Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第37話 腐敗

 「インスペクター事件」から5年が経った頃、軍の上層部は腐り始めていた。

 

 軍の上層部での重要ポストの独占や備品の横流し、贈賄が日常的に繰り返されていて、それは末端の兵であるキョウスケたちが子耳に挟む程、頻回に繰り返されるようになっていた。

 不正である。

 しかし軍部の末端であるキョウスケたちは、決して異を唱えたりはしなかった。

 不正は戦時中から行われていたし、キョウスケたちもそれを薄々感じ取っていたからだ。それに上は下の声を拾い上げたりしない。抗議しようとも権力の前に握りつぶされるのがオチだ。

 いつしか不正を容認する空気が軍全体に広まり、ぽつぽつと出始める不届きな上役の存在が、そういった行為を加速させていく。

 軍は腐っていく。

 もはや腐敗と言ってもいい状況が続く。

 それは平和の代償なのか、それとも副作用なのか……キョウスケにとってはどうでも良いことだった。

 

 エクセレンとアルフィミィ、そして仲間たちと過ごせる日々に満足していたから。

 不正を知り、何もしないのは怠慢だろうか?

 知らず知らずのうちに、平和の持つ裏の顔に毒されているのかもしれない。

 幸せな日々が続くのなら、自身が毒に冒されていても構わない……とさえ、キョウスケは思うようになっていた。

 

 

 

 アルフィミィの誕生パーティーと休暇が終わり、キョウスケは所属している基地に戻っていた。

 

ロイヤルストレートフラッシュ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、俺の総取りだ」

 

 キョウスケが手持ちのトランプを開示した。

 今日も今日とて暇なもの……新兵の訓練が終わった後の退屈を、キョウスケはタスクたちと恒例の賭けポーカーで潰している。小さな机の上にはダイヤのA、K、Q、J、10が顔を揃え、タスクたちが顔をしかめる。

 役ができていたか不明だが、タスクたちはカードを投げ捨ててしまった。

 

「キョ、キョウスケさん、どうしたんですか?」

「今日は馬鹿ヅキ(・・・・)っすね!」

「ふっ、まぁな」

 

 キョウスケはタスクたちから配当の銃弾を受け取る。

 キョウスケたちの賭けポーカーでは銃弾をチップ代わりにし、ゲーム終了時に銃弾を最も多く持っている者が食事をご馳走になる権利が発生する。要するに勝てばただ飯にありつける、その程度の平和な設定のギャンブルだ。

机のキョウスケのエリアには既に銃弾(・・・・・)が小山を作っていた。

 銃弾の総数は限られているので、反比例してタスクたちの銃弾は少ない。

 戦況は、リアルなギャンブルでないのが悔やまれる程にキョウスケの大勝だった。

 ワンゲームを終え、仕切り直しとばかりにタスクがカードをシャッフルし、配布しながら訊いてきた。

 

「何か勝つ秘訣でも持ってるんですか?」

「いつもボロ敗けなのに、今日はボロ勝ち。ほんと、キョウスケさんって極端っすねー」

 

 アラドが配布されたカードを確認し、少ししょげた様子で言った。

 

「嫌味か? 確かに、今日は出来すぎているが、これも俺の実力だ」

 

 微笑でアラドに返事をすると、手札に視線を落とす。

 Aがハート、ダイヤ、クラブ、スペード……と雁首揃えてキョウスケを出迎えてくれた。

残りの1枚はダイヤの3。それを机の中央に置かれたカード山と取り換えると、キョウスケたちの賭けポーカーでは採用されている最強のワイルドカード ── ジョーカーが手に入る。

 5カード(・・・・・・・・・)。あっという間に、必勝で最強の役が出来上がっていた。

 

「ちくしょー、このままじゃただ飯奢らされちまうぜ!」

 

 役が出来上がらないのか、アラドが手札をポンポン変え続ける。

 

「キョウスケさん、天に還る時が来たのだ」

 

 タスクは手札を交換し終え、ポーカーフェイスはどこ吹く風か、勝ち誇った顔でキョウスケを見ていた。

 どやっ。

 と言わんがばかりの勝ち誇った顔だ。相当に強い役が出来上がったのだろう。

 しかし5カードの前にはどんな役も必敗である。今日のキョウスケは絶好調だ。どんな相手だろうと敵ではない。

 ただ ──

 

