Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
「聞かせてもらうぞ、アクセル・アルマー」
戦闘終了後、キョウスケはすぐにアクセルのアシュセイヴァーへと通信回線を開いた。
「何故お前がここにいる? お前の任務は敵の陽動だったはずだ」
『ご挨拶だな、ベーオウルフ。俺が制御室へと駆けつけなければ貴様は既に死んでいるぞ。絶対死なない男が聞いて呆れる、これがな』
「絶対に死なない男」 ── 不死の部隊ベーオウルブズ、その隊長であるキョウスケの通称であり、鋼鉄の孤狼以外にこの名で彼を呼ぶ者も少なくない。
しかしキョウスケはこの通り名が好きではなかった。
「助けてくれたことには礼を言う」とアクセルに頭を下げて、続けた。
「だが言ったはずだ。俺は兵士だ。そして兵士は人間だ。
死なない人間など存在しない、俺だって死ぬときは死ぬ」
『だが貴様は生きている』
「……何が言いたい?」
アクセルの物言いにキョウスケの眉尻が上がる。
その表情を楽しむようにアクセルは口元を緩めていた。
『兵士は人間、人間である限り命は有限だし、怪我もすれば死にもする。貴様は今回も死にかけた、あの砲撃を直撃していれば死んでいただろう。なるほど、納得だなベーオウルフ。貴様は不死ではない。不死に限りなく近い何か、だ』
キョウスケの頭に疑問符が浮かぶ。
『貴様は持っているのだ。肉体的な素養ではなく、絶体絶命の状況でも、周囲の状況を変化させたり、本来ありえない確率の物理現象を起こす何かを、な』
「……悪運だとでも言いたいのか?」
『呼び名など知らんな。ただ、戦場に貴様のような男がいれば、限りなく不死に近い兵士に成り得るだろう……そういう話だ、これがな』
不死に限りなく近い兵士。
アクセルの話は夢物語にしか思えない。
しかしキョウスケは身に覚えがあった。彼の言葉のような現象が、これまでキョウスケの周りでは度々起こってきた。
士官学校時代の旅客機墜落事件の時は、キョウスケはほとんど無傷の状態で救出された。キョウスケ以外の搭乗員は全滅していた程の被害であったのに、だ。
また、過去にPTを撃破された経験もある。
しかも脱出装置が機能せずコックピットが破壊されたことだってある。
だがキョウスケは重症を負いながらも生き残ってきた。
不思議に思ってきたことだ。キョウスケとて自殺志願者ではない。決して死にたい訳ではないが、何故、自分は死なないのか? と ──
「今回もそうだと言いたいようだな」
『その通り。そうそう都合良く増援なぞ来るものか。貴様を不死としている何かが、俺たちをここへ連れてくるように状況を変えたのだ』
「世迷い事を……兵士は、戦場において現実主義者であるべきだ」
『まったくだな。お前のいう事は一々正しいよ、ベーオウルフ』
アクセルは同意を示す。
戦場では冷酷になる必要がある。例え味方が目の前で倒れようとも、兵士に要求されるのは作戦に従って行動をすることだ。
兵士の集合体は軍隊となり、軍同士のぶつかり合いが戦争と呼ばれる。戦争は非情だ、そのことをキョウスケは熟知していた。命令違反、作戦を逸脱した行動をして死んでいった兵士を数えきれない程見てきたから思うのだ。
戦場で現実主義者になるべきだ、と。
甘えと言う心の贅肉を削ぎ落とし、客観的に戦況を把握し、味方が撃破されようとも冷静にもの事を運ぶ精神力が戦争で生き残るには必要なのだ。
キョウスケはアクセルの発言に違和感を覚えていた。
アクセルはキョウスケと同じ現実主義者だと、直感で分かる
似も関わらず、言っている事は現実味を帯びない言葉ばっかりだった。
『俺だって現実主義者だよ、ベーオウルフ』
「では何故……?」素朴な疑問がキョウスケの口から洩れていた。アクセルは不敵な笑みを浮かべながら答える。
『だがな ── いや、現実主義者だからこそ求めるのさ。俺たちには不死の兵士が必要だ。
