Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第31話 邂逅

 宇宙戦艦「クロガネ」 ── 格納庫。

 

 ブリーフィング終了後、キョウスケはタスクとアラドと連れ立って格納庫に足を運んでいた。

 何個かある格納庫の内、キョウスケたちの訪れたのはPT用の格納庫だった。ホワイストスター攻略作戦に選抜された兵士たちのPTが、格納庫のハンガーに固定されている。PTの全長は平均20M程、それ以上のサイズになる特機は別の格納庫に搭載されていた。

 量産型のゲシュペンストにリオンシリーズ、さらにはワンオフの専用機など ── 様々な機種が安置され、もし軍事ヲタクから見れば遊園地に見えるかもしれない。尤も、一般人から見れば兵器が集められた異常空間でしかないのだが、キョウスケたちにとっては命を預ける相棒の眠る寝室といった所だろう。

 

「頼むぞ、ゲシュペンストMk-Ⅲ」

 

 ハンガーに固定された愛機に向かってキョウスケは呟いていた。

 コックピットの高さに作られた通路からは彼の愛機「ゲシュペンストMk-Ⅲ」の姿を見ることができる。全高約20m、炎のような真紅のカラーリングを施した近接戦闘重視の重装甲タイプPTだ。

 特徴的な1本角を頭部から生やし全体的に鋭角的なフォルムをしており、両肩には巨大なコンテナ、右腕部には巨大な杭打機 ── パイルバンカー ──が装備されている。一応、気休め程度に左腕部に5連チェーンガンも装備されているが、どう見ても遠距離射撃戦重視の機体には見えなかった。

 ちなみにコンテナの中身は火薬入りの特製チタン弾「M180A3」が装填されており、指向性の爆圧によって飛ばした大量のチタン弾で敵を粉砕する兵器でアヴァランチクレイモアと呼ばれる。

 さらにパイルバンカーはリボルビング・バンカーの名称であり、バンカーの根元にある回転式薬室に装填された炸薬で巨大な杭が打ち出される仕組みになっている。装弾数は6発だが、普通に格闘しても敵機装甲を貫通する威力の杭を、炸薬でさらに撃ち込むのだからその威力は必殺の名に相応しいものとなっている。

 実は頭部の1本角も飾りではなかった。プラズマホーンという名の兵器であり、プラズマ帯電させたブレードとして使用し、PTの装甲程度なら豆腐のように切り刻める優れものである。

 さらにそれらの武器の威力を十二分に発揮するため、接近戦に耐えうるように特機並の重装甲を施し、落ちた機動性は並のパイロットではブラックアウトすら起こしかねない程の大出力ブースターで得た推進力でカバー、あまりにバランスの悪い機体のためテスラドライブで安定性を辛うじて保っている始末……あまりに時代に逆行したコンセプトで作られた欠陥機……それがゲシュペンストMk-Ⅲだった。

 

 

── だが俺はこいつと共に生き抜いてきた

 

 

 キョウスケはMk-Ⅲの装甲に触れ、思いを馳せる。

 

 

── お前がいたから俺は生き残れた、俺が居たからお前は活きることができた

 

 

 地球連邦の主力量産機「ゲシュペンストシリーズ」の後継機として開発されたが、誰も扱えずお蔵入りしていたMk-Ⅲ。しかしキョウスケという最高のパイロットを得たことで、Mk-Ⅲは戦場に帰り咲きベーオウルブズの隊長機として活躍している。

 今度もコイツと切り抜けてみせる。決意を胸にキョウスケはMk-Ⅲの各部をチェックし始めた。 

 Mk-Ⅲは最近オーバーホールしたばかりだったため、特に異常は見当たらなかった。これなら最高のコンディションで戦いに臨めそうだった。

 

「キョウスケさん」

 

 タスクがキョウスケに声をかけて、

 

「どうですか、俺のMk-Ⅱ?」

 

 と自分の機体を指さして質問してきた。

 指先には赤いチームカラーに塗装された量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ改・タイプCがある。両肩にビームキャノンをマウントした砲戦仕様の機体だ。

 

「どうしましょう、やっぱりビームコーティングした方がいいですかね?」

「コーティングなら必要以上にエネルギーは食わん。今回は今まで以上の激戦になるだろう、できることはしておけ」

「了解です」

「あと、手持ちの武装はアサルトライフルにしておけ。実弾ならキャノンと違ってエネルギーを喰わんからな」

「はい。交換用の弾倉もできる限り搭載しますよ」

 

