Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第34話 共闘

 キョウスケは制御室へと辿りついていた

 

 タスクたちと別れてから既に5分が経過しようとしていた。 

 5分は長い。戦場での5分は長すぎる。戦場で両手で数えきれないぐらいの人間を殺すのに、5分もあれば十分すぎた。生身どころかロボットという破壊兵器を使った戦闘なら、さらに多くの人間を殺すことも容易いだろう。

 5分、

 

 

── 既に決着がついた頃合いか

 

 

 タスクたちがダイゼンガーを倒すには十分な時間だ。

 ダイゼンガーに2人がやられる可能性をあえてキョウスケは考えなかった。考えても仕方がないからだ。

 2人の生死がどうであれ、キョウスケのやるべきことは1つだった。

 

「あれか」

 

 ゲシュペンストMk-Ⅲのモニターにやけに大きな制御盤らしき装置が映っていた。

 ホワイトスターの防衛装置の制御室は広かった。制御室前の空間程ではないが、PTが縦横無尽に動き回れる程のスペースがある。

 制御盤も同様に大きく、まるでPTで装置を操作するために作られたように思えた。

 

「敵はいないな」

 

 レーダーを確認するが自機以外の反応はなし。

 敵機がいないのなら今の内だ。キョウスケは急いで作業に取り掛かることにした。Mk-Ⅲの腰部に携帯していた【マ改造】ウィルスが入った容器を取る。

 Mk-Ⅲの左手にウィルス入りの円柱を持たせ、ウィルスを侵入させることができそうな端末接続部を捜索する。

 だが、その時 ──

 

「なんだと?」

 

 ── コックピット内にアラームが鳴り響いた。

 モニターに「Rock On!」の表示、そしてレーダーに敵が突如出現したのだ。レーダー上で敵機を表す赤い点の表示が大きかった。おそらくは特機クラス。

 その特機クラスの敵から高エネルギー反応を感知していることを、アラームは知らせていた。

 

「くっ……!」

 

 敵機の姿をモニターに捉えるよりも先に、キョウスケはMk-Ⅲのスラスターを逆噴射させた。猛スピードで後方に退がる。

 それとほぼ同時に、先ほどまでMk-Ⅲが居た地点を巨大な破壊エネルギーの塊が通過。赤色と青色の光線が螺旋を描いて、Mk-Ⅲの鼻っ面の先を通過していった。激しい衝撃に襲われながらも、キョウスケは敵の攻撃を冷静に分析していた。

 

 

── これは……クロスマッシャー?

 

 

 キョウスケは光線に見覚えがあった。

 新西暦186年、インスペターが地球侵攻を開始する約1年前に勃発した戦争がある。

 ディバイン・クルセイダーズ ── 通称「DC」

 ビアン・ゾルダークを総統した「DC」が地球連邦に反旗を翻した戦争を「DC戦争」と呼び、キョウスケもその戦いに参加していた。

 赤と青の螺旋光線はその時に見たモノだ。

 究極ロボ・ヴァルシオン。そして、その量産型であるヴァルシオン改。

 EOTの粋を尽くした、「DC戦争」当時の最強の特機の名前だった。クロスマッシャーはヴァルシオンの持つ最強の武装であった。そう、キョウスケは記憶している。

 

「ちっ……!」

 

 どうやって存在を隠していたのか、ステルスか、はたまた空間転移か……気配を感じさない見事な不意打ちだったと褒めてやりたいところだが、今のキョウスケにはそんなことはどうでもよかった。

 アラーム音が鳴りやまない。それもそのはず。ゲシュペンストMk-Ⅲの左腕の反応がロストしていた。

 当然、左手に持っていた【マ改造】ウィルスの反応も、だ。

 

「サマ師め、よくもやってくれたな」

 

 ウィルスを紛失してしまった以上、作戦は失敗だった。

 レーダーの敵機反応をモニターに捉える。キョウスケの予感は的中していた。青い塗装を施されたヴァルシオン改がゲシュペンストMk-Ⅲの前に立ち塞がっている。

 キョウスケはMk-Ⅲのリボルビングバンカーのセーフティーを解除する。

 こうなってしまった以上、急いで戻ってタスクたちと合流し、2人の持つウィルスを手に入れるしかない。

 そのためにはヴァルシオン改が邪魔だった。

 