戦意高揚やプロパガンダのためではなく、文字通り、死なない肉体を持つ兵士が俺たちには必要なのさ、これがな』
「……何故 ──」
『W17!』
キョウスケの質問をアクセルが大声で打ち消した。
直立不動で待機していたW17のアシュセイヴァーが反応する。
『何をしている? 油断は死に直結すると教えたはずだぞ。貴様は周囲を警戒していろ』
『了解』
W17のアシュセイヴァーは、両手持ちのビームライフル ── データ照会ではハルバードランチャーと表記されている ── を構えて入り口へ向かった。
制御室には入り口は1つしかない。W17はハルバートランチャーを入り口に向けて警戒態勢に入った。
『すまんなベーオウルフ、見苦しい所をみせた。見た通り新兵でな、まだ色々と手がかかるのさ』
「新兵?」
新兵がホワイトスターの激戦を潜り抜け、ヴァルシオン改の撃破を的確にサポートできるものなのか? キョウスケにはにわかに信じられなかった。
『その顔は信用していないか、まぁいい。それよりもだ。
ベーオウルフ、貴様は貴様の任務は早く済ませろ。今ならウィルスを流し放題だぞ』
「…………ないんだ」
『何だと?』
「ウィルスがない。最初の砲撃で破壊された」
キョウスケの言葉に、画面上でアクセルが明らかに不機嫌になるのが見て取れた。
『馬鹿か貴様は。最優先で死守すべき物だろうが』
「すまん」
『……まぁ、いいさ。無いものネダリをするつもりはない。
ふっ、それに貴様の無能っぷりが俺の行動の価値を高めてくれたぞ、これがな』
アクセルが鼻で笑いながら答えていた。
彼の発言の意味がキョウスケにはよく分からない。
キョウスケはその意味を問おうとするが、アクセルは彼より早く口を動かし始めた。
『俺たちの任務は陽動だ。派手に立ち回り、敵を引き付けるのが仕事だった。それなのに構成メンバーが俺とW17だけだったと思うか?』
「いや……」
戦闘で撃破されたと考えるのが妥当だ。キョウスケは声には出さなかった。
『ご名答。しかし俺たちは愚鈍じゃない。防御に徹して敵を引き付けるだけなら、被弾はしても撃破までされる奴はいなかったよ』
「では何故2機になで減ったんだ?」
『自分たちの身を守るだけなら容易い。しかし動けない者を守るとなると話は別だ、難易度は跳ね上がる。
いつもなら見捨てていたのだがな……気づくと、大勢いた俺の部下はW17だけとなっていた』
アクセルが淡々と言った。
『隊長』
当の生き残りW17が声を上げた。銃口は入り口に向けられたままだ。
『PT反応2機、こちらに接近中』
『識別反応は?』
『……青。味方機です』
キョウスケもMk-Ⅲのレーダーを確認する。
2つの青い光点が隣接して、制御室へとゆっくり向かって来ていた。
『ベーオウルフ、俺たちはどうやってここまで来たと思う?』
唐突にアクセルが訊いてきた。
『陽動に成功していた敵機が急に踵を返してな、俺たちはそれを追ってこちらに来たに過ぎん』
陽動中の突然敵が逃げたのだろう。しかしホワイトスターに展開しているインスペクター軍の多くは無人機だ。目前にターゲットがいるのに逃亡するとは考えにくかった。
目の前の敵機よりも重要な出来事があったとしか考えられない。
── もしや、あの時のあれか……?
隔壁をアヴァランチクレイモアで撃ち抜いたのを思い出した。
ロックしていた隔壁が破壊される。敵にとっては一大事に違いない。
しかし隔壁の先には ──
「まさか、おいアクセル ──」
『察しが良いな。その通り、逃げた敵機を追っていた俺の目の前には荒野が広がっていた。
目を疑ったぞ。追っていた敵の無人機が、グルンガストやSRXなどの特機に化けて、2機のゲシュペンストを取り囲んでいたのだからな』
── キョウスケの思った通り、アクセルたちはあの荒野の空間を通って制御室に来たようだ。
アクセルに敵機を特機に見せたのは間違いなくトラウマシャドウの仕業だろう。
── アクセルが守って戦った機体とは……もしや……?
