微笑むフローレンスさんに言葉を失ってしまったが、我に返った俺は会話を続けることにした。
後輩、ということは、新たなウンディーネが誕生するのだろうか。
「新人、ですか?」
「ええ。マンホームから」
「それは、凄い情熱ですね……」
「そうね、良い子だと思うわ。実はお昼頃着くって聞いたから、社長が迎えに行ったのだけど」
「……今、もう三時回ってますよ」
「何かあったのかしらね?」
心配そう、というよりは困ったように笑っているフローレンスさん。
なんだろう、慣れてる感じがする。
「まぁそのうち来るんじゃないかしら」
「そうですか……」
「あ、コーヒー飲みます?」
「え」
「来客用のテーブルはこっちです」
俺、もう帰っちゃダメなんですかね?
そう言う前に、フローレンスさんは奥の方にコーヒーを淹れに行ってしまった。
もしかしなくても暇潰しにされてる気がするが、まぁウンディーネならネオ・ヴェネツィアのことを色々教えてくれるだろう。
この機会に訊きたいことは訊いとこうと、カウンターのすぐ奥の来客用のテーブルに移動する。
「はい、コーヒー。砂糖とミルクはこれね」
「ありがとうございます。頂きますね」
ことん、とコーヒーやポットの乗った銀のトレイがテーブルに置かれる。
コーヒーを飲み、春めいた風を感じる穏やかな時間だ。
暫く静寂が続いたが、それはフローレンスさんから破った。
「そういえば、お名前は?」
「あ、失礼しました。水崎湊です」
「湊さんですね。私はアリシア・フローレンス、ウンディーネをやらせてもらっています」
「水の三大妖精ですね、流石に知ってますよ」
「うふふ、ありがとうございます」
「そうそう、それで相談なんですけどね。もしよければ、客として依頼させてもらえませんか」
「あらあら、じゃああちらの余白で、お好きな時間を」
俺がそう言うと、フローレンスさんは壁に映し出されるボードを指差した。
………うわぁ、びっしり予約埋まってる。
「まだ空いてる方ですよ」
「凄いな三大妖精」
「あらあらうふふ」
というかこれだけ働いて大丈夫なのか。
見た感じは華奢な女性にしか見えないんだけど。
そう思った事を正直に伝えてみると、フローレンスさんはうふふと笑う。
「じゃあ、私と腕相撲してみますか?」
「……いやな予感しかしませんが、お受けします」
カップをテーブルの隅に寄せ、がっちりと手を組み合う。
この時点で確信できる、フローレンスさんの実力。
程よい硬さを宿すフローレンスさんは、握力もなかなかのものだ。
なんだろう、フローレンスさんの笑顔が怖い。
「よーい……」
「………」
「スタート!!」
「ぬぐぅ……!!」
こ、これは!
俺はそれなりに力が強いつもりだった。
でも無理、絶対勝てない。
だって俺必死なのに、フローレンスさんは余裕の笑みだよ。
まるで大人と子ども……。
「はい、私の勝ちです」
「ふ、普通に負けた……」
「知ってますか? 史実のゴンドリエーレは、男性しか居なかったんです。力も結構必要なんですよ」
「ouh……」
「うふふ♪」
嬉しそうに笑うフローレンスさんに言える事は無い。
がっくりと項垂れた後、そうそう、とフローレンスさんが本題を思い出した。
「それで、どの日にします?」
「んー……いつでも良いですよ。基本的に暇なので」
「あら、お仕事は?」
「一生分働いてお金一杯あるんで」
「……つまり無職なんですね」
「ぐふっ」
「あらあら、駄目ですよ。お金あっても、良い大人がふらふらしてたら」
「で、ですよねぇ……」
なかなか心を抉ってくるな、この人。
まぁ言ってることは正論だし、俺もどうしようか悩んでたところだ。
働いてないと、俺何してんだろうって存在意義見失いかけるときあるし。
「まぁ追々探しますよ……」
「あらあらうふふ。頑張って下さいね」
「あはは………て、また話逸れてるし」
「まあ、そういえば」
「もうどうでも良くなってきた……」
「うふふ、じゃあ、この日はどうでしょう」
そういってフローレンスさんが指さすのは、今日から五日後の午後三時から。
俺がその日最後のお客さんになるみたいだ。
「あ、はい。大丈夫です」
「うーん、それでお願いなんですけど」
「はい?」
「後輩の、水無灯里さんも随伴させても良いですか?」
「おぉ、それはもちろん構わないですよ。というかラッキー?」
「うふふ、ありがとうございます」
また一つ楽しみが増えたようだ。
どういう子なんだろう、フローレンスさんみたいに優しいけど図太いんだろうか。
なんかそんな気がする……。
「おぉーい、誰かいるかねー!」
「あらあら、お客さん? はーい!」
外からの声にぱたぱたと向かうフローレンスさんに続いて外に出ると、外もいつの間にか黄昏を迎えようとしていた。
やっぱり春の初めだから暗くなるのが早いな。
風も少し冷たくなってきた。
「この嬢ちゃん、ARIAカンパニーの子だろ? 連れてきてやったぜ」
「あらあら、寝てしまっているわね」
「いつの間にかぐっすりでなー」
………随分と図太い新人らしい。