Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
エクセレンは2機の特機の隙間を抜けて、走って距離を取っていた。
息が苦しい。軍を退役してからというもの、家事と仕事に追われて、あまり運動していなかったのが祟ってか、それとも異常な状況のストレスからか体力の消耗が激しかった。
だがエクセレンは走るのを止めない。
腕の中に小さく震えるアルフィミィがいるから。
「大丈夫よ、アルフィミィちゃん……!」
自分にも言い聞かせるようにして言った。
諦めたら、そこで終わってしまう。
走って、逃げ続けるしかない。
だが、その時。
空が光った。
「っ!?」
炎でできた巨大な鳥がエクセレンの方目がけて落ちてくる。
直撃……ではない。僅かにそれているが、巻き込まれる可能性が高い、そんな位置に不死鳥が舞い降りてくる。
エクセレンはアルフィミィを力強く抱きしめた。
直後、エクセレンの視界は光で包まれる ──……
●
アンジュルグの最強兵器 ── ファントム・フェニックスが絵里阿町を抉った。
着弾地点には大きなクレーターができており、着弾の余波で飛び散ったエネルギーにより、町には火が付き轟々と燃え上がっている。たった1撃で町は赤く彩られた。
『命令、遂行しました』
浮遊していたアンジュルグが緩やかに着地した。
『隊長、次のご命令を』
W17がアクセルに指示を求めてきた。
何故か、アクセルはその対応に不快を覚える。
部下が上官に指示を仰ぐのは当然のことなのだが、それでも、何故かW17の言葉が癇に障る。W17の声が、無感情で抑揚のない声だからかもしれない。
戦争は人間がするものだ。だがW17は……そこまで考えて、アクセルは気持ちを切り替えた。今は、任務の遂行が最優先だ。
「W17、貴様は他のWシリーズを指揮しろ。派手に暴れ回ってやれ。
そしてじきにくる敵機を掃討させろ。1機残らず、叩きのめすんだ」
『はっ』
「貴様らの力を示すのも、今回の作戦の骨子だというのを忘れるな」
『任務、了解』
W17の返答後、アンジュルグは再び浮遊する。町で破壊を行う量産型のアシュセイヴァーと合流するするため、高速で飛び去って行った。
アクセルはW17を追わず、離れた位置からそれを観察することにした。アクセルは指揮官、全体の戦況を把握しておく必要があるからだ。
もちろん、現段階では敵もおらず、アクセルが動く必要もない。
「戦場か……」
腕を組んだまま、アクセルは呟いていた。
「俺は帰ってきたのか? 戦場に? いや、違う。まだだ。まだ、ここは戦場ではない」
何故なら、敵がいない。
アクセルたちが求めるのは永遠の闘争だ。
戦い続けるためには敵が必要だった。
しかし絵里阿町にアクセルたちの敵はまだ現れていない。
── 早く来い、ベーオウルフ……早くしなければ、町の住民は皆殺しだぞ?
