東方鏡魔暦   作:逆月 燐

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「そうだな――」


そう言って縫暦は腕を組み息を吐く。
紫はその瞳を覗き込み、話の続きを待つ。


「大宅家の家訓ではあまり物事の先をネタバレさせてはダメなのだが……」


もったいぶった言い方で誤魔化そうとするが、紫はそれを許さない。


「焦らされるのは嫌いなの。家訓なんてどうでもいいわ。……もしかして実は展開が予測できていない、とか?」


「おいおい、挑発のつもりか?紫、妖怪の賢者たる者が情けない」


そう言って縫暦は主を侮辱された式神を見遣ったが、澄ました表情をしていた。
まあ、侮辱と言うほどの侮辱では無かったが。
それを確認し、さらに語調を強めて言う。


「いいか?お前は私の能力を知っている。そして知った上で私をここに呼んだ。さらにお前も能力を使って私に協力している。ならば、何故私を呼んだかは私に聞かずに自分に聞けば分かることだろう?」


紫は、うっ、と言葉を詰まらせたがそれも一瞬のことだった。


「つれないなぁ、縫暦ちゃんは。そろそろハッキリ言った方がいいんじゃないの?――今回の異変は今まで通りに行かない、って」


「紫様……」


式神である藍までもが紫を残念なものをみるような目で見ている。
ここで縫暦は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。


「フン、やっぱり私が言うよりお前が言う方が早かったな」



第3章 1話 命を賭けてアルバイト

某日。

私は里の集会場に来ていた。私以外にも大勢の人が来ている。

皆一様に手にゴツイ得物を携えている。

ざわついていた会場の一段高い場所に一人の男が立つ。

会話が徐々に消えていき、入れ替わるように熱気が満ちてきた。

数秒経って男が口を開く。

 

 

「皆知っているだろうが、数日前、里の重役さんの依頼が入った。そして我々は依頼を完遂するために妖怪どもを叩き切らなければならない!」

 

 

男の演説は場の空気とともに激しさを増していく。

 

 

「我々が依頼を完遂した暁には当然だが我々に報酬が入る。そして今回の報酬は最近の細々としたその辺の依頼の報酬とは違う!諸君!闘え!そして殺せ!報酬が欲しければ、殺して――生き延びろッ!」

 

 

沸き上がる男や会場とは対照的に、私は静かな闘志を燃やしていた。

親の遺産で最近までは食いっぱぐれずにいられたが、とうとう所持金が底をつきかけたのだ。

つまり、金欠。生活するための仕事を探していた時、偶然さっきの男が話していた通り、高額報酬の案件がある、という噂を聞いたのである。

 

 

妖怪退治、なんて正直私はやったことがない。

しかしまあ、武器を振り回していたらどうにかなるだろう、と気楽に考えて家にあった刀を一振り持ってきたわけだが、周りを見ると全然装備や気合いが違う。

妖怪退治を生業とするプロなのだろう。

 

 

だが、そんなことどうでもいい。とにかく報酬が第一だ。あの報酬額、多分この人数で割っても一人に里の平均的な仕事の一年分の年収が行き渡るだろう、ってぐらいの額だった。

あの玄人らしき男の発言からしてこの仕事は難しいのだろう。しかし、不謹慎な話だが頭数が減れば、その分一人一人の報酬が増える、ということである。

これは何としても生き残らなくてはならない。生き残ればなんとかなる。

まあ、私一人だけが生き残るという最悪の事態も無くは無いがそんな事態は考えなくてもいいだろう。考えたところでどうにもならないからだ。

 

 

そういえばこの案件を紹介していたチラシの横にもう一つ高額案件があったことを今更ながらに思い出した。

しかし、あっちはブラック感が満載で、報酬も、さっきは高額なんて言ったが、実際は『何でも一つ、希望のもの』という何とも胡散臭そうなものだった。

あっちの方が稼げたはずだが、何をすればいいのか分からなかったのでこっちを選んだ、ということである。何分、いかにもブラックな文言のほかは連絡先と面接がある、ということしか書いていなかったのだ。

