耳元でさざ波の音が響く。
さわさわ、ざざざっ、と絶え間なく続くその音は、なんとなく心が落ち着く。
もしかしたら、海が人間の故郷だからなのだろうか。
「―――ぁ……そ……―――」
いつまでも微睡んでいたい。
そう願いながら深い眠りに―――――
「―――あの、大丈夫ですか?」
かちり、と意識が繋がった。
うすぼんやりとしていた世界の音がとたんに身近になり、俺はゆっくりと目を開いた。
最初に目に入ったのは、綺麗な蒼穹と浮かぶ島。
そしてそれを遮るように影を作るのは、金と白の妖精じみた女性だった。
心配そうに眉を下げて此方を見下ろす女性は、見慣れぬながらも清涼な、水と初夏の風を思わせるような、白と青を身にまとっている。
綺麗な人だな、と純粋に思ってしまった。
「具合が悪いんですか? う~ん、動かしても大丈夫なのかしら」
「……いや、大丈夫です」
「……あら?」
むくり、と唐突に身体を起こした俺をみて、女性はぱちくりと大きな瞳を瞬かせた。
手を付いた感触に下を見てみるに、俺は硬い石畳の上で寝ていたらしい。
こんな予定ではなかったのに、と立ち上がって身体を大きく伸ばす。
しかし良く寝たなぁ、と大きなあくびを漏らしてから、ハッと女性に視線を戻す。
「あらあら。どうやらお昼寝の邪魔しちゃったみたいね」
「い、いやいや。起こしてくれて助かりました。まだ夕方は肌寒い季節ですから、寝過ごさなくて良かったです」
優しく笑う女性に慌てて言って、たしか今は四月初旬………いや、『AQUA』では八月か、と思い出す。
春めいた日はあっても、黄昏の運ぶ風はやっぱり少し冷たい。
まぁ今は昼だから、この女性も俺も、涼しげな半そでだけど。
「うふふ、じゃあ私も仕事に戻ろうかしら」
「え、仕事中だったんですか!? も、申し訳ない……」
「大丈夫ですよ、ほら、すぐそこですから」
そう言って女性の指差す方を見ると、シンプルなパリーナ(ゴンドラを結ぶ杭)に繋がれた、一艘のゴンドラがある。
……もしかしなくても、わざわざ陸に上がってまで見に来てくれたのだろう。
その事実にますます落ち込む俺に微笑と挨拶を残して、女性は去って行った。
「はぁ………さっそく失敗したなぁ」
俺が『AQUA』に降り立って、二時間もしないうちの出来事であった。
―――――さて、こうして異世界から落ちてきた俺の導入は終わった。
――――訳のわからないまま『AQUA』に来てしまったのだけど。
―――あぁして良い人もいる、この美しい星ならば。
――俺もきっと、優しい時間を生きていけるだろう。
ーそう確信できる、温かい出会いだった。
アリシアさんの口癖って思った以上に入れづらい。
ともあれ、これで本格的に始動です。