「ヴァルシオン……何度立ち塞がろうとも撃ち貫くのみだ」

 

 キョウスケはゲシュペンストMk-Ⅲを駆り、ヴァルシオン改に突撃していった ──……

 

 

34話 共闘

 

 

 撃鉄を上げたリボルビングバンカーがヴァルシオン改に肉薄する。

 

 異様とも思える巨大なブースターが、一瞬でゲシュペンストMk-Ⅲを敵の懐へ運んでいた。ヴァルシオン改の全高は役60mとMk-Ⅲの倍以上で、キョウスケは得た勢いを殺さぬように、Mk-Ⅲに地面を蹴らせ飛び上がり右腕部の切っ先を突き出させる。

 電光石火。

 並のパイロットなら状況を把握できないだろう。それ程に速い踏込みで、リボルビングバンカーが敵の装甲に喰らいついた。

 

 だが ──

 

「歪曲フィールド……ちっ」

 

 ── キョウスケが舌打ちした。

 リボルビングバンカーはヴァルシオン改を捉えている。しかし装甲に触れているだけで、鋭利な先端は装甲に突き刺さってはいなかった。何かに阻まれるようにして、Mk-Ⅲの突撃の慣性は殺されていた。

 歪曲フィールド。

 確か、ヴァルシオンが持っていた特殊な防御フィールドだったとキョウスケは記憶している。

 防御範囲は自機周辺のみと極めて狭いが、侵入してきた異物 ── 銃弾だろうが、ビームだろうが、ロボットだろうが ── の慣性や威力を半減させる防御機能だ。

 キョウスケは技術者ではないためフィールドの原理は詳しくは分からない。

 だがパイロットである。歪曲フィールドが厄介である点は熟知していた。

 歪曲フィールドはエネルギーを展開して攻撃を弾いている訳ではない。あくまで半減させているだけだ。

 つまり、どんな攻撃も100%防げない代わりに、どんな攻撃の威力も削いでしまう ── フィールド内の敵機に本領を発揮させないようにする、極めて厄介な機能だった。

 コンマ数秒の一瞬の思考。

 直感と経験で自機に起きている現象を把握したキョウスケは、

 

「…………」

 

 無言のままトリッガーを引いた。

 薬室内に装填されていた炸裂弾が発動する。薬室内で生じた爆発は衝撃となりリボルビングバンカーへと伝達される。敵を貫くための鋭く太い鉄針が、勢いよくヴァルシオン改の装甲へと押し出された。

 ヴァルシオン改の装甲が大きく窪んだ。ゼロ距離からの一撃はそれ程威力を軽減できないようにキョウスケには見えたが、画面上、リボルビングバンカーがヴァルシオンの装甲を撃ち抜いたようには見えなかった。

 内部まで届いていない、装甲止まりだ。

 キョウスケは操縦桿を動かしMk-Ⅲは右腕部を引き抜くと、すぐにスラスターを逆噴射させた。

 ヴァルシオン改が目を赤く光らせ、巨大な大剣を振り上げていたからだ。

 

「……っ」

 

 ディバインアームという実体剣が振り下ろされたが、Mk-Ⅲは攻撃を躱した。

 真上から振り下ろされたディバインアームと制御室の床が接触し、金属の反響音が鳴る。しかし斬撃は回避したにも関わらず、剣風が衝撃波となってMk-Ⅲに襲いかかった。

 キョウスケはスラスターで制動をかけたが、ヴァルシオン改から大きく弾き飛ばされてしまっていた。ヴァルシオン改は床から武器を引き抜き、赤い双眸をMk-Ⅲに向けてくる。

 ロックオンされたことを知らせるアラームが鳴る。

 

「この威力、貰ってやるわけにはいかんな」

 

 Mk-Ⅲはブースターとスラスターを併用し、制御室内を滑らかに移動する。コンソールを操作して、持ち込んでいたM90アサルトマシンガンのトリガーに指をかけさせる。

 ヴァルシオン改に向けてマシンガンが連射された。

 だが歪曲フィールドに阻まれて、ヴァルシオン改の装甲を撫でるだけのお粗末な銃撃になりさがる。

 焼け石に水とは正にこのこと……キョウスケの苛立ちを強くなる。ヴァルシオン改は腕部に備わった銃口をMk-Ⅲに向けていた。高エネルギー反応の感知をコンピューターがキョウスケに報告する。