キョウスケの額に汗が伝った。不安と期待が入りまじり胸の鼓動が早くなる。
荒野の空間にいるゲシュペンストには心当たりがあった。つい先ほど別れた、キョウスケの仲間 ──
『キョウスケさん!』
── 耳に残っていた声が、Mk-Ⅲの通信機を震わせていた。
通信源は制御室の入り口にいた。腕部を喪失した2機のゲシュペンストMk-Ⅱ改が肩を貸し合って立っている。真っ赤な装甲板が傷だらけになっており、激戦を物語っている。
W17に銃口を向けられたままのゲシュペンストからMk-Ⅲに映像通信が入る。
キョウスケのよく見知った顔がモニターに映っていた。
『へへっ、悪いなキョウスケさん! また生き残っちまったぜ!』
アラドが屈託なく笑いながら言った。
彼のMk-Ⅱ改は左腕がなく、胸部メガブラスターキャノンも潰れている。全身の装甲も焦げていて、まだ機体が動けているのが不思議なぐらいだった。
タスクの機体も左腕がないが、アラド機に比べると損傷は軽い。
『こっちはこの人たちのお蔭で助かりましたよ』
タスクがアクセルたちを見て言った。
やはりヤクセルがタスクたちを助けてくたようだ。キョウスケはもう1度アラドたちの機体損傷を見る。アクセルたちのアシュセイヴァーと一緒に制御室に到着できていない以上、2機はやはり足手まといだったのだろう。
圧倒的な感謝。
アクセルは多くの部下を犠牲にしてまで、タスクとアラドを救ってくれたのだ。
『キョウスケさんも無事でよかった』
『言ったろ! 俺たちは死なねぇのさ!』
「タスク……アラド……」
無事でよかった。キョウスケは胸をなで下ろす。
タスクたちの救世主は何も言わなかった。
アクセルがタスクたちを助けたのは任務だったからだろう。
アクセルたちの任務は陽動だ。キョウスケたちを制御室へ向かわせることがアクセルたちの任務だった。タスクたちを助けた理由はそれ以上でも以下でもないだろう。
分かっている。
キョウスケもアクセルも兵士だ。
任務に私情を持ち込んだりはしない。
ホワイトスター防衛装置へウィルスを侵入させる ── 任務達成のために、タスクたちを助けることは意味があると判断したから助けた。
それだけだ。
それでも、キョウスケは叫びたい気持ちだった。
ありがとう、と。
タスクたちの分の【マ改造】コンピュータウィルスを受け取り、キョウスケは作業を開始する ──……
第35話 終戦
俺は……俺は夢を見ていた ──……
俺の名前はキョウスケ・ナンブ。
何故か高校の密集地域「エリア」で暮らす、ごく普通の貧乏学生だ……。
いや、貧乏学生だったと言う方が正しいのかもしれない。
なぜなら、俺は知ってしまったからだ。
「エリア」の歪みを……俺の中に潜むモノの存在を……「エリア」を支配する神の存在を知ってしまった。
知らぬが仏とはよく言ったものだ。
真実を知らなければ、俺はエクセレンと毎日楽しい虚構の日々を送ることもできただろう。事実を知ることが幸せだとは限らない。知らない方が幸せでいられる……断言はしないが、俺の知った「エリア」では無知であることが幸福を享受する絶対条件なのだ。
── 「エリア」に残された時間は、あと3日だった……
あと3日で、「エリア」の歪みは限界を迎え、リバースにより暴走させられたベーオウルフの力で破界されるらしい。
そしてリバースに再世され、俺たちも幸せな人生を繰り返す、らしい。
何故らしいかって?
