【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第二十一話 「それじゃあ、始めるとしようか」

 辺りを静寂が満たす――――。

 アーチャーとセイバーは聖剣を降ろし、静かに士郎達を見つめている。

 士郎と凜が口を開こうともがくが、キャスターの魔術によって、口を動かす事が出来ずに居る。

 

「――――悪いけど、そのままの状態で聞いてもらうわ」

 

 口火を切ったのはキャスター。

 

「長々と説明をするには場所が悪いから、単刀直入に言うけれど、私と手を組まない?」

 

 そう言うと、キャスターは指をパチンと鳴らした。途端、今まで縛っていた口の拘束が解ける。

 

「――――ふざけるな」

 

 凜よりも先に士郎は怒りを篭めて一蹴する。

 彼の瞳は虚ろな表情を浮かべるセイバーに向いている。

 

「セイバーに何をしたんだ!?」

 

 髪の色が濡れたように黒く染まり、瞳の色も透き通るような翡翠色から深い茶色に変化している。

 何もせずに変化したなどという言い訳を聞くつもりは無い。

 

「――――セイバーを生前の姿に近づけただけよ」

 

 魔女はあっさりと答えた。

 

「……生前の?」

 

 思わず問い返す士郎に魔女は告げる。

 

「アーチャーには詳しく話したのだけど、セイバーはいずれ心を病み、壊れてしまう可能性が高かった。だから、必要な処置を施しただけよ。貴方達が私との同盟に頷いてくれるなら、セイバーとアーチャーは直ぐに返しましょう。勿論、意識も回復させる」

「――――信用すると思う?」

「しないなら、ここで死ぬだけよ?」

 

 それは紛れも無い事実。頼みの綱であるランサーとバゼットまでがキャスターの術中に嵌り、動きを止められている今、彼女の一存で士郎達の命は瞬く間に掻き消える。

 その事を強く実感し、凜は唇を噛み締める。

 

「……そこまでにしておけ、キャスター」

 

 そんな彼女を案じてか、アーチャーが仮初の主に苦言を弄する。

 

「徒に煽るな。そのような態度を取っては、この二人が余計に意固地になるだけだ」

「……アーチャー?」

 

 どこか、親密さを臭わせるアーチャーの口調に違和感を感じ、凜は困惑の声を零す。

 そんな彼女を無視して、彼はキャスターに視線を送る。

 一拍置いてから、キャスターは口調を和らげた。

 

「マキリのセイバーの宝具を撃ち返したのも、貴女達を守る為というのが大きい。さすがに、この大人数を全員まとめて転移させようと思ったら、きっと間に合わなかったでしょうけど、私達だけなら逃亡は可能だった。これは貸しになるんじゃないかしら?」

「その貸しの清算として、要求を受け入れろって事?」

「そう取ってもらって構わないわ」

 

 凜は現状と彼女の要求を受け入れた後の事を思案し始めた。

 まず、第一に現状が既に詰んでいる事を考える。キャスターの一存で即座に命を詰まれる状況にある以上、そもそも交渉の余地など無い。

 にも関わらず、キャスターは強制では無く、駆け引きによる交渉を持ち掛けて来た。その意図を読み解くと……、

 

「……ああ、そうか」

 

 何故、彼女が譲歩しているのか? その理由に察しがついた。

 要は――――、

 

「――――マキリのセイバーは倒せていないのね?」

 

 キャスターは肩を竦める。

 

「マキリのセイバーが!? だって、あんなデタラメな攻撃が直撃したんだぞ!?」

 

 ついさっきの壮絶な光景が脳裏に甦り、士郎は声を張り上げた。

 二つの聖剣が織り成す光の柱。山をも削る破壊の一撃。あんなモノの直撃を受けて、無事に済むなどあり得ない。

 

「……残念だけど、あの程度で倒せるなら苦労はしないわよ」

 

 ところが、キャスターは溜息混じりにそう言った。

 

「負傷はさせられたでしょうけど、消滅には至らなかった筈。最大の“切り札”は隠し通したけど、殆どの情報を持って行かれてしまった今、徒に戦力を消費するわけにはいかないのよ……」

 

 それがキャスターの譲歩の理由。

 現在のキャスターの戦力は自らを除けば、セイバーとアーチャーのみ。それでも、マキリの陣営を滅ぼすには十分な筈だった。けれど、それはあくまで敵に此方の情報を開示していない事が条件。

 特にアーチャーの剣技は可能な限り隠して置きたかった“切り札”の一つだ。それを敵に知られてしまった事が何よりの痛手。

 

「マキリ・ゾォルケンは抜け目が無い。恐らく、既に対策を練り始めている事でしょう。今、私達が争えば、確実に漁夫の利を得ようと動き、奴が勝利を収めてしまう」

 

