「何がつまらないって? 年齢はね、女子にとって最もデリケートに扱うべき話題なの!」
どちらが主なのかもわからなくなるような二人のやりとりを見ながら、縫暦はせせら笑う。
「どうせ君たちはそんなつまらない概念を捨てた身だろう? どこぞの求道僧よりも殊勝な心掛けじゃないか」
紫は、その言葉に反論することもなくただつまらなそうに鼻を鳴らした。
数秒の沈黙を置いて、また会話が再開される。
「まあ、あなたを信頼していないわけじゃないけど、あくまでこれは契約であり仕事だという事を忘れないでね」
宵が空け、白んでくる部屋を見ながらつまらなそうな縫暦の呟きが響く。
「悪いようにはしないさ……。さて、仕事だ」
そして、乱雑に積まれた本の山の上にあるものを開き、読み上げ始めた。
頬杖をついて紫が眠そうにそれを聞き、藍はいそいそと日課に取り掛かった。
「目が覚めたぁ?鏡佳ちゃん」
最早見慣れた顔が目の前にあった。しかし、今はこの人の、のほほんとした雰囲気に呑まれてはいけない。
言葉は返さず、ただ軽く頷きながら必死に記憶の糸を手繰り寄せる。
何日前の夕飯を忘れ始めたらヤバいのかは忘れてしまったが最近身の回りで起こった重要な出来事ぐらいは憶えている。
まず、私は金に困って大規模な妖怪退治の仕事に志願した。大した経験も無いままに。
無事に帰れると思っていた矢先、私は後ろから刺されて殺された。それはもうあっさりと。
その後、彼岸花が狂ったように咲き乱れている水辺に行き、今現在私がいるであろう白玉楼なる場所に流れ着いた。
目の前で相変わらず底の見えないニコニコとした笑顔を振りまいている西行寺幽々子と出会い、また、従者の魂魄妖夢という人にも出会った。
ならば、いつ眠りについてしまったのか。
「ねぇねぇ、聞いてる~?」
目の前でサッサと掌が何度か上下させられている。
悪いがまだ何か重大な見落としがありそうなので無視して考える。
そのまま寝ていたならここまでの違和感はないはずだ。もっとよく思い出せ。
「そろそろバイトの本題に移りたいんだけど、いいかな~?」
その言葉で思い出す。
そうだ、バイトだ。私は「報酬が私の命」とかいうクソみたいなブラックバイトをやらされているんだ。確か、雇い主は幽々子様じゃなかったはずで……。
ふと、視線を感じた。幾百、幾千という目が私を見ている感覚がする。ただの興味本位なチラ見じゃない。もっと粘つくような、いわば監視するような視線だ。
中断させられたが再び集中する。朧げな記憶の中で空間が――。
「っあああぁぁぁ! おえぇ」
いきなり頭の中がカチ割られたような鈍痛がして、たまらず声をあげ、えずく。
「大丈夫? 鏡佳ちゃん?」
背中を何度も優しく撫でてくれる幽々子様。おかげで実際に吐くことはなかった。
これ以上思い出すことも無視することも出来ない。
「ありがとうございます。少し記憶に違和感があったので思い出そうとしたのですが……」
それだけで伝わったらしい。
首をゆっくりと縦に何度か振る。
「まあ、正式な手順を踏めば苦痛なく思い出せるわ。それがバイトの第一段階だもの」
ますますどんなバイトかわからなくなってきた。
それにまだ詳細を聞いていない。
「そう言えば、詳細を話してくれるんでしたよね?」
「ええ。一応伝言は聞いておいたから」
そう言って机を挟んで私の対面に座る幽々子様。
机の上にはバラエティー豊かなお菓子類が山ほど積まれていて、正直幽々子様の顔も半分ぐらいしか見えない。幽々子様より身長が小さい私は向こう側からどう見えるのだろうか。
「あっ、鏡佳ちゃん。遠慮なく食べてね。もう家族みたいなものだし」
