球磨川禊になった【彼】のお話   作:のり弁765kcal

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第二話

 まるでぬるま湯に浸かるような会話が、そこには在った。

 

『いやあ、あんな可愛らしい娘が神様だとは、最初は驚いたよ』

 

「す、諏訪子様はですね! 土着神の頂点なんですよ! すごいですよね!」

 

『神奈子様は軍神なんだっけ?』

 

「よくご存知ですね! ええ、神奈子様もすごいですよ!」

 

 東風谷早苗は目を輝かせながら、球磨川禊に受け答えする。

 もしかしたら、いつかこんな日を――他人と神様について語り合える日を夢見て、想像を膨らませていたのかもしれない。

 

 親や、その神々が見ても、驚きを向けるような、いつも以上の饒舌さで、言葉を紡いでいく。

 

 だが――。

 東風谷早苗は気づかない。

 

『ミシャクジ様を束ねていた、祟り神でもあるんだっけ?』

 

「ええ、ええ! はるか昔、神様の役割とはただ与えるだけではなく――」

 

 守矢神社から、神の名が失われて久しい。

 神々を見ることができほどの霊力を持っていたとしても、球磨川禊は『知りすぎている』。

 

 けれども、東風谷早苗は気づかない。

 理解者を手に入れたことに舞い上がっている東風谷早苗には、球磨川禊が二柱について詳しすぎることも――球磨川禊から霊力の類が一切感じられないことにも、気づくことはなかった。

 

「それで! それで!」

 

 胸に秘めていたモノを、口から外に、まるで吐き出すように言葉にしていく。

 そして、言葉になって消えていった隙間に、次から次へと、暖かいものが注がれていくようだった。

 

 高揚感と多幸感。

 

 人生の中で、これほどまで胸が高鳴ったことはなかっただろう。

 球磨川禊の口から出る言葉は、どんなアニメーションよりも、どんなアトラクションよりも魅力的だった。

 

『僕は何度も転校してるからね、色々な神様を知ってるよ』

 

 ――秋の実りを司る神、紅葉を司る神、流し雛から生まれた厄神。

 

 球磨川禊の言葉から、世界の広さを知り、自分だけではないという思いで胸がいっぱいになる。

 孤独感や閉塞感が、どんどん晴れていく。

 

 まるで、冷たい湖の底に閉じ込められていたような気持ちが、球磨川禊の手によって引き上げられていく。

 

 ――だが、その手の先にあるのは、決して、地に足ついた世界ではない。

 

 暖かいと言えるほど優しくなく、冷たいとは思えるほど厳しくない――温く、いつまでも堕ちていけそうな沼。

 

 球磨川禊は、東風谷早苗を引き上げることなどできない。

 球磨川禊の方が、下に位置するのだから、引きずり込むことしかできない――。

 

 

 

『――でもさあ』

 

「はい?」

 

『なんで神様は、東風谷さんを助けてくれないんだろうね?』

 

 

 ぽたり、と。

 

 今、東風谷早苗の真っ白なキャンパスに、真っ黒なインクが一滴、落とされた。

 

 

『神様ってのは信者を救ってくれる存在でしょ? ギブアンドテイクとは言わないけど、何もしてくれない神様なんて信仰する意味あるの? それも、今は守矢神社を信仰してるのは東風谷さんだけなわけで』

 

 球磨川禊の濁った瞳が、なお深まったように、瞳の奥底で、東風谷早苗を捕らえた。

 

『悩みの一つも解決してくれない神様なんて、本当に必要なのかな?』

 

「……ぁ、ぇ」

 

 言葉出ない。

 

 否定しなければ。

 

 でも――なんて?

 

 いや、いやいや、否定できる。

 

 東風谷早苗は神様を信仰しているのだ。そこに嘘偽りなどありはしない。

 

「……ぃえ、いえいえ。……神奈子様も諏訪湖様も、いつだって、私の力になってくださいました。しかし、これは私が解決すべき問題なんですよ。球磨川くんなら、わかるでしょう? 神様というのは尊い存在なのです。こんなちっぽけな悩みに動くほど、軽い存在ではないのです」

 

 そうだ。

 そもそも、このことをひた隠しにしているのは自分だ。

 

 東風谷早苗はいつだって、信仰する二柱に助けられてきた。

 

 霊力の使い方だって、風祝の役割だって、全部全部、神々より教わったものだ。

 だから、二柱は決して――。

 

 

『ふーん……』

 

 

 満足気に答えた東風谷早苗に対して、球磨川禊はへらっとしたまま言った。

 

 

『東風谷さんがいじめられているのは、神様のせいだっていうのに?』

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 帰宅した東風谷早苗に近づく影があった。

 

「あー、早苗おかえりー」

 

 幼子にも見える容姿で、てとてとと歩を進める彼女こそが、東風谷早苗が信仰する神々の一柱、洩矢諏訪子である。

 洩矢諏訪子は、東風谷早苗に悩みがあるのを知っていたから、最近はできるだけ構うようにしていた。

 