アクセルの中で苛立ちがつのる。
……直立のまま立ち尽くすこと10数分。
その間も量産型のアシュセイヴァーたちは、W17の指揮に従い、町で傍若無人の限りを尽くす。鉄の拳やビームの雨が建物を無差別に破壊した。ソウルゲインのレーダーを見れば、町全体にシャドウミラー部隊が散開しているのが分かる。
レーダーは生体反応を拾わないが、もし拾っていれば、動かなくなった人の影でレーダーが埋め尽くされたのではあるまいか? そう、思わずには居られなかった。
アクセルの視界に死体は入ってこなかったが、遠巻きに聞こえる爆音で、人が死んでいない訳がないと思わされる。
「ヴィンデル……本当に、俺たちは正しいのだよな……?」
答えは返ってこない。
だが、もうアクセルは引き返せなかった。
一度足を踏み入れた修羅の道……後は、前に進み続けるしか道はない。噛みしめた奥歯が痛む。だがアクセルたちに焼かれている人々の痛みは、この比ではない……いつか自分は業火に焼かれて、地獄に落ちるだろう。
アクセルに覚悟はできていた ──
── と、ソウルゲインのレーダーに赤い点が表示される。
「来たか」
絵里阿町の上空に輸送機の編隊が見えていた。
最寄りの基地から急行してきた掃討部隊だ。
おそらく全速力で駆け付けたのか、シャドウミラーが想定していた時間よりも早かった。
アクセルは回線を開き、命令を送る。
「全機、戦闘態勢に移行しろ」
『『『了解』』』
アクセルの号令でアシュセイヴァーが輸送機の迎撃を開始した。図太いビームが輸送機を狙って撃ちだされていく。
かすめたり、被弾したしたりするが輸送機もすぐには墜ちない。
機銃で反撃を開始しながら、PT格納庫のハッチを解放していた。
「来い、ベーオウルフ」
アクセルの動きを反映し、ソウルゲインが初めて迎撃の体勢を取った。
●
輸送機内。
キョウスケはゲシュペンストMk-Ⅲのコックピット内で待機していた。
輸送機の揺れが激しくなった。おそらく、敵の迎撃を受けているのだろう。
「まだか……?」
自然と、操縦桿を握る力が強くなる。
急げ、と念じるが、それで到着が早くなれば苦労はしない。キョウスケにはただ待つことしかできなかった。
『キョウスケさん』
ゲシュペンストMk-Ⅱ・改タイプCに乗ったタスクが通信を送ってきた。
『敵は本当にあのアクセルなんでしょうか?』
「……おそらくはな」
基地での通信で顔は確認できなかった。だがあの声と話し方は間違いなくアクセルのものだった。
『でも、仮に敵がアクセルだとして、何故こんなことをするんでしょう?』
「さぁな」
『俺には理解できませんよ』
「そうだな」
『せっかく平和になったのに、こんなことして、意味が分からない……』
「そうだな」
『……って聞いてます?』
「あぁ」
『ちょっと、キョウスケさん?』
タスクの声が遠くに聞こえる。
早く出撃しなくては、町はどうなっている、エクセレンとアルフィミィは無事なのか、いや無事に決まっている ── 雑然とした考えがキョウスケの頭を駆け巡る。それがフィルターとなってタスクの声が掠れてしまっていた。
タスクに何度も話しかけられ、キョウスケは自分の精神状態に気づかされた。
俺はプロだ。
心を殺せ。無用な感情は他人を殺す。集中して、心を冷やせ。
エクセレンやアルフィミィを救うために。
そうだ、冷静を欠いたまま戦場に出る訳にはいかない。雑念は戦場で自分だけでなく、仲間も殺す。キョウスケはその事をよく理解していた。
深く息を吸い込み、そして吐く。
数回深呼吸してから、タスクに返答する。
「すまんな、タスク。おかげで落ち着いたぞ」
『? い、いえ、どういたしまして?』
首を傾げるタスク。
キョウスケはそれを一瞥して、タスクと、もう1人の隊員アラドに声をかける。
「いいか、今回は市街地戦だ。しかも住民の避難は完了していない。
不用意に飛び道具は使うなよ、被害が拡大するからな」
『ちっ、タイプCには不向きな任務だぜ』
『逆に俺は大得意だけどな』
ゲシュペンストMk-Ⅱ・改タイプGに搭乗したアラドが答える。
