【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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エピローグ「愛してる」

 また、冬が終わろうとしている。この街に多くの哀しみと傷痕を残した聖杯戦争が終結して一年余り。あの後も少々いざこざがあったものの、今ではすっかり落ち着きを取り戻している。

 学校に届けられた志望大学の合格通知を片手に意気揚々と帰宅した士郎は玄関に入った途端、目を丸くした。彼の前では特徴的な青い髪と赤い瞳の美丈夫が靴磨きに勤しんでいる。

 

「おう、おかえり」

「た、ただいま。久しぶりだな、ランサー」

 

 ランサーは慎重な手付きで靴を磨きながら「おう」と応えた。彼と会うのは実に一年ぶりだ。

 最終決戦の後、バゼットはランサーの受肉をキャスターに依頼した。突然の申し出に士郎達は目を瞠った。当の本人であるランサーも寝耳に水だったらしく、ギョッとしたような表情を浮かべていた。ところが、依頼されたキャスターは驚いた様子も見せずにアッサリと快諾した。

 彼女達は先を見据えていたのだ。冬木の聖杯は汚染されているとはいえ、願望器としての能力を備え、使い手次第で根源に到達する事も可能だ。それを解体するとなれば一筋縄ではいかない。ランサーはその時の為の備えだった。

 監督役であるシスター・カレンとの談合の後、解体を始めようとすると、当然のように時計塔から反対派の魔術師達がやって来た。その時、遠坂邸を舞台に熾烈な戦いが繰り広げられたらしい。ただし、武力的な意味では無く、政治的、言論的な戦いだったそうだ。

 一時は時計塔全体を巻き込んだ争いに発展し掛けたというのだから恐ろしい。まあ、その危機は前回の聖杯戦争の唯一の生き残りである男や遠坂家の大師父が動き、力ずくで八方を丸く収めたらしい。

 若干あやふやなのは士郎がその戦いに一切関わっていないからだ。高度な政治的やりとりを行う必要がある為、未熟者の出る幕は無かった。

 騒動が一段落した後、バゼットはランサーと共に世界各国を渡り歩き、封印指定を狩り続けているとの話だったが……。

 

「も、もしかして、俺が封印指定に認定されたとか……?」

「お前を狩りに来たなら、俺はとっくの昔にセイバーに追い出されてるだろうな」

 

 安堵すると共に懐かしい呼び名を聞いて思わず笑みが溢れる。

 

「どうした?」

「いや、セイバーって呼び方、ちょっと久しぶりだったから」

「ああ、なるほど。いや、俺にはこっちの呼び方の方がしっくり来るんだがな――――っと、これで最後だな」

 

 最後の一足を磨き終え、ランサーは立ち上がった。

 

「バゼットも居るのか?」

「いや、アイツはキャスターの所だ。ちょっと前に狩った封印指定の野郎に体を弄くられてたガキが居てな。時計塔で実験動物にするのも気に入らんから、奴に治療出来ないか相談に来たんだ」

 

 納得した。彼女ならきっと救ってくれるだろう。特に最近の彼女は子供に対してとても優しい。何故なら――――、

 

「でも、ビビッたぜ。まさか、奴にガキが出来るとは……」

 

 キャスターは赤ん坊を産んだ。聖杯の力を借り、受肉した際についでとばかりに色々と弄ったらしい。

 

「ああ、亜魅が生まれた時は本当に吃驚したな」

 

 もっとも、一番吃驚したのは葛木先生の変わり様の方だ。彼は亜魅を溺愛している。表情は相変わらず乏しいが、授業中に娘の事を生徒に聞かれた時、彼は娘が如何に可愛いかを力説した。あまりにも普段の彼とギャップが大き過ぎた為に誰もが言葉を失ったのを覚えている。

 まあ、少々目付きが悪いものの、亜魅は確かに可愛い。一度抱っこさせてもらった事があるけど、無邪気に笑う赤ん坊というのは実に愛らしい。

 