 現状の停滞はあくまで、全員が自らの生存を視野に入れているからに過ぎない。

 誰か一人が命を投げ出す覚悟をした場合、この程度の拘束がいつまでも保つ筈が無く、そうなれば最期、血みどろな戦いが繰り広げられる事になるだろう。

 特にランサーとバゼットは既に切欠さえあれば動く気配を見せている。

 

「それは頂けない話ですもの……。だからこその提案よ」

 

 受けるべきか、拒絶するべきか……。

 迷いは一瞬だった。

 

「……分かった。受けるわ、その提案。士郎達もいいわね?」

 

 そもそも、この提案を蹴るという事はセイバーとアーチャーを取り戻す機会を失う事を意味する。

 最大の好機を逃してしまった以上、もはや、セイバーとアーチャーの奪還から、討伐へと路線を変更せざる得ない状況にある。

 此度の作戦の肝は急襲による速攻。相手が完全な警戒態勢に入ってしまった今では……。

 

「――――いい訳が無いでしょう」

 

 そう断じたのはバゼット。

 

「神代の魔女と取引を行うなど、正気ですか?」

「バ、バゼット……?」

 

 彼女の放つ殺気に士郎は思わずたじろいだ。

 途端、バゼットとランサーが動いた。

 ランサーが狙うのはキャスターの首。そして、バゼットが狙うのは――――、

 

「やめろ、バゼット!!」

 

 士郎の叫びと同時にセイバーとバゼットの間に紅の影が割り込む。

 常の双剣を手に、バゼットを迎え撃つ。

 その瞬間、まるで時が巻き戻ったかのような錯覚を覚えた。

 突如、ランサーとバゼットが後退したのだ。瞬時に入れ替わった二人にキャスターとアーチャーが僅かに動揺を見せる。

 刹那、士郎は思い出した。彼等が士郎達に手を貸す理由は聖杯の解体を円滑とする為の手駒の確保と情報の入手。

 その為の“証文”であり、士郎達と彼等の関係はあくまでそうしたドライなものだった。

 

「――――ふざけるな」

 

 勘違いしていた。ランサーとの交流を通して、彼等との間に信頼関係が築けたと勘違いしていた。

 彼等がセイバーの救出を提案したのは単に手駒の増強の為。だが、魔術師の英霊と手を組むという事は彼等の計画の破綻を意味する。

 何故なら、キャスターの宝具、“破戒すべき全ての符”ならば一度交わした魔術契約を解除する事が出来るからだ。

 それでは、士郎達を己に都合の良いように使う事が出来なくなる。

 故に、彼等は選んだ。今、この場で何としてもキャスターを打ち倒す。その為にセイバーとアーチャーが障害となるなら、消滅させる事も辞さない構えだ。

 ランサーの手にはエクスカリバーによって蒸発した筈の魔槍が握られている。どうやら、直撃を受ける寸前に発動を中断させ、手元に戻していたらしい。

 

「刺し穿つ――――」

 

 瞬間、時間を止めた。衛宮士郎の内部を総加速させ、刹那を永遠に偽装する。

 

「――――投影開始」

 

 宝具の発動態勢が整い、残り零コンマ数秒の後に魔槍がアーチャーの心臓を貫く。

 それを阻止するには、一瞬で良い。奴の動揺を誘う必要がある。

 使うべきモノ、選び出すべきモノを決定する。ただ、それだけで投影は成る。

 

「――――あ?」

 

 呆気に取られるランサー。必殺の宝具を発動する寸前であったにも関わらず、彼がこのような表情を浮かべてしまった理由は明白。

 自らとマスターであるバゼットとの間にある筈の繋がりが断たれた。

 

「破戒すべき全ての符!!」

 

 投影した時点でキャスターの魔術は崩壊した。彼女が固定していたのは士郎達の肉体では無く、周囲の空間。故に“裏切りの短剣”が現れた時点でその術式は崩壊する。

 同時に走り出し、奴が宝具の真名を紡ぐより先に手を伸ばした。

 ランサーにとっての誤算は士郎がキャスターの固定の魔術を打ち破れるとは思っていなかった事。

 

「――――テメェ」

 

 殺気は奔らせ、士郎を睨むランサー。そんな彼に赤き弓兵が斬りかかる。

 

「ッハ、小僧風情にしてやられたな、ランサー!」

 

 赤き弓兵を一撃で落とす。それが彼に託された役割だった。それが為せなかった今、彼の表情には焦りが広がる。

 何故なら、この場にはもう一人、自由に動ける英霊が居る。

 

「バゼット!! セイバーが行ったぞ!!」

 