 タスクは元メカニックだけあって理解が早い。キョウスケのアドバイスを受け、彼はすぐに作業に取り掛かった。

 タクスは整備員にコーティングの依頼に向かっていく。

 コーティングを施すのには手間がかかるし経費も掛かるが、対ビームに対する対弾性は格段に上昇する。しかもビームを弾く特殊な素材を装甲表面に塗布するだけなので、機体の重量にはほとんど影響を与えないものだ。

 ただコストは高かった。

 しかも毎回コーティングをし直さなけばいけないため、そうそう量産機に導入できるような技術ではなかった。

 だが今回は人類の命運をかけた1戦だ。コスト度外視で機体を整備できるため、タスクも機体に好きなだけ武装や処理を施すことができるのだ。

 

「キョウスケさん、俺のMk-Ⅱはどうっすか?」

 

 アラドがキョウスケに訊いてきた。

 彼の機体も量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ改だった。機体色は当然のようにベーオウルブズの赤に統一されている。ただ武装がタスクのMk-Ⅱとは違っていた。

 両腕部にブラズマバックラー、胸部に大出力のメガブラスターキャノンを装備し、ブースターも整備されており完全に接近戦使用の機体に仕上がっている。

 ゲシュペンストMk-Ⅱ改は機体各部に設置されたハードポイントを交換することで、様々な武装を装備することができる。そのため非常に汎用性が高いのだが、反面、まだ生産ラインが整っていないためコストは割高だった。

 キョウスケは、アラドの接近戦用のMk-Ⅱ改 ── タイプGを見る。

 

「アラド、お前もコーティングは施しておけ。今回の作戦中は帰艦することは不可能だ。お前は接近戦しか能がないからな、対弾性は可能な限り引き延ばしておけ」

「了解っす! 武器にブーストハンマーを持って行ってもいいっすか?」

 

 ブーストハンマーとは複数の鋭利な突起付きの鉄球を、鉄球に内臓されたブースターで加速して敵に叩きつける質量兵器だ。威力は折り紙つきだが、鉄球に接続された鎖の距離しか射程がなく汎用性に欠ける。

 ホワイトスター内部ではどんな敵が待ち構えているか分からない。

 今回は射程、安定した威力、換装した弾倉を捨てれば機体重量の削減にもつながる実弾兵器が無難だろう。

 

「アサルトマシンガンにしておけ。敵機をけん制しつつ距離を詰めるのには最適だ」

「ちぇ、ハンマー威力高いのになぁ」

「交換用の弾倉も積み込んでおけよ」

 

 キョウスケの忠告にアラドは「うっす」と笑顔を浮かべて作業に戻った。

 実弾兵器は確かに有用だが、弾がなければ用はなさない。補給が望めない状況では機体重量と相談しつつ、交換用の弾倉を準備することが肝要だ。

 キョウスケは整備人の協力を得て、ゲシュペンストMk-Ⅲの腰部に鋼鉄製のチェーンを巻きつけ、そこに交換用の弾倉を釣るし下げることにした。 

 リボルビングバンカーの炸裂弾の代えと、今回手持ち武器に選んだM90アサルトライフルの交換用弾倉だ。タスク、アラドと共に手持ち武器の射程はライフル系の武装より短いが、今回の作戦はホワイトスター内部をなるべく敵と遭遇しないことが理想である。

 仮に遭遇した場合、命中率や連射率に優れるマシンガンは敵機の掃討に優れているし、タスクの長射程のビームキャノンの存在もあった。3機で連携すれば距離の問題はさほど問題にはならないだろう……

 しばらく、キョウスケたちは黙々と作業を続けた。

 今回の最終決戦を生き残るために。

 生きて、エクセレンと再会するためにキョウスケは出来得ることを全て行った。武相の確認、戦闘プログラムの入力、連携パターンの確認……最後に、ホワイトスター内部の地図をMk-Ⅲのコンピュータに入力し終わった時には、既に作戦当日の01:00時を回っていた。

 

「ほぉ、精が出るな」

 

 その時だった。聞き慣れぬ声の主が背後から話しかけてきたのは。

 キョウスケが振り返ると、パーマのかかった赤い髪の男が立っていた。垂れ気味の目をした見慣れない男だったが、幾つもの戦場を潜り抜けた兵士の匂いがする男だった。

 クロガネの中にいる以上、明日 ── いや、もう今日になったのだが ── のホワイトスター最終決戦に参加する精鋭の一員であるのは間違いないだろう。

 

