Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第33話 死線

 

4、死線

 

 

 タスクとアラドを空間に残して、キョウスケは制御室へとMk-Ⅲを走らせていた。

 アラドたちを残した空間から脱出したばかりだ。ホワイトスターの全体によれば、防衛装置の制御装置まではあの空間から直進すれば到着する。

 かかる時間はどれくらいだ?

 果たして、ウィルスは有効なのか?

 様々な思考がキョウスケの頭に浮かんでは消えて行った。

 しか、暫くするとキョウスケは考えることは止めた。

 

 

── 俺は、俺にできることをするだけだ……!

 

 

 Mk-Ⅲも腰部に携帯されている【マ改造】印の円柱。この鋼鉄製の容器の中に入っているウィルスを制御装置に無事侵入させる。

 それが今、キョウスケにできることであり、キョウスケにしかできないことだった。

 

「2人とも踏ん張れよ。すぐに助けに行くからな」

 

 Mk-Ⅲは弾丸のように加速して制御室へと急いだ。

 

 

 

      ●

 

 

 

 制御室手前 ── トラウマシャドウによって荒野に見えている空間。

 

 荒野を3体のロボットが動き回っている。

 ベーオウルブズの部隊色の赤にカラーリングされたゲシュペンストMk-Ⅱ・改が2機 ── 両肩にキャノン砲を装備している機体……タイプCと胸部にメガブラスターキャノンを装備している……タイプG ── が銃口を敵機に向けて高速で移動している。

 前者の機体にはタスクが、後者の機体にはアラドが登場しているのだが、敵の黒い鎧武者 ── ダイゼンガーの振り回す斬艦刀により追い詰められていた。

 ダイゼンガーが振るう斬艦刀は岩の塊である丘 ── トラウマシャドウで丘に見えるだけで、実際は演習用の障害物だろう ── に刃がするりと入って抜けて行く。まるで豆腐を切り分ける包丁のような切れ味……圧倒的重量と切れ味、それを扱うダイゼンガーの膂力をもってすれば、ゲシュペンストなど容易に両断されてしまうだろう。

 触れれば即撃墜 ── 死亡。

 PTでダイゼンガーを敵に回すとはそういう事だった。

 無論、タスクたちはそのことを理解しているので、剣戟の間合いの外から銃撃に徹している。

 乱射したM90アサルトマシンガンの徹甲弾が、既にダイゼンガーの表面装甲を抉っていた。だが、抉っているだけだった。内部の動力機関まで達した弾は1つもなく、しかも大半は斬艦刀の刃の腹で弾き落とされていく。

 

『ちッ』

 

 ラチのあかない攻防にアラドが舌打ちする。

 丘の陰に退避し、撃ち尽くしたマシンガンの弾倉を交換する。投げ捨てられた弾倉が鋭い音を立てて地面に落ちた。

 

『射撃戦じゃキリがねぇよ! このままじゃ、時間と弾ばっかり喰っちまう!』

『確かにな……』

 

 2人を探して闊歩するダイゼンガーを見てタスクが答えた。

 

『アサルトマシンガンじゃ撃墜……いや、致命傷を与えることもできそうにないな。この武器結構威力高いのにな……』

 

 タスクは特機の装甲はそれ程にけんこなのだと改めて思い知らされた。特機のほとんどは専用機で整備性やコストも量産機に比べれば劣悪だが、それに見合うだけの戦力はある。

 一騎当千の鋼の巨人 ── それが特機、俗に言うスーパーロボットだった。

 が、いくら特機と言っても完全無欠ではない。

 

『装甲に穴が空けられりゃ何とかなるんだけどな……』

『どのみちマシンガンじゃ無理だぜ! なぁタスク、もう接近戦しかねぇって! こうなりゃ、出たとこ勝負だぜ!!』

『けどダイゼンガーには斬艦刀が ──』

『ビビってんじゃねぇよ!!』

 

 アラドがタスクを叱責した。

 

『このまま時間をかければ敵の増援が来て、どうせ俺たちはオジャンだ。何もせずに死ぬのを待つのか? 俺は嫌だね! どうせ死ぬなら、前のめりに死んでやる!』

『アラド……』

『装甲に穴開けて、至近距離からメガブラスターキャノンをぶち込んでやる!』

 

