【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第六話「本当にごめん、アーチャー」

 土蔵の中で士郎は目を覚ました。昨夜は結局、セイバーの事を考えるあまり寝付けず、土蔵で魔術の鍛錬をする事にしたのだ。余計な事を考えず、一心不乱に修練に励む内、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。

 入り口から差し込んでくる日光に目を細め、起き上がると毛布がずれた。

 

「……あれ?」

 

 土蔵に常備している毛布じゃなかった。土蔵の外に出ると、元々あった毛布が物干し竿に掛けられている。

 

「桜……はまだだよな。じゃあ、セイバーか?」

 

 他に候補が居ない以上、そうなる。いや、居なくはないが、彼女がこうした気遣いを見せる姿を想像出来ない。学校で遠目から見ていた限りだと、こんな失礼な思考はせずに済んだのだが……。

 

「にしても、寒いな――――」

 

 深山町は冬場でも割と温暖な気候なのだが、この家は山に近いせいか少々寒い。顔を洗おうと、母屋に向うと、敷地内にある道場から物音が聞こえた。竹刀を打ち鳴らす懐かしい音。

 中を覗いて、動けなくなった。

 

「一直線過ぎる。それでは脇ががら空きだと、何度言わせる気だ?」

 

 セイバーとアーチャーが居た。両者は竹刀を手に向かい合っている。

 

「……も、もう一回」

「凛の命令故に手を貸すが、進歩が無いようなら次は無いと思え!」

「は、はい!」

 

 セイバーが動き出す。その動きを一言で言えば平凡でありながら異常。時折、アーチャーの竹刀を未来予知のような精度で防いだり躱したりするのだが、逆に呆気無く一撃をもらう事もある。

 

「直感のスキルは確かに有用だが、虚実を見抜けぬようでは意味が無い。常に疑いを持て、直感すると同時に思考を働かせろ!」

「はい!」

 

 完全な師弟関係が出来上がっている。

 セイバーは何度も重い一撃を受けているが、痛みを訴える様子を見せない。サーヴァントに対して、神秘を持たない武器は効果が無いらしい。それ故にアーチャーは手加減無しに攻撃を打ち込んでいる。

 アーチャーを見ると、厳しい言葉を発しながらもどこか楽しんでいるように見えた。

 

「……予想外だったわ」

 

 ジッと見つめていると、背後から凛が現れた。

 

「予想外って?」

「アーチャーってば、本気で指導してる。彼、そういうタイプじゃないと思ってたんだけど……、生前、指導者だった経験でもあるのかしら」

 

 二人が見守る中、二騎の英霊の稽古は続く。

 

「武器にばかり意識を集中させるな、戯け。常に敵の全体像を見るようにしろ」

 

 あまりにも圧倒的な力量の差。けれど、セイバーの剣技も徐々に精練されていくのが分かる。アーチャーからの教えを必死に飲み込もうとしているのが伝わって来る。

 しばらく打ち合った後、アーチャーが竹刀を下ろした。

 

「今朝はここまでにしよう。次までに今回の稽古で学んだ事をよく振り返っておけ。それと、今の貴様ではアサシンですら相手にならん。その事をよく自覚しておく事だ。マスターを守りたいなら、精進しろ」

「はい!」

 

 姿を消すアーチャーに凛はなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

「アイツ、セイバーの事を警戒しまくってた癖に……」

 

 目元を引き攣らせる凛に士郎は苦笑いを浮かべた。

 

「意外な一面を見たな」

 

 士郎の言葉に肩を竦め、凛は母屋に向って歩き出した。

 

「おつかれ」

 

 士郎は道場の中に入り、セイバーに声を掛けた。

 

「ああ、起きたのか、士郎君。恥ずかしいところを見せちゃったな」

 

 照れ笑いを浮かべるセイバーに士郎は苦笑した。

 

「いつからやってたんだ?」

「昨晩、君が土蔵で寝入ってからだよ」

「ああ、やっぱり、あの毛布はセイバーが掛けてくれたのか。それにしても、俺が寝入ってからずっと?」

「ああ、アーチャーから声を掛けてもらってね。彼はちょっとした魔術が使えるらしく、防音の結界を張って、今までずっと稽古をつけてくれていたんだ。正直、ここまでちゃんとした稽古をつけてもらえるとは思っていなかったよ」

