東方鏡魔暦   作:逆月 燐

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一応東方SSを書くに当たってwikiは読んでいますが正直にわかです。

誤字・脱字の指摘、感想の投稿、評価等していただけたら幸いです。

設定の大幅な解釈ミスは指摘されても物語の都合上修正が出来ない場合があるので、後学のための参考程度にしかできませんが、万一そのようなミスがあれば躊躇なく仰って下さい。

何故、大体後書きに来るような言葉がここにあるのか?
それは1章の仕様上の問題です。


第1章 1話 始まりは異変とともに

ここは幻想郷と呼ばれている世界。

何故かは知らないし、誰が言い始めたのかなんてわからない。そもそもそんなことを知る必要はないのだ。

ただ、人間以外の種族も平然としてその辺りを闊歩していることだけ知っていればいいのだろう。

 

 

そんな幻想郷に存在している人里。よく人里なんてあるもんだ、と思ってしまうがそれはやはりこの幻想郷に於いて一定の秩序が保たれている証拠なのだろう。そうでなければ妖怪や何かに人間という種族が根絶やしにされているだろう。

 

 

昔話か何かでは妖怪なぞは凶暴で野蛮に言い伝えられているが、実態は人里の店までわざわざ買い物にくるような状態である。こんなにまるくなったのにも何か理由があるらしいが、一里人の私の知る由ではない。とりあえず緩く暮らせる、という認識が持てればよかったのだ。

 

 

そう、あんなことに巻き込まれるまでは――。

 

 

目が覚めると朝食をつくらなくてはならない。だから、もう少し眠っていよう。もぞもぞと寝返りを打つと覚醒しかけていた意識に、布団に移った体温の温もりがはっきりと感じられた。少し寒さを感じて慌てて身体を元の位置に戻す。

 

 

「ん……春眠暁を覚えず、でしょ。寒さで目が覚めちゃったじゃない」

 

 

質素な朝食をつくる。世間的にはもう暖かいと呼べる季節なのだろうが、寒さへの耐性が極端にない私にとってはまだ寒い季節だ。朝食をつくるために触れた水は当然のことだが冷たい。冬に比べればまだマシだ。その冷たさで完全に意識が覚醒して体がきちんと動き始める。

 

 

玄関の方を見遣ると毎朝のことだが新聞が届けられている。この新聞は天狗がつくっているものらしいが、よっぽど暇なのか物好きなのだろう、やつらはついぞお金を請求したことがない。

……ただ、安いものに大きな効果を求めてはいけないという良い戒めにはなった。

送ってくる新聞ごとに著者が違っていて多種多様なのだが、唯一の共通点がゴシップ性だけをひたすら追い求めていて、捏造記事まで書くこともしばしば、ということだ。

 

 

この前も、“何かろくでもない事を書いて提訴された鴉天狗がいる、ということを捏造記事としてでっちあげた鴉天狗が逆に起訴されて困っている、と書いた記事が全くの嘘であったことが世間様に露呈し、さらにその記事を書いたのは本人ではなくゴーストライターの白狼天狗であってそいつが天狗社会の格差がどうのと騒ぎ始め――と書いたものもやっぱり虚構でした、という記事すらフィクションで……(以下無限ループ)なんていうややこしいとか頭を使わせるとかいう次元を超えてただただ読みにくい新聞を書いてきたやつがいてその新聞に対してある妖精が「理解できなくて頭が痛くなり死にそうでした」と意見を送ってきたらしいが、その投書自体が作り物で本当に苦情の声が寄せられてきたこともやっぱり嘘でしたという記事が……(以下無限ループ)という感じの事が延々と続く新聞記事「週刊デマ記事を見破ろう(創刊号だけ安い)」を始めました、というウソの広告が発表されて事態は更に混沌の渦へ――続きは明日の朝刊で。”という超大作を置いて行った。

 

 

露骨な字数稼ぎはやめろ。と言うより、ネタが無いなら新聞を出すのをやめろ。あと、大半内輪ネタなのをやめろ。どうせ今日のも嘘っぱちで明日は別のことを書くんだろう。

 

 

そう思って手に取るとどの記事も胡散臭く見える。広告とか何かの大きな組織的な力を感じるレベル。

 

 

一つの広告……というより告知が目に留まった。「寺子屋で講演会。入場無料」

 

 