覚えていないからさ。「エリア」はもう1万回以上も滅びと再生のプロセスを繰り返しているそうだが、再世のたびに俺たち「エリア」の住人の記憶はリセットされる。
俺の知る限り、繰り返される「エリア」で記憶保ったままでいる人間はたった2人だった。
「エリア」の監視者 ── オータム・フォーとカイメラ医院の謎の黒医者 ── アサキム・ドーウィン。
人間、と言ったが、彼女たちが本当に人間なのかは正直疑わしい。彼女たちの言葉が全て虚言や妄言の類である可能性だって捨てきれない。
だが俺には彼女たちの言葉を信じるしかなかった。無知な俺に残された道は彼女たちを信じることだけ……それも、また事実だった。
だから俺はアサキムの言葉に従った。
オータムの中に記憶された俺自身の過去生を見ろ。
アサキムの言葉に従い、協力者 ── 有栖 零児の秘伝「夢想転生」の力を借りて、俺は夢を見ていた ──……
夢の中の俺は、ただただ浮遊感に包まれている。
体の輪郭を感じ取れない。思考だけが鮮やかに澄み渡り、俺は俺 ── キョウスケ・ナンブを観察していた。
ホワイトスター攻防戦。
防衛装置の制御室に辿りついたキョウスケたちは、特製の【マ改造】コンピューターウィルスを侵入させることに成功する。
ウィルスの効果はすぐに現れた。
『ホワイトスター防衛兵器、インスペクター軍に対して攻撃を開始。戦況は我が方に有利だ』
アシュセイヴァーで通信を傍受していたW17が報告する。
どうやら【マ改造】コンピューターウィルスが有効に機能したようだ。制御室でのヴァルシオン戦以降に敵機と遭遇していないが、W17の報告が事実ならインスペクターの無人機がホワイトスターの防衛兵器に攻撃されているはずだった。
『キョウスケさん、本隊から入電だ』
タスクが喜喜とした声を上げた。
『インスペクターの指揮官機を撃破したらしい!』
『やったぜ! 俺たちは勝ったんだ!』
アラドもモニター越しで笑顔を浮かべていた。
指揮官機 ── キョウスケたちと別行動していたクロガネの本隊が、インスペクター総司令官ウェンドロを討ち取ったのだ。頭を潰せば戦争は終わる……と言える程、戦争は簡単なものではないが、インスペクター軍に関しては別だった。
インスペクター軍のほとんどは無人機だ。事前の調べで、インスペクター軍に純粋なインスペクターの本星の人間はほとんどいないことは判明していた。
実質、インスペクターの地球侵攻メンバーは5-6人。
その中でグループのトップが討ち取られれば、自然と敵軍は瓦解するだろう。
指揮官の撃破後に問題となるのは、ホワイトスターから脱出する友軍への無人機からの攻撃であるが、それは【マ改造】コンピューターウィルスで既に対応はできている。
「よし。みんな、脱出するぞ」
キョウスケの合図を皮切りに、ベーオウルブズの機体とアクセルとW17のアシュセイヴァーが動き出した。
目指すはホワイトスター外部で交戦中の友軍艦だ。
2機のアシュセイヴァーに護衛されながら、満身創痍のゲシュペンストたちは外を目指して歩き出す ──……
鋼鉄の駄狼R2 ~終戦~
戦いは終わった。
総司令官がいなくなったインスペクターは脆いものだった。
ウェンドロを討ち取られ、ウィルスによって拠点の要を失ったインスペクター軍は、地球連邦とホワイトスター防衛装置の火力の板挟みに曝される。
防衛していた筈の拠点の兵器に背中から撃たれたのだ。多くの敵機が無防備に銃撃に曝されて撃墜、残った機体も混乱した戦場の中で次々と散って行った。
わずか半日足らずで、ホワイトスターに残存していた無人機は掃討され、生き残っていた突入部隊の多くは無事に帰還することに成功、インスペクター軍は壊滅した。
クロガネのメンバー以外は、キョウスケたちの存在を知らない。
ホワイトスター防衛兵器の異変は、事情を知らない者たちには奇跡として映る。戦場で戦っていた者たち誰もが歴史的な大勝に酔いしれていたのは言うまでもなかった ──……
反面、この戦いでは多くの兵士がホワイトスター宙域で散っていた。
