毒の華、そして悪意の花~Fleur de Poison et de fleurs malveillants, 作:おわる美砂
あれから数ヶ月。
マリアは無事に手術後生還し、依頼主である彼経由で日本側から依頼されたとある任務につくため、来日していた。
彼女は今、黒塗りの車の後部座席に座り、車窓に頬杖をついてぼんやりと外を見つめていた。
視界に映るのは鬱蒼とした森。
車は首都から遠く離れた某県の山中を走っていた。
(パートナー、か…。)
今回の任務において、ペアを組む相手がいる。
その人物を迎えに行くのだ。
こんな山奥に住んでいるのかと思いながら、マリアは膝に乗せられていたスクラップブックをぱらぱらとまくる。
任務が決まってから、それとなく日本に関する記事を集めていた。
とにかく首相がこれまでにないくらい失言しないもんだから敵は多いが支持率はまずまず、そんな彼の支持率の一翼を担う、その人は。
「ファーストレディの護衛かあ、まずいままでならやらないな。」
蛭間カレン、旧姓・カレン・ナイトレイ。
日本国首相、蛭間一郎の妻。
彼女を取り上げた記事には、穏やかな笑みを浮かべて片手を誰かに向けて振るその人が写っている。
聞けば留学生としてやってきた時に、まだ学生だった首相に一目惚れしてそれからずっと彼に尽くしてきたらしい。
そんな彼女は彼との間に10歳になる娘と、現在性別は公表されていないが第二子を身篭っている。
その彼女の、いや彼女とお腹の子供の、護衛。
それがマリアに課せられた任務。
(ん……?)
長いこと走っていた車がゆっくりと停車した。
車窓からは、黒々とした木々の影の奥に光が灯っているのが見える。
目的の人物はそこにいるようだ。
運転手に「どうも」と告げると、マリアは車を降りる。
そして、その光が見える方へと歩いて行く。
近づくにつれて、なにか呪文のような声が聞こえてくる。
(なんだっけこれ、あ~…お経ってやつか。)
ということは向かっているところは寺ということだろうか。
走行している内に門が見え、その奥に石畳、石段と、本堂と思われる建物が見えてきた。
マリアはためらわずに直進する。
念仏は近づくほどに大きくなっていく。
「こんばんは。」
少し見回し、玄関と思しき場所に移動するとマリアはそう声をかけた。
念仏が止まる。
人の気配が動いているのを感じる。
暫くすれば目の前の扉が開かれた。
小柄な老女だ。
「…お迎えの方ですかな?」
凛とした声。
それに頷くと、「お上がりください」と促される。
マリアはそれに従って室内へと移動する。
老女に連れられて、本堂へ向かう。
「月慈。」
老女が声をかけた先には、若い女が座っていた。
老女のように僧侶の格好をしている。
「政府の方のお迎えがいらした。」
「はい…。」
小さな声で返事をすると、月慈と呼ばれたその尼僧は立ち上がる。
自分よりは少し小さいが、日本の女性的には背が高い方だろう。
2人は向かい合い、マリアは月慈ににこっと微笑みかけてみる。
「貴方がパートナー、ね。私はマリア・マリア。…よろしく。」
「水無瀬月慈です…こちらこそ。」
すっと手を差し出され、マリアは咄嗟にその手を握る。
わずかにひんやりとしたその手は、緩くマリアの手を握り返した。
「それではお母様……暫く、留守にさせていただきますので…。」
「しっかりお勤めなさい。」
母子のやりとりを見ながら、マリアは目を細めていた。
「マリアさん。」
「あ、うん。」
「それでは……。」
月慈に声をかけられるとマリアは我に返り、2人連れ立って元きた道を戻る。
先ほどの場所に車は停まっている。
マリアは運転席の窓をこつこつと叩き、「戻りました」と声をかける。
それに呼応するようにエンジンがかかり、マリアは後部座席の戸を開いて月慈を先に乗車させる。
「それじゃあ行きましょう。」
その後に乗り込んだマリアのその一言で、車は再び真っ暗な森の中を通り、先ほどとは逆に首都へと向かっていく。
そのテールランプを、老女はただただ見送っていた。
終わり(!)
次は蛭間家へ向かう…はず。