……なんて雑な広告だ。日時とか内容に一切触れない斬新さ。呆れてものが言えなくなる。

文字の下に描かれている猫耳を付けた女の子と狐耳を付けた少女の絵の雑さ加減からもこの広告に対する製作側の意欲が見て取れる。

 

 

少し気になってしまった。何時から始まるのか知らないが朝食を食べ終えたら行ってみよう。

 

 

幾分か経った後、朝食の後始末をしてから自室に戻りその辺に掛けてある着物に袖を通す。

いつからあるのか知らないが、やたら裾の短い茶色の着物で、裏地には豪華な紅白梅図屏風みたいなものが刺繍されているというものだった。

みたいな、となったのは元の絵に無い二匹の青色と藍色の蝶が描かれていたからだ。

裾が短すぎるので足が寒い。新しく普通なデザインの着物を買うことも考えたが何故かこんな珍妙なデザインのものの方が落ち着くのであえて買わなかった。足元の防寒の為にニーソックスを穿く。着物とソックスとの間だけは衣類に守られず相変わらず寒い。

だがそこは我慢の問題だろう。この前人里で、少女用雑誌に「そのままの自分でモテようなんて甘い!」と書いていたのを見たし。モテようなんて思ってもいないが。

 

 

鏡を見ながら髪を纏めていく。長年の習慣で無意識的に左右で少し長さの違うツインテールが出来上がる。いつからこの髪型なのかも覚えていないが気にするところではない。

 

 

そのまま靴を履いて玄関から出る。朝日の眩しさに少し目を細める。見慣れた街並みが、少しだけ、ほんの少しだけいつもと違って見えた。

 

 

街に出て、脇目もふらずに寺子屋に向かう。ちゃちな新聞の広告だったが私が思っていたよりは集客率が高いようで、普段よりも賑わっている。人混みの中を見ると、広告で見た猫耳を付けた女の子と狐耳を付けた少女が忙しなく動いていた。

 

 

「紫さまや稗田阿求さんたちによる講演会で~す。是非ともご参加ください」

 

 

「今ご参加していただくと、なんと、もれなくお茶とお菓子のサービスがついてきます!」

 

 

……いいのかこのやり方。

 

 

まあ、元々私は暇人で定職に就いていなくて、今日は予定が無かったのと、どことなくキナ臭い新聞の広告に惹かれてここにやってきたわけだから、お茶が付こうがお菓子が付こうが迷うことは無い。

かといって、稗田家の者が来たことによって恐らく話されるであろうと推定できる幻想郷の歴史に特別な興味があるわけではないし、そもそも稗田阿求さんが来る、なんてことはあの雑すぎる広告には全く書いていなかった。

 

 

稗田家は人間たちの間では有名だ。というのも、稗田家は代々幻想郷の歴史についてまとめた本を編纂しているらしいからだ。

らしい、と言ったのは、私自身はそもそもあまり本を読んでいないのと、稗田阿求さんに出会ったことが無く、人々の噂で聞いた程度の知識だったからである。

 

 

久しぶりに入った寺子屋の屋内の様子は、以前とさほど変わっていなかった。適当に並べられた長机の、教壇に近い方はいかにも学者然とした風貌の人たちによって占められていた。その他は、私の様に物見遊山がてら立ち寄ってみた、と言う感じの人たちや、単純にお茶やお菓子目当てで来た、と言わんばかりに配られたそれらを貪っている人たちがちらほら見られるぐらいだった。

 

 

お茶を啜りながら数分待っていると、教壇に数人のひとが上がって来た。聴衆のざわめきが一区切り付くと、その中の代表と思われるひとが一歩前へ出た。

 

 

「私が主催者の八雲紫よ。今日は集まってくれてありがとう。今日の議題は“幻想郷の歴史と現在の異変について”なんだけど、けっこう人が集まるものね……」

 

 

少し含み笑いを浮かべながら挨拶をしているその後ろで先ほど客引きをしていた二人が溜息を吐いていたことは言うまでもない。あの二人はこの紫というひとの部下なのだろう。

 

 

その含み笑いの視線は私を一瞥したにすぎなかったが、その一瞬だけは私を、というより私個人だけを確かに捉えて離さなかった気がする。あくまで、そんな気がしただけで、実際その視線はもう壇上の別の人物に注がれている。

そして、その人物は前例に倣って前に出た。このひとは私も知っている。

 

 

「私は上白沢慧音だ。顔見知りのやつも多くてうれしいぞ。今日は一緒にこのテーマについて話し合っていこう。よろしく」

 

 

