球磨川禊になった【彼】のお話   作:のり弁765kcal

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実際は第九話とエピローグです。同時更新にしようかと思いましたが、エピローグ短いし、エピローグから読んじゃう人がいると申し訳ないんでくっつてエピローグです。


エピローグ 幻想入り編

 程なくして、球磨川禊は、東風谷早苗と別れた。

 

 今の東風谷早苗が、球磨川禊と雑談に興じるなど、あり得ないことであり、これから、幸福者として人生を歩む東風谷早苗の前に、長いは無用であった。

 その、幸福者としての人生が、仮初であっても、だ。

 

 いつか、東風谷早苗の堕ちた精神性は、球磨川禊の手によって、引き上げられるだろう。与えられた精神性が、引き剥がされるだろう。

 

 いつか引き起こされる、その日まで。

 球磨川禊は、笑顔で、東風谷早苗を見送った。

 

 腑に落ちない表情をしつつも、しかし、足早に去る、東風谷早苗。

 へらりとした笑顔で、それを見送った球磨川禊は、サッと表情を消すとともに、くるりと振り返った。

 

『それで、君はいつまで、かくれんぼしてるつもりなのかな?』

 

 何もない、中空。

 そこにあるのは、自然豊かな木々だけである、が。

 

『まぁ、でも、かくれんぼしたいっていうなら、望むところだよ。僕はこれでも、かくれんぼのエキスパートだからね。絶対に見つからない自信があるんだ』

 

 球磨川禊が言葉を続けると、初めてそこに変化が起こる。

 

「――それは、アナタに、一緒に遊べる友人が存在せず、見つけてくれる鬼が、いないからではなくて?」

 

 にゅるり、と。

 何もなかったはずの、その空間に“スキマ”が生まれた。

 

 裂けた空間から現れるのは、金髪の少女。

 球磨川禊は、その現象に驚きもせず、気負わず、まるで、十年来の友人に話しかけるように言葉を返した。

 

 

『やぁ、ゆかりん!』

 

 

 少女――八雲紫は、まるで頭痛を堪えるように頭を押さえた。

 

「何かしら、そのそこはかとなく、悪意を覚える呼び方は……」

 

『この愛らしい呼び方が気に入らないなんて、頭が硬いね。ああ、歳だからかな。スキマおばあちゃんって呼んだほうがいいかい?』

 

「はあ……、やはり、アナタは私を知っているわけですわね――深淵を覗くものは、また深淵に覗かれている、ということかしら」

 

 八雲紫の、詩人めいた、その言い回しに、球磨川禊は理解力が追いつかず首を傾げる。

 “まぁいいや”と、傾げた首をぐるりと回して、螺子を取り出した。

 

『それで、かくれんぼじゃないなら、何の用だい? 僕は今から、幻想郷に行こうとしてるわけだけど、ボーダー商事は送迎バスのサービスでも始めたのかな?』

 

「白々しいですわね」

 

 八雲紫はため息を一つ付いた後、球磨川を睥睨した。

 

「アナタを幻想郷に迎え入れるわけにはいきませんわ」

 

『ふぅん……』

 

 球磨川禊は想定通り、否、いつも通りの対応に、何一つの驚きもなく、反応を示す。

 

『僕が、迫害を受けたり、差別されたり、拒絶させるのは、ま、いつものことだけどさ――幻想郷はあらゆるものを受け入れるんじゃなかったの?』

 

「ふふっ、そうですわね、幻想郷はあらゆるものを受け入れますわ」

 

 八雲紫は、可愛らしい、まるで少女のような笑顔で、球磨川禊の言葉を肯定する。

 

「――だから、管理人である、この私が、不穏分子を間引くのでしょう?」

 

 そして、表情を一転させ、今度は凄みの効いた――人に畏れを抱かせる、妖怪として笑顔で、球磨川禊と相対した。

 

 その笑顔は、一瞬で、この場を空気を剣呑なものに変えたはずだが。

 

『スキマ妖怪だけに、間引くって?』

 

 けろりとした表情で、くだらない言葉を返す、球磨川禊。

 あからさまなほどの敵対行動を取られてもなお、球磨川禊は、飄々とそこに在り続ける。

 その様は、常人ならば理解できず、そして人は理解できないものに、恐怖を覚える。

 球磨川禊はそうやって、いつも、自分のペースに相手を引き込んできたわけだが。

 

「あまり上手くありませんわ」

 

 相対するのは、妖怪の賢者。幻想郷を管理する、大妖。

 そんな球磨川禊の在り方を見せつけられても、そこに一つの動揺もない。

 