「ただいま、帰りました……」

 

 そう返す、東風谷早苗は目に見えて元気がなかった。

 その対応を受けて、洩矢諏訪子は心に渦巻く憤りを感じていた。

 

 東風谷早苗にではなく、彼女をこんなにも落ち込ませた存在に、だ。

 

 洩矢諏訪子は、東風谷早苗が悩みを抱えていることは知っている。それがおそらく、外――学校での対人関係のいざこざであることも。

 しかし、どんなに落ち込んでも、自分や、八坂神奈子の前では、心配かけ無いように、気丈に振る舞うのが東風谷早苗という少女だった。

 その彼女が、自分を前にしても、落ち込んだ側面を隠さない。

 

 洩矢諏訪子は、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えつつ、東風谷早苗に話かける。

 

「どうしたの、早苗。なんだか、元気ないね」

 

 そう声をかけると、東風谷早苗の肩がぴくりと揺れた。

 

 強い子に育ってくれたのは嬉しいが――自分たちを頼って欲しい、という気持ちの方が、今の洩矢諏訪子には強い。

 大方、小さな悩みを信仰する神々には相談できない、と思っているのだろうが、洩矢諏訪子としては「そんなことはない」と声を大にして言いたかった。

 

 もはや、洩矢諏訪子を、神と信者という関係以上に、東風谷早苗を家族だと思っているのだから。

 

「悩みでもあるの? 大丈夫、私が……私たちが聞くよ?」

 

 あやすように言葉を続ける。

 いつもなら、そう言ってもはぐらかしてしまうだけだが、ここまで心の弱った東風谷早苗なら、自分らを頼って――

 

「……え」

 

 洩矢諏訪子は息の呑んだ。

 呆けるように出たのは、何に対しての疑問か、自分でも分かってなかった。

 

 一瞬、一瞬だけ見えた東風谷早苗の顔。

 

 それが、洩矢諏訪子を睨んでいて。

 

 まるで、悩みの原因が――恨みの矛先が、自分にあるような瞳をしていて。

 

「あれ……さな、え?」

 

 そう声をかけると、もう一度、東風谷早苗は肩を大きく揺らし、ゆっくりと顔を上げた。

 そこには、先程までのような表情はなかったが、自分と鏡写しのような――東風谷早苗の瞳に映る洩矢諏訪子も、洩矢諏訪子の瞳に映る東風谷早苗も、お互いがお互い、混乱の極地にいるような顔をしていた。

 

「あれ、私、ちが……でも……」

 

「早苗っ、大丈夫? 落ち着いて、大丈夫だから、大丈夫だよ」

 

「ごめ、ごめんなさい……! ちょっと私、あの……! ……ごめんなさい」

 

 焦点の定まってない瞳で、洩矢諏訪子に謝った後、走り去るように、後ろを抜けていった。

 ぶつぶつと呟きながら、頭を整理するように、思考を拒絶するように、東風谷早苗は洩矢諏訪子の前から立ち去った。

 

「早苗……」

 

 洩矢諏訪子は、東風谷早苗の対応に混乱しつつも、東風谷早苗が走り去る際に呟いていた言葉を、断片的にながら、耳聡く捉えていた。

 

「……球磨川? それが、早苗をあんなふうにした原因なの?」

 

 

■ ■ ■

 

 

『いやー、可愛い子だったな、東風谷さん』

 

 東風谷早苗の去った後――、球磨川禊は別の分かれ道を進んでいた。

 しかし、その道の先は、球磨川禊の自宅とは違う方向である。

 どこへ向かうのか。小さな歩幅で進んでいく球磨川禊だったが、ふと、足を止めて、空を見上げた。

 

 へらりとしていた瞳を、すっと細める。

 

 何があるというわけもない、夕方にも差し掛かり、橙色に塗られた空。

 

『…………』

 

 数秒そうしてたかと思うと、飽きた、と言いたげな顔をして、空から目を落とし、また、道を進んでいく。

 

『さあ、こっちの道であってたかなー』

 

 そう呟き、何事もなかったかのように、球磨川禊は立ち止まった場所から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 球磨川禊が去り、辺りから、生き物の気配がなくなる。

 下校時間は過ぎ、夕方にもなると、人通りがめっきり少なくなる住宅街の一角。

 

 

 球磨川禊の視界の先にあった空の一部が、にゅるりと割れた。

 

「まさか“アレ”が東風谷早苗に目をつけるとは思いませんでしたわ」

 

 割れた亀裂――否、“スキマ”から顔を出すのは、扇子で顔を隠す少女。

 ゆるくウェーブの掛かったブロンドの髪を揺らしながら、目を細める。

 

「“アレ”には、やっぱり、ご退場してもらうしか、ないのかしら」

 

 幻想郷の管理人は、静かに、球磨川禊との敵対の意思を固めていた。

 

 

 




たった一話で、原作の強キャラ二体から、敵意を向けられる球磨川くんでした。

ゆかりんは少女。
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