Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
暗雲が空を覆い、雷が轟き、雨がキョウスケの髪を濡らしている。
壊滅した基地の前、曇天の下で……キョウスケの体は2機の巨人と対峙していた。
見上げるように巨大な鎧武者ダイゼンガーと、西洋甲冑に身を包んだ銃戦士アウセンザイターである。
キョウスケの体を操るベーオウルフと2機との戦闘は、開始されてから既に5分が経過しようとしていた。
『おのれ!』
ゼンガーが毒づく声がスピーカー越しに聞こえてくる。
ダイゼンガーの剣戟は既に何度も弾かれていた。
彼の目の前に立ち塞がる1機の紅いPTによって。
鬼のような1本角を持つ、ごてごてに装甲を固めた重量級のPTだった。
『ゲシュペンストMk-Ⅲ……なぜ、動く!?』
リボルビングバンカーの切っ先で斬艦刀の一撃を上手く流され、ゼンガーは目の前の事態に驚きの声を上げていた。
Mk-Ⅲは戦闘開始の直後に、基地の中から飛び出してきた。キョウスケの体にとって敵であるダイゼンガーたちを迎撃するためだ。
敵が来たから戦う、それは分かる。
だがいま問題になっているのは、無人のはずのMk-Ⅲが勝手に動いていることだった。
キョウスケの体は、Mk-Ⅲの後方で立ったまま戦闘の成り行きを観察している。
Mk-Ⅲのコックピットには乗り込んでいない。ただじっと眺めている。それだけなのに、Mk-Ⅲは水を得た魚のように活き活きと動き回っていた。
『どけ、ゼンガー!』
アウセンザイターが巨大な2丁ライフル ── ランツェ・カンノーネを連射した。
巨大なビームの筋がダイゼンガーの横をすり抜け、Mk-Ⅲに直撃する。当たり所が悪ければ、連邦の主力量産機ゲシュペンストを1撃で撃破できる威力の砲撃だ。
しかし直撃したはずのMk-Ⅲは無傷……不可視の壁のようなものがMk-Ⅲを包んでいて、2機の攻撃のほとんどはそれにより無効化されていた。
『レーツェル!』
『ああ、バリアーようだな。だが……このような機能はMk-Ⅲには搭載されていないはず……』
『おのれ、面妖な!』
ゼンガーが叫び、ダイゼンガーが斬艦刀を構えた。
『我が一刀は、雷光の煌めき!』
ダイゼンガーは地面を蹴り、Mk-Ⅲとの距離を詰めると斬艦刀を横に薙ぎ払った。超重量武器を振るっているとは思えない滑らかで、しかも速い剣筋が光る。
並の敵機なら音もなく1撃で両断する必殺を、Mk-Ⅲは音もなく防いでいた。
Mk-Ⅲの鋼鉄の皮膚まで斬艦刀が届いていない。
見えない壁がまたクッションとなっている。斬ることのできない空気の壁が立ちふさがっているかのようだった ── が、
『ならば!』
とダイゼンガーが柄の握り手を変えた。横薙ぎの構えから、下方から斜め上に斬り抜ける袈裟斬りへ。しかしMk-Ⅲを斬ることはできない ──
『はあああああぁぁぁっ!!』
── ダイゼンガーは斬ることのできないMk-Ⅲを、その強力を使い、見えない壁ごと空中へ高くと打ちあげた。機体に捻りを加えて……さながらハンマー投げのように、Mk-Ⅲを刀の切っ先に捉えたまま回転して、だ。
Mk-Ⅲが上昇する。見えない壁で移動エネルギーは打ち消せないのか、錐もみ回転させられて自由を奪われていた。