ホストファミリーか何かか。呆れの声は出ることは無い。目の前の歌舞伎揚げの山と饅頭アンド最中タワーを見れば呆れという感情がどこかへ行ってしまった。
「では遠慮なく……」
数分の間、バリバリという小気味良い音がそう広くは無い和室に響く。
お茶を飲み、歌舞伎揚げの山から完全に幽々子様のニコニコしたいつもの顔が見え始めるようになったあたりから話が始まる。かなり有った気がするけど無くなるの速いな。
「単刀直入に要件を話すとね、今の鏡佳ちゃんでは仕事にならないの」
噛み砕いた歌舞伎揚げの欠片が静かにお茶の中へと沈む。
「え? ……それよく面接受かりましたね」
「まあ、すぐに解決出来るからね」
「それで、何故今の私では仕事が出来ないのですか? そこまで仕事熱心ではないですが一応聞いておきます」
饅頭をフードファイターも斯くや、という勢いで食べながら話を続ける幽々子様。
「あなたは中途半端に死んでいるから、仕事に全力を出せないの」
私も饅頭を食べながら話を聞く。つぶあんの甘さを味わいながら身振りだけで続きを促す。
「だから、ちょっと生き返らないとダメなのよ」
さも何でもないように放たれた一言だが、インパクトは十分すぎる。
あまりに現実離れしていたために一瞬思考を放棄してしまったが、飲み込んだ饅頭が食道を通り抜ける感覚で現実に呼び戻された。
「あの……簡単そうに言いますが、そんなこと出来るんですか?」
それでもペースは変わらない。手にした最中を真ん中からちぎって私にくれた。
「鏡佳ちゃん、私はさっきあなたに最中を半分あげたでしょ? これとほとんど同じぐらい労力はいらないのよ」
全く意味が解らない。首を傾げていると庭から戻って来た妖夢が補足してくれた。
「完全な死体を甦らせることに比べれば、ですよ」
貰った最中を更に半分こして渡す。
「なるほど……って、それも結構大変なんじゃない?」
幽々子様が饅頭を妖夢に渡しながら言葉を返す。
「まあ大変でしょうね」
「えっ……さっき最中を半分に割くより簡単だ、って……」
「まあまあ落ち着いて。それは私たちがその道について素人だからよ。何事にも先達あらまほしき事なり、ってのは真理の一つでもあるわね」
つまり、この世界のどこかにプロがいるということか。プロにとって造作の無いことであってもそれを受ける私にとって簡単かどうかが重要なのだが完全にはぐらかされたようだ。
「ええと、そんな人いるんですか?」
「ここからは少し距離があるけどね。私の知り合いであり、このバイトの依頼主の知り合いでもある。つまり、もう照会してあるから後はあなたが現地に行けばすべてがわかるはずよ」
妖夢もその言葉に何度も相槌を打っているので有名なのだろうか。
「何か凄い人ですね……」
ただただ感心するばかりの私に妖夢さんが質問してくる。
「里で生活していたならご存じないですか? 竹林にある永遠亭という建物に住む凄腕の医者です」
ここ数日の記憶は怪しいが、もっと前ならきちんと憶えている。
「生徒が体調をかなり崩した時、慧音先生が何かそんなこと言っていたような気もする。まあ、私は幸か不幸か体が丈夫だったからお世話になったことは無いね。今考えればとても残念だ、うん」
その竹林の場所とか知らないし。
幽々子様は、そんな私の思考はお見通しだ、と言うように笑い、
「大丈夫、妖夢が案内してくれるから。あと、里でお買い物もよろしくね」
無邪気に薄い巻物みたいなものを渡してきた。
まさか、と思って少し広げてみたら流麗な筆遣いで、焼き鳥と書かれているのが見えた。
ちなみにその隣には、ぽてとちっぷす、と言う文字が無邪気に踊っていた。
この巻物全体に買い物リストが作られているのか……。お金足りるの?