 メガブラスターキャノンとはアラドのMk-Ⅱ・改の胸部アタッチメントに装備された高出力のビーム砲のことだ。チャージに時間がかかるし、エネルギーは喰うので連発はできないがタイプGの最強武装である。

 至近距離からならば、キョウスケのMk-Ⅲのアヴァランチクレイモアに匹敵する威力だった。

 通信越しにアラドがタスクに笑いかける。

 

『単勝大穴1点賭けだ。どうする、タスク? 乗るか?』

 

 伸るか反るか。勝てば生き残り、負ければ死ぬ……あまりにも見返りの少なすぎる分の悪い賭けだ。

 危ない橋だ。できることなら渡りたくなどないだろう。

 だが2人にとってはいつも通りのことだった。タスクとアラドはいつでも窮地に立たされ続けてきた。分の悪い賭けに勝利し、生き残ってきた。

いつしかアラドとタスク、そしてキョウスケは不死の部隊と呼ばれるようになっていた。

 

『へっ、アラド、本気で訊いてるのかよ?』

 

 タスクは不敵に笑っていた。

 

『乗るさ。俺はギャンブラーだかんな』

『へへっ、そう来なくっちゃ!』

 

 アラドはタスクに笑い返すと、ゲシュペンストMk-Ⅱにマシンガンを捨てさせた。両腕部に装備されたフプラズマバックラーへエネルギーバイパスを繋げる。ステーク部が帯電し、ダイゼンガーに格闘戦を挑む準備が整った。

 

『行け、アラド。俺がばっちり援護してやるぜ』

 

 Mk-ⅡにバックパックにマウントさせていたF2Wライフルを展開させながら、タスクが言った。

 F2Wライフルは連射力に優れるが射程が短いSモードと、連射できないが長射程かつ高出力のLモードの使い分けができるビームライフルだ。アサルトマシンガンよりは大きなダメージを期待できる。

 2人が会話している間も、ダイゼンガーは2人のゲシュペンストに着々と近づいてきていた。肩に乗せた斬艦刀がギラリと光る。

 

『頼むぞアラド。接近戦のセンスだけは買っているんだからな』

『だけは、はないだろ。だけは、は。それじゃまるで俺が能無しみたいじゃねえか?』

『おまけに大飯ぐらいってか?』

『へっ、言ってくれるぜ』

『ただ飯喰らいにならない様に頑張ろうぜ』

『違ぇねえや』

 

 2人は他愛無い言葉を交わしながら、ダイゼンガーとの距離を測る。

 レーダー上の距離は200。ダイゼンガーの突撃を防げれば、剣戟の間合いの外でいられる距離だった。

 タスクのMk-ⅡがF2Wライフルの銃口を上げた。モードはSだ。

 

『アラド、に出るぞ!』

 

 丘の陰からタスクのMk-Ⅱが飛び出す。ダイゼンガーに銃口を向け、ロックオン。当然、ダイゼンガーもロックに反応して斬艦刀を構え直し、距離を縮めようと突撃の体勢を取る ──

 

『させるか!』

 

 ──よりも早く、F2Wライフルが火を噴いた。乱射されたビームが直撃し、機先を制されたダイゼンガーが仰け反る。与えたダメージは微少。さらに追い打ちとばかりに両肩部に装備されたビームキャノンを発射した。

 だがそれは斬艦刀の腹で防御されてしまう。被弾しながらも体勢を整え直していたダイゼンガーがとっさに斬艦刀を構えていたのだ。大きなビームの光が弾かれて、複数の小さな光の筋になって飛び散っていた。

 与えた損傷は少ないが、足止めは出来ていた。

 

『行け、アラド!』 

『おおおおぉぉぉぉっ!!』

 

 アラドのMk-Ⅱがブースターを噴かせて飛び出した。ジェネレーターの出力を色が黄色から赤に変わる。ジェネレーターの負担に比例してブースターから爆炎が吐き出され、ゲシュペンストがダイゼンガーに肉薄してく。

 しかしダイゼンガーとアラドのMk-Ⅱの距離は約200。

 一瞬で懐に飛び込むはできなかった。

 タスクの射撃から体勢を立て直したダイゼンガーが斬艦刀を構える。柄を両手でしっかりを持ち、剣先を直上へと向けている。ダイゼンガーが防御を捨てて、攻撃に集中する際に見せる構え ── ダイゼンガーの本来のパイロットであるゼンガー・ゼンボルトの得意とする示現流の構え ── だった。