 

 

面接に落とされてもう一方の一攫千金のチャンスをみすみす逃してしまうのは惜しい。

そんな事を考えていたら、玄人の皆様方の準備が終わったらしい。

リーダーらしき人が呟いた。

 

 

「時間だ」

 

 

その呟きは小さな声だったが確かに聞こえた。

移動を開始する人たちの真ん中あたりに割り込む。

先頭はもっての外だし、殿は奇襲を受ける可能性がある。

着物を着て、長さが左右で違う青いツインテールの髪型をして、珍しく武器を持っていない女性の後ろに並ぶ。

見たところ同世代のようだ。武器を持っていないのは私と同じ考えなのか、訳あってのことなのか。

集会所の外に出ると、前に居た人たちの間から、今回の依頼主と思われる恰幅の良い人が見えました。

 

 

「では諸君、頼んだよ」

 

 

それだけ言って、その人はゴツイ護衛の人たちとどこかに行きました。

その人が見えなくなるまで見送った後、また行進を始めました。

里から出て一時間が経つ頃、整備された山道を歩いていた私たちの後方から悲鳴が聞こえました。

それに続いて、

 

 

「て、敵襲だーッ!」

 

 

という言葉も聞こえました。

つまり、一時間とちょっと前に私が考えていたことが実際に起こってしまったのです。

振り返ろうと首を捻った時、気づかされました。

 

 

既に私たちは妖怪たちに囲まれているのだ、と。

こうなってしまっては隊列もへったくれもありません。

各々が自らの生死を賭けて闘うだけです。

チラッと隣を見ると、同世代の彼女はもう戦闘に入っていました。

この判断の速さは、それだけ戦闘に慣れているということでしょう。

私も刀を構えて襲ってきた妖怪と闘うこととなりました。

だんだん押されていく状況の中で調子づいた妖怪が口を滑らせた。

 

 

「あのデブの言うことは本当だったな!活きの良い人間どもが沢山集まってくる、ってな!武装しているとは予想外だったが……まあ腕に覚えがある奴しか募集してなかったから関係ねぇ。」

 

 

デブ――それは恰幅がいい、とも言い換えることができる言葉。

そして、これだけの妖怪を集められそうなデブを私は知っている。

いや、さっき見た!一時間とちょっと前に!

 

 

つまりは嵌められた、ということだろう。

調子に乗って鍔迫り合いをしていた妖怪は別の人の剣に倒れました。

そいつの後ろにいた、こちらに無防備な背中を見せていた妖怪を切り伏せました。

ようやく初戦果です。

私が初戦果を上げる頃には妖怪の数は最初に見た数の半分ぐらいになっていて、人間の数は三分の二ぐらいになっていました。

私が三人を切り倒していた頃、もう妖怪の数はかなり減っていました。それに対して、人間側の損害は半数、といったところでした。

 

 

それから十分ぐらいして、ついに襲ってきた妖怪は全滅しました。

私は生き残ったのです。

これで三年は暮らせるぞ、と思いながら集団の後ろを付いて行きました。

 

 

今思うと本当に甘かった、と思います。

あれだけパーティの殿だけはやめよう、と思っていた一時間半ぐらい前のことをすっかりわすれていたのですから。

 

 

歩き続けて二十分、突然誰かの走る音が聞こえてきました。

 

 

「ん?」

 

 

私は、直感はいい方だと思います。その直感が動きに反映されるかはこの際置いておいて。

何かマズいことをしたな、と思いました。そして、これからもっとマズいことが起きるな、とも。

私の人並みよりは少し大きい方の胸の少し下から、剣が生えました。

ここからやけに世界がゆっくりと見えて、そのことは鮮明に憶えています。

力が抜けかけた体に力を入れ、気力だけで刀を抜き、真後ろに突き立てました。確かな手応えがあって、それに安心して思わず笑みが零れました。

そのまま前のめりに倒れて段々世界がぼんやりしていきました。

そして私が目覚めるまでの記憶は途切れています。

 