私が寺子屋に通っていたときと変わらない口調で挨拶をこなす。寺子屋で今も生徒たちを指導している先生だ。そういえば幻想郷の歴史について詳しい知識を持っている、という話を聞いたことがあるような気がする。

慧音先生(今は直接指導されている訳では無いが、長年親しんだこの呼び方が一番言いやすい)が一歩後ろに下がると、その横にいた人物が前に進み出る。

今までの面々と比べると小柄な少女は、丁寧にお辞儀をしてから話始めた。

 

 

「稗田阿求と申します。よろしくお願いいたします。今日は一緒に学び合いましょう」

 

 

熱心な参加者たちの拍手が響く。

拍手の音が小さくなると最後の一人が前に引っ張り出された。

 

 

「やめろ紫。そんなことをされなくても挨拶ぐらいできる。……っと見苦しいところを見せてしまったようだな。私は大宅縫暦(おおやけのほうれき)という者だ。まあ、ここの歴史について調べてもいるが、それよりは歴史を語る、つまり、世を継いでいくことがメインの仕事……かな」

 

 

縫暦の自己紹介が終わると、司会の仕事が始まる。

 

 

「自己紹介も終わったし、早速本題に入りましょうか。まず、この幻想郷を創ったとされるのは……」

 

 

「ええ、幻想郷縁起によると……」

 

 

「確かに、そう書かれてはいるが……」

 

 

「しかしながら実際は……」

 

 

四人が真剣に話していることを学者のような人たちは熱心に聴いているようだが、正直なところ私にはほとんど理解できなかった。そもそも実感が無いのだ。実感が無いものは想像し難い。

興味本位で立ち寄っただけだから話の内容が理解できたかどうかは関係ないだろう。そう思いながら、もらったお茶を飲んでいると、話が一段落ついたようだ。

 

 

「さて、ここらで私の本職を始めさせてもらうとするか」

 

 

縫暦がそう言ってから、鞄から分厚い書物を取り出した。そして、目を閉じ一呼吸置いて、また目を見開いた彼女は、今までと纏っている雰囲気が少し違って見えた。

 

 

「昔、女ありけり。右大臣の位にておはしましける。右大臣は才よにすぐれ、めでたく……」

 

 

とても明瞭に響いた声はどこかノスタルジックな感じがしたが、それを通り越して古めかしささえ感じさせた。

しかし、その声は私の眠気を誘うには十分すぎた。朝起きてからそんなに時間は経っていないし、寝不足な訳では無い。それでも意識を保っていられない。

 

 

やはり話題が私に合っていなかったのだろう。熱烈な関心を持ってここに来たわけではないのだ。会場を見回してみると眠っている者が少なからず見受けられる。

今更一人眠っている人が増えたところで支障はないだろう。

 

 

睡魔にトドメをさされるその手前で、私は呑気に談笑をしている八雲紫を見た。いや、壇上にいる奴らは一様に笑っている。荘厳な話を語っているはずの大宅縫暦さえも笑っているようだ。

それも、他の人たちが浮かべている微笑みとは比べられない程の獰猛さで。

 

 

体がゾッとして震えたように感じた時にはもう遅かった。

 

 

風が体を撫でる感触がする。

木の葉が揺れて擦れる音がする。

鳥の囀りが聞こえる。

寒さで体が震えた時、ようやく目が覚めた。

視界いっぱいに広がっていたのは緑の森だった。

慌てて周りを見回しても、森しかない。

 

 

おかしい。森で寝たことなんて一度もない。もっと言うと野宿の経験もない。

危険だからだ。妖怪たちが活発になる夜を一般人が村の外で過ごすことは半ば公然と死を意味する自殺行為だ。

たとえ明るいうちの昼寝か何かだったとしても危険であることには変わりない。

 

 

……それにしても、私は何故こんなところにいるのか。

私が目覚める前にしていたことを思い出せない。

昨日の夕飯までは辛うじて思い出せたが、それ以降のことが何一つとして思い出せない。

苛立ちが募り思わずその辺の木に八つ当たりしてしまう。

ふと思いついて、木に登ってみると、遠くに里が見えた。そして、里の反対側の、そう遠くない所に一つの神社が見えた。

 

 