 

『タスク!』

 

 アラドはタスクに呼びかけると、Mk-Ⅱに腰に携帯していたM90アサルトマシンガンの弾倉を掴ませる。

 距離は50……ダイゼンガーなら一跳びで斬りかかることのできる間合いで、Mk-Ⅱは弾倉をダイゼンガーに向けて投げた。

 斬艦刀がアラドのMk-Ⅱに振り下ろされる ──

 

『任せろ!』

 

 ── まさにその直前。

 タスクのMk-ⅡのF2Wライフルが空中を舞う弾倉を撃ち抜いた。

 内部の銃弾の火薬がビームの熱で引火し、爆発する。弾倉が細かい金属片となって飛び散り、煙がダイゼンガーの眼前でもうもうと立ち込めていた。

 

『今だッ!!』

 

 アラドのMk-Ⅱが跳躍した。両腕ノプラズマバックラーに電流が迸る。アラドが狙っているのは、カメラアイが搭載されていて装甲の最も薄いダイゼンガーの頭部だ。

 空中で体勢をスラスターを噴かせて調整、煙で視界の利かないが既にロックオンしているダイゼンガーの頭部に、必殺の拳を打ち下ろさんとさらに接近する。

 お約束の技名を叫びながら。

 

『ギャラクティカ ──── ッ!?』

 

 アラドの声が途切れた。

 

『アラド!?』

 

 煙の中から斬艦刀が振り下ろされていた。

 縦一文字 ── 真っ直ぐな剣筋で、斬り捨てられたアラドのMk-Ⅱの一部が宙を舞う。ステークにプラズマを纏ったまま、Mk-Ⅱの右腕部がひゅんひゅんと空中で回転している。

 

『腕の1本ぐらいッ!』

 

 アラドのMk-は健在だったが、ダイゼンガーは振り下ろした斬艦刀の柄を握り直していた。そのまま切り上げようとする。

 アラドは残った左のプラズマバックラーにエネルギーを集中させる。Mk-Ⅱの左腕を振り上げた。

 だが、ダイゼンガーの方が早い。必殺の切り上げがアラドのMk-Ⅱに襲いかかろうと、斬艦刀がピクリと動く ──

 

『させるかよ!』

 

 ── それよりも早く、ダイゼンガーの両手が高出力のビーム砲によって撃ち抜かれていた。

 ロングバレルを展開したF2Wライフルから白煙が上がっている。タスクがF2WライフルのモードLで、ダイゼンガーの両腕部を狙撃したのだ。

 握力を奪われたダイゼンガーは、金属音を響かせて斬艦刀を地面に落としていた。

 

『やれ、アラド!』

『うおおおおぉぉぉっ、ジェットファントム ── ッ!!』

 

 アラドが絶叫し、Mk-Ⅱの剛腕が唸りを上げる。

 プラズマバックラーに備わった3本のステーク ── 電流を流し込むための細長い棒 ── が、力任せにダイゼンガーの顔面部に叩きこまれた。人の双眸を模したがカメラが割れ砕ける。装甲ではなく、脆い機械部分が見えた。

 そこにプラズマバックラーに貯めこまれた高圧電流が注ぎ込まれる。

 回路が焼き切れる音の後に爆発音を響かせて、ダイゼンガーの顔面が半分弾け飛んだ。

 

『まだだぜ!』

 

 アラドはMk-Ⅱの腕を引き抜くと、現在機体に残されているエネルギーを全て胸部の砲門へと集中させる。

 

『喰らえ、メガブラスターキャノンッだあぁぁぁぁっ!!』

 

 タイプGの最大武装 ── メガブラスターキャノンが注がれた全エネルギーを開放する。極太の、真っ白なエネルギーの波動が、ダイゼンガーの割れた顔面へと叩きつけられた。

 重装甲が売りの特機といえども、体内に敵の攻撃が侵入することは想定していない。メガブラスターキャノンという暴力がダイゼンガーの体内を凌辱する。

 直後、機体表面を電流が奔り回り、ダイゼンガーはあっけなく爆散した。

 至近距離でその爆発に巻き込まれたアラドのMk-Ⅱは吹き飛ばされて、荒野の中にある丘の一つに背中から叩きつけられた。

 