 銃口から赤と青の2条の螺旋 ── クロスマッシャーが発射された。

 キョウスケはブースターの出力を上げ、体にかかるGを堪えながらMk-Ⅲの軌道を変えた。

 Mk-Ⅲが移動してきただろう場所をクロスマッシャーが通過する。

 

「このままでは……」

 

 キョウスケの脳裏に最悪の未来が過った。

 ゲシュペンストMk-Ⅲとヴァルシオン改では撃ち合いをすれば、勝敗がどうなるかは目に見えている。かたや貧弱なマシンガン、かたや一撃必殺の破壊光線……攻撃はいつまでも躱し続けられるものではない。

 直撃する時が必ずやって来る。Mk-Ⅲの装甲が特機並に厚くても、クロスマッシャーを何度も受け切れるものではなかった。

 

 

── やはり、歪曲フィールドをどうにかせねばな……

 

 

 先ほどの接近戦でキョウスケは感じていた。銃撃は勿論、至近距離から撃ちこんだリボルビングバンカーも多少ではあるが威力を軽減されていた、と。

 歪曲フィールドの対処ができなければ、ヴァルシオン改の撃破は困難だ。

 

 

── フィールドの発生装置の破壊……それが勝利の鍵だな

 

 

 歪曲フィールドは機体の外側に展開しているバリアだ。ならばフィールドを発生させるための装置が必ずある筈で、装甲に守られていたり巧妙にカモフラージュされているかもしれないが、それを破壊すれば歪曲フィールドは消失する。

 問題は、発生装置が何処にあるか、だった。

 モニターに映るヴァルシオン改を目視で確認するが、発生装置らしき物体は見当たらない。敵の威圧的な外見が目に飛び込んでくるだけだ。

 

「ならば、炙り出すまでだ」

 

 キョウスケはコンソールを操作、武装を選択する。武器は相変わらずM90アサルトマシンガンだ。しかし同時にMk-Ⅲのコンピューターにヴァルシオン改の解析を行わせることにした。

 ヴァルシオン改は動かず、Mk-Ⅲに向けて3発目のクロスマッシャーを発射する。

 Mk-Ⅲはブースターで攻撃を回避し、マシンガンの口から徹甲弾をばら撒いた。

 銃弾は歪曲フィールドで減速され、カツンカツン、と装甲に弾かれた。しかしキョウスケはトリガーを引き絞ったまま、射撃を止めない。Mk-Ⅲの足元には空薬莢が、ヴァルシオン改の足元には実弾が転がり小さな山になり始める。

 キョウスケの攻勢に、ヴァルシオン改はフィールドを展開して防御態勢を取っていた。マシンガンの弾が尽きれば攻撃に転じてくるだろう。

 キョウスケはそれを承知した上で射撃を続け、横目でヴァルシオン改の解析結果を確認した。

 

「両肩……装甲内部か」

 

 モニターに表示されたヴァルシオンの両肩から、高エネルギー反応が放出されている。歪曲フィールドを展開し防御態勢のヴァルシオン改で最も高いエネルギーが検出される部位 ── フィールドを発生させている装置がある場所の可能性が高い。

 フルオートで連射されるマシンガンの残弾をチェックする。

 もってあと5秒。

 銃弾の雨が止めば、ヴァルシオン改は攻撃してくるだろう。キョウスケは選択しなければならなかった。

 

「分は悪いか……だが、敗ける訳にはいかん……!」

 

 地球で待つエクセレンの笑顔が浮かんで、消えた。

 絶対に生きて帰る。そしてエクセレンともう一度会う。キョウスケにできることはヴァルシオン改に突撃し、目標めがけてリボルビングバンカーの引き金を引くことだけだ。

キョウスケは心を決めた。それが定めならば、と。

 もうマシンガンの弾はなかった。

 

「勝負だ、ヴァルシオン!」

 