 

目覚めたのは彼岸花が多く咲き誇る川沿いだった。

もう遠くまで行ってしまった舟から声が聞こえてきました。

 

 

「今日はやけに客が多かったな!まあ、もういないだろうし、今日の仕事は休みにしよう!映姫様も仕事が多いと大変だと思うからな!サボっているんじゃなくて思いやりだからな!あの人の口癖みたいに善行を積んでいるわけさ!はっはっはっ!」

 

 

何だか自分に言い聞かせているような口ぶりだった。

周りの状況から判断するに、私は死んでしまったがあの世に行き損ねた、ということなのだろう。

溜め息を吐きながら深紅の彼岸花の花を映した水面をじっと見つめていると、いきなり水の中の景色が変わった。

 

 

さっきまでは彼岸花を映していたのに、彼岸花が消えて、桜の花びらが映っている。

吸い込まれるように見ていると、文字通り吸い込まれた。

桜の花びらが舞い散る石段の回廊を延々上っていると、門のようなものが見えた。

終着点を見つけた喜びを糧に一気に駆け上る。

門からは大きな屋敷と、花を散らせる桜が見えた。

 

 

これ、入ってもいいのだろうか。

数秒の逡巡の後、足を踏み入れた。

どうせ他には行く当てがないのだ。これ以外の選択肢は無い。

屋敷の玄関を確認したが、呼び鈴みたいなものは無かった。

仕方なく数回戸を叩いて、呼びかけてみる。

 

 

「すいませーん!誰かいませんかー!」

 

 

これを三回程繰り返したが、全く返事がない。それどころか人気がない。

しょうがない、誰か人がいたら事情を説明して納得してもらおう、そう思ってようやく屋敷の屋内に入る。

 

 

「すいませーん!誰かいませんかー!」

 

 

さっきから言っている言葉を繰り返しながら歩く。

部屋の障子を開けながら、また言葉を繰り返す。

何度そんな事を繰り返しただろうか。しかし人の気配が感じられない。

今は屋敷の者が全員出払っていているのだろう。そうすると泥棒に間違われるかもしれない。そこまで考えて、それはさすがに避けたいと思い、一旦引き返すことにした。

屋敷から出るタイミングと屋敷の者たちが帰ってくるタイミングが合うと嫌だなぁと思いつつ振り返った直後、心臓が止まりそうになった。

 

 

私の後ろに女の人がニコニコした表情で立っていたのである。

全く気配を感じなかった。亡霊かよ、とツッコむこともできず口だけは声にならない言い訳を紡ごうと必死だった。

 

 

「うふふ……お客さんなんて珍しいわねぇ。何か用?」

 

 

柔らかい物腰だが、どこか迫力がある人だった。

 

 

「え、えーと、水面を見ていたらいきなりここに続く石段に来ちゃって……その……泥棒とかじゃないです。家に帰りたいから道を尋ねようかな、とか……」

 

 

振り返って見れば、うまく言葉に言い表せられない状況だった。

こんな説明が通じるのかと不安だったが、相手はまだニコニコしている。

何か漠然と不安だから話題を変えてみよう。

 

 

「そ、そういえば何時から後ろに?」

 

 

「うーんと、そうねぇ。石段で進もうかどうか迷ってようやく決心した姿とかは見てないけど、まあ、屋敷に入って来てからかな」

 

 

戦慄が走った。

つまり私がここに飛ばされた時からこの人は私を見ていた、ということである。

その人は言い忘れていたことがある、といわんばかりにうーん、と前置きしてから言った。

 

 

「家に帰るための道なのだけど……それは私では答えられないの。ごめんなさいね」

 