後に計算された数値ではあるが、このホワイトスター攻防戦だけではなく、インスペクターの襲来から勃発した戦争で失われた命の数は実に99812人。
救えなかった命だ。
意味のない民間人まで大量に巻き込んだ戦争……異星人の侵略に対する全面戦争は、この日、終わりを迎えたのだった ──……
●
戦闘終了後、万能宇宙戦艦「クロガネ」。
突入のダメージで半壊状態に陥っていたクロガネも回収され、味方の修理艦の助力を得て、通常航行ならこなせる程度には回復していた。
キョウスケはアクセルと共に、クロガネ内で経営している酒場へと足を運んでいた。
普通の戦艦に酒を扱う店があることはまずないが、クロガネの以前の艦長であるレーツェル・ファインシュメッカーという人物が大の食通であり、趣味で艦内に小さなレストランと酒場を建造していたのだ。
レストランではない方、つまり酒場のカウンターでキョウスケはアクセルと並んで座っている。
酒場は生還したクロガネの精鋭たちで賑わっていた。
生気に満ちた笑みと笑い声が飛び交っている。酒を交わしながら戦争の勝利と仲間との再会を祝っていた。中にはキョウスケの見知った顔の者も多く、未成年者の姿も見えたが、今回ばかりはお咎めなしで見逃されている。
タスクやアラドは、同世代のブルックリン・ラックフィールドやレオナ・ガーシュタインらと同じテーブルに着き談笑していた。遠目には飲んでいるのが酒なのかは分からない
。
「お待たせしました。XYZでございます」
髭をたくわえた細身の老人マスター ── ヒリュウの副長ショーン・ウェブリーに似ているがあえてキョウスケは突っ込まない ── がカクテルグラスを差し出してきた。
不透明な白い色をしたカクテルだった。
「ベーオウルフ、貴様も義理堅い男だな」
アクセルがXYZを手に取り言った。
「俺は確かに酒を奢れと言ったがな、まさか本当に奢られるとは思ってもみなかったぞ」
「そう言うな。誰かに借りを作ったままにしておくのは、気分の良いものではないからな」
そう言いながら、キョウスケもXYZを手に取った。
キョウスケがアクセルをクロガネの酒場に招待したのには訳もがある。
1つは助けられた借りを返すこと。ホワイトスターの戦闘でキョウスケたちが助かったのはアクセルたちの助けがあったからだ。キョウスケは元より、タスクもアラドもアクセルの部隊がいなければ、おそらく全滅していただろう。
不死の部隊、ベーオウルブズはまた生き残った。
世間では噂だけが先行するものだ。ベーオウルブズの生還ばかりがピックアップされ、おそらくアクセルたちの話題は影も見せなくなってしまうのは目に見えている。
だからせめて、自分たちだけでもアクセルに感謝を示しておきたい。キョウスケはそう考えて、酒場へとアクセルを案内した。
2つ目の理由は単に興味が沸いただけだ。
出撃前には突き放したような態度を取ってしまったが、キョウスケはアクセルという男の人物像に興味が沸いていた。
「酒か。酒も女も断ってどれ位ぶりになるかな」
アクセルがグラスを覗きながらつぶやいた。
「戦争中に酒を飲むなどできる訳がないからな」
「そうさな。冷静な判断力を保ちたければ酒は邪魔者だ。それに酒は脳細胞を破壊する。兵士を長く続けていたければ、酒は飲むべきではないのかもしれん、これがな」
「そうだな」
「だがこれは祝杯だ。受けない訳にはいくまい、なぁ、ベーオウルフ?」
アクセルはグラスを掲げていた。
キョウスケもグラスを掲げ、アクセルのグラスと縁を合わせた。
チン、と小さな反響音が鳴る。
「互いの生還と」
「戦いの勝利を祝して」
XYZが互いの口に運ばれた。
一瞬の甘美さの後に、強い灼熱感が体中を駆け抜ける。キョウスケは知っていたことだが、この酒は相当に度数が高い。
「ふぅ、きくねぇコイツは」
アクセルは1口でグラスを空けていた。酒に強いのかもしれない。キョウスケは目配せでマスターに追加を注文した。
「終戦の味といった所だな、こいつは」
「不味かったか?」
「いいや、悪くない。カクテルのネーミングもな」
「XYZ ── これ以上はない、これから先もない……要するに行き止まりということだ」