 士郎が咄嗟に視線を向けると、拳をキャスターの腹部に叩き込み、壁に激突させるバゼットの姿があった。

 キャスターのダメージは酷い。たかが人間と侮ってはならない。彼女は封印指定の執行者。

 ただの一撃がミサイル級の威力を誇り、キャスターの腹部を半分吹き飛ばしている。

 幸い、霊核である心臓は守り抜いたようだが、彼女は動けずにいる。そんな彼女に止めを刺そうと大地を蹴るバゼット。

 そこへ変貌したセイバーが襲い掛かる。以前までの彼とは比較にならない冴え渡った剣技。堪らず、バゼットは後退を余儀なくされ――――、

 

「風王鉄槌!!」

 

 ストライク・エア。通常はエクスカリバーを収める鞘として使われているアーサー王の風属性の結界宝具。

 それを大砲の如く撃ち出し、バゼットの肉体に叩き込む。更に吹き飛ぶバゼット。そこへ、止めとばかりにセイバーが聖剣に魔力を篭める。

 刹那、士郎の眼は見えない筈の彼方に居るバゼットの姿を捉えた。その拳の先には見覚えのある球体が浮んでいる。

 

「止めろ、セイバー!!」

 

 士郎がセイバーの目の前に躍り出た。尚も構わず聖剣を振り下ろそうとするセイバーにキャスターが一節の祝詞を唱えた。

 瞬間、セイバーの瞳に光が宿る。聖剣の魔力が霧散し、彼の手から零れ落ちた。

 

「し……、ろう?」

「セイバー……」

 

 自らの名を呼んだセイバーに士郎は歓喜の笑みを浮かべた。その背後にランサーが迫る。

 

「――――悪いが、これもマスターの方針なんでな」

 

 彼はキャスター討伐の為に事前に用意していたルーン魔術のストックを解き放ち、アーチャーを足止めしていた。

 如何に英霊といえど、アーチャーの対魔力は低い。ランサーの神代のルーン魔術に対し、対処が遅れた。

 

「もう一回、死んでくれや、シロウ!!」

 

 伸びる真紅の魔槍。士郎に避ける暇は無く、セイバーは現状を認識出来ずに居る上、キャスターも限界ギリギリ。

 万事休す。士郎はせめてセイバーだけでも守ろうと彼女を突き飛ばそうと手を胸元まで掲げ――――、

 

「――――舐めた真似してんじゃないわよ、ランサー!!」

 

 怒りの魔神の咆哮を聞いた。

 士郎が“破戒すべき全ての符”を投影した時点で、彼女達の拘束も解かれていたのだ。

 そして、彼女はポケットから今宵の決戦用に用意した宝石を解き放ったのだ。

 

「ック――――」

 

 ランクAにも達する炎と雷。さしものランサーも直撃を回避する為に後退を余儀なくされる。

 そこへ、一拍遅れたアーチャーが迫る。その顔に浮ぶは憤怒を超えた憎悪。

 

「――――消えろ、ランサー!!」

 

 その手に握られている陰陽の双剣が形状を変化させる。

 刀身が巨大化し、鳥の翼のような形状に変化する。

 得物の刀身の変化に一瞬対応が遅れたランサー。魔槍をもって、防ぐも大きく弾き飛ばされる結果となる。

 

「――――ッチ」

 

 舌を打つと、ランサーは踵を返した。いつの間にか、バゼットの姿も見当たらない。

 

「ったく、お前達との同盟も悪くなかったんだがな……」

 

 そう言い残すと、彼は闇の中へと消えて行った。

 後に残された士郎の胸に去来したのは一時的とは言え、仲間だと信じた相手に殺されかけた事に対する憤りだった。

 彼の消え去った方角を睨みながら、険しい表情を浮かべていると、凜やイリヤ、アーチャーが戻って来た。

 そして、チョンチョンと肩に触れる柔らかな感触を感じ振り返る。

 瞬間、頭の中が真っ白になった。

 振り返った先には少しだけ容姿が変化したセイバーの顔。

 とても近かった。合間が五センチも無い。そして、セイバーは尚もその距離を詰めようとする。

 咄嗟に離れようとしたが、セイバーが彼の背中に手を回し、動きを縫い止めた。

 

「ちょ、セイバー!?」

 

 仰天する彼にセイバーは更に顔を近づけ、彼の唇に自らの唇を合わせた。

 

 

 森の中を走り抜け、マスターであるバゼットと合流したランサーは苦い表情を浮かべていた。

 

「……別に、あんな風に焦る必要は無かったんじゃねーか?」

 