「ふ、風流な文字ですね……リスト化して正解です。私じゃこんなに憶えられません」
「そうかしら? ね、妖夢?」
幽々子様から視線を受けた妖夢が気恥ずかしそうに顔を赤らめ、俯く。
「幽々子様、もう何度目だと思っているのですか。それと、客人の前では恥ずかしいのでその巻物出さないでくださいよ!」
そんな妖夢を窘める幽々子様。
「あら、失礼ね。鏡佳ちゃんは食客じゃないわ。もう家族のようなものよ」
その言葉に怪訝そうに眉をしかめる妖夢。
「幽々子様、それはどういう……」
この二人の間でやりとりされていることが掴めない。それはただ私のお勉強の出来なさ加減に起因するものではないだろう。もっと深い意味が込められている感じがする。
「ええと、とにかく皆さんにご迷惑はおかけしませんので!」
察知できた情報を統合して、最善手を打つ。
下げていた頭を上げると幽々子様に抱きしめられた。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、ほんのりとした人肌の温もりが安心感を抱かせる。
「少し勘違いしているみたいね。大丈夫、もう気が付いているかもしれないけど、人が一人増えたぐらいではここの家計は小揺るぎもしないわ」
「幽々子様……それを自分で言いますか? それはともかく、このバイトが異変解決のために募集されていたものなので、私たちは異変の期間の長さがおおよそどのくらいになるのか、ということについて話していたのです」
異変の期間……そんなに簡単に計算できるようなものなのだろうか。もし計算できるのだとすれば、それは最早偶然ではなく恣意に塗れた必然――つまりは出来レースだ。
しかし、幽々子様はあっさりと推測した。それが合っているのか、今までの経験に基づくものなのか、そういうことは置いておいて、とにかく、この漠然とした問いに何食わぬ顔で解を示したということが重要なのである。
ならば、この異変とやらの出どころは、そして黒幕はもう判明しているのだろうか。
そして「もう家族のようなもの」という言葉から考えられるのは、長い付き合いになる、ということ。幽々子様と妖夢、そして異変とも。
「大丈夫。あなたたちの働き次第でいくらでも短く出来るわ。それでも私たちの関係は長く続く、それだけのことよ」
頭をポンポンと二回撫でられ、ようやく解放される。
「ありがとう、幽々子様。……さあ、妖夢。そのスーパードクターによろしくしに行くよ」
「そうですね。少し支度をしてくるので待っていて下さい」
待つことしばし。肩から鞄を提げ、二振りの刀を携えてやってきた。
「鏡佳さん。では行きましょう」
「あはは、少し堅いよ。鏡佳でいいって」
数秒考え込む仕草をして顔を上げる。
「そうですね。行きましょう、鏡佳」
そう言って妖夢は空中に浮き上がった。えぇ……何それ。
妖夢は私が追い付くのを待っている。……この人間離れした業を今体得しろと?
咄嗟に後ろの幽々子様の方へ振り返る。
幽々子様はいつもの表情で何度か首を縦に振っている。
それに勇気付けられ、目を閉じ、深呼吸をする。
落ち着け。一度死んだ身だ。やってやれないことはない。
大きく息を吐いて目を見開く。もう一度息を吸い込むと、体中に力が張り巡らされてゆき、息を吐くと全身から緊張が抜けてゆく。
空を飛ぶことに力が必要なのかどうかはわからないが、呼吸を整え、少し助走をつけて跳躍する。
体が重力から解放され、若干居心地の悪さを感じた。
ああ、完全に人間界の何かから完全に見放されたのだと、もう一般人に戻ることは叶わないのだと身に染みる。
集中力が完全に明後日の方向に向いてしまったのが原因か数十秒で着地する。
ここまできてしまったのならばもう吹っ切るしかあるまい。今の私は半分幽霊みたいなものだ。そして幽霊は大抵浮いているイメージがある。人間ではない自分に適応されるのは人間の法ではない。幽霊だとか亡霊の類の理である。
今度はその場でジャンプする。最高点に達したところでまた浮遊感に包まれる。
身体が重力から解き放たれて自由落下が始まることは無い。
「浮いた……」
「ええ。そのぐらいは出来てもらわないと困ります」
幽々子様の評価基準高すぎる。ますますこのバイトへの危機感が高まる。
妖夢は先輩風を吹かせながら小刻みに動いている。