 

 アーチャーの見せた意外な一面にセイバーも驚いている。

 

「攻撃も竹刀によるものだけだった。多分、彼の拳や蹴りを喰らったら、凄く痛かっただろうけど、竹刀はあたっても特に痛みを感じないんだ。だから、途中でへこたれずに稽古に励めた」

 

 竹刀を仕舞いながら、セイバーはふん、と息を吐きながら背筋を伸ばした。

 

「ちょっと、お風呂に入ってきてもいいかな?」

「ああ、沸かそうか?」

「いや、シャワーだけにするよ。ただ、すまないけど朝食は頼めるかな?」

「ああ、任せてくれ」

「それにしても……」

 

 セイバーは自分の体を見下ろしながら首をかしげた。

 

「女の子の体になった割りに興奮しないな」

「……おい」

「いや、肉眼で裸体を見たのは初めてだったから、昨夜はそれなりに緊張したんだけど、特に興奮もしなかったし……」

「……今は体が女の子のものだからじゃないか?」

「ああ、そうかもしれないな。何て言うか、常時賢者モードになってる感じっていうか――――」

「その顔でそういう事言うなよ!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ士郎にセイバーは「ごめん」と素直に謝った。

 

「とりあえず、入って来るよ。着替えをまた借りてもいいかい?」

「ああ、用意しとく」

 

 ちなみに、今のセイバーの服装は士郎の普段着を借用している。女の子に着せるような物では無いが、中身が男である事を考慮した結果だ。

 自分の服を女の子が着ている事実にちょっとドキドキしている事は秘密にしている。

 セイバーが風呂に向った後、居間に向かうと凛が居た。

 

「アーチャーってば、『随分とノリノリで指導してたわね』って言ったら、『さあな』ですって! からかい甲斐が無いわね、まったく」

 

 アーチャーも苦労してるな。士郎は凛の言葉に曖昧に頷きながら、朝食の準備に取り掛かった。すると、しばらくして来客を告げるチャイムの音が鳴り響いた。

 

「士郎、誰か来たみたいよ?」

「ああ、気にしなくていい。この時間に来るのは身内だから」

 

 この時間帯にこの家を訪れる人間は二人しか居ない。どちらも合鍵を持っているから、玄関まで迎えに行く必要も無いだろう。

 

「チャイムなんか、一々押さなくていいって、言ってるんだけどな……」

 

 チャイムを律儀に鳴らすのは桜の方。彼女は士郎にとって、家族も同然の存在だ。チャイムなど押さずにドカドカ入ってくればいいのに、と常々思っている。

 

「って、ちょっと待った」

 

 この家には今、凛とセイバーが居る。桜が彼女達と顔を合わせると面倒な事になりそうだ。慌てて、水道と火を止めて桜を帰らせようとキッチンを出たが時既に遅し、桜は居間に入って来ていた。

 顔を見合わせる二人。微妙な緊張感を感じる。

 

「おはよう、間桐さん。こんな場所で会うなんて、奇遇ね」

「遠坂……、先輩」

 

 桜は愕然とした表情で凛を見つめ、視線で事情の説明を士郎に求めた。

 

「えっと、これには深い訳が……」

「ここに下宿する事になったのよ」

 

 どう説明しようか考えていたのに、凛があっさりと爆弾を投下した。

 

「……本当ですか、先輩」

「ま、まあ、要点だけを簡潔に述べると……。ごめん、連絡を入れるべきだった」

「い、いえ、謝らないで下さい。その……、驚きましたけど……でも、あの……本当に――――」

 

 桜が凜に視線を戻すと、彼女は言った。

 

「私と家主である士郎で決めた事だから、もう決定事項よ。この意味、分かるでしょ?」

「分かるって……、何がですか」

「今まで、貴女が士郎の世話をしてたみたいだけど、暫くは不要って事よ。来られても迷惑なだけだし、来ない方が貴女の為――――」

「分かりません」

「……え?」

「分かりません! 遠坂先輩が何を仰りたいのか、私には分かりません!」

「ちょ、ちょっと?」

「先輩、台所をお借りしますね!」

「あ、えっと、は、はい!」

 