 言うにしても遅過ぎる言葉だが、ランサーは言わずに居られなかった。

 マスターの命故に従ったが、士郎達を裏切る事が最善の選択であるとは思えなかった。

 そんな彼に彼女は言う。

 

「ああした方が分かり易いでしょう」

「あ?」

「生憎、私にとって、キャスターとマキリの脅威度はあまり変わらない。ですが、キャスターならば対処のしようもある」

「つまり……、お前」

 

 呆れたように溜息を零すランサーにバゼットは言った。

 

「キャスターと行動を共にすれば、妙な仕掛けをされないとも限りません。故に一度戦線より離脱し、事態を傍観する事とします。キャスターとマキリ。片方の陣営が滅びた時こそ、私達が再び動き出す時です。願わくば、キャスターと士郎君達がマキリを滅ぼしてくれるのが理想。そうならなくとも、ある程度消耗させてくれさえすれば……」 

「お前って、本当に容赦無い性格してるよな……」

「効率的と言いなさい。それより、一度教会に向かいましょう。監督役と今回の戦闘での被害の隠蔽について魔術協会の使者として談義する必要があるます」

「ああ、“あの女”とか……」

 

 何故かゲンナリした様子を見せるランサーに首を傾げるバゼット。

 

「どうしました?」

「……いや、何か苦手なんだよ、あの女」

「貴方らしくありませんね……。ビシッとしなさい」

「へいへい……」

 

 主従は歩く。橋の向こうの教会に向けて――――。

 

 

 負傷し、体を引き摺るようにしながら戻って来たアルトリアは臓硯から事の顛末を聞き、笑みを浮かべた。

 

「よもや、アーチャーまでが私の剣を持ち出してくるとは思わなかった……。体の負傷を癒すには丸一日掛かるか……。その後は――――」

 

 アルトリアは老人から離れ、常の住処としている地下蔵に向いながら朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「楽しみだ。待っていろ、アーチャー」

 

 聖杯は欲しい。だが、少しの寄り道程度ならば構わないだろう。

 体の疼きを必死に抑えながら、アルトリアは地下に繋がれている生贄の腕に歯を突き立てた。

 魔力と一言で言っても種類がある。あるいは、それは生命力であったり、記憶であったりもする。

 魔力の純度を効率的に上げるには幾つかの手段があるが、もっとも簡単なものは記憶の濃縮化だろう。

 活かさず殺さずの拷問を繰り返す事で“苦痛の記憶”を植えつける。苦痛は快楽以上に消え難い記憶であり、幸福などよりもずっと密度が濃いものだ。

 それ故に、魔術師としての適正が無い一般人でも、セイバーの膨大な魔力の器を満たす助けと成る。

 

「――――早く回復せねばならん。この者達だけでは足らぬな……」

 

 アルトリアは拷問の順番待ちをしている憐れな娘達が閉じ込められている部屋に向う。

 そこはまるで戦争末期の収容施設のような有り様だった。最も多感な思春期の女達が裸のまま詰め込まれている。座るスペースすら無く、只管立ち続ける事しか出来ない暗闇。それは痛みを伴わぬ拷問。

 ここでゆっくりと純度を上げながら、仕上げの拷問を施す事で魔力源としての完成となる。

 

「時間が惜しい。手っ取り早く、全員を焼いた鉄板の上で躍らせるとしよう」

「……で、その準備は僕にやれってんだろ?」

 

 溜息混じりに彼女の恐ろしい提案を受け入れたのは間桐慎二。

 彼は立ち続ける事を強要されている女達の中に同級生の姿を見た。

 彼女は慎二の顔を見て、一瞬希望を見出したかのように表情を輝かせ――――、

 

「鉄板なんて用意するのは手間だ。そんな事しないで、手っ取り早く蟲に任せればいいじゃないか」

 

 その言葉に凍り付いた。

 

「しかし、アレを使うと苦痛より先に恐怖で壊れる事が多いからな」

「先に快楽を与えて馴染ませてやればいい。それで恐怖感を和らげてからじっくり苦痛を与えてやればいいじゃないか」

「……おお、頭が良いな、慎二」

 

 確かに、飴と鞭の使い分けは拷問の基本。ただ、普通は飴より先に鞭を振るうものなのだが、正に逆転の発想だ。

 称賛の眼差しを向けて来るアルトリアに慎二は肩を竦める。

 

「とりあえず、ちゃっちゃと済ませよう。桜の食事に何人か貰うぞ?」

「ああ、構わん。後で臓硯に補充しておくように言っておこう」

「よろしくー」

 

 二人はまるで料理の作り方を話すような調子だった。

 けれど、彼等の言葉を耳にしてしまった生贄の娘達は既に恐怖のあまり泣き叫んでいる。

 

「それじゃあ、始めるとしようか」


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