「鏡佳。では参りましょう」
「道案内頼みましたよ、妖夢」
初心者の私に配慮しているのか比較的ゆっくりと空を飛ぶ。それでも歩くよりは遥かに速く、そして楽である。何故今まで飛んでいる人を見たことが無かったのだろうか。
吹き付けて来る風を感じながら道順――道など無いような物だが、を憶える。言い換えれば白玉楼のある方角がどちらなのかを意識して飛ぶ、ということだ。
木々が生い茂っている同じような風景を何度も見送ってそれでもまだ飛行していくと、やがて遠くに極端に緑が少ない場所が見えてきた。
先を進む妖夢がこちらに振り返る。
「もう人里は見えましたね? まだこのまま近づきますが段々高度を落として近くからは徒歩で向かいます。いきなり頭上から物体が落ちて来ると驚くでしょ? まあ、不文律ってやつです」
ようやく納得した。
「だから私は空を飛ぶ人たちを見たことがなかったのか……。いつでも空から掻っ攫えるってのはやっぱり人間にとっては、恐怖であるし脅威でもあるね」
目の前の妖夢に倣って段々と高度を下げる。木々の枝葉を避けるように飛びながらしばらくして着陸する。初めてだったもので少し躓いて転びかけた。
「そういえば例の医者って竹林にいるんでしょ? 何でこっちが先なんですか? 後にすれば荷物を抱えて移動しなくてもいいだろうに」
「ま、先方への手土産ってこともあるけど、まだまだ掛かるから先に腹ごしらえしておこうかな、って考えてね」
そう言われればお腹が空いて来た。人里へ続く門をくぐりながら話題は自ずとご飯のことになる。
「結構人里慣れしてそうですけど、どこか好きなお店とかあります?」
「そうだね……私は焼き八目鰻の屋台が結構好きかな。あそこの店主とは旧知の仲ですし」
記憶を漁ると、確かにそんな店があった気がする。何度か行ったが悪くない店だった。
「確か店主が鳥の妖怪かなんかだったような……」
店主の姿をおぼろげに頭の中で思い描いていると妖夢の笑い声が聞こえた。
「そうそう、幽々子様に食べられそうになっていたことが何度かあったよ」
「一応人型なのに食べられるんですね……」
飽くなき食欲と探求心に脱帽。やはり只者ではない。
見慣れた道を歩いていると私たちの足は自然と同じ方向に向く。
確かこの通りを抜けた先に……。
「あれ……」
妖夢の呆然とした声が聞こえる。確かこの辺にあの店があったはずなのだが、と考え込んでいると肩をつつかれた。
「あれ」
妖夢の指差した方を見ると一軒の廃屋を見つけた。屋台を支える骨組みが完膚なきまでに破壊されており、地面にまで凄まじい破壊の痕跡を残していた。
そしてそのすぐそばに見慣れた人物も。
「ミスティアさん。これ……何かあったのですか?」
妖夢が遠慮気味に私の記憶の中の店主と一致する人物へ話しかける。
そのひとは妖夢に気が付き、ゆっくりと振り返る。
「あ……妖夢」
しかし次の言葉が出るまでには少々の時間を要した。逡巡の後、口を開く。
「これね……霊夢に派手にやられて。焼き鳥屋の人間にちょっとちょっかい掛けただけなのにまさかここまでやられるとはね。焼き鳥って原動力だけでもここまでするのだから貧乏はある種の病だよね」
妖夢は、その霊夢という人物を知っているのか深いため息をついた。
「全くあの人は……。ところで商売を再開する気はあるのですか?」
さっきまでの沈痛な表情をコロッと変えて営業スマイルで首を縦に振り、
「もちろんだよ。その為に今使えそうな機材を引っ張り出している所だし」
瓦礫の山の一部が動く。
「みすちー、これとかどう?」
中から蛍の妖怪みたいなのが出てきた。店主は満足そうにひとつ頷き、肩を竦める。
「経営者としては従業員を路頭に迷わせるわけにはいかないしね」
やっぱり妖夢は深く溜め息をついた。
その後、復興作業を手伝って、お礼にタダで商品を受け取った。その後、別の屋台や店からも頼まれていたものを買い込む。異次元レベルの大人買いで、顧客としてこれ以上の存在が他にいないのか、凄まじいまでのサービスもいただく。
何軒も回っていると疲れてしまった。その辺のベンチに腰掛ける。早めの昼食のはずが、すっかり遅めのランチになってしまった。
「そう言えば最初に店主が言っていた霊夢って人はどんな人物なの?」