「ふっ、戦争の終結には持って来いと言う訳か? 意外とロマンチストなのだな貴様は」
マスターが差し出した追加のXYZをアクセルは受け取ると、また1口で飲んでしまった。マスターは顔色一つ変えずに追加を作り始める。
カッ、とグラスをカウンターに置いてアクセルがキョウスケを見てきた。
「不死の兵士 ── 鋼鉄の孤狼、キョウスケ・ナンブのセリフとは思えんぞ」
「……そうだろうか?」
キョウスケは微少を浮かべていた。
「確かに俺は兵士で、人間だ。不死じゃない。それはお前も認めていたことだぞ」
「その通りだ。俺もお前も兵士。そして人間だ。いつの日か命が絶える日がやって来る、それは避けがたい事実だし、自然の摂理だ。
だが……いや、だからこそ……なぁベーオウルフ、貴様は見たいとは思わないのか?」
「何をだ?」
「死なない兵士を、だよ」
シェイクし終えたXYZがアクセルの前に差し出された。
アクセルはグラスに手を付けずにキョウスケを見つめていた。
答えを求められている。それが理解できたから、キョウスケは声を殺して笑い、口元を緩めてしまっていた。
アクセルが仲間や同類を探す、寂しい一匹狼に思えてしまったから。それは自分も同じではないかとも思いながら、キョウスケは口を開いた。
「思えば、俺たちの話題はいつも同じだったな」
「不死、兵士、戦争か? それはそうさ。俺たちは兵士。骨の髄、血の一滴まで硝煙のにおいが染みついているのだから」
硝煙どころか、手からは血の匂いが立ち上る。キョウスケはそんな錯覚を抱いたこともあった。
「それは別にいい。それより答えろ、ベーオウルフ。貴様は不死の兵士を見たいのか、見たくないのか?」
アクセルの質問にキョウスケは考える。
不死の部隊と呼ばれているキョウスケたちだが、決して不死身ではない。
不死というのは、死とスキンシップしている戦場での兵士たちにとっては金塊よりも欲しいものに違いなかった。
無論、キョウスケも不死の兵士には興味がある。
だが見たいとは思わなかった。
「俺はご免だな」
「何故だ?」
「戦争は兵が死に、武器が尽き、指揮官が潰されて終結する。今回のインスペクター戦ではそれが特に顕著だった。頭1つが潰されただけで敵軍が壊滅したのだからな」
インスペクター軍のほとんどが無人機だった。指揮官が討ち取られた時点で、後は敵の掃討戦に移行したのだから今回の戦闘は特殊だったと言える。
これが人間相手なら、こうはいかなっただろう。
もしかすると指揮系統は混乱しつつも、時間をかけて新たな指揮官を立て、陣形を立て直して攻め直してきたかもしれない。
「死なない兵士、死なない指揮官……そんなものが存在すれば、戦争は永遠に終わることはない」
歴史上、戦争と平和は繰り返されてきた。それこそ永遠の円舞曲のように。
だが死なない兵士が存在すれば、円舞曲の調和は崩れ去り、地獄への行軍歌へと様変わりするだろう。
想像するだけで冷たいものが背中を走る。
キョウスケはそんな世界を見たくはない。
エクセレンと平穏に暮らせる日常、キョウスケが求めているのはそれだけだった。
「永遠の闘争、いいじゃないか」
だからアクセルの言葉に耳を疑った。
「なんだと?」
「永遠に続く戦争、それは俺たち兵士にとって正に理想じゃないか」
「……本気で言っているのか? つい先ほど、人類の生き残りをかけたインスペクターとの戦いが終わったばかりなのだぞ?」
激戦を越えて、祝勝会雰囲気の酒場での発言とは思えなかった。
何かの冗談に決まっている。
キョウスケはそう思いたかったが、
「それは生き残るための戦争だ。兵士が活きるための戦争ではない」
期待を裏切ってアクセルが断言する。
「戦争は人類に必要だ。戦争があるから技術は躍進し、兵士は活き、適度に人口が減る」
「だが不幸が生まれる。戦争により生まれる憎しみや悲しみはどうするのだ?」
「やはり貴様はロマンチストだな、ベーオウルフ。
貴様の言う事は綺麗ごとばかりだ。戦争により生まれる憎しみや悲しみを失くすために、貴様は引き金を引き続けてきたとでもいうのか?