 

── こういう時は、大概何かあるものだが……

 

 

 まぁ、いい。

 どうせ杞憂だ、とキョウスケはタスクのマヌケ面を期待しながら、声をかける。

 

「準備はいいか?」

「俺はOKです」

「……ちぇ、俺もいいっすよ」

 

 タスクは自信ありげに、アラドは渋々カードの開示を飲む。

 

「よし。では、俺の手札からオープ ──」

 

 勝利を確信してカードに手をかけた。しかし、キョウスケの言葉は突然の放送によって遮られていた。

放送は隊員の呼び出しなどで使われる類のもので、緊急出撃を告げたりするものではなかった。

大事ではないだろう。

 しかしキョウスケは手を止めて、放送に耳を傾ける。

 

『キョウスケ・ナンブ大尉、およびベーオウルブズはすみやかに指令室まで出頭せよ。繰り返す。キョウスケ・ナンブ大尉および ──』 

「呼び出し? 俺たちがっすか?」

 

 アラドが首を傾げていた。

 キョウスケにも呼び出しを喰らうような心当たりはなかった。

 タスクも同じようで、不思議そうに訊いてくる。

 

「俺たち何かやらかしましたっけ?」

「さぁな」

「案外、この賭けポーカーのことだったりとかかな……?」

 

 そんな馬鹿な。今は自由時間だ。基地内に待機しているのだから、キョウスケたち何をしようと余程のことでなければ許される。

 キョウスケは見当違いななアラドの推測を否定して、呼び出しの理由を思い起こしてみた。

 思い当たらなかった。キョウスケは普段の仕事は真面目に取り組んでいる方だ。結果もアラドと違い優秀で、通常業務がうんぬんで呼び出されるとは考えにくい。

 

「ここに居ても仕方ないな。呼び出された以上、出張るしかあるまい」

「そっすね!」

 

 アラドが嬉しそうに答えた。余程手札が弱かったのだろう。

 

「あーあ、勿体ない……」

 

 逆にタスクは落胆していた。相当強い手札だったのだろう。

 

「それはこちらのセリフだ」

「え? キョウスケさん、いま何か言いましたか?」

「何でもない。お前たち、行くぞ」

 

 やはり勿体ないのか、見せても今回の勝負が流れるのは明白なため、キョウスケは勝利濃厚の役を机に伏せた。

 タスクたちに見せてもいいが空しいだけだ。

 キョウスケはタスクたちを連れて、呼び出された指令室へと向かう。

 

 

 

      ●

 

 

 

 キョウスケたちは、基地の指令室へとやってきた。

 

 指令室には司令官とオペーレーターが常勤しており、通常は日本の周辺空域の監視などを行っている。

日本の安全を守る。それが指令室業務のお題目だが、世界が平和になってからは大した事件も起こらず、ただ画面の前に座って時間が来るのを待つだけの仕事だった。

 異常がなければ、ただ呆けているだけで仕事が終わる。少なくともこの基地の司令室はそういう所だと、キョウスケは記憶していた。

 が ──

 

「所属不明機、日本領空を侵犯しています」

 

 オペレーターの声が耳に届く。

 今日の司令室には緊迫した空気が流れていた。

 司令室のモニターには日本地図が表示されており、数機の所属不明の輸送機が侵入しているのが分かる。

 

「やっと来たか」

 

 基地の司令官が、不機嫌そうな声でキョウスケたちを出迎えた。

 キョウスケたちを一瞥だけすると、すぐにモニターに視線を戻す。

 日本空域に侵入してきた不審機 ── 司令官がキョウスケたちを呼びつけたのと、画面の不審機が絡んでいるのは間違いなさそうだった。

 

「領空侵犯ですか?」

「そうだ。既に警告は発しているのだが、一向に止まる気配を見せぬ」

 

 司令官は答えた。

 気に入らない、といった表情でキョウスケを睨みつけてきた。キョウスケは「何か?」と訊いたが、司令官は質問に答えることなく続ける。

 

「通信にも応じない……いや、一言だけ要求はあったのだ」

「不審者は何と言ったのですか?」

 