同様にキョウスケのMk-Ⅲにとっても近距離戦は得意な間合いだ。しかし、戦場となっている絵里阿町の状況はまだ把握できていない。
しかも戦域は町1個とかなり広範囲だ。
「いいか、出撃後は3機は散開するぞ。敵機の掃討よりも、住民の保護が最優先だ」
『了解だ』
『ああ、エクセ姐さんたちも絶対助けてみせるぜ!』
アクセルたちが何故罪もない市民を攻撃しているのか、その理由は分からない。
だが軍人が非戦闘員を攻撃するなど、あってはならない。
それは悪だ。それだけは断言することができる。キョウスケはアクセルを許すことができなかった。
── 罪は償ってもらうぞ……アクセル・アルマー
一度はアクセルに救われた命だ。アクセルを止め、間違いを正すために命を使おうと、キョウスケは心に決める。
それからすぐに出撃許可が下りた。
輸送機のハッチが開かれ、眼下に町の様子が広がって見えた。
町は炎に包まれていた。
物静かな住宅街も、馴染みの店も、いつかアルフィミィを通わせようと思っていた学校も……沢山の建物が倒壊し、赤い炎と黒煙があがり、所々に何かが倒れているのが分かる。
キョウスケはカメラをズームにして確認しようかと思ったが、止めた。
見なくても、直感と経験で理解できるからだ。倒れたり、転がっているモノが何なのか。
「アクセル・アルマー……許さんぞ」
Mk-Ⅲをハッチに向かわせる。
先陣を切って、キョウスケはMk-Ⅲで絵里阿町の空へと飛び出した。
「ベーオウルブズ、1番機ゲシュペンストMk-Ⅲ ── キョウスケ・ナンブ出撃るぞ!!」
むせ返るような炎の匂いが、キョウスケとMk-Ⅲを包む。
不死の部隊の戦いが、また、幕を開けた ──……
第39話 孤影激突
絵里阿町に到達した輸送機から次々とPTが飛び出してくる。
アシュセイヴァー群による地上からの砲撃に耐えた輸送機から、地上に降下してくるのはゲシュペンストと呼ばれる地球連邦採用の量産型PTだった。
アシュセイヴァーとは違い、黒く武骨な装甲を持つ巨人が絵里阿町に続々と降り立ってくる。
その数、レーダーで捉えられる限り約30機 ── シャドウミラーの用意した量産型アシュセイヴァーの数は15機で、彼我戦力差はほぼ2倍だった。
戦場でモノをいうのは最終的には物量だ。
質が高いに越したことはない。
だが質が高く、尚且つ量産性も高い兵器の創造は非常に難しい。大きな組織の主力として位置づけられ、数々の派生機が存在するゲシュペンストは、コストパフォーマンスに優れた名機であるのは疑う余地もなかった。
「来たか」
アクセルは輸送機から出撃する、赤いゲシュペンストを見て頬を綻ばせる。
奴が ── ベーオウルフが、戦場となった絵里阿町にやってきた。
戦場の勝敗を決定づける要因はなにも物量だけではない。パイロットも大事な勝因の1つだ。質の良い機体を操縦する、手練れのパイロットがいれば、不利な状況から巻き返せることも少なくない。
「インスペクター事件」がその良い礼だ。
その激戦を生き抜いた手練れの男の登場は、シャドウミラーにとって不利益以外の何者でもないだろう。
だが、アクセルは笑っていた。
── やはり、戦いはこうでなくてはな
紅いゲシュペンスト ── ゲシュペンストMk-Ⅲの操縦者キョウスケ・ナンブ。
奴は強い。「インスペクター事件」で活躍したクロガネのクルーの中でも、トップクラスの実力の持ち主だ。それがアクセルには堪らなく嬉しかった。
アクセルはキョウスケと共同戦線を張ったことがあるが、その時から思っていたことだ。
一度、キョウスケと手合せしてみたい、と。
できれば敵同士ではなく、味方同士として、模擬戦をしてみたかった。
互いを認め合い、高め合う……アクセルにとって、キョウスケはそれに値する男だったのは確かだ。
しかし、キョウスケと再会したのは戦場だった。例え、シャドウミラーが引き金を引いた戦いであったとしても、この再開は茶番だと罵られようとも、アクセルはこの出会いに感謝していた。
戦場で出会った敵はどうする?
戦場の敵は倒すもの。
── 俺は貴様以外の男に敗けるのは我慢ならん……!