嘘を言うな! 引き金を引けば、憎しみは消えずに増えるだけだ。貴様だって分かって撃ち続けてきたはずだ」
アクセルはマスターが出していたXYZをまた一気飲みした。
顔色は変わっていないが饒舌になっている。
「俺たち兵士は、戦争をする者として受け入れなければならない。戦争によって生まれる憎しみも悲しみも悲劇も……全てだ」
「……しかし」
「憎しみは負の感情だ。だが負の感情が無くなれば、正の感情だけが残るわけではない。負の感情があるからこそ、正の感情が活きるのだ。
戦争は必要悪だ。地球は戦争の繰り返しで発展してきたような星だ。戦争がなくなれば、いつか世界は腐っていくだろう ── 俺はそんな世界は見たくはない、これがな」
「だが戦争はもう終わったぞ。これからの世界は平和になっていく」
インスペクターは退けた。
新たな異星人の襲来に向けて研究は続けられるが、軍事にさかれる費用は確実に削減されるだろう。復興に力が入れられ、それが落ち着いた頃には平和な時間が訪れるはずだ。
「馬鹿か?」
アクセルは鼻で笑っていた。
「束の間だ。そんな平和。
戦争はすぐに起こるさ。まぁ、数年以内な」
「……もし、起こらなかったとしたら?」
「俺が起こしてやっていい、これがな」
にわかに信じがたい言葉だった。
キョウスケはアクセルに興味があって酒場に招いたが、彼は根っからの戦争馬鹿のようにしか思えなかった。
戦争を起こす? 馬鹿馬鹿しい、個人に戦争が起こせるはずがない。鼻で笑いたくなるキョウスケだったが、胸に妙なしこりが残っていた。
アクセル・アルマー。
この男をこのままにしておいていいのだろうか? と。
「……アクセル……もし、もしそんなことをすれば……俺はお前を ──」
キョウスケはエクセレンのために戦争を駆け抜けた。彼女と暮らす平穏のために戦い、戦争がやっと終わったのだ。
これからの世界は平和になる。
アクセルがそれを否定し、もし……もし本当に戦争を起こすというのなら。
「── お前を殺す」
キョウスケの脅迫をアクセルは笑い流していた。
「ベーオウルフ、やはり貴様の根っこは俺と同じだよ。根を生やした場所が違ったというだけ、まったく、勿体ないの一言に尽きるぞ……同じ場所に根を下ろしていれば、俺と貴様は良い友人になれかもしれん……これがな」
「…………」
「得意のだんまりか? まぁいいさ」
アクセルはカウンターから腰を上げた。
空のグラスをマスターに返し、椅子に腰かけたままキョウスケを見下ろす。
キョウスケは目を合わせようとはせず、半分程XYZが残ったグラスを見つめていた。
「ご馳走になった」
アクセルが礼を言う。
「また会おう。もっとも、次に会うのは戦場で、だがな」
それだけ言うと背を向けて、アクセルは酒場を後にした。
キョウスケはカウンターに1人取り残される。耳には酒場内で飛び交う歓声がやけに遠くに聞こえていた。
── アクセルの言うことは正しくもある……
XYZの液面に映る、濁った自分の顔を見てキョウスケは思った。
キョウスケは引き金を引き続けてきたのは事実だった。
戦争だ。生き残るために敵を倒す、それは当たり前の事ではある。正しくもある。
しかしキョウスケは目を背けてきたのかもしれない。
インスペクターは別として、これまで相手にしてきた敵機にも人が乗っていて、落とせば死に、残された者たちに憎しみや悲しみが生まれてしまう。