「はぁ……、なんだか気が抜けますわ。アナタは、本当に、本当に……」

 

 呆れたように、八雲紫は、扇をひらりと返した。

 その行動は、気負いなく、ただの癖のように、呆れたときに、肩をすくめてしまうような、そんな動作にしか見えなかったが。

 

「――本当に、無様ですわね」

 

 ただ、それだけの動作で。

 最小限で、まるで、害虫を追い払うような様で。

 

『がっ……ぁ、ぁあ……』

 

 球磨川禊は、いとも容易く、絶命した。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 八雲紫は、球磨川禊が生まれた瞬間から――混沌より這い寄るマイナスが、生まれ落ちてしまった、その瞬間から、彼を観察していた。

 人間からすれば、悠久とも思える時間を生き続けている八雲紫だが……、ここまで悍ましい存在を見たのは、初めての経験であった。

 

 だが、八雲紫は、その存在から目を背けることはしない。

 悍ましい存在だからこそ、観察し、対策を立てる。

 

 そうして観察をしていくと、八雲紫は、球磨川禊が、幻想郷の存在を、知り得ていることに気づいた。

 そこからは、さらに、警戒心を高めることになる。

 

 幻想郷の管理人として、このような存在を招き入れるわけにはいかない。

 八雲紫は、球磨川禊が幻想郷を訪れる、その前に、彼の者を滅する必要がある、と認識していた。

 

 

「……ふぅ」

 

 大妖である、八雲紫をもってしても、球磨川禊と相対するという行為は、精神力を削るものがあった。

 球磨川禊は、その悍ましさだけでなく、その身に宿す能力も規格外であったため、なおさら、集中して事に当たる必要があったというのも、一つの要因に上がる。

 人間の身を持って、このような能力を持つなど信じられなかった、が。

 

 既に、対策はできていた。

 球磨川禊の能力の弱点は、“想いの強さ”である。

 これは観察によって得ることができた、確かな情報だ。

 

 ゆえに、八雲紫は、“想い”の境界を操作し、強い想いのこもった一撃で、球磨川禊を絶命させた。

 これで、球磨川禊が復活することは、ない。

 後は、死体を適当に処理すれば、それで終わりだ。スキマに放り込めば、それで解決するのだが、それはなんだか生理的嫌悪を覚えるため、どこかで償却することになるだろう。

 

 今直ぐ、そう行動を移すべき、なのだが。

 八雲紫は、死体であろうと、球磨川禊を直視していたくはなかった。

 たかが数分の出来事だったが、あれだけで、ここ一〇年分の精神的負担を与えられたような気分にすらなる。

 気を落ち着かせるため、球磨川禊の死体から背を向け、絞りだすようなため息を一つ、吐いた。

 

 辺りは、静かなものだ。

 田舎で、それも山中。

 聞こえてくるのは、鳥のさえずりと、風で木々が揺れる音――そして、背後から迫り来る、着衣の擦れる音、だけである。

 

「……あ、ありえないですわ」

 

 八雲紫の境界操作は完璧であった。

 球磨川禊は完全に絶命していた。

 人を生き返すなんて、八雲紫にとっても容易なことではない。

 

 ああ、球磨川禊の能力なら、復活する可能性は十分にあるだろう。

 ゆえの、境界操作だった。ゆえの、対策だった。

 なのに、と――八雲紫は、ゆっくりと、振り返る。

 

『――“大嘘憑き( オールフィクション)”。僕の絶命を、なかったことにした』

 

 相変わらずの、悍ましさ。

 相変わらずの、立ちふるまいで――球磨川禊は、立ち上がっていた。

 

 

 その、“あり得ない”はずの光景を目にしても、八雲紫は、妖怪の賢者は、冷静に事を見極める。

 

「想いのこもったモノは、なかったことにできない……なるほど、これはブラフだった、ということですわね」

 

 しかし――、八雲紫が、少しも動揺していないかと言えば、それは嘘になった。

 

『おいおい』

 

 球磨川の笑みが、深くなる。

 

『その制約があったから、早苗の記憶――ひいては、八雲紫、君の記憶だって、なかったことになってないんだろう?』

 

 そう、八雲紫は境界操作によって、球磨川禊の劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)の被害を免れた。

 球磨川禊に関する記憶の、想いの強さの境界を操作することによって、だ。

 

『賢者ともあろうものが、動揺し過ぎだぜ?』

 

「……ッ! ……いえ、なら、なんでアナタは、そうして、立っていられるのかしら?」

 