 マシンガンから空撃ちの音が聞こえてくるよりも早く、キョウスケはMk-Ⅲのブースターの出力を上げた。

 フルスロットル ── 目がくらむようなGが体にかかると共にMk-Ⅲは加速する。キョウスケ十八番である突貫と一撃戦線離脱戦法だった。

 歪曲フィールドの制御装置はヴァルシオン改の両肩内部にある可能性が高い。歪曲フィールドの性能はかなり高い。制御装置が1つ潰れれば、おそらく満足に展開することはできなくなるだろう。

 無論、制御装置が両肩に存在する確証はどこにもない。

 エネルギーの解析結果と自らの直感を信じ、キョウスケはヴァルシオン改の右肩部分をロックオンした。青い肩に赤いロックオンサイトが重なる。

 直後、マシンガンの弾が尽きた。

 Mk-Ⅲはマシンガンを投げ捨てると、リボルビングバンカーの薬室を回転させ、撃鉄を上げる。

 ヴァルシオン改がMk-Ⅲにクロスマッシャーの砲門を向けてくる。

 

「遅い!」

 

 砲門にエネルギーがチャージされるよりも早く、キョウスケはリボルビングバンカーを叩きつけていた。

 歪曲フィールドが展開され威力は削がれ、鉄針は装甲に突き刺さることはない。だがフィールド展開にエネルギーを回したためか、ヴァルシオン改の動きが鈍った。

 

「零距離、取ったぞッ!」

 

 キョウスケがトリガーを引き、リボルビングバンカーが炸裂した。

 鉄針がヴァルシオン改の右肩装甲へと撃ち込まれ、衝撃が内部を撃ち抜いていく。バチチッ、と火花が散った。Mk-Ⅲがバンカーを引き抜くと、右肩装甲は貫通しており、内部に覗ける機械がショートしているのが分かる。

 キョウスケがエネルギー解析のデータを確認する。

 歪曲フィールドは消失していた。

 

「ヤマ勘が当たったか ──── ぐぅっ……!?」

 

 Mk-Ⅲのコックピットを激しい振動が襲った。

衝撃に抗えず、Mk-Ⅲはヴァルシオン改から大きく弾き飛ばされ、制御室の壁に叩きつけられる。ディバインブレードを振りぬいたヴァルシオン改の姿がモニターに残っている。

 Mk-Ⅲはディバインブレードで斬り飛ばされていた。

 

「ぬかった……!」

 

 解析結果よりすぐに離脱するべきだったと、キョウスケは悔いる。

 Mk-Ⅲのコンピューターがモニターにダメージを報告してくる。右肩から左腰にかけて斬撃の跡が残っているのが分かった。中破……作戦行動に支障が出るレベルだった。Mk-Ⅲの装甲が特機並でなければ、機体を真っ二つにされて爆散していたことだろう。

 右肩から黒煙を上げながら、ヴァルシオン改の瞳がギラついた。

 ロックオンアラートの直後、クロスマッシャーの砲門がMk-Ⅲに向けられるのが見える。 

 キョウスケは慌てて操縦桿を動かした。

 

「っ!? どうした、動けMk-Ⅲ!」

 

 キョウスケの操作にMk-Ⅲが反応しない。

 ヴァルシオン改の攻撃で制御系がシステムダウンしているようだ。

 急いでシステムを復旧させようとするが、クロスマッシャーの砲門へのエネルギー集中の方が早い。砲門ではエネルギーの塊が、まるで膨らませている風船のように膨張していた。

 すぐに発射されるのは目に見えている。

 しかしMk-Ⅲはまだ動かない。

 

 

── 間に合わん……ッ!

 

 

 このままでは、次のMk-Ⅲの機動よりもクロスマッシャーの発射の方が確実に早い。

 Mk-Ⅲの左腕部を一瞬で吹き飛ばした砲撃を、無防備に直撃すればどうなるか? 結果は目に見えていた。

 汗ばんだ手で操縦桿を動かすが、Mk-Ⅲはやはり動かない。

 動けと念じて動くほど、世の中は都合よくできてはいなかった。

 死。寒気を覚える単語が頭をよぎった直後、クロスマッシャーが発射される。

 

 なす術もなく、キョウスケの視界は赤と青の光に包まれた ──……

 

 

 

 

 もう、駄目だ。

 クロスマッシャーは撃たれた。

 動かないMk-Ⅲでそれを回避することはできないし、耐えきることもできないだろう。

 もうすぐ自分は死ぬのだ。

 もう、エクセレンにも会うことはできない。

 それだけがキョウスケにとって心残りだった。

 