 司令官は、やはり不機嫌そうな表情を崩さない。

 不審機の領空侵犯や通らない警告に、司令官は苛立っている。その苛立ちをキョウスケにぶつけるのは如何なものか? だがキョウスケは慣れたもので、刺すような司令官の視線に顔色1つ変えない。

 「インスペクター事件」後、ベーオウルブズは邪険にされ続けてきた。キョウスケが受けてきた理不尽に比べれば、司令官の不機嫌ぐらい可愛いものだ。

 鉄面皮のキョウスケに、司令官は吐き捨てるようにして言った。

 

「……ベーオウルフを ── キョウスケ・ナンブを出せ。それが不審機からの要求だった」

「俺たちを?」

「だから貴様をここに呼んだのだ。おいっ」

 

 鼻息荒く答えると、司令官はオペレーターに通信を繋げるよう命令する。

 

「…………」

「キョウスケさん、心当たりありますか?」

「いや……」

 

 作業に入るオペレーターを尻目に、キョウスケとタスクは小声で話す。

 

「アラドはどうだ?」

 

 キョウスケがアラドに訊いた。

 

「分からねぇっす。そもそも、領空侵犯って……この平和なご時世に? メリットがあると思えねえんだけど」

「全くだ。しかし相手は俺たちを知っているようだ……一体、何が目的だ……?」

 

 ただの愉快犯で済ませることができれば、どれだけ楽になることか。

 しかし不審機はこちらの警告を無視し、領空に入ってきている。警告を無視し続ければ、不審機は軍と敵対することになるだろう。さらに軍側に要求をしてくるあたり、

不審機には軍を敵に回しても果たすべき目的があるに違いない。

 ただ妙なのは、その要求である。

 軍の末端に過ぎないキョウスケたちを呼びつけることに、何の意味があるのだろうか?

 

 

── この感じ……あの時に似ている

 

 

 アルフィミィの誕生パーティーの時、キョウスケは妙な紙きれを拾ったのを思い出す。

 「TIME TO COME」 ── 紙にはそう書かれていた。

 キョウスケは、杞憂だと思っていた違和感が首を起こしてくるのを感じていた。

 

「不審機より応答あり、繋ぎます」

 

 オペレーターが報告する。

 画面に【SOUND ONLY】と文字が表示される。さすがに顔をつもりはないらしく、音声のみの通信だった。

 

 

『久しぶりだな、ベーオウルフ』

 

 

 顔も分からない通信相手が言う。聞き慣れない男の声……いや、キョウスケが以前に耳にしたことがある声だった。

 だが誰だったかは思い出せない。

 のど元まで答えが出かかっているが、どうしても出てこなかった。

 

「誰だ、お前は?」

『おいおい、ご挨拶だな。一緒に戦ったこともある仲じゃないか』

 

 声の主はどうやらキョウスケの戦友らしい。

 長い間共闘したことのある仲間なら、キョウスケが声を忘れるはずはない。だが1度か2度しか戦ったことのない者なら話は別だ。

 声の主の名前は出てこなかった。

 

『まぁ、いいさ』

 

 声は鼻で笑うと、続けた。

 

『また後で会うことになるだろうからな』

「どういう意味だ? いや……それ以前に、お前の目的は何だ?」

『知れたこと ──』

 

 探りを入れるキョウスケに対して、声の主は飄々と答える。

 

『── どうだベーオウルフ、あの時の俺の言葉通りになっただろう?』 

「なんだと?」

『流れがなければ、水たまりの水は腐る。

世界は平和になったが、世界は次第に腐り始めた。

やはり戦争は世界に必要なのだ』

 

 男の答えを、確かにキョウスケは聞いたことがあった。

 声の主はたった1度だけ共闘し、ベーオウルブズを窮地から救ってくれた。

 

「まさか……」

 

 キョウスケは男が誰なのか思い出し、

 

『だから、俺 ── 俺たちが戦争を起こすのさ、これがな』

 

 この言葉で確信した。

 間違いない。声の主は「インスペクター事件」の時、ホワイトスターで共に戦ったあの男だ。

 

「アクセル・アルマー……か?」

『……ふん、貴様に平穏などは似合わん。血と硝煙の匂いがお似合いだ ── ベーオウルフ、戦場で待っているぞ』

「不審機、一気に加速しています!」

 