 望みどおり、ドカドカと入って来てくれたにも関わらず、士郎はまったく喜べなかった。なんだ、この状況……。

 凛も呆然と立ち竦んでいる。

 

「……修羅場だな、士郎君」

 

 そこに新たな爆弾が到着した。頭から湯気を出しながら、セイバーがニヤついている。

 

「うるさい! それより、遠坂。どうして、桜が俺の世話をしてるなんて――――」

「前に小耳に挟んだのよ。あの子が貴方の通い妻をしてるって。それにしても、驚きだわ。あの子、ここだとあんなに元気なの? 学校とじゃ大違いじゃない!」

 

 アーチャーの意外な一面を目撃した時以上に驚いている。声を荒げる彼女に士郎も困惑した様子で応えた。

 

「俺だって、あんな刺々しい桜を見るのは初めてだ」

「鈍いね、士郎君」

「な、何がだよ……」

 

 実に楽しそうな笑顔を浮かべるセイバーに思わず口調が刺々しくなる。

 

「彼女は君の家に他の女の子が居たから嫉妬しているんだよ。この泥棒猫!って」

「ど、泥棒猫って……、桜はそんな奴じゃないぞ」

「いやいや、女って生き物は――――」

「童貞が粋がって女を語ってんじゃないわよ」

 

 凛の辛らつな一言にセイバーは凄く切なそうな表情を浮かべて黙り込んだ。気持ちは分かる。ただし、同情はしない。

 

「それにしても、しくじったわ。桜があんな風に意固地になるなんて……」

「対応を完全に誤ったな」

「……でも、本当に困ったわ。これからこの家は戦場になるかもしれない。出来れば、私達以外の人間の立ち入りを禁止したかったんだけど――――」

「完全に逆効果だったな」

 

 凜は爪を噛みながら表情を歪めた。

 

「何とかしないと……。ねえ、桜が来るのは朝だけ? まさか、夕食もこき使ってるの?」

「人聞きの悪い言い方をするな! 朝は毎日だけど、夕飯は毎日じゃない」

「……うわ、本当に通い妻状態じゃない」

 

 溜息混じりに凜はミカンをかじり始めた。セイバーも意気消沈したままミカンを齧り出す。

 現在、この家には何故かミカンが山のようにあるのだが、朝食前にツマミ食いをするなと一喝しておく。

 

「えっと……」

 

 無言で朝食を作っていた桜は配膳を手伝おうとキッチンに現れたセイバーに目を丸くした。

 

「はじめまして、セイバーです。ただいま、士郎君の家に厄介になっています。どうぞ、よろしく」

 

 混乱している内に畳み込んでしまえ大作戦。立案者は凛。余計な事をするな、と声を荒げたのは士郎。

 

「あ、えっと、間桐桜です。どうも、はじめまして……?」

 

 目を丸くする桜にセイバーは手伝いを申し出た。なんとも言えない空気が漂う中、二人はせっせと朝食の準備を済ませる。

 ふっくらとした卵焼きや味噌汁にセイバーが瞳を輝かせる。

 

「女の子に料理を用意してもらえる日常か……、羨まし過ぎるぞ、士郎君」

「……セイバー」

 

 真剣な表情で言われ、士郎は微妙な表情を浮かべた。

 朝食を食べ始めると、最初の緊張感は徐々に薄れて行った。

 

「美味しいな。卵焼きって、こんなにふっくらするものなのか……」

 

 味わいながら戦慄の表情を浮かべるセイバー。

 

「……これは負けた」

 

 何故か消沈する凛。

 

「遠坂。お前、朝食は食べない主義じゃなかったか?」

 

 士郎が尋ねると、凛はそっぽを向いた。

 

「出された物は食べるわよ。当然の礼儀でしょ!」

 

 鼻を鳴らし、味噌汁を啜る。

 

「……美味しいわ。凄く、美味しい」

「……ありがとうございます」

 

 しみじみとした様子で呟く凛に桜は嬉しそうに言った。

 しばらく、静かな食事風景が続いた。ところが、突然士郎がハッとした表情を浮かべ、同時にドタドタと言う足音が廊下から鳴り響いて来た。

 

「おっはよー! いやー、寝坊しちゃったー」

 

 現れた藤ねえに全員の表情が凍りつく。行儀良く、いつもの席に正座する藤ねえ。

 誰もが第一声を発せられずに居た。

 