分かっていた。
理解していた。
だからその事実を思考の外へと追い出した。生き残るために、だ。
戦争だから、誰もキョウスケを責めはしないだろう。良心だけがキョウスケを責めていた。
「くそ……っ」
残ったXYZを飲み干す。
XYZ ── これ以上はない、これでお終い。
キョウスケは信じている。
戦争はもう終わったのだ ──……
クロガネが地球に帰還した後、ベーオウルブズには北米ラングレー基地への異動が命じられた。
異動の事務処理やホワイトスターでの戦闘報告書の作成など……手続きや雑務に追われて1週間が過ぎる。
やっとラングレー基地に腰が落ち着き始めた頃、キョウスケは格納庫へと足を運んでいた ──……
……── ラングレー基地、格納庫。
キョウスケたちの愛機もそこに格納されていた。
真紅のカラーリングを施された重装甲PT ── ゲシュペンストMk-Ⅲは修理され、損失していた左腕も元通りに戻っていた。装甲板も新品に取り換えられ、ホワイトスターでの激戦の痕跡は何処にもみてとれない。
タスクたちのMk-Ⅱ改も同様だった。
「綺麗になったな」
3機のPTを見てキョウスケは呟いた。
戦場では頼りになったMk-Ⅲの武装も目に飛び込んでくる。5連マシンキャノン、プラズマホーン、アヴァランチクレイモア、リボルビングバンカー……凶悪な殺傷兵器たちだ。
改めて、PTは戦争のための兵器なのだとキョウスケは思った。
平和になれば、PTは不必要な存在なのかもしれない。特にMk-Ⅲのように全身を武器で固めたPTは、戦う以外では無用の長物という言葉しか思いつかなかった。
「アルトアイゼン……か」
ドイツ語で「古い鉄」という言葉だ。
Mk-Ⅲが製造され、誰も扱えるものがおらずお蔵入りしていた時の賤称だった。使い物にならない、役に立たないまるで「古い鉄」の塊。
しかしアルトアイゼンはキョウスケというパートナーを得て、水を得た魚のように戦場を駆け巡り、一騎当千の活躍をみせた。いつしかアルトアイゼンとは呼ばれることはなくなり、軍にも「ゲシュペンストMk-Ⅲ」と正式名称と登録されるに至る。
だが、それも終わり。
ゲシュペンストMk-Ⅲは「古い鉄」に戻ったのだ。
「今なら、悪い言葉には思えないな」
平和になった世界なら、Mk-Ⅲは間違いなく「古い鉄」だろう。
それでいい。
キョウスケは感慨に耽り、しばらくMk-Ⅲを見上げていた。
どれだけの時間が経ったのか、分からない程の時間が過ぎた頃、キョウスケはMk-Ⅲに背を向けた。
「さらばだ、アルト……もう、会うこともあるまい……」
ゲシュペンストMk-Ⅲは格納庫の奥の奥に押し込められた。汎用性のない戦闘特価のPTはこれからの時代に必要ないとの判断からだ。
キョウスケは奇妙な喪失感を味わいながら、格納庫を後にした。
それから数日して、キョウスケたちには休暇が与えられた。
インスペクター撃退の恩賞とのことだったが、キョウスケの階級は上がることはなかった。表だって指揮官を撃破したわけでもなく、記録に残るような戦闘をしたわけでもなかったからだ。
ウィルスの件はクロガネの面々しか知らないから無理はなかった。
「帰るか、あいつの所へ」
キョウスケは休暇を利用して、故郷である日本へと旅立って行った ──……