球磨川禊になった【彼】のお話   作:のり弁765kcal

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第三話

 

 底なしの闇に揺蕩い、暗く深い沼に沈む。

 そんな世界に閉じ込められるようにして、球磨川禊は夢を見ていた。

 

 この世界に転生してから、定期的に見る夢。

 最近久しく見ていなかったが、おそらく、彼女との出会いを切っ掛けに、また活性化したのだろう。

 

 なに、【彼】の呪詛を聞き続けるだけの、心が何一つ動かない夢である。

 

「――気持ち悪い」

 

 闇に、ぽつりと光が生まれる。

 

「お前は、気持ち悪い」

 

 その光は、ぽつりぽつりと増えていく。

 こんな闇には似合わない、暖かい、幸福者の光だ。

 

 そんな光が、怯えるように揺れながら、球磨川禊を囲んでいく。

 

「お前なんなんだ」

 

『僕は、君だろう?』

 

「俺は、こんな、はずじゃ、もっと楽しく、この世界で」

 

『過負荷にそんな未来は待っていないよ』

 

「俺は過負荷じゃない! 俺は、俺は……」

 

『――いいや、君は既に過負荷さ』

 

 光が揺れる。

 怯えるように、慄くように。

 

 しかし、光は【彼】で、【彼】は球磨川禊なのだ。

 逃げれるはずもない。

 

『さあ――、堕ちていこうよ』

 

 

 球磨川禊は夢を見る。

 球磨川禊になる前の、【彼】の夢を。

 

 どこまで相容れない、過負荷と幸福の、問答を。

 

 延々と、続けていく。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 気持ちの整理が付かないまま、東風谷早苗は通学路を進んでいた。

 洩矢諏訪子に心配され、声をかけられたとき――東風谷早苗の胸にはドス黒い何かが渦巻いていた。

 

 自分でも信じられないような、感情が、胸の内から沸き上がってきたのだ。

 昨日はあれから、二柱には会っていない。

 

 会うのが怖かった。

 

 会って、話して、いつも通りでいられる自信がなかったのだ。

 自分で自分が、信じられなかった。

 信仰する神々に対して、“恨み”、だなんて――。

 

「……ッ!」

 

 頭を振って、思考を打ち消す。

 

 気の迷いだ。

 

 球磨川禊という理解者を得て、舞い上がっていたのだ。

 その結果、少しだけ思考が絡まっていただけ。

 球磨川禊だって、悪意があって発言したわけではないのだから――っと、言い訳染みた思考で、自らを落ち着けた。

 

 東風谷早苗を混乱させたのは、球磨川禊だというのに、彼女は彼に対して、欠片の悪感情も浮かべてない。

 

 当然と言えば、当然の話だ。

 まだ幼いとは言え、物心ついたときから無意識に望み、最近は意識して望んでいた理解者。

 それが目の前に現れたというのに、ちょっとした意思のすれ違いがあったから嫌う、なんてことはあり得ない。

 

 ――神々に対する理解者を欲したのに、その理解者が原因で、神々に対して不信感を抱く、という、まさに本末転倒な状況になっている、が、東風谷早苗は気づいていない。

 

 ――東風谷早苗が神々を見限れば、それこそ、理解者など必要ない、普通の女の子になれるというのに。

 

 

 

 考え事をしていても、足は勝手に進むもので、気づけば、東風谷早苗は教室の扉の前に立っていた。

 ここ開けるときは、いつも緊張する。

 

 開けて、まず感じる視線は“悪意”である。

 何を言ってくるわけでもない、何かしてくるわけでもない。

 

 ただただ、無言の“悪意”。

 

 それが東風谷早苗に集中し――。

 

「……あれ?」

 

 ガラリと扉を開けた。

 

 一瞬、こっちに視線が向けられて、その後、興味を失ったように霧散した。

 そこには“悪意”の欠片も感じることはなく、言うなれば、見知らぬ人に投げかけるような視線であった。決して、悪目立ちしている東風谷早苗に対する視線ではなかった。

 

『やあ、東風谷さん』

 

「お、おはようございます、球磨川くん」

 

 近づいて来た球磨川禊が、気負いなく手をあげる。

 クラスメートから挨拶をされるという、久しぶりな事態に、少しだけ緊張するも、それ以上に今の状況が把握できずに混乱する。

 

「えっと、球磨川くん」

 

『なんだい?』

 

「なんて言えばいいんでしょう……クラスの雰囲気がちょっと、違いませんか?」

 