「初めましてだな、ベーオウルフ」

 

 赤髪の男が言った。

 

「俺の名前はアクセル・アルマー。不死の部隊ベーオウルブズの隊長、キョウスケ・ナンブ ── 鋼鉄の孤狼(ベーオウルフ)の通り名で呼ばれる男。俺はお前に興味がある……少し話をしないか、これがな?」

 

 赤髪の男の名前はアクセル・アルマーというらしい。俺が知っている男にそっくり、いや瓜二つだ。

 語尾を強調するアクセルの妙な喋り方にキョウスケは一瞬だけ振り向いたが、すぐに視線を戻して作業を再開した。

 

「悪いが俺はお前に興味はない」

「そう邪険にするな。ベーオウルフ、俺は貴様の強さの秘密に興味があるのさ」

 

 アクセルはキョウスケの意を無視して話を進める。

 キョウスケは手を止めずに耳だけ傾けていた。

 しかしアクセルはキョウスケに歩み寄り、横顔を覗き込んできた。天然パーマの赤髪が顔に触れそうで鬱陶しい……キョウスケは舌打ちが出そうになるのを押し込めて作業を続ける。

 

「『絶対に死なない男』と呼ばれているそうだな?」

 

 アクセルはお構いなしに話を続けた。

 

「どんな絶体絶命の状況でも必ず生き残る、それがベーオウルフ ── 貴様だ。

 死なない兵士。最高じゃないか。戦争に生きる俺たちにとって、まさに兵士として目指すべき理想像……ベーオウルフ、それが貴様なのさ」

「……下らんな」

 

 眉一つ動かさず、手だけを動かしながらキョウスケが答えた。

 

「不死の兵士などいるものか。兵士も人間だ。人間は簡単に死ぬ、そういうものだ」

「ほぅ、奇妙な事を言うな。不死の部隊の隊長様が自分の部隊の存在価値を否定するのか?」

「ああ」

 

 キョウスケが作業の手を止めた。

 時刻は01:00を回り、作戦決行まであと9時間を切っている。初見の男であるアクセルと下らない問答をする趣味はキョウスケにはなかった。

 自分の中にある答えを示す。そしてアクセルには早々にこの場を去ってもらうことにした。その方がこのまま「ながら作業」を続けるよりも効率的だと判断したからだ。

 

「俺たちの命はチップのようなものだ」

「はぁ?」

 

 アクセルが眉をしかめる。

 不快感はない。自分の考えが大多数の人間に理解されないことは、今に始まったことではなかった。キョウスケはアクセルを睨みつけながら言う。

 

「戦場を巨大な鉄火場とするなら、俺たちの命は賭け金のようなものだ。そして賭け金の取り合いをするのが戦争にすぎん。ただ一般の賭け事の相違点はただ1つ。

 負ければチップを亡くし、勝ってもチップは増えない……戦争は俺たちにとって分の悪い賭けなのだ」

「それがお前の戦争観か? 流石だなベーオウルフ。変わっていると言っておこうか、これがな」

「さえずるな。賭け事を続ければいつかは破滅する、誰にでも理解できることだ……俺たちの賭け金も何時かは尽きる時が来る。

 アクセル・アルマー、貴様も兵士なら理解できんとは言わせんぞ?」

 

 キョウスケの言葉にアクセルは微笑を浮かべていた。

 生きている者はいつか死ぬ。それは万物の理だ。特に戦場に身を置くキョウスケたちのような人種は、明日や明後日、そんな先の事など予想もできないような戦いの日々が日常なのだ。

 どんなベテランの兵士でも、出撃して帰還しないことはある。

 キョウスケがアクセルに言っているのは、ある意味そういうことだった。

 「確かにな」と呟き、キョウスケの意見に賛同を示すが。

 

「それが兵士、それが戦争というものだ……だが違う。貴様の言っていることは、少し、間違っているな」

「何だと?」

 

 キョウスケの疑問にアクセルは飄々と応えた。

 

「死なない兵士は実在する。今はまだ人形だがな。

 しかし経験の蓄積と、持って生まれた素質により死なない兵士となれる者も確かに少ないが存在する」

「……それが俺たちだと?」

 