仮に、この戦いにアクセルが敗れるとしよう。
戦場での敗北は死を意味する。アクセルは見ず知らずの雑兵に殺されるのは我慢ならなかった。
どうせなら、どうせ命を懸けて戦うのなら、キョウスケ・ナンブがいい。
「来い、ベーオウルフ」
アクセルはソウルゲインのコックピットで拳を握りしめた。
ダイレクト・アクション・リンクが作動し、ソウルゲインが文字通りの鉄拳を握り締める。
懐かしい緊張感がアクセルを包む。常人なら吐き気を催しかねない程のプレッシャーが、アクセルにあることを実感させてくれていた。
「戦場よ……俺は、帰って来たぞ」
絵里阿町はただの虐殺現場から戦場へと変貌していた。
それはシャドウミラーが望んでいる光景だ。
胸に闘志が沸くのを感じながら、アクセルはソウルゲインを駆り、戦場へと向かう ──……
鋼鉄の駄狼R2 ~孤影激突~
輸送機から降下したキョウスケとMk-Ⅲは、燃え盛る炎の真っただ中にいた。
キョウスケが絵里阿町で見慣れていた建物の多くは破壊され、中に倒壊してしまっているものもある。外観が無事な建物もガスなどに引火し、内部から炎と黒煙がもうもうと上がっていた。
窓ガラスは乗用車が通っていた車道に撒き散らされ、瓦礫の下には何か見える。
キョウスケはあえて見ないことにした。
この状況で動いていないものは既に手遅れだ。残酷なようだが、動かないそれを回収している余裕は今のキョウスケにはない。少数の生を拾うために、多くのそれを斬り捨てることも時には必要なことだった。
── ……生存者は……
画面上、動いている人影は確認できなかった。
代わりとばかりにレーダーには赤い光点が確認できる。Mk-Ⅲ周囲に2つ。敵機だ。今の絵里阿町でキョウスケが認識できる範囲では、動いているのは鋼の巨人たちだけだった。
タスクやアラドとは別行動を取っているため、キョウスケは2機に取り囲まれていることになる。
敵機もキョウスケを認識しているはずだ。燃え盛る建築物の影から、こちらの様子を窺っている。
── どうする……?
攻めてこない敵に対し、キョウスケは思考を巡らせた。
ゲシュペンストMk-Ⅲの装備は、接近戦で威力を発揮するものが多く取り揃えられている。
リボルビングバンカーにプラズマホーン、アヴァアンチクレイモアは射撃武器に分類されるが、チタン弾を散弾と同じような軌道で撃ちだすため、遠距離では格段に威力が落ちる。そのため、ほぼ接近戦専用の射撃武器と言えた。
しかし囲まれている状況で接近戦を仕掛ければ、1機は残せても、残る1機に対して大きな隙を見せることになる。
となれば、残る武装は左腕部の5連チェーンガンのみだった。
威力は低い。PT相手ではけん制程度にしかならないが、距離は稼げる武装だ。
キョウスケは迷うことなく5連チェーンガンを武装選択する。敵の動きをうかがい、可能な時に接近してケリを付けるつもりだった。
「…………」
容易に動くべきではない。
キョウスケはMk-Ⅲを建築物の影に隠し、敵の動きを待つ。
先に痺れを切らしたのは敵の方だった。
レーダー上の光点の1つが移動し、Mk-Ⅲのカメラが敵機の姿を捉える。
── あれはアシュセイヴァー……やはり、アクセルの部隊か
ホワイトスターでキョウスケに助力してくれたロボット ── アシュセイヴァーが、大きなビーム砲を持ち、ゆっくりと動いている。アクセルが乗っていたものと違うのは色ぐらいで、画面に映っているアシュセイヴァーの色は緑だった。
銃口でキョウスケを探しながら、近づいてくる。
飛び出して不意を突けば、確実に命中する。そんな距離だ。
キョウスケはMk-Ⅲのスラスターを噴かせ建築物の影から躍り出ると、アシュセイヴァー目がけて5連チェーンガンの引き金を引いた。
徹甲弾が5つの銃口から唸りを上げて飛び出し行く。
命中した後に追いうちをかけるため、キョウスケがリボルビングバンカーを構えようとした。その時……
「なにっ!?」
敵の動きがキョウスケの憶測は裏切る。アシュセイヴァーは地面を蹴って横に跳び、銃弾を回避していた。車道の瓦礫を蹴散らしながら受け身を取り、上体を起こしてビーム砲をMk-Ⅲに向けてくる。
ロックオンアラームがキョウスケの鼓膜を震わせた。
操作が間に合わない。ガンマンの早撃ちのように、アシュセイヴァーがビーム砲を発射する。ビームがMk-Ⅲの装甲を直撃するが、耐久性向上のために塗装されたビームコーティングがそれを弾いていた。
バチバチバチ、と花火のように閃光が飛び散り、ビームは霧散した。しかし塗装は剥げてしまったため、同一部位ではもうビームを防ぐことはできなくなる。
── なんだッ!?