お茶を一啜りしてから苦笑交じりに解説してくれる。
「霊夢。博麗霊夢。博麗神社って神社の巫女でこの世界の管理をとある妖怪から任されているの」
そこで一区切りつけて、無残な残骸となった建物を一瞥する。
「見ての通り確かな実力だけど、加減知らずなところもあるし、一番の問題はあまりお金がなくて金に少しがめついところかな。辺境に有って、しかも妖怪がたむろする神社に参拝に行く物好きってそんなにいないでしょ?」
「その神社、妖怪の溜まり場なんですか……」
それはほとんど人が寄り付かないわけだ。人が来ない神社にはお賽銭も入って来ない。
「ま、妖怪退治に異変解決、外から迷い込んできた者を外に送り返す役割や外との結界の管理、それだけのことをやってのけるのだから幻想郷にはなくてはならない存在よ。だから多少のことが有っても多くの者から慕われるの」
最初はひどい人かと思ってしまったのを申し訳なく思うほどの仕事ぶりだ。素直に感嘆の声が漏れかけた。
「へぇ……妖怪退治に異変解決……ん? 異変解決?」
聞き捨てならない言葉が……。
「その完璧超人がする異変解決の手伝いがバイトの内容って、それどれだけ大変な仕事なんですか」
妖夢は苦笑いして顔をそむける。
「ま、まあ色んな人たちが好き勝手やってますし、そこまで気にしなくても……。私もたまに貢献したりしなかったりしてましたよ」
妖夢、経験者だったのか。協力してくれるのなら頼りがいがある。
「じゃあ経験者の妖夢から見て、今回の異変はどう思うの?」
そむけていた顔を戻し、至極真面目そうに肩を竦める。
「私には今異変が始まっているのかどうかも分かりません。大概気付いたら取り返しのつかない状態の一歩手前みたいな感じですね。ここ最近はそうでもない気もするけど」
「素人には異変かどうかの区別もつかない……これ仕事になるんですかね?」
別にならなくてもいい。というより、なるな。……でも雇われている時点で観念している。
「幽々子様たちは多分知っているだろうけどほとんど教えてくれません。色々事情があるのでしょう……あと、聞いてもほとんどわかりません」
その言葉を聞いて、この話題に区切りをつけるために立ち上がり、大きく伸びをする。
「ふぅ……それなら聞かない方が良いだろうね」
きょとんとした表情で首を傾げる妖夢。
「賢そうな妖夢でも分からない話なんて寺子屋の補習常連だった私には絶対分からないよ。その補習も大体踏み倒した感じあるし」
その話をしていると、自然と脳裏に寺子屋の風景が思い出される。……ここで既視感に襲われて動きが止まる。
「それ、自慢する事じゃないですよ……どうしました? 鏡佳」
「ん? ああ、そう言えば最近誰かと寺子屋の話をしたような気がするな、と思って」
どこかで……しかし、またあの頭痛に襲われてはかなわないのでこれ以上の詮索はやめておく。
何でもないよ、と一言添えて再び移動を始める。
さっき入って来た門とは逆の方角の門へと歩き、門を出て少し経つと段々徒歩から飛行へと移行していく。
「白玉楼からは結構距離あるね」
「人里を経由したのでそう感じるのでは? 慣れればそうでもないですよ……っと、そう言っている間にも、ほら」
妖夢の指差す先を見ると、鬱蒼と生い茂る竹林が見える。現在の自分の周囲はまだ竹がちらほら見える程度だが、もっと前には竹なんてほとんど見かけなかったので、徐々にではあるが近づいている証拠であろう。
この周りに生えている木の名前とか全然分からない。こういうのがサラッと口から出ると知的な感じがするのだが。
竹林に突入すると、まだ昼過ぎだというのにかなり暗く感じる。木漏れ日がかなり少ないのである。
竹林の中をひたすら進むこと十数分、何度も同じような風景が続いて流石に飽き飽きしてきた。
「妖夢、この方角で合ってるの?」
前を飛ぶ妖夢は振り返らないまま答える。
「いつも適当に飛んでいたら辿り着くので大丈夫です」
全然大丈夫そうじゃない。
「ここは、迷いの森、と言って素人は必ず迷うように出来ている天然のラビリンスなんですよ」
唐突なカタカナ語に思考がラビリンス入りだよ……って、ラビリンスの意味知ってたわ。
この永遠に続くのではないかとさえ思う竹林なら無理もない。
もうここ五回ぐらい通った気がする。あの竹……神権ゼミで見た!