 キョウスケの声にアクセルはコクリと頷いた。

 

「下らんな、アクセル・アルマー。俺たちが生き残って来たのは、生き残るために懸命であったからだ。生き残るためには卑怯な事もしたさ……それら結実して俺たちは生きているに過ぎん。死なない兵士だと? そんなものは実在しない、寝言は寝て言うものだ」

「分かっていないのは貴様だ、ベーオウルフ。

 ただ生きるためだけ、貴様は戦争をしている訳ではないだろう?」

 

 アクセルが小さく笑いを漏らしながら答えたが、キョウスケには理解できなかった。

 死なない兵士? それに生きるために戦争をしていないだと? 馬鹿な、いつでも全力で生き残るために勝利をもぎ取りに行った。だから今、キョウスケはここにいるのだ。

 生き残るために戦争をした。平和のために。エクセレンのために、キョウスケは戦ってきた。

 アクセルの言葉は現実味のない妄言でしかなかった、少なくともキョウスケの中では。

 

「生きるために戦争をする? 違うな。大間違いにも程がある、これがな」

 

 アクセルは言い放った。

 

「ベーオウルフ、俺と貴様は同類だ。兵士として戦争の中で活きることしか能のない男だ」

「…………」

 

 キョウスケは否定できなかった。

 自分を生んでくれた親の顔も覚えているし、自分がどのようにして育ってきたのかも覚えている。決して、キョウスケは最初から兵士だった訳ではなかった。

 だが戦争に駆り出されてからの日々は騒然としていて、それまでの生活が薄れてしまう程には強烈だった。士官学校を卒業し、初戦、初めての勝利……今では息をするようにPTを自在に操ることができる。

 あの20mもある金属製の巨人を、だ。

 キョウスケはPTに乗り込むことで鋼の巨人に変身できるのだ。

 様々な意味で刺激的だった。幼少期の日常生活の記憶など擦れてしまう程に……成人して生きる術を身に着けた今では、自分にそんな幼少期があったのかと疑問に思うことがある程に、だ。

 キョウスケは戦うことでしか収入を得る方法を知らなかった……戦うしか能がない。この言葉をすぐに斬り捨てることができなかった……。

 返す言葉が見つからないまま、キョウスケはアクセルの言葉に耳を傾けるしかなかった。

 

「生きるために戦争をする? 嘘を言うな……!

 俺たちは生き残るためではなく、活きる(・・・)ために戦争をするのだ。

 人は一人一人、それぞれの人生の主人公だ。限りある生の中で自分の全てを活かしたい、そう思うのが当然だ。俺たち兵士という人種ににとって、自分を最も活かせる場とはなんだ? 

 貴様にも分かっているはずだ。

 戦争は無くなるべきではない。俺たち兵士が活きるため、俺たちのアイデンティティーを失くさないためにも、戦争は永遠と続かなければならないのさ、これがな」

 

 兵士は戦争があるから喰っていける。

 それは赫奕たる事実だ。戦争が無くなれば職を失う兵士などごまんといる。キョウスケもその1人に数えられるのだろうが、アクセルの発言は常軌を逸していた。

 

「……貴様、平和を求めていないのか?」

「平和だと? 平和など水たまりに貯まった水のようなものだ。しかも水には流れもなく、蒸発することもない。するとどうなる?

 分かるだろう? 水は腐るだけさ、これがな」

「だから平和などいらん、戦争を続けるべきだと言うのか?」

「そうだ」

「実に下らん考えだな」

「馬鹿を言うな」

 

 キョウスケの言葉をアクセルは一蹴する。

 

「戦争は人類を進化させてきた。その最たる例が『L5戦役』と、今回のインスペクター襲来だ。俺たちが進化するには戦争は不可欠なのだ、これは歴史が証明している」

 

 アクセルの主張は、アニメの中に登場するような人型機動兵器 ── PTが発展した理由その物だった。

 敵が来る。

 生き残るために尽力し、倒す。

 その結果、強大な力を手にしていた。

 ただ……手に入れた力は外敵の排除だけでなく、身内である筈の地球人類に向けられることは決して珍しいことではなかった。 

 

「それに仮に外敵を排除し、人類という種で結束できたとしても、それは一時のものでしかない」

 

 アクセルが続ける。

 