あれはおそらく博麗神社だろう。里の人々はこの立地の悪さでほとんど立ち寄ることは無い。かくいう私もあまり行ったことが無い。せいぜい気分が良い年の初詣ぐらいだ。

久しぶりに見た神社に惹かれて、私は知らないうちに歩き出していた。

しばらくすると、思っていた通りの人っ子一人見当たらない閑古鳥の鳴き声さえ聞こえてきそうな佇まいの鳥居が見えてきた。

 

 

神社の境内に足を踏み入れると、とても暇そうに掃き掃除をしている一人の巫女が見えた。この、割と広い博麗神社のたった一人の住人兼巫女。そして、この幻想郷を支える重要な役割をたった独りで果たしているという少女。

里ではそれなりの知名度と人気があり、うちの近所の人は以前、「天狗がいい写真を撮ると幻想郷中の男たちの今晩のおかずが足りる」という謎の評価をしていた。

その博麗霊夢はゆっくりとさもつまらなさそうに私の方を見た。

 

 

「あっ。久しぶりの人だ。お金?お賽銭?それとも……貢ぎ物かな?」

 

 

あまりに参拝客がおらず、貧乏でお金に困っているのではないかという噂が巷で流行るのも納得の台詞だ。目の輝き方が半端ない。そう言われて初めて財布の場所を気にして、普段買い物をする時に財布を入れている場所に手をやるが、それの感触は無かった。

私は買い物目的でなければ財布は持ち歩かない主義の人間なので、とりあえず私が買い物目的で外に出てこんなことになったというわけではないという重要なことがわかった。財布を盗られていたなら話は別だが。

独りで納得していると、目の前にいる霊夢が明らかに落胆した表情を見せた。

 

 

「お金持ってないってことは、外の人?」

 

 

外の人、というのは幻想郷の外から来た人のことだ。

主に幻想郷の外でマイナーになったものがここに流れ着くらしいが、人が来るなんてことがあるとしたらどんな扱いを受けた人なのだろうか。まあ、何か扱いを受けている時点で流れ着くには至らないだろうが、何の干渉も受けないということはつまり存在していないことになるのではないか?しかし、外で存在していないものがこちらに流れて来るというのはおかしな話で……。

段々複雑になっていく思考を吹き飛ばして、質問に答える。

 

 

「いや、幻想郷生まれの幻想郷育ち。生粋の幻想郷っ子だよ」

 

 

霊夢の顔が呆れたものに変わる。

 

 

「幻想郷っ子って初めて聞いたわ。自分で言うのも何だけど、参拝目的以外でこんな辺鄙な所に何の用事で来たの?」

 

 

「実は、朝目覚めるとそこの森の中だったので、神社が近くにあったから立ち寄っただけです」

 

 

この話を聞いて、霊夢の顔色は一気に変わった。その表情に憂慮の念は無く、代わりに変わったことへの好奇心だけが見えた。

 

 

「へえ。じゃあ少し質問するけど、昨日は何をしていたの?」

 

 

「一日中部屋でのんびりしていました」

 

 

「ただの暇人ね。で、今日は?」

 

 

明らかに暇そうな人に暇人と言われたくはなかったが、残念ながら今日のことはさっぱり思い出せない。首を横に振っていると別の質問がきた。

 

 

「いきなり難しい問題になってきたわね。それじゃあ、あなたの名前は?聞き忘れてたしね。たぶん知っていると思うけど、私は博麗霊夢よ。霊夢でいいわ」

 

 

「ああ。その程度なら思い出せるはず……あれ?」

 

 

私の体に悪寒が広がっていく。どうしても思い出せない。もっとも重要で簡単な「私は何者なのか」ということなのに。

 

 

霊夢は好奇心溢れる表情から一転、心配そうな表情を浮かべた。

 

 

「あなた大丈夫?相当頭を打ったみたいね」

 

 

「いえ、そんな……」

 

 

頭を撫でても痛みは無かったし、傷の痕跡もなかった。

 

 

「まあ、昨日のことを覚えているなら、家は分かるんでしょ?家の表札とか何かで思い出せるんじゃないの?」

 

 

「家のことは覚えていますね。じゃあ、これから見て来ます」

 

 

霊夢は多少面倒そうに私を見送ってくれた。

 

 

「その辺の森は気を付けてね。時々妖怪が出るから」

 

 

「お心遣い有難うございます。行って来ます」

 

 

少し歩き出したところで、また、霊夢が私に声を掛けてきた。

 

 

「何か変なことがあったらまた来てね」

 

 

あったら、という言葉を強調した辺りに心境が察せられる。賽銭のひとつも出さないような奴は邪魔なだけだから戻って来るな、と言いたいのだろう。

まあ、何かあっても来るな、とは言われなくて良かったと思うべきだろう。

 