『友よ! 今こそ我らの力を見せる時!』
レーツェルの声に、
『応!』
ゼンガーが応える。
2人の声は闘志に満ち満ちていた。呼応するかのように、2人の乗機の目が強く輝く。
ダイゼンガーは大地を強く蹴り、空中へと躍り出ていた。斬艦刀を肩に担ぎ、まるで何かを待っているように下を見る。そこにはレーツェルのアウセンザイターがいる。
『チェンジ、プフェールトモード!』
アウセンザイターはランツェ・カンノーネを背部に収納すると、足底部のランドローラーで加速し始めた。
疾走しながら機体が変形を始める。腕が折りたたまれ、上半身の装甲が展開、人型の頭部が収納されると同時に、漆黒の馬の顔が露わになる。肩装甲は後方に ── 馬の腰周り部分に ── スライド。さらに収納されていたランツェ・カンノーネが変形し、馬の足に相当する部位に接続された。
2、3秒の早業……人型だったアウセンザイターは、巨大な漆黒の戦馬へと変貌する。
炎をたてがみをなびかせながら、跳躍 ── ダイゼンガーを鞍に乗せて、着地した。特機2機分のパワーを持つ騎兵が大地に立つ。
『刃馬一体ッ、参るッ!』
『友よ、今が駆け抜ける時!』
馬形態のアウセンザイターがダイゼンガーを乗せて疾走。竜巻に匹敵するエネルギーを纏って、ゲシュペンストMk-Ⅲ目がけて駆け抜ける。
降りしきる雨を切り裂いて、空中から錐もみ回転のまま落下し始めるMk-Ⅲに向かって。
ダイゼンガーは刃わたり40mはある斬艦刀を振りかぶって、吠えていた。雄々しき武神の如く、力の限り、斬艦刀を振りかぶる。
『奥義 ── 斬艦刀! 逸騎刀閃ッ!!』
2機の力を合わせた必殺の一刀が落下してきたMk-Ⅲを斬った。
見えない壁に阻まれながらも、斬艦刀はすぅとすり抜け、直後に剣風が巻き起こる。剣圧で生じた竜巻がMk-Ⅲを再び空中へと押し上げる。暴力的な上昇気流で弄ばれるMk-Ⅲを、ダイゼンガーは無慈悲に斬り刻んだ。
流れる連撃の最後を切り上げで〆る。
収束していた風が散り、黒く厚い入道雲に風穴が空いていた。青空からのぞく陽光がMk-Ⅲを照らす。機体にいく筋もの線が奔り、ズレている……斬れていた。
『ふっ、我らに ──』
『断てぬものなしッ!!』
Mk-Ⅲは断末魔に似た轟音を響かせて、空中で爆散した。紅い金属の破片が落ちてくる。
修理も不可能な程、粉々にMk-は破壊される。
その光景を、ベーオウルフはただ黙ってみていた。
俺も、キョウスケもだ。愛用していた機体が散る瞬間を見る。それは辛いものだ。
だがそんなことは些細な事だった。
キョウスケの悲痛な叫び声が俺の頭の中で木霊していたのだから。
── 逃げろ! ゼンガー!!
キョウスケの脳裏にはタスクたちの死がフラッシュバックしていた。
惨たらしい理不尽な死。飛び散る血肉。助けを求める悲痛な叫び声……キョウスケの頭にこびり付いて剥がせないそれらが、ゼンガーを覆い尽くしていくような……キョウスケには、そんな気がしてならなかった。
死。
絶対的な死。
ゼンガーは死ぬ。絶対にだ。
頭を振って否定したいのに、キョウスケと俺は、いとも容易く確信してしまっていた。
理由は分からない。
客観的に見れば、全長40m超の特機に乗るゼンガーが生身の人間であるキョウスケと対峙して、どうし死んだりするだろうか?