「人間の数が少なければ、その平和を維持することもできるだろう。

 だが地球上に人間はどれだけいる? そして地球にある資源はどれだけだ? 何年持つ? 限りあるものはいつか尽きる……例え、仮に、万が一……完全に好戦的な人間を排除して得ることができた平和があったとしても、必ずその中から争いは生まれ殺し合いに発展する ──── 戦いを避けることなどできはしない、俺たちが人間である限り」

 

 無言のキョウスケを前に……アクセルは力強く言い切った。

 

「ならば、闘争を支配する以外に俺たちに生きていく術があると思うか、これがな?」

 

 人類の歴史は戦いの歴史……否定はできない。でなければ戦史という言葉など誕生しなかったはずだから。

 だがキョウスケはアクセルの言葉を受け入れる訳にはいかなかった。

 地球でエクセレンが待っている。

 ホワイトスターに巣食う毒虫 ── インスペクターを駆除して帰るのだ。エクセレンと笑って過ごせる平和を掴みとるのだ。

 

 

── それが腐っているなど、誰にも言わせはしない……!

 

 

 アクセルの言葉と考えを受け入れることは、やはりキョウスケには無理だった。

 

「……どうやら、俺とお前は根本的に考え方が違うらしい」

「残念だよベーオウルフ。貴様はもっと見込みのある奴だと思っていたのだがな」

 

 アクセルはキョウスケに背を向ける。

 彼が格納庫の出口に向かうのを確認すると、キョウスケは作業を再開することにした。と ──

 

「あ、そうそう」

 

 アクセルが振り返ってキョウスケに向かって言った。

 

「今回のホワイトスター攻略作戦だがな、俺たちが貴様らを援護することになったから」

「援護だと?」

「さしずめ、ウィルスの運搬の弾除け役だな。要するに、俺たちが陽動をかけて敵の注意を引き付ける役を担う……別に珍しくもない話だ」

 

 珍しくない、確かにそうだ。

 最優先事項を達成するために投げ込まれる捨石、捨て駒……そんな作戦と実行員たちをキョウスケは何度も見てきた。

 今回はそれがアクセルの部隊。ただ、それだけの話だった。

 

「……すまんな」

「礼はよせ。俺は兵士だ。与えられた任務は全うするだけだ、これがな」

 

 アクセルはそれだけ言うと格納庫から出て行ってしまう。彼の話は何処かリアルで重かった。キョウスケに話をして何が解決するわけでもない。

 だが彼もきっと複雑な心境なのだろう。兵士として……プロとしての役割を遂行するために、その心境が邪魔になる可能性がある。

 だから見に来た。自分が命を張ってまで守る価値がキョウスケにあるのかを。

 果たしてキョウスケは眼鏡にかなったのか……アクセルが語らない限り答えは出すことはできないだろう。

 

「キョウスケさん、整備完了しましたよ」

「こっちも終わったぜ、キョウスケさん!」

 

 タスクとアラドが自機のチューンナップを終わらせたようだ。

 2機ともビームコーティングを完了し、交換用の弾倉をたんまりと搭載していた。

 特にタスク機はF2Wキャノンをバックパックにマウントさせ、徹底機に火力を強化していた。多少機動性が犠牲になるが、チーム内でのタスクの役割は後方支援。突撃仕様のキョウスケとアラド機をフォローするには十分な装備だろう。

 アラドの装備はプラズマバックラーにM90アサルトマシンガン、高威力のメガブラスターキャノンだ。近接戦闘用にコールドメタルナイフも2本装備しているが、余程懐に潜り込まなければ使う機会はないだろう。

 指揮官機であるキョウスケのMk-Ⅲの装備は、M90アサルトマシンガン以外に平常時と同じモノだった。使い慣れた武装こそ、土壇場で地力を見せるものだ。整備も申し分ない、おそらくスペック以上の戦果を発揮してくれるに違いない。

 3機の腰部には【マ改造】ウィルス運搬用の鋼鉄製の筒が1つずつ装備されていた。

 

「よし、では作戦に備えて休むぞ」

 

 作業を終了したキョウスケの声にアラドが拳を鳴らす。

 

「よっしゃあ! 腕が鳴るぜ!」

「おいおいアラド、そんなに興奮して休めなくても知らねえぞ」

「ははは、こりゃいけねえや!」

「ふっ……」

 

 2人のやり取りにキョウスケは微笑ましいものを感じていた。

 今回もタスクとアラドと共に生き残ってみせる。

 キョウスケは決意を新たにし、自室に戻り休息を取るのだった ──……

 