「最近、キャスターはうちに結構来るんだ。料理を本格的に習いたいって」

「花嫁修業ってか? ハハ、神代の魔女に教えを授けるなんざ、光栄の至りって奴じゃねーか?」

「考えてみると、確かに凄い事だよな……」

 

 談笑しながら廊下を歩き、居間に向うと、そこにはエプロン姿のイリヤの姿。

 本当なら数年の命だったらしい彼女もキャスターが調整を施し、人並みに生きられるようになった。今は彼女に触発されて、炊事や洗濯などの一般教養の勉強に励んでいる。

 俺達が入って来ると、イリヤは花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 

「おかえりなさい、シロウ」

「ああ、ただいま」

 

 イリヤはキッチンに行き、お茶を持って来てくれた。なんだかとても楽しそうだ。

 

「ご機嫌だな、イリヤ」

「ええ、とってもご機嫌よ! だって――――」

 

 言い掛けて、イリヤは口を閉ざした。ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どうした?」

「ううん。なんでもないわ。それより、今日は合格発表の日よね? どうだった?」

「ああ、バッチリさ」

 

 合格の通知を見せると、イリヤは優しく微笑んだ。

 

「やったじゃない、シロウ。まあ、私は初めからシロウなら合格出来ると確信してたけどね」

「はは、ありがとう」

 

 合格通知を手にクルクル回りながら喜ぶイリヤに頬が綻ぶ。魔術を捨て、その時間を全て勉強に当てた甲斐があったというもの。

 本当は大学になど行かず、直ぐに就職しようと思っていた。一刻も早く一人前になって、アイツを安心させたかった。けど、この御時勢だ。最終学歴が高卒だと、後々苦労を掛けてしまいそうで、迷った挙句に大学への進学を決めた。

 

「イリヤ。サトリはどこに居る?」

「さっき、道場の掃除をしてたわよ」

「サンキュー」

 

 サトリとはセイバーの事。戦いを終えた後、セイバーは色々あって、元々の名前である日野悟を名乗る事にした。もっとも、サトルではやっぱり変なので、読みはサトリとした上でだ。

 以前の彼女は金髪碧眼という完全な西洋人顔だったから合わなかったけど、今の彼女は黒髪黒目。聊か、顔立ちが西洋人寄りだけど、嘗てよりは違和感が少ない。

 

「サトリ」

 

 一人、道場に向かい中に入ると、サトリは何だかボーっとした表情で床を雑巾で拭いていた。

 

「おーい、サトリ!」

 

 聞こえなかったのかと思い、少し声を大きくするがサトリは相変わらず上の空。

 最近、こういう事が多くなった。どうしたんだろう……。

 

「サトリ?」

 

 近寄って、肩に手を置くと、漸くサトリは士郎の存在に気が付いた。

 ハッとした表情であわあわしながら「おかえりなさい」と頭を下げる。

 

「ああ、ただいま」

 

 サトリは雑巾を絞り、バケツに戻すと立ち上がった。

 

「ご、ごめんね。もっと早く終わらせるつもりだったのに……。あ、お風呂沸かしてあるよ! 後、御飯も仕込みは終わってるから直ぐに出せるけど、どっちにする?」

 

 やっぱり、様子が少しおかしい。

 

「どうかした?」

「え?」

「何だか、最近ボーっとしてる事が多い気がする」

 

 士郎が問い掛けると、サトリは泣きそうな顔をした。

 

「ご、ごめんなさい」

「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ、心配で……」

「……ごめん」

 

 困った。謝って欲しいわけじゃないのに、サトリはすっかりネガティブモードだ。

 

「……とりあえず、御飯にしよう」

「うん。直ぐに仕度するね」

 

 せっせと後片付けをして道場を後にするサトリ。士郎は溜息を零すと額に手を当てながら彼女の背中を見送った。

 明らかに様子がおかしいのに、何が原因なのかが分からない。聞いても、ああして謝られてしまう。大学の合否が気になってるのかと思ったが、真っ先に聞いて来ないという事は違うという事だろうし……。