「士郎、御飯!」

「……おはようございます」

 

 恐ろしい程ユニゾンする三つの声。再び、置いてけぼりをくらった士郎。

 桜は平常運転に戻り、藤ねえの茶碗に御飯をよそる。

 

「どうぞ」

 

 セイバーもお茶を出した。

 

「……んん?」

 

 茶碗と湯飲みを受け取り、首を傾げる藤ねえ。まだ、現状を認識出来ていないらしい。

 それでいい。そのまま、何事も無く、学校に向かってくれ。士郎の強い祈りはお茶碗一杯分しかもたなかった。

 

「ねえ、どうして遠坂さんがここにいるの? それに、そこの金髪美少女は誰?」

「……彼女はセイバー。二人共、今日からうちで下宿する事になったんだ」

 

 感情を抑え、淡々と告げる士郎。最初こそ、朗らかに二人に話しかけていたが、徐々にその表情が強張り始める。爆弾の導火線についた火がとうとう、火薬に引火した。

 

「って、下宿ってどういう事よ、士郎!!」

 

 ひっくり返るテーブル。幸い、桜は風上、凛も既に脱出済み。セイバーに至っては自分の分だけ遠くに移動し、食事を続行。被害は俺だけに集中した。

 つくねを煮込んだ鍋が降って来る。

 

「あっちー!!」

「あっちー、じゃない! どういう事よ、士郎! 同い年の女の子を二人も下宿させるなんて、どこのラブコメよ!? ええい、桜ちゃんというものがありながら、そんな性質の悪い冗談を言うのはこの口か~~~~!?」

「ひゃ、ひゃめろ~~! ってひゅうか、あひゅい! ヒャッヒャオルー!」

 

 唇の端を引っ張られながら悲鳴を上げる俺に桜が冷やしたタオルを渡してくれた。こんな状況にも関わらず、天使のように穏やかな笑みを浮かべている。

 

「手馴れてるな、桜ちゃん」

「はい、いつもの事なので」

 

 エッヘンと胸を張る桜に拍手を送る馬鹿二人。いいから、助けてくれ。士郎は胸中で叫んだ。

 その後、何とか藤ねえを落ち着かせ、三人がかりで説得した。

 結局、学校では極力秘密にして、家では藤ねえが監督するという事で決着。最終的に機嫌を直してくれた事に士郎は安堵した。

 朝食を終え、藤ねえを見送った後、士郎も学校へ行く準備をした。

 

「士郎君。学校まで送らせてくれ」

 

 仕度を終えた士郎にセイバーが言った。

 

「今は昼間だし、学校みたいな人の多い所で襲ってくる奴なんて居ないぞ」

 

 士郎が渋るが、セイバーは譲らなかった。

 

「思い込みは禁物だ。学校だろうと、油断はしない方が良い。君が学校にいる間、俺は校舎の近くに待機している事にする」

 

 頑固な一面があるセイバーにそれ以上何を言っても無駄だろうと溜息を零し、士郎は頷いた。

 

「分かったよ。よろしく頼む」

「ありがとう」

 

 微笑むセイバーに苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 玄関先では凛と桜が士郎を待っていた。

 

「それじゃ、行きましょう。この辺りは不慣れだから、学校までの近道があったら教えてね」

 

 制服姿の凛に士郎は思わず緊張した。本性を知った今でも、彼の中には優等生然とした遠坂凛のイメージが残っている。学校一の美人と一緒に登校する事に胸がドキドキしている。

 

「先輩。戸締り出来ました」

 

 加えて、桜とセイバーも一緒に居る。桜は弓道部の部員だから、本来なら藤ねえと一緒に先に出るのが日課なのだが、今日に限っては何を言うでもなく残っていた。

 美人三人に囲まれて登校する。きっと、クラスメイトに処刑されるな。士郎は戦慄した。

 

「……桜に合鍵なんて渡してるんだ」

 

 歩きながら凜が呟くように言った。

 

「ああ、持たせてる。桜は悪い事なんてしないし、ずっと世話になってるからな。まあ、その分でいくと、遠坂にはやれないが、別にいいだろ?」

「……別にいいけど。どういう意味よ、それ」

「だって、悪い事するだろ」

「喧嘩を売っていると捉えていいのかしら、衛宮君?」

 