竹を見過ぎて、里で読んだ通信教育教材の漫画の一コマを思い出すレベルに思考が崩れていく。何であの漫画、だいたい稗田阿求さんとお近づきになれるほどの学力が約束される展開なんですかね……。
さらに十数分。背中越しでも妖夢の焦りが感じられる。
「別に急いでないから大丈夫だって」
「そ、それはそうですが……いつもはもっと早く着いたと思うのに……」
ちらりと視界にまわりより一回り程大きな竹が目に入る。この竹八回ぐらい見たよ、多分。
そろそろエンドレスを突破してもいいような気がする、と思っていると視界に動くものが入ってくる。この、静かなること何とかの如し、みたいな竹林の中では動くものはそれだけで珍しい。
妖夢も気づいたのか音源の方を見る。
「おや、妖夢さん。その袋に抱えたお団子は月へのお供え物ですかね?」
ウサ耳をつけた小さな女の子が立っていた。里ではウサ耳の妖怪を見た事なかったので斬新に思える。探せばいるものですねぇ。
「この中の一部はね。お供え物だからあなたは食べちゃダメよ、てゐ」
その一言でウサ耳少女は態度を一変させた。
「どうせ月が何かを食べることなんてないから、結局は私たちへの貢ぎ物ってことでしょ? で、ご注文は?」
私たち、ってことはまだ何人かこの竹林に人がいるというわけだ。不便じゃないの?
妖夢はウサ耳少女に団子をいくつか握らせて囁く。
「取り敢えずは道案内を。……これは挨拶代わりなので袖の下にでも」
ウサ耳少女が何かを言う前に私が叫んでしまった。
「袖無いけど!?」
薄いピンクのワンピースには団子を入れるためのスペースなど絶望的なまでに無い。
私の驚愕を気にする事も無く、ウサ耳少女は団子を口いっぱいに放り込む。
その姿はウサギと言うよりリスみたいだ。
団子を飲み込んでからのんびりとした口調で口を開く。
「隠せる場所があれば、そこが袖なんだよね。それよりあなたは見ない顔ね」
「私は朱羽鏡佳。何か幽々子様から言われて永遠亭と言う場所を探しているのですが……」
「ふーん。あの人が絡んでるってことは訳ありね。私は因幡てゐ。ちょっと長生きなウサギよ。今は永遠亭に住んでいるから道案内なんて楽勝よ」
その言葉通り、てゐはこちらを向きながら歩いているにも関わらず、数多ある竹の幹にぶつかることなくサクサクと進んでいる。
「もう見えてきたんじゃない?」
振り返ることも無く告げられた言葉で前方を注視すると、竹の緑とは異なる色が見える。
暗い竹林の中に灯された明かり。つまりは住居だ。それを一瞥することもなく言い当てるとは……背中に目でもついてます?
私は相当変な顔をしていたのだろう。てゐは苦笑しつつ、
「何度この道を通ったと思っているの? この程度のことは反復の成せる技に過ぎないわ」
同じく微笑んでいる妖夢が付け足す。
「てゐさんや永遠亭の皆さんは年季が違いますからね」
「年季が違う……? それはどういう……」
「まあ、じきに分かりますよ。着きましたね。久しぶりです」
簡素な建物だ。建築物は人工物であるが故に自然界においては異物同然で否応なく目立つものだが、この隠れ家的な家はすっかり自然と同化しているように見える。
「お師匠様。妖夢さんと来客ですよ」
てゐの呼びかけに応える声が奥の方から聞こえて来る。
それを確認するとてゐに続いて中へ入って行く。
ケミカルな香りを嗅ぎながら奥まで進む。その部屋にはてゐと同じようなウサ耳少女と和装の長い黒髪がステキなお嬢様、赤と青のコントラストが刺激的な女性がいた。
誰が噂の医者なのだろうか。
まずウサ耳少女が口火を切る。
「久しぶりね、妖夢。それと……」
私の顔を窺う彼女の赤い眼に惹き込まれる。平衡感覚を失い、先ほど空を飛んだ時の浮遊感のようなものに包まれる。
でもその感覚は、もっと前から知っているような気がした。
「……鏡佳。……鏡佳!」
肩を揺すられて我に返る。視線の先に居たお嬢様が肩を竦める。
隣の妖夢にごめん、と小さく礼を言って、
「私は朱羽鏡佳。もう話が届いているらしいけど、例のバイトをすることになりました。よろしくお願いします」
この言葉に首を捻っているものはいない。流石に速い。まずは最も近くにいたウサ耳少女が自己紹介をする。てゐと違ってどこかの制服のような服を着ている。
「私は鈴仙・優曇華院・イナバ。長いからうどんげでいいよ」
続いて黒髪のお嬢様。
「私は蓬莱山輝夜。仕事は……そうね、お姫様、と言ったところかしら」
