搭乗員がほぼ全滅した航空機の墜落事故も生き残ったし、試作可変戦闘機の変形実験中に機体が空中分解してことだってあった。戦闘中に機体を大破させられたこともあるし、脱出装置が機能しなかったことだってある。

 だがキョウスケは死ななかった。

 必ず五体満足で生き残ってきた

 重症こそ負いはしたが常人では考えられない短い期間で必ず戦線復帰する。作戦成功率は言うまでもなく、何より異常なまでの生還率から、キョウスケはいつしか「不死身の男」「絶対に死なない男」と揶揄されるようになっていた。

 

 

── 死にたいと思ったことはない、だが、これ程生きたいと願ったこともない

 

 

 エクセレンとの通信は彼の心に決意を刻み込ませていた。たった5分の会話はもうすでにタイムオーバーしていたし、通信室の外には他の隊員たちが順番待ちをしていることだろう。

 だがこの5分はキョウスケに強い力を与えてくれた。そう彼は感じている。

 

「エクセレン、また会おう」

「うん、待ってるからね」

 

 通信室にいつまでも居座ることはできない。キョウスケはエクセレンに別れの言葉を告げる。

 プツリと音がして画面が暗転した。

 もうしばらく彼女の顔を拝めない。次はインスペクターとの戦争に勝利し、生還する時までお預けだ。

 キョウスケは通信室を後にする。

 

「キョウスケさん」

「エクセ姉さんとの話終わったすか?」

 

 通信室を出ると、緑色のバンダナを巻いた男と紫色の髪をした若い男がキョウスケを出迎えた。

 

「アラド、タスク……どうした?」

 

 キョウスケは自分の部下である2人の名前を呼んでいた。

 緑色のバンダナを巻いた男はタスク・シングウジ、紫色の髪をして能天気な笑顔を浮かべている方がアラド・バランガ。

 鋼鉄の孤狼ことキョウスケ・ナンブの率いる小隊「ベーオウルブズ」 ── 構成員はキョウスケを含めてたった3人だった。

 2人はそのメンバーで、キョウスケと同じく運が強い ── いや、戦場からの異常な生還率を誇る部下であった。

 

「何って、ブリーフィングっすよ。忘れてたんですか?」

「ああ、そうだったな」

 

 アラドの言葉に思い出す。

 インスペクターとの最終決戦 ── 小型衛星級の巨大軍事要塞「ホワイトスター」での総力戦の作戦会議がもうすぐ開かれる予定だったのだ。ブリーフィングにはクロガネに集められた精鋭全員が参加する。キョウスケはブリーフィング後ではエクセレンと話をする時間が無くなるかもしれないと考え、通信室に足を運んでいたのだ。

 ……しかしホワイトスターの総力戦……一体どれだけの仲間が生きて帰ってこれるだろう? とキョウスケは思う。

 ホワイトスターは元々「エアロゲイター」の地球侵攻のための拠点だった。強力な拠点防衛兵器を多数配備している。インスペクターがそれを使わない筈はないだろう……。

 防衛兵器を無力化することが、今回の作戦の成否のカギと言ってもいい。

 

「行くか?」

「はい!」「うっす!」

 

 肩に掛けていたジャケットを羽織る。赤いジャケットの腕部分には「ベーオウルブズ」の隊長の証である狼を象った腕章が描かれている。

 キョウスケはタスクとアラドを連れてブリーフィングルームへと向かった。

 

 現時刻は18:00……作戦決行まで、あと16時間 ──……

 

 

 

 




次回、キョスウケ、あの男と出会う。

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