 そう東風谷早苗は口にしながら、クラスを見渡す。

 まだ、いじめの主犯格は来ていない。来ていないが、いつもなら、そんなこと関係なく、痛々しい視線が東風谷早苗へと突き刺さるはずだ。

 まるで、東風谷早苗とクラスメートの関係が、なくなってしまったような――。

 

『えー? そうかな、いつも通りじゃない?』

 

「そう、でしょうか」

 

 転校生だからだろうか、球磨川禊はへらっとした顔で、東風谷早苗の言葉を否定する。しかし、球磨川禊にそう言われようとも、東風谷早苗の違和感は拭えない。

 

 首を傾げながら、席についた。

 

 

■ ■ ■

 

 

 いじめの主犯格たちは、いつも通りだった。

 

 いつも通り、東風谷早苗をからかったり、物を隠したり、軽い暴力を降ってきたり――しかし、どこかやりにくそうでもあった。

 東風谷早苗をいじめようと、クラスメートたちは気にしない。もはや日常となっているからだ。反対するか同調するか、と言えば、同調していたのが、クラスメートの立ち場だった。

 

 しかし、今日はどうだろう。

 

 どちらかと言えば、いじめの主犯格側に対して、冷ややかな視線を向けてる人間の方が多かった。

 後は、困惑している人間も数人いて――いじめを当然だと思っているクラスメートは誰一人としていなかった。

 

 それを察した、いじめの主犯格たちは、東風谷早苗に何をしたのかと聞いてきたが、知らないので答えられるわけがない。

 

 その日は、いじめの主犯格からすれば消化不良、東風谷早苗からすれば平和とも言えるような程度のいじめしかなく終わった。

 

 そして、その次の日、また、その次の日も、クラスメートたちはいじめの主犯格に対して、冷ややかな視線を向け続ける。

 東風谷早苗に対して、労るよな言葉を掛けてくるクラスメートまでいた。

 

 どの口が、と東風谷早苗は思ったが、なにやら少しおかしなクラスメートの雰囲気に押されて、お礼を返すことしかできなかった。

 

 そんな日が一週間ほど続いたある日、一人のクラスメートが、いじめの主犯格に対して物申した。

 

 ――なぜ、東風谷早苗をいじめるのか? という意図の言葉を、いじめの主犯格に投げかけたのだ。

 

 いじめの主犯格、それと東風谷早苗からすれば、「なにを今更」という話であった。全ての始まりは、東風谷早苗のした“神様はいる”という宣言。そんなこと百も承知であったはずだが――。

 

 いじめの主犯格が「こいつが神様がいるなんて、気持ち悪いこといったからだろ」と言えば、クラスメートたちから帰ってきた言葉は「はぁ?」だった。

 

 フザケているのかと、いじめの主犯格が問いただしても、クラスメートは誰一人とも、そんな話は知らないと答えた。

 そのクラスメートの異様な雰囲気に、いじめの主犯格たちは思わず黙り込む。

 混乱した表情のまま、席に付いていった。

 

 そんな中、一番混乱していたのは東風谷早苗であろう。

 

 クラスメートからの“悪意”に晒され続けていたのは彼女なのだから。

 

 

 ふ、と。

 

 クラスを見渡していた東風谷早苗の視線が、球磨川禊とかち合う。

 

 細められて瞳で、こちらに目を向けてくる球磨川禊。

 その真意が分からず、東風谷早苗は、そのまま目を逸らして、自分も席についた。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 その日、いじめの主犯格たちは、東風谷早苗に近づくことすらしなかった。

 東風谷早苗ほどではないにしろ、混乱しているのだろう。なぜかクラスメートがみんな忘れてしまったのだから。

 

 東風谷早苗がいじめられる原因になった、言い争いを。

 

 

 帰り道。通学路を進みながら、東風谷早苗は混乱しながら、そのことについて思考を巡らせていた。

 ちなみに、洩矢諏訪子にドス黒い感情を向けてしまった日から、一週間ほど経ったわけだが、この一週間の間、二柱とは一切会ってない――なんてことはなく、少なくとも表面上は至って普通に接している。

 

 二柱も、必要以上に東風谷早苗に悩みを聞くこともなく、あの日のことを聞き返すこともない。

 お互い向かい合わないで、なあなあにしてまっていることが、良いことなのか、悪いことなのか、それは東風谷早苗には判断つかないが、少なくとも、気が楽ではあった。

 