 

少し落胆しながら礼を言う。

 

 

「親切に答えてくださってありがとうございます。この屋敷に他の人っていますか?いたらその人にも尋ねたいのですが……」

 

 

その人が慌てた姿は初めて見た気がする。

 

 

「ああ、違うの。まあ、他にもう一人住人はいるけど、その子に聞いても無駄よ。とにかく違うの」

 

 

「違う、って何が?」

 

 

その人はまたニコニコした表情に戻った。

 

 

「家に帰るための道を教えられないのはあなたの家を知らないから、とかここから里までの道を知らないから、とかじゃないの。正確にはあなたは家に帰っても何もできないってことよ――亡霊さん♪」

 

 

「は?」

 

 

いやもう何が起きたのだろうか。何を聞いたのだろうか。今、彼女は何と言ったのだろうか。

もう一度素っ頓狂な声が漏れる。

 

 

「は?えっ?」

 

 

やっぱり彼女はニコニコしていた。ようやくまとまった言葉が口から出るようになる。

 

 

「いや亡霊って……」

 

 

彼女はニコニコしたまま私を指差している。

 

 

「私がっ?」

 

 

うんうんと頷いている。

 

 

「確かに死んだとは思ったけど……やっぱりか」

 

 

まあ、亡霊と言われて最初は驚いたが当然といえば当然なのである。

あの時確実に私は死んだ。

生きていたら、変な、彼岸花が咲き誇っているような場所では目覚めなかっただろうし、さらにこんなところに来るはずもないのである。

亡霊という事実は受け入れられる。

 

 

「死んだらこんなところに来るのですね。意外といい場所ですね」

 

 

「いい場所なのは否定しないけど、死んだらまずは彼岸に行って、三途の川を渡るはずなのだけど……もしかして行ってない?」

 

 

彼岸っぽい場所には行ったと思うけど、そういえば川は渡っていない。

 

 

「それっぽいところは行ったと思うけど、川は渡ってないですね。もっと言うと……」

 

 

その先に続く言葉は相手に取られた。

 

 

「舟が行ってしまって、帰ってきそうになくて渡れなかった、ってことね。あそこの死神は怠慢だから困るわ」

 

 

先に続く言葉を取ったにも関わらず、相手は深く考え込んでいる。

 

 

「でも何故あなたはここに来ることができたのでしょうね?ここには三途の川を渡った後、閻魔に言われて来ることぐらいしかできないはずなのに」

 

 

「それは……突然水面に映る景色が変わって……その中に吸い込まれたからなのですが」

 

 

私の説明を聞いているのか聞いていないのか分からないが尚も深く考え込んでいる。

 

 

「三途の川を渡っていないということはまだ正式には死んでいない……つまり……」

 

 

数秒後、彼女はまたいつものニコニコした表情に戻った。そして唐突に何かを思い出したように両手を合わせる。

 

 

「私ったらお客様のおもてなしをするのを忘れていたわ。さ、この部屋で待ってて」

 

 

さっき人がいるかどうかを確かめるために障子を開けた部屋に通された。

正直あの人が何を考えているのか分からない。しかし何をされても死んだ身には関係ない、と割り切ると自然に勇気が湧いてきた。

数分、まあ実際どのくらい時間が経ったのかは全然分からないが私の中では数分、待った後、ニコニコ顔のあの人が部屋に入ってきた。

両手でお盆を持っている。お盆の上には三人分のお茶とやけに多いお茶菓子が載っていた。

三人分なのは少し前に言っていたもう一人の住人のためのものなのだろう。

お茶を戴いて一息ついていると、また女の人が立ち上がった。

 

 

「お茶とお茶菓子のことばかり考えていたら大事なものを持って来るのを忘れちゃった。ごめんね」

 

 