 

 

 

 ……── 衝撃や苦痛は感じなかった。

 

 それ程一瞬で焼き殺されたのだと、キョウスケは思う。

 だが同時に疑問を持った……何故、自分はまだ考えることができるのだろう、と。

 

『情けないな、ベーオウルフ』

 

 聞き覚えのある声にキョウスケは気を持ち直した。

 一瞬だが、意識が飛んでしまっていたらしい。キョウスケはまだMK-Ⅲのコックピットの中にいた。

 手もある。足もある。恐怖で弾けそうに鼓動する心臓の音が頭に響いているし、熱を持った息を吐き出し、全身が汗で濡れているのも分かった。

 キョウスケは生きていた。

 

『俺が来なければ死んでいたぞ?』

 

 声の主がモニターに表示された。

 見慣れないパイロットスーツとヘルメットをしているが、バイザー越しに見える顔はキョウスケの知っている男のモノだ。

 出撃前に格納庫で言葉を交わしただけの赤い髪の男……

 

「アクセル……アルマー……?」

『どうして俺がここにいる? と訊きたそうな顔だな。しかしそれを話している暇はないのさ、こいつがな』

『隊長、敵が来ます』

 

 今度は聞き慣れない声。女のものだった。

 キョウスケは急いで現状を把握する。

 MK-Ⅲは2機の見慣れない機体に抱き起されている。画面には「ASK-AD02 アシュセイヴァー」と機種名が表記されている。どうやらクロスマッシャーが直撃するよりも早く、Mk-Ⅲは2機のアシュセイヴァーに救出されたと見て間違いないだろう。

 Mk-Ⅲのシステムも復旧していた。キョウスケの操作に反応し、Mk-Ⅲは自力で地面に立つ。

 

『よし、もう動けるようだな』

 

 アシュセイヴァーの1機に乗ったアクセルが言った。

 

『W17、これからベーオウルフと連携し、敵機を撃破する。敵はヴァルシオンだが、できるな?』

『了解』

 

 W17……それがもう1機のアシュセイヴァーに乗っている女の名前らしい。W17の声には感情が感じられない。抑揚のないW17の言葉にキョウスケは違和感を覚えていた。

 

 

── こいつ……何者だ……?

 

 

 兵士と言えども人間だ。感情は必ずある。しかしW17からはそれが感じられなかった。

 

『あの男の最高傑作、その性能を存分に見せてみろ』

『了解』 

『ベーオウルフ、ぼさっとするな。貴様はこんな所で死ぬような男ではあるまい』

「言ってくれるな」

 

 アクセルの言葉にキョウスケは苦笑いを浮かべていた。

 モニター上のアクセルは不敵な笑みを浮かべている。対してW17という女性は無表情で、人間の顔立ちをしているにも関わらず、現在敵対しているヴァルシオン改に近い何かを感じさせた。

 気にはなる。しかし「ぼさっとするな」というアクセルの言葉は的を得ていて、ヴァルシオン改の銃口はMk-Ⅲと2機のアシュセイヴァーが密集している場所に向けられている。

 クロスマッシャーのチャージは既に開始されていた。

 

「アクセル。すまないが、借りは後で返す」

『ふんっ、生きて帰れたら酒でも奢ってもらおう。それも上等の酒をだ、これがな』

 

 生きて帰る。

 その言葉は、キョウスケに今生きている実感を感じさせた。まだ生還できるチャンスは残されている。

 キョウスケはヴァルシオン改をモックオンし、コンソールで武装を選択する。リボルビングバンカーは次弾を装填し、両肩部コンテナのロックを解除、頭部のプラズマホーンへのエネルギーバイパスを開放した。

 Mk-Ⅲ頭部にそびえる1本角が帯電し、白熱化する。

 

『ベーオウルフ、抜かるなよ』

「ああ」

『W17、散開だ。攻撃を俺に合わせろ』

『了解、隊長』

 

 極めて事務的にW17は言葉を返した。

 それを合図にキョウスケたちは機体を3方向に別々に動かし始める。アクセルたちのアシュセイヴァーは高機動戦闘を得意とする機体のようで、Mk-Ⅲに比べると滑らかで素早い機動でヴァルシオン改を取り囲み始めた。