 苛立ちを覚えながらも、球磨川禊を冷静に対処しようとする八雲紫。

 だが、それに対して、球磨川禊は、真面目の欠片もない、腑抜けた表情を浮かべる。

 

 

『さあ?』

 

 そして、呆れたように、球磨川は肩をすくめた。

 

『ほら、神龍が願いを叶えてくれたんじゃない? 僕的には、ギャルのパンティの方がよかったんだけどね』

 

 ピキリ、と。

 八雲紫のこめかみに、青筋が浮かぶ。

 ここ百年を翻っても、八雲紫から、ここまで感情の揺れを引き出したのは、球磨川禊、ただ一人だろう。

 

「真面目に答える気はない、ということね」

 

『いやいや、僕は至極真面目だよ! ――たぶん、ほら、友情によって、新しい力に目覚めたんじゃないかな!』

 

 どこまでも、小馬鹿にするような、球磨川の態度。

 しかし、言っていることの全てが嘘――というわけでも、なかった。

 

「ま、まぁ――いいわ」

 

 八雲紫は、動揺していた。それは、認めよう。

 だが、それでも、賢者として在り続ける、彼女は、取り乱すような真似はしない。

 

「殺せないなら、封じるまでですわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい』

 

 気づ、けば。

 八雲紫の目の前に、球磨川は立っていた。

 見ているだけで、嫌悪感を沸き上がらせる、濁りきった瞳と目が合った。

 思わず、目を逸らすように、視線を下に降ろしていけば、そこには球磨川禊の腕があり、突き出された手のひらあり――その先には、八雲紫にねじ込まれた“螺子”があった。

 

「あ、え……?」

 

『そんな動揺だらけの状態で、過負荷と応対するなんて、自殺行為にしか思えないぜ?』

 

 深く。

 球磨川禊の笑みが深く、深くなる。

 

『もとから二段構えだったのなら、まだしも――“理由不明で殺せない、だから封じる”なんてのは、僕という過負荷を攻略することを諦めているんだって、わからないかな?』

 

 それは、まるで、深淵を覗かせるように――、深淵(ていへん)から響く声色で、言葉を続けた。

 

『それは、もう“逃げ”で――弱点だぜ?』

 

 

 

「い、いや……」

 

『僕のことが“嫌”だなんて、今更だろう?』

 

 八雲紫は、混乱の極地にいた。

 自分より、格上の敵と相対したことなど、いくらでもあった。

 しかし、どんなときだって、八雲紫の境界操作は――『境界を操る程度の能力』は、その身を助けてきた。

 

「なんで……! なんで……!? 境界が操れないの……!?」

 

『“却本作り(ブックメーカー )”』

 

 球磨川禊と【彼】は一致した。

 

【彼】は未だに、球磨川禊を――マイナスを気持ち悪いと思っている。

 球磨川は未だに、【彼】に――プラスに憎しみを抱いている。

 

 それでも――彼らは一致したのだ。

 

 ゆえに、解放される。解除される。解錠される。

 球磨川禊の枷が、取り外される。取り返しのつかないものへと変わっていく。

 

 “却本作り”

 これこそが、球磨川の、始まりの過負荷(マイナス)

 そして【彼】が、真っ先に否定した過負荷(マイナス)

 

『全てを僕と同じに落とす――全てを台無しにする、僕の能力(マイナス)だ』

 

 球磨川禊の根源(マイナス)である。

 

「ア、アナタが持っているのは、“劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)”と“下層人格(キャパシティオーバー)”だけじゃないの……!?」

 

『だからさ』

 

 球磨川禊は、嗤う。

 

『友情によって、新しい能力が使えるようになったんだって』

 

「こ、この……! 大嘘つき……! そんな、馬鹿な話が……!」

 

『そう――大嘘憑き』

 

 八雲紫は知らない。

 “劣化大嘘憑き”では、強い想いをなかったことにできないが、“大嘘憑き”には、そんな制約など、ないということを。

 

 八雲紫は、知らない。

 東風谷早苗との――ぬるい友情によって、これらの能力が、使えるようになってしまったという、ことを。

 

『えーっと、僕を封印するんだっけ?』

 

 球磨川禊は両手に――長く尖った、マイナス螺子を構える。

 

「ゆ、ゆるして……」

 

『うっわー、妖怪の賢者さんは、泣き真似も上手なんですねー』

 

「もうアナタには関わりません……!」

 

『そんなこと言ってもなー、油断させたところで封印するんでしょー? 怖いなー、怖いから――』

 

 球磨川禊は跳びかかった。

 