 

 司令官の顔に焦りが見える。

 領空侵犯した輸送機が市街地を目指している ── 考えられる最悪の事態の1つだった。

 危険を冒して侵犯してきている以上、輸送機に武装が施されていないことは無いだろう。画面に捉えられている輸送機はかなり大型のものだ。

 機銃や爆弾どころか、PTが2,3機……いや、それ以上に格納されている可能性が高い。

 しかもアクセルは戦場と言っている。

 市街地を、だ。

 

『我々はシャドウミラー。人類の未来のため、永遠の闘争を実現する者だ』

「待て! アクセル!」

『TIME TO COME ── 時は来たのさ、これがな』

 

 通信が途切れた。

 司令室のざわめきが増していくのが分かる。

 画面上に捉えられた不審機の編隊が、速度を上げて市街地へと向かっているからだ。何の変哲もない昼下がりの午後に、避難勧告や警報が発令されているわけではない。

 市街地には人が溢れているはずだった。

 

「アクセル……なのか? 本当に……?」

 

 何か、性質の悪い冗談だと思いたかった。

 キョウスケの記憶では、アルセルの所属していた部隊名は「EFA特別任務実行部隊」 ── 確か、表舞台にあまり顔見せず、極秘裏でに与えられた任務を遂行する部隊である。

 影 ── シャドウミラーはその部隊の通称……それ位なら、キョウスケだって知っている。

 汚い仕事が多く回ってくる部隊、軍の裏側を最もよく知る暗部のような部隊のはずだ。

 「インスペクター事件」後も、アクセルがシャドウミラーに所属し続けていたのなら、彼は軍の汚職や腐敗をまじかで見続けたことになる。

 

 

── 時は来た……だと?

 

 

 裁きの時が、か?

 ふざけるな、とキョウスケは思う。

 汚職に手を染めていたのは軍の上層部のごく一部にすぎない。それを見逃してきたキョウスケたちも同罪かもしれない。ならキョウスケたちの所に来ればいい。

 軍を粛清すればいい。

 武装した輸送機で市街地に向かうなど、不要な混乱を招くだけで、百害あって一利なしだ。

 

「シャドウミラーの目的地が判明! 到達予測ポイントは……絵里阿町です!」

「なっ……!?」

 

 衝撃がキョウスケの中を駆け抜けた。

 絵里阿町はキョウスケが家を構え、エクセレンとアルフィミィが住んでいる町の名前だった。

 戦争は人類にとって必要悪 ── アクセルが言っていた言葉だ。

 一度やると決めたなら、あの男は実行するだろう……懸念は確信に変わる。

 

「キョウスケさん!?」

 

 司令室から駆け出したキョウスケに、タスクの声が背中から届く。

 

「来い、お前たち! アクセルを止めるぞ!」

「りょ、了解!」

 

 衝動的に体を突き動かすキョウスケに、タスクたちが慌てて付いていく。

 強い危機感で全身がじっとりと汗ばんでいた。

 

 

── エクセレン、アルフィミィ……無事でいてくれ!

 

 

 キョウスケたちは、愛機の楔を解くために格納庫へと急いだ。

 

 

 

 司令官は唖然としていたが、すぐに我を取り戻し、基地内全域に非常事態警報が発令された。

 基地全体が慌ただしくなり、シャドウミラーの追撃部隊が急ぎ編成される。輸送機に地球連邦の量産型PTであるゲシュペンストMk-Ⅱが搭載されていった。

 

 

 キョウスケの愛機 ── ゲシュペンストMk-Ⅲもそうだった。

 格納庫の奥の奥に押し込まれていたM-Ⅲを引きずり出してくる。

 戦闘だけが取り柄の赤いPTが、キョウスケの目の前で輸送機へと運び込まれていく。

 輸送機への搭載が遅い。作業員たちは突然の状況のためにに混乱していた。

 1分1秒が惜しい状況で、キョウスケは出撃準備が整うのをじっと待つ。

 待機時間がとても長く感じられた。

 やがて準備が整い、キョウスケたちを乗せた輸送機に発進許可が下りた。

 

「ベーオウルブズ、出撃るぞ!」

 

 アクセルを追って、輸送機が滑走路から離陸する ──

 

 

 

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