 Mk-Ⅲはアシュセイヴァーのように運動性は高くない。

 低い運動性を補うための強力な推進力を活かして、Mk-Ⅲはヴァルシオン改に接近する。

 Mk-Ⅲの急接近にヴァルシオン改が反応しない筈はなかった。

 3機が密集していた地点に照準されていたクロスマッシャーを、Mk-Ⅲに向けて発射した。

 キョウスケはスラスターを全開で噴かせて突撃の軌道を変える。

 クロスマッシャーが機体の真横をすり抜けて行った。光線の放つ熱量で、直撃していないのに装甲表面が溶解し、コックピットを横向きのGと振動が襲う。

 キョウスケはスラスターを逆噴射させ、機体の制動を得ると、再びヴァルシオン改へと突撃を敢行した。

 

 

── 切り札、切らせてもらうぞ!

 

 

 プラズマホーンの限界容量ギリギリのエネルギーを流しながら、Mk-Ⅲは地面を蹴り、空中高く飛翔した。頭部を大きく振り上げる。伊達や酔狂ではなく攻撃のために取り付けられたプラズマポーンの狙いを、ヴァルシオン改の頭部へと定める。

 しかし空中に大ジャンプすれば当然隙ができる。

 間髪入れずにクロスマッシャーの砲門がMk-Ⅲを狙い、エネルギーチャージを開始した。

 

『させん!』

 

 だが、ヴァルシオン改はその直後に背後からビームを浴びせられた。

 アクセルの乗るアシュセイヴァーが両手持ちのビーム砲で攻撃したのだ。

 直撃。

 歪曲フィールドで威力を減退させられた様子はなく、ヴァルシオン改の巨体が大きく揺らいだ。

 

『好機! 合わせろ、W17!』

『了解、ソードブレイカー全機射出』 

 

 2機のアシュセイヴァーが両肩部に装備された攻撃ユニットを射出した。アクセルとW17の分を合わせて12基 ── 短剣のような形をした自律機動兵器が空中を高速で舞う。

 12基がそれぞれ不規則な軌道でヴァルシオン改の周辺を乱舞し、鋭利な切っ先で突撃し、装甲を抉る。レーザーで攻撃を行いつつ、最終的にはヴァルシオン改に突き刺さり自爆した。

 轟音と閃光がヴァルシオン改を包む。

 歪曲フィールドが消失したヴァルシオン改は爆発の威力を軽減できず、動きが止まった ──

 

「零距離、取ったぞ!」

 

 ── 直後、Mk-Ⅲの1本角がヴァルシオン改の頭部を斬り裂いた。

全重量と加速を乗せ、白熱化したプラズマホーンがヴァルシオン改の顔をまるでバターでも切り分けるかのように裂いていく。

 その勢いは頭部だけで留まらず、胸部、腹部装甲を縦一文字に斬った。装甲の裂け目から火花が散る。内部まで届いたらしい。

 

「釣りはいらん ──」

 

 間髪入れずに、プラズマホーンを引き抜いたMk-Ⅲはアヴァランチクレイモアを発射した。至近距離から火薬入りチタン弾の散弾が直撃する。

 ヴァルシオン改の装甲が穴だらけになり、弾け飛んだ。

 

「── 全弾持って行けッ!」

 

 すかさず装甲が抜けたヴァルシオン改にリボルビングバンカーが叩き込まれた。

 歪曲フィールドが消失し、装甲が抜けたヴァルシオン改に鋭利な鉄針が深々と突き刺さる。

 リボルビングバンカーの炸裂弾が爆ぜ、鉄針が打ち出された。1発、ヴァルシオン改の体内を衝撃が駆け抜けていく。

 しかしキョウスケはすぐさま操作して、バンカーの薬室を回転させ、次弾を装填し迷わずトリガーを引いた。その作業を3回 ── 計4発の荒れ狂う衝撃と共にリボルンビングバンカーがヴァルシオン改を撃ち貫いていた。

 

「俺の……いや、俺たちの勝ちだ……!」

 

 Mk-Ⅲを苦しめたクロスマッシャーの砲門も、装甲を切り裂いたディバインアームももう動かない。

 キョウスケたちの勝利で戦いの幕は閉じたのだった。

 

 

 

 


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