うどんげが小さく溜め息をつく。この二人が医者と言わなかったので必然的に最後の一人が噂の名医ということだ。
「私は八意永琳。まあ、医者みたいな者ね。とりあえず座ってお茶にしましょう。幸いお茶請けもあるみたいだし」
私と妖夢は分担してお菓子類を分配していく。
全てが行き渡り、数分は静かにお茶を飲む。
「幽々子から話は聞いているわ。確かに霊体化している箇所が見られるわね。でも、もう大丈夫よ。仕事に支障をきたさない程度には生き返らせたから」
妖夢が感心したように呟く。
「さすが永琳さんですね。まだ診察とかもしてないのにそこまで見抜いて生き返らせ……えっ!? もう!?」
どこか幽々子様に似たニッコリ笑顔で何度か頷く永琳さん。
「本当に最中を割くより簡単だ……!」
私のとても的外れな呟きは、しかし誰の頭にも疑問符を生み出さなかった。
「幽々子ならそう喩えそうね。あなたのお茶に混ぜていたのだけど、それは精々一日分よ。だから一日一本は飲んでもらう。材料の関係で一日一本ぐらいしか作れないから今ある在庫を渡しておくけど無くなったら取りに来てね」
その説明は素人の私にもよくわかった。しかし、分からないこともある。
「ところで、これ飲まないとどうなるんです?」
顎に指をあてて、少し考え込む。
「あなたがどんどん霊体になっていって現世に干渉できなくなる、と言えばわかりやすいかな?」
「体はあるのに?」
「ええ。朽ちることなく消えていくわ」
「ふうん。末端からどんどん腐るよりは随分マシだね」
「鏡佳……」
妖夢が肩を力を込めて掴んでくる。あと、目が恐いです。
「だ、大丈夫。苦くてもちゃんと毎日飲むから」
一週間分のクスリをもらって玄関まで見送られる。
お礼を言おうとしたところで、どこか物憂げな眼をした永琳さんに声を掛けられる。
「あなたがこれから請け負う仕事はきっと厳しいものになる。でも私たちが直接手を下せないことは許してほしいの。それなりに事情があるから……これは多分、私たちが蒔いた種だと言うのに……」
声を萎ませる永琳さんに輝夜さんが優しく触れる。
「でも結果がわかれば安心出来るでしょう? 種から何が生まれるかは、まず種を見ればわかる。私たちが蒔いたものはどんなものだったかしら?」
「分からない。でも……」
「えぇ」
全てわかっている、という風に二人が頷きあう。
私たちとうどんげは意味が分からずに首を傾げている。きっと聞いても教えてくれないだろう。そこまでわかっているのか単純に興味がないのか、てゐは手に抱えた団子を食べている。それ、多分他の人たちの分まで入っているよね?
「あなたたちを待ち受ける道は平坦で優しいものでは決してありません。しかし、悲観することはないの。恐らくその道を進むのはあなたたちだけではないから」
輝夜さんの横でうんうん、と頷いているうどんげが腕を掴まれて私たちの横に並べられる。
「お師匠様、ま、まさか……」
二人はやっぱり幽々子様のような笑顔で頷く。
「私たちは協力できないけど、うどんげも協力できないとは言って無いわ」
「たまに異変解決をしている霊夢たちを羨ましそうに見ていたでしょう? 良い機会じゃない」
「だからってこんな厳しそうな異変をチョイスしなくても……」
呼ばれなかったてゐがうどんげの肩を叩く。
「今までの異変だって簡単なものはなかったよ。自分の団子も守れないんだからちょっと心配しちゃうね」
どこか達観している雰囲気がする。……その団子、うどんげのやつだったんだね。
「え? お団子……? あっ! 待て!」
走り去ったてゐを追いかけて、うどんげはどこかに行ってしまった。
「はあ……あの子に道案内頼もうと思っていたのに」
二人が帰ってくるまでお茶にしようとして、やっぱり二人とも走って出て行った。
黒塗りで緑のラインが何本か描かれているクスリと机に残されたいくつかの空っぽのお皿を見ながらふと、てゐが捕まったらどうなるのだろうか、ということを現実逃避気味に考え始めた。
えー、とても投稿までに間隔が開いてしまいました。申し訳ありません。
夏と秋がとても忙しくて……冬も忙しいのだけれど今は少し余裕が出来たので投稿しました。
ついでに書き方も少し変えてみました。これからの書き方に関しては自分のスマホで確認してから決めて行きたいと思います。多分ユーザーの主流もスマホなんじゃないかな?
執筆はPCでしていますが読むのはスマホなので迷走中です。
これからもよろしくお願いします。