 

 

 

 

 

 ………………

 …………

 ……明朝、10:00。

 

『総員ッ、対ショック、対閃光防御!!』

 

 艦内通信で艦長代理テツヤ オノデラの咆哮が響き渡った。

 10:00 ── 作戦決行時間を迎え、キョウスケたちベーオウルブズは格納庫で待機していた。

 クロガネの精鋭たちが手塩にかけてチューンしたPTに乗り込んでいく。キョウスケもゲシュペンストMk-Ⅲに登場し、OSを起動させた。コックピットハッチが閉鎖し一瞬視界が暗転するも、すぐに各計器の光やモニターに映された機体外の映像で明るくなる。

 機体はまだハンガーに固定されている。突入の衝撃で転倒等の事故を起こさないためだ。

 

「…………いないな」

 

 アクセルの姿は見当たらなかった。通信もない。アクセルは陽動 ── 別行動のため特に問題はなかった。

 遠い爆発音と共に数回の振動が連続している。クロガネが攻撃を受けているのだ。敵本拠地への突撃だから多少の損害が出るのは止むおえなかった。

 

『艦首超大型回転衝角、始動ッ!!』

『了解、艦首ドリル始動します!』

 

 ブリッジでのやり取りが聞こえてくる。

 直後、被弾の振動とは違った小刻みな揺れがキョウスケに伝わってきた。艦首ドリルの回転運動が機体を揺らしていた。

 

『総員に奮闘せよ! 我々に敗北は許されない! 地球の命運は諸君らの双肩にかかっていることを忘れないでもらいたい!!』

 

 そう、これが最後の戦いだ。

 インスペクターの襲来で数えきれない程の人命が失われた。

 報いを受けさせる時が来た。

 命の代価は命だ。インスペクターに償わせるために、キョウスケたちはコックピットで声を待つ。

 

『クロガネッ、突撃ィィィッッ!!!』

 

 テツヤの啖呵が飛ぶ。インスペクターを倒し平和を勝ち取るために、クロガネは突き進む。目指すは白き魔星 ── ホワイトスター。

 キョウスケは待った。

 腕を組み、目を瞑り、その時を待った。

 キョウスケにできることは祈ることだけだった。

 クロガネが無事にホワイトスター内部に突入できることをただ祈る。それが、今のキョウスケにできる精一杯だった。

 

『衝撃に備えろ!!』

 

 テツヤの声が耳に届いた刹那、キョウスケの体を衝撃が襲った。強烈な横揺れ、その後に縦揺れに近い激しい振動が続く。

 キョウスケは目を開いて、操縦桿を握り締めた。桿が手にしっくりと馴染む。モニターに人の姿は既にない……

 

 

── ここからは、俺たちのフィールドだ

 

 

 人ではない、20m超の鋼の巨人が闊歩するフィールド。キョウスケたちの戦場がすぐ傍まで迫っている。

 振動は数分続いただろうか。時間の感覚がおかしくなりそうな緊張感、作戦開始前に確認した時計をのぞくと、時間にしてほんの30秒程しか経過していなかった。

 キョウスケが時計から目を戻したと同時に再び大きな衝撃が訪れる。

 

『ホワイトスター内部、侵入成功!!』

 

 同時にオペレーターの報せが入った。

 

『よし、これより本作戦はフェイズ2に移行する! 特機、PT部隊は直ちに出撃せよ!!』

「了解」

 

 キョウスケはコンソールを操作し、Mk-Ⅲを安置していたハンガーの固定を外す。

 ずずぅぅぅん、とキョウスケを皮切りに重い音が格納庫各部で響いていた。各機がハンガーから降りたのだ。

 キョウスケはタスクとアラドに回線を繋ぐ。

 

「お前たち、準備はいいな?」

『俺はいつでもいいぜ!』

『さっさと終わらせて、旨い飯をたらふく食おうぜ!!』

 

 チームカラーである赤に統一されたパイロットスーツに身を包み、部下の2人が返答する。2人の士気は十分のようだ。

 

「よし、ベーオウルブズ出撃()るぞ!」

『『了解ッ!!』』

 

 キョウスケの指示に2人の声が重なった。

 不死の部隊ベーオウルブズ ── 彼らの最大最後の戦いの幕が上がる ──……

 

 

 

 


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