ありえない。普通なら殺されるのはキョウスケの方であり、ゼンガーが殺されることなど天地がひっくり返ってもありえない。
絶対にありえない。
だが死ぬ ── 相手がベーオウルフの時点で終わりだ。
殺され尽くした基地の人間がそれを証明している。
『キョウスケ!』
ダイゼンガーがアウセンザイターに跨ったまま斬艦刀を向けてきた。
『我は悪を断つ剣なり! 貴様が悪に成り下がるのなら、俺がそれを止めてみせよう! 行くぞ!!』
ダイゼンガーが斬艦刀を構えた。40m超の大剣を人に向ける。ゼンガーは武士道精神にあふれる漢だから、普段は絶対にこのようなことをしない。
おそらく感じているのだろう、直感か何かで……キョウスケの体に宿るベーオウルフの危険性に。
「……悪か」
ベーオウルフが呟いた。
「我は悪か……? 悪とは何だ……正義とは何だ……悪は悪なのか……正義は正義なのか……お前は……幼稚なまま事を演じているにすぎん……」
『何を言っている!?』
「悪を断つ……傲慢……あまりに傲慢……その傲慢さで、一体どれだけの同族を斬ってきた? 正義とはなんだ? 悪とはなんだ? その問答の果てに……多くの悲劇が生まれるのなら ──」
ベーオウルフはダイゼンガーを見上げた。
40m超の鋼の巨人、特機だ。
人の手足を持ち、武器を持ち、多くの場合は殺し合いに使われる兵器。
武器や兵器は単なる力……要は使い手次第だとよく言われる。確かそうだと思う反面、嘘だとも思う。きっとその言葉の半分以上は詭弁だ。
平和の象徴と褒めたたえられようと、世界平和のための使われようと、特機は所詮兵器だ。正義のために悪を屠ってきた殺戮マシーンだ。それは拭えるはずもない事実。
悲劇を生むモノと言える。
俺にはベーオウルフが何を考えているのか分からないし、言っていることの意味も理解しきることはできない。
確かに、ベーオウルフは人間の味方ではない。
だがもしかすると……人間の敵でもないのではないだろうか?
ベーオウルフはベーオウルフのルールに従っているだけなのかもしれない……何故か、そんな気がした。
「── 我は……全てを破壊する」
ベーオウルフの言葉の後、鋭い音が響いたのを俺は聞いた。
『何だと!?』
続いて、ゼンガーの慌てた声が届く。
視線を向けると、根元から綺麗に折れた斬艦刀の切っ先が宙を舞い、地面に突き刺さるところだった。
間違いなく、ベーオウルフが念動力でへし折ったのだろう。考えてみれば、ベーオウルフは銃弾を念動力で防いでいた。特機にだって有効なのは少し考えれば分かることだ。
しかし、あまりの力の大きさに俺が驚きを隠せないでいると、
『ッ ──── ?!』
一瞬だけ、ゼンガーとレーツェルの悲鳴が耳に届いた。
声が聞こえなくなる。ただ黙って、ベーオウルフの隙を窺っている。そんな沈黙とは何処か違う……何事かと思っていると、アウセンザイターの背からダイゼンガーが転がり落ちた。
大きな音と共に背を大地に預ける。
そして……動かなくなった。
── ゼンガー! レーツェル!!
キョウスケの絶叫が、俺の頭の中で鳴り響く。
活動不能になる程のダメージはダイゼンガーにはみられない。
悪寒が俺の中を奔り抜けて行った。
基地の中での惨状が浮かんで、消えて行く。ベーオウルフを相手にして、機体は無事だが活動は不能になる……きっと、そういうことだ。
「ゼンガー……この体の記憶にある言葉を……お前に贈ろう……」
ベーオウルフはキョウスケの体を動かして、倒れたダイゼンガーに近づく。
足元までやってきたところで、破壊音がダイゼンガーの胸部装甲から聞こえた。胸部装甲が弾けて、遠くへ飛ばされる。血の匂いがした。
ベーオウルフはあえてコックピットの中を見ようとはしなかった。キョウスケにも見えてはいないだろう。
だが、俺には見えた。
このとき程、俺は自分が傍観者であることを呪ったことはない。
血の海になっている。
原型はない。コックピットの中は紅く染まっていた。
気が狂いそうだ。むせ返るような血の匂いに、キョウスケもゼンガーの死を理解する。
── うおおおおぉぉおぉぉっ!!
絶叫と共に、キョウスケの心が死んでいくのを俺は感じていた。
ベーオウルフが言う。
「戦場では……最後に立っていた者が正義なのだろう……?」
悪魔が笑っていた ──……