被弾直後、背後からもロックオンアラーム。
Mk-Ⅲを囲んでいたもう1機のアシュセイヴァーが銃口を向けていた。急いでキョウスケが建物の影に逃げ込むと、先ほどまでMk-Ⅲのいた場所を白い光の筋が突き抜けて行った。
── 反応速度が速い! 敵はエース級か!?
ちっ、と舌打ちし、キョウスケは2機のアシュセイヴァーから距離を取った。
しかし1度姿を曝した以上、敵はキョウスケを追ってくるだろう。そうなれば不利になるのは結局キョウスケだ。
ならば、と。キョウスケは奇をてらった先手を打つことにした。
敵はキョウスケが逃げたと思い追ってくるだろう。そこに逃げずにブツかっていけば、敵の意表をつけるかもしれない。
上手くすれば、リボルビングバンカーで1機ぐらいは撃墜できるかもしれない。
自分勝手な仮定だ。当然、2機の集中砲火の餌食になる可能性もある。
── かまうな! そのためのMk-Ⅲだ!
イチバチはキョウスケの十八番だ。
ペダルをめい一杯踏み込む。爆発に近い音を響かせてブースターが火を噴いた。化け物じみた推進力がMk-Ⅲを一気に最高速まで加速させる。
景色が一瞬で流れる。歪んで流れる視界でも、キョウスケは敵機を捉えていた。
2機とも銃口をMk-Ⅲに向けてくる。
だが一瞬早く、Mk-Ⅲが加速させた全重量を乗せてリボルビングバンカーをアシュセイヴァーの1機に打ち込んだ。
爆ぜる炸薬、唸る切っ先、回る薬室。
胴体に風穴の空いたアシュセイヴァーは、Mk-Ⅲの突進の勢いもあり、上下に裂けて爆散した。もう1機はビームで応酬してくる。しかしバンカーの次撃の準備を整えて、Mk-Ⅲは爆炎に紛れて姿を消した。
アシュセイヴァーがMk-Ⅲを索敵する。
結果が出た。
Mk-Ⅲの反応はアシュセイヴァーの真正面だ。
そこにはボロボロになった建築物しか見えない ──── と、その建物を突き破って、Mk-Ⅲがアシュセイヴァーの前に姿を現した。
爆炎と建物に紛れた後に、敵の視界に入らぬよう、建物を破壊しながら近づいたようだ。
「とったぞ!」
リボルビングバンカーの切っ先が突き刺さり、アシュセイヴァーの体を撃ち抜いた。
撃ち抜かれた巨大な穴から向こう側が見えた。グラリと揺らいで、アシュセイヴァーは倒れこむ。間違いようもない。2体の敵は戦闘不能だった。
「……やったか」
苦戦した。それがキョウスケの素直な感想だった。
アシュセイヴァーの動きは何処か機械的だったが、反応速度が尋常ではなかった。キョウスケの先手を取るような動きこそ見せなかったが、反応して反撃するという単純動作だけで言えば、キョウスケよりも早いかもしれない。
「敵が2機で助かった、というところか……」
あの反応速度の攻撃で、取り囲まれてしまうとかなり危険だ。
しかも行動に躊躇が感じられない。どこか人外を相手にしているような錯覚を覚える敵だった。
とにかく、周囲の敵機は掃討した。
キョウスケの視界には、揺らめく炎以外に視界で動いているモノは確認できない……全滅だ。
「……アクセル、これがお前の求めたものなのか……?」
人類に戦争は必要だと、アクセルは言っていた。
確かに、戦いは必要だ。
キョウスケもそう思う。
キョウスケだって戦い続けてきた。
だがそれは誰かを護るための戦いであり、無暗に命を奪うための戦いではない。
しかし、護るための戦いでも人は死ぬ。たった今も、アシュセイヴァーのパイロットに留めを刺しばかりだった。
── そうだ……俺だって、人は殺している……
キョウスケだって、目の前の光景を作り続けてきたのかもしれない。炎にまみれた絵里阿町のような町を作ってきたのかもしれない。
誰かを護るために、誰を殺すのは許されるのか?