そう言って部屋を出ていく。

今度は早かった。見れば手にチラシのようなものを持っている。

それも、こんなところでお目にかかるとは思っていなかった類の。

あぁ、という声が勝手に漏れて、チラシから目を逸らす。

 

 

「うふふ。その様子だと知っているみたいね。感心感心。私ねぇ、明日あなたを三途の川まで送り届けようと思っていたけど、あなたがまだ『完全に』は死んでないただの亡霊だってことを思い出してふと思いついたの」

 

 

差し出されたチラシを受け取る。

チラシには「初心者歓迎!!」とか「アットホームな職場です!!」とか「若い世代が頑張っています!!」とかのブラック感満載な言葉が躍っている。

そして報酬の欄には『何でも一つ、希望のもの』という意味不明なことが書かれていた。

あとは面接が有ることと連絡先が書かれていた。

 

 

「それね、友達から貰ったの。いい人がいたら紹介してね、って」

 

 

「まさか……」

 

 

「うん。そのまさか。私面接官も兼ねているらしいから」

 

 

そこまで言って、その人からほんわかした感じが消えて、代わりに鋭さが増す。

自然と背筋が伸びた。

 

 

「このアルバイト、やってみない?」

 

 

有無を言わさぬ凄味があった。

 

 

「報酬は――あなたの生命よ♪」

 

 

この人は笑顔で仕事に文字通り命を賭けろ、と言ったのだ。正気の沙汰ではない。

しかし私は頷いていた。

第一、 他にすることがない。いや、三途の川に送られて死ぬ、という選択肢もあった。

だが、このまま死にたくはない、という思いが勝っていた。

 

 

「うんうん。いい返事」

 

 

またほんわか感が戻ってきて緊張から解放される。

緊張から解放されて、ようやく疑問が湧いてきた。

 

 

「それにしても……何をする仕事なのですか?」

 

 

相手がその質問に答えようとした時、勢いよく障子が開かれた。

 

 

「幽々子様、庭の手入れ、完了しました」

 

 

そう言いながら白いショートの髪の同世代っぽい女の子が入ってきた。

 

 

「妖夢、ご苦労様。お茶入っているわよ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

妖夢、といわれた少女はお茶を一口啜ってからこちらを見て、また、幽々子様と呼んだ人物の方に向き直った。

 

 

「幽々子様、このお方は一体……?」

 

 

「いい質問ね、妖夢。例のバイトで採用が決まった子よ。名前は……えーと……そういえば聞いてなかったわねぇ」

 

 

「幽々子様、しっかりして下さい。あっ、私はここ、白玉楼の庭師と幽々子様の世話役の魂魄妖夢と申します。以後お見知りおきを」

 

 

すっと一礼する妖夢の背中から、白いマシュマロみたいな何かがぴょこんと出てきて意思があるのか一礼っぽい動きをした。

妖夢の様子を見ていた幽々子様と呼ばれていた女性の苦笑する声が聞こえた。

 

 

「妖夢ちゃんは堅苦しいわねぇ。私は西行寺幽々子。ここ、白玉楼の主で亡霊よ」

 

 

亡霊だったのかよ、という言葉は口に出さないでおく。

あの時全く存在感を感じなかったのはそのせいだろう。いや、単純に気配を感じ取るとかやったことあまりなかったせいかもしれなかったが。

 

 

「幽々子とか、ゆゆちゃんとか、ゆゆさまとか好きに呼んでいいよ」

 

 

当人は気軽に言っているが、今までの出来事や話の中でそんなに気軽に接することができるような人じゃないのは分かっているので気が引ける。

 

 

「私は朱羽鏡佳(あかばね きょうか)です。大規模な妖怪狩りに初めて参加して死んじゃったけど何故かここに来て変なアルバイトに採用されました。精一杯頑張るのでよろしくお願いします」

 

 

しみじみとした顔で妖夢が呟いた。

 

 

「だからあの仕事をするのですねぇ。私はだれも応募者がいないとばかり思っていました」

 