 

しかし、私の考えも霊夢の考えも杞憂に終わるだろう。里に戻ると、家があって、その表札で私は名前を思い出し、ちょっとした記憶喪失でした、ということで万事解決……するはずだった。

 

 

私は、記憶の中の私の家と同じ建物の前にいる。しかし、それは見た目は同じでも、決定的に違う。知らない人が住んでいるのだ。そして、淡い期待を抱いていた表札も、無い。

私の表札が他人のものにすり替わっているならともかく、今この家に鎮座している謎の人物のものまでないのはおかしい。

記憶違いもあるかもしれないので、他の家も見て回ることにした。

記憶と寸分違わぬ街並み、家の配列。

全て見終わった後で、私は愕然とさせられた。

全ての家に表札が無いのだ。あるいはそもそもそんなもの最初から無かったのではないか、と思わせるほどに。

そして私は再び私のものであったはずの家の前に立っている。

意を決して扉を叩く。一分ぐらいすると、里では珍しい恰好をした人がのっそりと出てきた。薄い青の髪に紫の衣、顔には青味が掛かったゴーグルを掛けていて、瞳は緑色のように見える。

 

 

「どちら様ですか」

 

 

中性的な外見から放たれた声は予想より小さく、低かった。こちらが質問をしようと口を開いたとき、思い出したように相手は一言付け加えた。

 

 

「宗教の勧誘はお断りしています」

 

 

「大丈夫ですよ。少し質問があるだけなので」

 

 

こう言うと、相手は少し訝しげな視線を私に向けてきた。

 

 

「質問……ですか」

 

 

「ここにはいつから住んでいるのですか」

 

 

この質問に相手は少し、笑ったように見えた。

 

 

「そんなことですか。何の意味があるのかは知りませんが、私はこの家に生まれて、この家で育ちましたよ。だから大体二十年そこそこ、といった感じじゃないでしょうか」

 

 

予想外の答えに驚くものの、二つ目の質問に移る。

 

 

「最後にこれだけ聞かせてもらえませんか?」

 

 

「はあ、何でしょう」

 

 

「あなたのお名前は?」

 

 

相手の視線が一瞬鋭くなる。

 

 

「名前ですか……」

 

 

一瞬迷ったような仕草を見せたが、すぐに答えを出した。

 

 

「申し訳ないですが、宗教上の理由でお答えできません」

 

 

なんて宗教だ……。そんなものがあるのかと呆気につられつつも、もう一つ質問をしようとした。

 

 

「他の家にも表札が無いのは何か、その変な宗教と関係ありますか?」

 

 

今度はあっさりと答えた。

 

 

「知らないなぁ。そんなこと初めて聞いたよ」

 

 

次に私が何か言おうとした時、相手に止められた。

 

 

「最後の質問から一つオーバーしちゃっているよ。悪いけど、こう見えても忙しいからね」

 

 

そう残して、相手はゆっくりと扉の向こうに去って行った。

明らかに変なことしかなかったので、博麗神社に戻ることにした。

夕焼け空からの、少し涼しくなった風が身体を撫でていく。

その涼しさが、一瞬悪寒の様に感じられた。

 

 

博麗神社の境内には誰もいなかった。神社の社殿の中に入って、ようやく霊夢を見つけることが出来た。

 

 

「ああ、戻って来たのね」

 

 

その言葉には送り出してくれた時のような面倒臭さは無かった。

 

 

「とりあえずご飯にしましょう」

 

 

そう言って、割烹着を着たまま机に食事を並べていく。

よく見ると、ちゃんと二人分ある。

 

 

「あの……これって」

 

 

「ああ。どうせ戻ってくると思ったからね」

 

 

「それってつまり、里が何か変だってことを知っていたってことですか?」

 

 

霊夢はけろりとした顔で首を横に振った。

 

 

「そんなことは知らないから後で聞かせてもらうとして、戻ってくると思ったのはただの勘よ」

 

 

予想外の答えに驚いてしまった。

 

 

「勘ですか」

 

 

「ま、実際の所は二人分作ってあなたが来なかったとしても、自分で食べれば良いし、自分一人で食べきれないと思っても、神に供える為に作ったとか言えば合理化できるでしょ。それにここ意外と来客多いからそいつらにやっても良いしね」

 

 

もっとも、と一言いれて恨めしそうに言葉を続ける。

 