 ニッコリと微笑む凛に士郎は恐怖した。

 

「ま、まさか……」

 

 そんな風にじゃれ合う士郎と凜の後ろで、桜とセイバーも会話に勤しんでいた。

 

「桜ちゃん、元気が無いけど、大丈夫かい?」

「え、ええ……」

 

 暗い表情を浮かべる桜。藤ねえが言い負かされてから、ずっとこうだ。

 

「……急な事で申し訳無いと思ってる」

「いえ、別に……」

 

 俯く桜になんとかフォローを入れようとするのだが、上手くいかない。

 思い人の周りに一気に二人も女が増えたのだから無理も無いだろうけど、溜息が出て来る。彼女という地雷が爆発しないように警戒しているが、女の子の扱いに慣れていない自分では逆効果にしかならない。

 そう判断したセイバーは仕方なく口を閉ざした。

 

 学校近くの坂道まで来ると、周囲から奇異な眼差しを向けられた。無理も無い。こんなに目立つ集団、目立たない筈が無いのだ。

 居心地の悪さを感じながら、士郎達は坂を上った。

 校門前に辿り着くと、セイバーは立ち止まった。

 

「じゃあ、俺は近くで待機しているよ。何かあればこれを使ってくれ」

 

 セイバーが士郎に小声で話し掛けながら渡したのは小型のトランシーバーだった。藤ねえが持ち込んだ雑貨類の中に紛れ込んでいたらしい。

 

「電池は新品だ。これを使えば、直ぐに連絡が取れる」

「分かった」

「じゃあ、勉強頑張ってね、皆」

 

 士郎から離れ、三人にそう言うと、セイバーは離れて行った。

 

 士郎達と別れた後、セイバーは裏の雑木林に身を潜めていた。

 

「今度からは漫画でも持ってこよう」

 

 只管暇だった。

 

「話し相手も居ないし、ここを離れるわけにもいかないし……」

 

 溜息を零しながら、空を見上げる。雲行きが怪しくなって来た。

 

「おいおい、雨は勘弁してくれよ……」

 

 そう、呟いた時だった。突然、空から光が降って来た。何事かと目を丸くすると、背後でカチンという音が鳴り響いた。

 慌てて振り返ると、そこには妖艶な美女が居た。

 

「お、お前は――――」

 

 ライダーのサーヴァントがそこに居た。彼女は自らの釘剣を弾いた矢を見て舌を打った。

 

「アーチャー……」

 

 再度、降り注ぐ流星にライダーが逃走を図る。追おうとすると、今度は俺の目の前に矢が降り注ぎ、慌てて立ち止まった。

 抗議しようと矢が降って来た方に顔を向けると、アーチャーが現れた。

 

「戯け! 朝、言った事をもう忘れたのか? 貴様では相手にならん。深追いはするな」

「……は、はい」

 

 叱られ、項垂れるセイバーを放置し、アーチャーは弓に矢を番え、一息の内に十の矢を放った。

 

「……逃がしたか」

「えっと……、どんまい?」

「……貴様がもう少し使えれば、奴をここで脱落させられたのだがな」

 

 鼻を鳴らし、息をするように嫌味を吐くアーチャー。

 

「……ごめんなさい」

 

 けれど、何も言い返せなかった。

 

「まあ、いい。それよりも警戒を緩めるな」

「う、うん」

 

 アーチャーが去った後、セイバーはハッとした表情を浮かべた。

 

「……今のって、俺を助ける為に釘剣を弾かなければ、倒せてたんじゃ――――」

 

 狙撃は初撃必殺が基本だと、何かの漫画で読んだ事がある。必勝を期すなら、俺がライダーにやられた直後に矢を放つのがベストだった。

 それに、彼が放った矢も普通のものだった。アーチャーの切り札は投影した刀剣を弾丸とするもの。それを使わなかった理由は俺を巻き込まない為だとすると……。

 

「やっべー、完全に足手纏いじゃん……」

 

 思わず頭を抱えた。凛の命令故か、彼は俺の命を優先した。その結果、ライダーを取り逃がす結果に終わった。俺がもう少しちゃんとしていれば……、本物だったなら、こんな風にはならなかった筈。

 

「……はぁ、本当にごめん、アーチャー」


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