 

この口ぶりではあの変な仕事の内容を知っているのだろう。そしてそれはあまりいい仕事ではないのだろう。

 

 

「妖夢さん!もしかして仕事の内容を知っているのですか?さっき採用が決まったばっかりでチラシを見ても全く分からないんですよ」

 

 

妖夢は少し考えてから言った。

 

 

「あっ、詳しいことは私も全然。ただ募集している人が……」

 

 

言葉尻を濁らせる。そういえばこの仕事の依頼主は幽々子様の友人だと言っていた気がする。

幽々子様ですら只者ではない。況や……。恐る恐る尋ねてみる。

 

 

「あの……幽々子様。結局仕事の内容って……?」

 

 

「あはは。まだまだ固いねぇ鏡佳ちゃん。心配いらないよぉ。一度死んだ身に怖いものなんてないからねぇ♪」

 

 

「幽々子様!それでは答えになっていません!」

 

 

私よりも妖夢の方が心配そうだ。そんな妖夢を宥めながら答える。

 

 

「まあ、詳しいことは私も知らないのよ。これから依頼主の所まで届けるね」

 

 

幽々子様の後を歩いて五分ぐらい、白玉楼の庭の中心ぐらいに出た。

庭師の妖夢の腕が際立つ庭園だった、とか思ったけど結局庭の良し悪しなんて分からなかった。綺麗で整然としているからやはり凄いのだろう。

家に庭とか無いからね、仕方ないね。有っても手入れとかしないだろうしね。

 

 

きょろきょろと周りを見ていたら、突然空間が裂けて、女の人が出てきた。

絶対只者じゃないんですけど……。いや、空間裂くって。里の外はすごいなと思いました。

 

 

「あら幽々子、呼んだ?」

 

 

その裂けた空間から半身だけ出した女の人は気軽に名前を呼んだ。

これヤバい展開ですわ。何がヤバいってもう何か全部。

 

 

「そう。例のバイトの子が見つかって。まだ募集しているのなら紹介するわ。鏡佳ちゃんよ」

 

 

その紹介とともに一礼する。

 

 

「どうも、朱羽鏡佳です。よろしくお願いします」

 

 

その女の人は私を一瞬見ただけでうんうんと頷いた。

 

 

「あれ全然応募してくる人いなかったんだよねー。採用よ。私は八雲紫。よろしくね」

 

 

やっぱり応募している人はいなかったのか。この際ラッキーだが。

差し出された手を握ると一気にその空間に引きずり込まれた。

 

 

空間が閉じる前に見えた最後の光景は、やっぱりニコニコしながら手を振っている幽々子様と頭を抱えた妖夢だった。

 

 

空間が開けると雪国……とかではなく見覚えのある部屋の中だった。

どこだったっけ?ここ。

思い出そうとしていると、障子が開いて人が入ってきた。

 

 

「あっ、慧音先生。久しぶりです」

 

 

相手は幸いにも覚えていてくれていたようだ。

 

 

「ん?ああ、朱羽か。久しぶりだな。それにしても何故……って紫のせいか」

 

 

「慧音の元教え子?いっぱいいるのによく覚えてるね」

 

 

私も正直忘れられていると思っていた。

 

 

「フッ、名前通りの赤い髪と素行の悪さ、覚えているとも」

 

 

「そんなに悪いとは思ってなかったけど……」

 

 

「補習の常連が何を言っているんだ?」

 

 

うぐっ、返す言葉も無い。思えば素行も悪かった。

 

 

「へぇ~、ま、やんちゃなぐらいじゃないと今回の仕事は向いてないかもね。よく幽々子も見抜いたね」

 

 

多分向いてないと思うよ。何をするのか知らないけど。

 

 

「それより、そろそろ何をするのか教えてくれませんか?」

 

 

「そうだった。間に合って良かったよ。一つ隣の部屋で待っててくれる?その部屋にいればわかるから」

 