 

「一体、どうしたってんだ……」

 

 答が分からぬまま、時が過ぎていく。

 食事の間も時折サトリはボーっとしていた。

 

「おい、アイツどうしたんだ……?」

 

 ランサーもサトリの様子がおかしい事に気付いたらしくしきりに気にしている。

 

「それが、分からないんだ……」

 

 病気とも思えない。受肉したとは言え、サトリの体は常人を遥かに凌ぐスペックを誇る。よほど強力な毒でも喰らわない限り、風邪もひかないスーパーボディだ。

 

「悩みがあるのか聞いても『ごめんなさい』ばっかりだし」

「……何だろうな。お前さんに言い出し難い事なのか、それとも……」

「それとも?」

「お前に愛想を尽かしたとかかもな」

 

 からかうように言うランサーに士郎は表情を強張らせた。

 

「いや、悪い。それは無いよな。奴さんはお前にゾッコンだしよ」

「でも……、もしかしたら本当に……」

「それは無いわよ」

 

 味噌汁を啜りながら、イリヤが言った。相変わらずボーっとしているサトリを横目で見ながらイリヤは肩を竦める。

 

「それは断言してあげる。後は自分で推理してみなさい」

「何か知ってるなら教えてくれよ」

「駄目よ。サトリ自身が切り出すか、シロウが見抜くか、どちらにしても、私は教えない」

「なんでだよ!?」

「だって、これは夫婦の問題ってやつだもの」

「なんだよそれ……」

 

 結局、サトリの不調の原因は分からず仕舞いだった。

 そもそも、夫婦の問題と言われても、まだ結婚すらしてないのだが……。

 

 食事を終え、食器の後片付けを皆で協力し合って終わらせた後、士郎はお風呂に向った。その後ろにサトリも続く。初めて肌を重ねた日からの習慣で、士郎とサトリは一緒に風呂に入るようにしている。

 大抵の場合、その後は大人の時間となるのだが、ここ最近はサトリの不調もあって、ただ背中を流し合う程度だ。

 服を脱ぎ、背中を洗って貰いながら、士郎は思い切って切り出した。

 

「なあ、何があったんだよ」

 

 少し、キツイ物言いになってしまった。

 

「……あの、その」

 

 口篭るサトリに士郎は溜息を零す。

 

「どうして、教えてくれないんだよ……」

「それは……」

 

 分からない。サトリが何を考え、何を思っているのかがサッパリ分からない。

 愛想を尽かされたわけでは無いとイリヤは言っていたけど、ならどうして教えてくれないんだろう。己に言い難い悩み事とは一体……。

 考え込んでいると、ふと閃いた。

 

「……もしかして、帰りたいのか?」

「え?」

 

 そう考えると、納得がいく。つまり、ホームシックだ。

 サトリは元々この世界の住民じゃない。別の世界で死に、士郎が無理矢理サーヴァント・セイバーとして召喚した。彼女の故郷と同じ地名の場所はあったし、実際に二人で足を運んだ事もあるが、そこに彼女の生家は無かった。大学も同名のものはあったけど、彼女の在籍記録は無く、借りていたアパートも無かった。

 あの時、彼女はとても悲しそうにしていた。涙は見せなかったけど、とても辛そうな表情を浮かべていた。あれから三ヶ月が経過している。一時は立ち直ったように見えていたけど、実際は必死に抑え込んでいただけなのかもしれない。

 

「ごめんな……。俺がお前を召喚したから……」

 

 彼女を家に帰す事は出来ない。無理矢理連れて来た癖に無責任も甚だしい。己に出来る事は無意味な謝罪を繰り返す事ばかり……。

 

「ち、違うよ! そうじゃない!」

 

 サトリは慌てたように言った。

 そして、しばらく躊躇うように視線を彷徨わせた後、息を大きく吸い込んで言った。

 

「……あのね、俺――――」

 