『アラド、大丈夫かッ?』

『へへっ、このくらい何でもないぜ』

 

 機体を駆け寄らせ心配するタスクにアラドが答えた。

 

『やったぜタスク、俺たちの勝ちだ』 

『あ、ああ。でもアラド、お前、その血……』

 

 コックピットモニターに映るアラドの額には血が付いていた。爆発に巻き込まれて頭を切ったのか、ドロリと赤い鮮血がまぶたで逸れて頬を伝って垂れている。

 アラドのゲシュペンストの状態も散々たる状態だった。

 ダイゼンガーに切り飛ばされた左腕からは火花が飛び散り、爆発に巻き込まれたため装甲全体に細かな傷が刻まれて、さらに焦げている。胸部アタッチメントに装備されたメガブラスターキャノンは大破。もしかすると、それ自体が装甲強化の役割をはたして機体の大破を免れたのかもしれない。

 アラドはヘルメットを脱ぎ捨て、血を拭いながら言った。

 

『言っただろ?』 

 

 コックピット内の救急セットから止血バンドを取り出し、それを頭部にあてがう。鉢巻のようにバンドを結び、アラドは応急の止血を行っていた。

 

『俺は ── いや、俺たちは死なねぇんだ。どんな目に会おうとも、必ず生きて帰る……それが俺たち、ベーオウルブズだ。そうだろ、タスク?』 

『ああ、そうだったな。アラド、お前の言う通りだ』

 

 アラドが笑顔にタスクも微笑みで応えた。

 いつでもそうだった。どんな重傷を負ったとしても、機体が大破したとしても、タスクとアラド、そしてキョウスケは必ず生還してきた。

厳しい戦いは今回が初めてではない。

 きっと、今回も生きて帰ることができる。

 インスペクターを退けて、地球圏に平和を取り戻すのだ。

 

『行こうぜ、タスク。キョウスケさんが待ってる』

『ああ、俺たちがみんなの帰る道を作るんだ』

 

 2人はモニター越しに頷きあう。

 ダイゼンガーの撃破におよそ5分以上かかってしまった。敵機にさえ出くわさなければ、キョウスケは今頃制御室に辿りついているだろう。

 

『立てるか』

 

 タスクのMk-Ⅱがアラド機に手を差し伸べる。

 

『悪ぃな』

 

 アラドのMk-Ⅱは残った左腕でタスク機の手を掴んだ。タスク機に引き起こされながら、関節内のモーターを軋ませて機体を起き上がらせようとする。

 

 だが……

 

 

 次の瞬間、タスク機の腕部が爆発した。

 

『ッ!?』 

『うわっ!』 

 

 いきなり牽引力のなくなったアラドのMk-Ⅱは、勢いよく腰部を地面をぶつけていた。

 アラド機のモニターに映るタスクのMk-Ⅱは、左腕部の肘から先が無くなっていた。

 2人は慌ててレーダーを確認する。

 2機の青い点滅の周囲に十数個の赤い点が明滅していた。モニターで視認するまでもなく取り囲まれている、どうやら敵の増援がきたらしい……機体を損傷したゲシュペンストが2機に対して、この数は絶望的だ。

 だが現実は甘くない。

 

『なんだこりゃ……』 

 

 頭部カメラが捉えた映像にタスクが愕然とする。

 2人のゲシュペンストを見覚えのあるロボットたちが取り囲んでいた。

 

『ズィーガーリオンにフェアリオン、ヒュッケバインにグルンガスト……』

『SRX、アウゼンザイターに……ダ、ダイゼンガーまで……ウソだろ……?』

 

 クロガネに集められた精鋭たち ── 2人の仲間たちの機体がに2人は取り囲まれている。ズィーガーリオンの持っているブレードレールガンの銃口から白煙が上がっていた。タスク機の腕部を吹き飛ばしたのは、あの銃口から発射された銃弾らしい。

 ロボットたちが銃や拳、剣など各々の武器で2人のゲシュペンストを狙っていた。

 2人は震える。

 死ぬ。今度こそ、死ぬ、と。

 

『『うおおぉおぉぉおぉっっ!!』』

 

 2人のゲシュペンストは武器を取り応戦を開始した……トラウマシャドウで荒野に見えている空間に再び銃声が響き渡る ──……

 

 

 

弾倉が回れば、リスクが上がる。






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