Noと答えたかった。しかしその資格が、自分にはないように、キョウスケは感じていた。
見知った風景が壊される……それがどういうことなのか?
今、キョウスケは身を持って体験していたからだ。
『ベーオウルフ』
アクセルの声が聞こえた。
数秒の間、呆然としていたらしい。
その間にアクセルがMk-Ⅲに通信回線を開き、話しかけてきていた。レーダーには一際大きな光点が表示されている。
「アクセルか……何故、こんなことを?」
不思議なことに、キョウスケの声は穏やかだった。
アクセルの所業は許せない悪であるにも関わらず、声を荒げて責めることが、この時のキョウスケにはできなかった。
キョウスケの問にアクセルが答える。
『必要だからだ』
「こんな殺戮が、か?」
『そうだ。言ったはずだぞ。流れのない水たまりの水はやがて腐る。
世界の腐敗を防ぐために、人類は戦い続けなければならないのだ』
アクセルは淡々と語った。
キョウスケにはアクセルの口調が、何かを隠すためのモノのように感じられた。
もしかすると、彼も迷っているのかもしれない。
「戦いのための戦いに、何の意味がある?」
『戦うこと。それ自体に意味があるのさ、これがな』
「目的と手段をはき違えているだけではないのか? それは正しいことなのか?」
護るために戦ってきたキョウスケでも迷う。
護るためになら戦ってもいいのか? 戦わなければ護れないのか? 戦いの他にだって方法はあるかもしれないのに?
キョウスケだって明確な答えは出せない。もしかすると、初めから正解などないのかもしれない。
『問答はしまいだ、ベーオウルフ』
アクセルが言った。
『俺たちの行動が正義なのか、それとも悪なのか……それは歴史が教えてくれるだろう。
だがな、ここは戦場だ。戦場に生きる俺たちには、たった1つだけ絶対のルールがあるはずだ』
「ああ、戦場では生き残った方が正義だ」
『そうだ。来い、ベーオウルフ』
アクセルのそこで言葉を途切る。
キョウスケはレーダーに映る光点の方角を確認した。遠方から青いロボットが歩いてくるのが分かる。遠巻きながらかなりの巨体であることが分かる ── 明らかに特機 ── スーパーロボットだった。
サイズはキョウスケのMk-Ⅲの倍ほどある。
おそらく、搭乗者はアクセルだろう。アクセル程の実力者が操る特機が相手となると、いくらキョウスケと言えども苦戦は必至である。
「だが、負ける訳にはいかん」
これは護るための戦いだ。
エクセレンとアルフィミィを見つけ、助け出すまで、キョウスケは敗ける訳にはいかなかった。
アクセルを倒す。覚悟を決めると、自然と操縦桿を握る手に力が籠った。
「貫けMk-Ⅲ、奴よりも早く ──ッ!」
Mk-Ⅲのブースターが火を噴いた ──……