 士郎はサトリの言葉に気を失いそうな程の衝撃を受けた。

 聞き間違えかと思った。だって、その言葉はあまりにも予想外だったから……。

 

「も、もう一度言ってくれないか?」

「う、うん」

 

 サトリは恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。

 

「……赤ちゃんが出来た」

 

 今度こそ、その単語の意味が脳に浸透し、全身にはちきれんばかりの衝撃を齎した。

 

「あ、赤ちゃん?」

「……うん」

「お、俺とサトリの赤ちゃん……?」

「ほ、他に居ないだろ」

 

 士郎はグイッと体を捻り、サトリの僅かに赤らんだ腹を見た。

 

「こ、ここに俺達の赤ちゃんが?」

「……うん。丁度、三ヶ月みたい。もう少ししたら、お腹が大きくなり始めるんだって、キャスターが教えてくれた」

「い、いつから気付いてたんだ!?」

「す、少し前。ちょっと、体調がおかしくてキャスターに診て貰ったの……そしたら」

「ど、どうして直ぐに教えてくれなかったんだよ!?」

「だ、だって……」

 

 じわりと涙を浮かべるサトリに士郎は慌てて謝った。

 

「ご、ごめん。でも、俺はずっと心配してたんだぞ……」

「……怖かったんだ」

「怖かった……?」

 

 思わず聞き返すと、サトリは泣きじゃくりながら言った。

 

「だって、俺は男だったんだよ? なのに、これからママになるんだ……。それが何だかとても悪い事をしてしまったみたいで……、それで……」

「サトリは……、俺との赤ん坊が出来て嫌なのか?」

 

 つい、意地悪な質問をしてしまった。サトリは必死に首を横に振り否定する。少し、ホッとした。

 

「士郎との赤ちゃんが出来た事は嬉しいよ。キャスターが俺の体も赤ん坊を産めるようにしてくれた事には感謝してるし、あの日、肌を重ねた事も後悔なんてしてない。ただ……」

「自信が無い?」

 

 小さく頷くサトリに士郎は微笑んだ。

 よく見れば、今のサトリの表情はあの時と同じだ。

 生家が無かった事に動揺し、自分の居場所を見失い掛けていたサトリ。涙も流さず、どこか虚ろな表情を浮かべていた。士郎は彼女がどこかに行ってしまう気がして、繋ぎ止めたくて、彼女と初めて肌を重ねた。

 事が終わった後、彼女はあろう事か今のような表情を浮かべて『本当に俺で良かったの?』と問い掛けて来た。

 

「サトリ」

 

 士郎は囁くように名前を呼び、彼女の頬に手を沿えた。

 

「俺、サトリが大好きだ」

「し、士郎……」

「俺はサトリとの子供が出来て嬉しい。確かに、俺も不安だ。正直、父親になるって実感がまだ湧いて来ない。でも、精一杯立派な父親になるつもりだ。だから、サトリも立派な母親になってくれ」

「でも……、俺は――――」

「俺が支える」

 

 士郎はキッパリと言った。

 

「サトリが立派な母親になれるように俺が支える。不安なら、俺を頼ってくれ」

「……士郎」

 

 サトリはお腹に手を当てて呟いた。

 

「俺はちゃんとしたママになれるかな?」

「なれるさ。それに、ならなきゃいけない。その為にいっぱい頑張らないとな」

「……そうだね。頑張らなきゃ。話し方とかも改めないとな……」

「それは別に……」

「駄目だよ。ママになるなら、子供が恥ずかい思いをしないようにしなきゃ……。服装とかももっと女らしくするよ。これから、もっとしっかり女にならなきゃいけないんだ」

「……サトリ」

「うん。なんだか、漸く覚悟を決められた気がするよ、色々」

 

 サトリは涙を拭い、微笑んだ。

 

「名前、考えないとね」

「そうだな……。俺もいっぱい考えて、頑張らないと……」

「ねえ、士郎」

「なんだ?」

「愛してる」

「ああ、俺も愛してる」


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