 

間に合う?期限付きの募集だったのだろうか。

隣の部屋に入ると人が大勢いた。応募者沢山いるじゃないか。

この中から選抜試験か何かで最終採用者を決めるのだろうか。

その辺の席に座ると猫耳の付いた女の子がお茶とお茶菓子をくれた。

お茶を啜りながら数分待っていると、教壇に数人のひとが上がって来た。聴衆のざわめきが一区切り付くと、その中の代表と思われるひとが一歩前へ出た。

 

 

「私が主催者の八雲紫よ。今日は集まってくれてありがとう。今日の議題は“幻想郷の歴史と現在の異変について”なんだけど、けっこう人が集まるものね……」

 

 

何だそれ。こっちは仕事の面接だと思っていたのに。

周りを見たが、誰も驚いていない。つまり、あまりに応募者がいないから別の餌で釣ろう、って魂胆か?

胡散臭い八雲紫という人の挨拶が終わると、慧音先生が進み出た。

 

 

「私は上白沢慧音だ。顔見知りのやつも多くてうれしいぞ。今日は一緒にこのテーマについて話し合っていこう。よろしく」

 

 

慧音先生が一歩後ろに下がると、その横にいた人物が前に進み出る。

 

 

「稗田阿求と申します。よろしくお願いいたします。今日は一緒に学び合いましょう」

 

 

稗田……どこかで聞いたことがあるような気がする。

確か慧音先生の授業で……でもどんな人って言ってたっけ?

くっ、これが補習常連者の実力だというのか。

熱心な参加者たちの拍手が響く。

拍手の音が小さくなると最後の一人が前に引っ張り出された。

 

 

「やめろ紫。そんなことをされなくても挨拶ぐらいできる。……っと見苦しいところを見せてしまったようだな。私は大宅縫暦(おおやけのほうれき)という者だ。まあ、ここの歴史について調べてもいるが、それよりは歴史を語る、つまり、世を継いでいくことがメインの仕事……かな」

 

 

最後の人の挨拶が終わると粛々と話し合いが始まった。

まさかこの会議の内容について後でテストでもするのか?

十分ぐらいは聞いていたが、ダメだ。長い話は聞いていられない。

 

 

睡魔と極力仲良くしよう、が昔の私のスローガンだったと思うが、今は成長を見せて睡魔と極力闘っている。

 

 

うつらうつらとしながら今回の仕事の依頼主である八雲紫を見た。

ニコニコしているが幽々子様とは違ってどこか裏があるように見える。

その点では幽々子様の方が上手だ。

他の人たちも一様に微笑を浮かべている。……いや、最後に自己紹介した大宅縫暦という人だけは微笑ではなかった。より獰猛な、凶暴な、そんな笑いだった。

思えば前に座っている人たちが皆、私を見ていたような気がする。

 

 

そこで意識が途切れた。

 

 

次に目が覚めた時、目の前にあったのはいつものニコニコ顔だった。

 

 

「目が覚めたぁ?鏡佳ちゃん」

 

 




誤字・脱字の指摘、感想・評価等よろしくお願いします。
前書きのところで「ん?何だこれ?」となった皆さん。1章1話の後書きの続きになっております。1章ずつ書くのが普通だと思いますが、まあ、訳あってこんな感じで投稿しています。
今は予定があまり入っていない時期なので書けるときに書けるだけ書いています。
振り返れば私が「受験生」と呼ばれていた時代も「一日何ページ」みたいな勉強は苦手で続きませんでした。
定期的な投稿、というのはできないかもしれませんが自分なりのやり方で続けるので見ていて下されば有り難いです。
受験生とか受験を数年後に控えた人たちが見てくださっている可能性もあるので「受験生」という肩書きを持っていた頃の話もどこかで書いていきたいのですが紙幅が足りないので今回は見送らせていただきます。
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