『泣き真似なんてできなくなるまで、“却本作り”で封印するしかないぜ』

 

 八雲紫は後悔した。

 こんな存在に関わるべきではなかったのだ。

 固く目を瞑って、八雲紫は、その瞬間を待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし――。

 思っていた衝撃は、いつまで経っても、八雲紫を襲うことはなかった。

 

「………………え?」

 

 うっすらと、眼を開く。

 そこには、冷やせをかいた球磨川禊が、握った螺子を、八雲紫の眼前で寸止めしていた。

 

『おいおい、ちょっと待てよ……原作キャラを封印なんて、できないって……』

 

 “劣化大嘘憑き”による封印。

 それを、止めているのは、見ての通り、球磨川禊であり――そして、【彼】である。

 

【彼】は、東方が大好きだった。

 特に、原作至上主義であり、原作キャラが死亡したり、不当な扱いを受ける作品を毛嫌いしていたほどだった。

 

 ゆえに、【彼】は原作キャラを――八雲紫を封印することなどできない。

 

 そして、今まさに螺子をねじ込もうとしている少年は、球磨川禊でありながら、【彼】でもあるわけで――。

 

『……はあ』

 

 球磨川禊は、諦めたように、螺子を降ろした。

【彼】と一致してしまったのだから、【彼】の想いも受け入れなければいけない。

 

 涙目で、不思議そうな顔する八雲紫を見下ろしながら、球磨川禊は、いつも通りに呟いた。

 

 

 

『また勝てなかった』

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 

 はてさて、しかしながら、これで終わるはずもなく、これで終われる過負荷でもない。

 封印はできないが、改変はできる。その辺り【彼】の中で、どのような帳尻が合っているのかは不明であるが、球磨川禊は、気にせず、八雲紫に螺子を突き刺した。

 

 その螺子は押し付けられた能力は“下層人格”。

 

 八雲紫は、球磨川禊の言葉を疑うことができないし、球磨川禊を誠心誠意、信頼してしまうことになる。

 

 そうして、球磨川禊による幻想入り――その足がかりは、まず、幻想郷の管理者、八雲紫の隷属から始まった。

 

 

 

 

 

「――お帰りなさいませ、紫様」

 

 八雲紫はというと、何食わぬ顔で、自らの住居に戻っていた。

 八雲藍が、挨拶の後、一つ、言葉を投げかける。

 

「あの異分子……球磨川禊はどうでしたか」

 

 その言葉を受けても、八雲紫は、何一つ心を乱さない。

 今の八雲紫は、別に球磨川禊を尊敬してたり、敬愛してるわけではない。ゆえに、球磨川禊を悪く言われようとも、思うところはない。

 ただ、“信頼”しているだけなのだから。

 

「ええ、何一つ問題ないわ」

 

 球磨川禊が、幻想郷に悪影響を与えるはずがない。

 球磨川禊が、八雲紫の不利益になる行動をするはずがない。

 

 そんな意味を込めて、八雲紫はそう口にする。

 

「了解しました」

 

 ――いつも通り、言葉少なに。

 しかし、仕事は完璧にこなす、八雲紫。

 八雲藍が、自らの主に、疑念を抱くことなどできなかった。

 

 

 そして――。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 幻想郷の一角に、一つのスキマが現れた。

 中から現れた少年は、期待に満ち溢れた、それでいて、どこまでも濁りきった瞳で辺りを見渡す。

 

 

『さて――』

 

 そして、一つ、笑みを浮かべ。

 ゆっくりと、手を広げて。

 

『八雲紫の手によって、幻想入り、するなんてのは、よくあるテンプレなわけだから……うん、そうだね』

 

 この、幻想の箱庭に。

 美しき、忘却の園に。

 

 おぞましく、愛すべき過負荷が、今。

 

『僕は悪くない』

 

 降り立って、しまったのであった。




幻想入り編END

→幻想郷編 to be continued...



 と、まあ、綺麗に締めたいわけだけども、
 しょーじき言って、見切り発車で書いたということもあり、この作品は一度、ここで完結です。
 幻想郷編はもうすこーし、プロットを練ってからはじめたいなーと思います。くわえて、私プロット練るの下手なんで、そんなすぐ再開しないです。期待せず待てっ。

 とりあえず、魔理ちゃんや妖夢や咲夜さんを過負荷に堕としたりしながら、球磨川くんに幻想郷ふらふらさせて、最終的に博麗の巫女さんにシバカれれれば、いいかなーと思います。れれれー。

 まあ、とりあえず、目指すはほのぼのなんで。
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