 

「お賽銭持ってくるような奴らじゃないけど」

 

 

流石、妖怪に乗っ取られたと噂されている神社である。妖怪たちに金という概念さえあれば一発逆転の大儲け……と思ったが、信仰がなければ神社に金を落とす義理は無い。

どう考えても貧乏にしかならないわ、これ。

負の連鎖が断ち切れないどころか、もはや宿命とさえ思えてきた。

まあ、収入無しでも食べていけているからそこまで悲観することはないだろう。

 

 

「あ、そんなことよりあなたの名前を考えてあげるわ。名前が無いと呼び辛くてしょうがないもの」

 

 

もちろん、と一言置いて、

「てきと……じゃなくてこの博麗の巫女が誇る天性の勘でね」

 

 

今一瞬聞こえちゃいけないようなことが聞こえたような気がした。

やる気を出した霊夢は、筆を持って紙の前に座って何か呟いている。

呪文か何かかと思って詳しく聞いてみた。

 

 

「何か降りてこないかな……何かそれっぽいやつ。ここでいい感じのものがつくれたら顧客が増えるビッグチャンスよ。金持っているかどうか怪しいけど、稼いで貢いでもらうまでよね。……とにかく何か降りて来い!!」

 

 

……まあ、がんばってくれていることは伝わった。

考えること数分。突然霊夢が動き出し、そしてすぐさまその紙を私に突き出した。

 

 

「菅原蒼夏(すがわら そうか)なんていうのはどう?」

 

 

菅原蒼夏という名前を心の中で反芻してみると、思いのほかしっくりとくるものがあった。

 

 

「菅原蒼夏……良いと思います。これで何かを思い出せれば良いのですが……」

 

 

「ま、そんなに焦ることじゃないでしょ」

 

 

少し遠い目をしながら、続ける。

 

 

「今回の異変っぽいものは、たいしたものじゃなさそうだしね」

 

 

「そんなものですか。やっぱり歴戦の巫女は違いますね」

 

 

「まず異変と言ってもいいのかどうかわからないからね……。逆にデカい妖怪とかが絡んで無さそうだから張り合いが無いというかやりがいが無いというか、まあ、すぐ解決しそうな感じね」

 

 

肩を竦めて、そこで思い出したように一言加えた。

 

 

「あっ、そうそう。すっかり自己紹介を忘れてたわ。私は、幻想郷が誇る麗しの巫女、博麗霊夢よ。あと、一泊までなら出来るけど、連泊は出来ないわ。申し訳ないけど。理由は……その様子だと言わなくてもわかっているみたいね」

 

 

全然申し訳なさそうじゃなかった。むしろ誇りに思っているんじゃないかとさえ思う。

 

 

「うん……噂通りの参拝客の少なさだったから」

 

 

げんなりとした表情で机に倒れ込む霊夢。

 

 

「なんで記憶喪失の人まで憶えてるレベルの噂になってるのよ……。どれもこれもイメージが悪すぎるからだわ。蒼夏、記憶が完全に戻ったら私を崇め奉った噂を広めまくってよね。それが今回の御代よ」

 

 

これは彼女なりの優しさなのかもしれない。そう考えると、自然と笑みがこぼれた。

 

 

「はい」

 

 

私の返事を確認すると、霊夢は満足そうに立ち上がった。

 

 

「じゃあそろそろお風呂に入って寝ましょう。明日からの宿泊先だけど、まあいくつか心当たりがあるから、明日案内するわ」

 

 

ふと見上げた月夜は、記憶喪失の身であることすら忘れそうになるほど美しく見えた。

 

 




「さて縫暦ちゃん。今回の異変解決にどうしてあなたが呼ばれたか、わかる?」


縫暦と呼ばれた女性は隣で横たわっている二人の少女を見ながら、ぶっきらぼうに答えた。


「ちゃん付けするな」


対面に座っている年齢不詳の女が少女の様に笑う。


「いいじゃないの。呼びやすいんだから」


「はぁ……。何度言っても無駄か。そうだな――」


そこまで言って障子の向こうの人影に気付き、言葉を止めた。
沈黙を不思議に思った相手が視線を辿って振り返る。


「あら、藍じゃない。お疲れ様。入っていいわよ」


藍は三人分のお茶を持って入って来た。


「紫様、縫暦さん、どうぞ」


紫、と呼ばれた対面の女は視線で話の続きを促す。


「そうだな――」


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