 一週間前は俯きがちで進んで道を、今日は、前を見て歩いていた。

 だからだろうか、一週間前はぶつかりそうになるまで、気づくことができなかった人影――球磨川禊の姿を、道の先に捉えることができた。

 

 しかし、今日は、道にいたのは球磨川禊だけではなかった。

 

 複数人――球磨川禊の周りを取り囲むようにして5人の人間がいた。

 彼らこそ、東風谷早苗をいじめていた主犯格たちである。

 思わず、咄嗟の事で、電柱の影に隠れてしまう。

 助けなきゃ、と思うも、東風谷早苗の身体は上手く動かなかった。

 

 東風谷早苗が葛藤してる間も、事態は進行する。どうやら、球磨川禊が彼らに難癖をつけられているようだった。

 

「だから! お前が俺の家に来た日から、みんなおかしくなったんだ!」

 

 東風谷早苗は、その言葉に思わず、電柱の影から顔出してしまった。

 幸い、こちらに目を向けることはなく、存在がバレることはなかったが、急いで頭を電柱の影に戻し、耳だけに意識を向ける。

 

「それも『君は東風谷さんのことを、どう思ってる?』なんて聞いてきやがって……頭おかしいやつに決まってんだろ」

 

 何度言われても、暴言とは言われなれない物だ。

 その言葉に背筋が凍り、なお、電柱の影から出にくくなってしまった。

 

 東風谷早苗はほんの少しだけ、影から頭を出し、ちらりと球磨川禊へと目を向ける。

 

 球磨川禊は、いじめの主犯格たちの言葉を受けても、変わらず、へらっとしていた。

 

『――君たちの想いの強さには、脱帽したよ』 

 

「……あ?」

 

『僕が不完全だからって、僕が負完全じゃないからって――それでも、“劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)”なら、だいたいのことをなかったことにできるはずなのにね。……おめでとう! 君たちのいじめへの想いは相当なモノであることが証明されたよ!』

 

 突然まくし立てる球磨川禊に、いじめの主犯格たちに加えて、聞いていた東風谷早苗も困惑する。

 言っている内容も理解不能であり、真面目に話してるとは思えない。

 

 いじめの主犯格たちは、それを、意味のない挑発だと受け取ったのだろう。

 球磨川禊に話しかけていた少年が、拳を握りしめ殴りかかった。

 

 鈍い音。

 

 球磨川禊は避けることもせず、腹を思いっきり殴られ、倒れこんだ。

 

 東風谷早苗は、小さな悲鳴をあげた。

 いじめの主犯格たちも、東風谷早苗が少女ということで、暴力については手加減していたのだろう。

 しかし、球磨川禊に向けられた拳は、あまりにも暴力的で、目を背けたくなるものだった。

 

 そして、それで終わるようなことはなく、倒れこんだ球磨川禊に次は蹴りが入れられる。それも、顔面にだ。前歯が欠けて、歯茎から驚くほどの流血が起こる。

 

 それでも、彼らの暴力は終わらなかった。

 

 球磨川禊が無抵抗なのを良いことに、好き勝手に蹴りを入れていく。

 5人で球磨川禊を囲み、東風谷早苗からは球磨川禊が見えなくなってしまった。

 

 

 

 東風谷早苗は呆然としている自分に気づいた。目の前であんな暴力を見せつけられたのだ。走って逃げてもおかしくない。いや、最善を考えるなら、今直ぐにここを立ち去り、誰か大人を連れてくることだろう。

 

 しかし、東風谷早苗は電柱の影から飛び出して、球磨川禊の許へ向かった。

 何かできると思ったわけではない。けれども友達が暴力を振るわれてるのに、この場を離れるという思考には至らなかったのだ。

 

 走って近づき、声で静止しようと――そう思ったとき、なにか様子がおかしいことに気づいた。

 

 一心不乱に暴力を振るっているいじめの主犯格たちだが、なぜか、焦ったような、強者としての立場にいるはずなのに、むしろ、恐怖してるような顔を見せていた。

 

 ――なぜ?

 

 東風谷早苗が近づいても、その存在に気づくことはない。

 球磨川禊に暴力を振るうことに集中し続け、もはや目に入らないようだった。

 

 いじめの主犯格たちが、息を乱しながら、一度暴力を加える手を止める。

 彼らが一歩引けば、囲まれていた球磨川禊の姿が見えてくる。

 

 ボロボロの服と、腫れ上がった顔、見ていて痛々しい。

 しかし、目を逸らさず、球磨川禊を助けようと一歩踏み出したところで。

 

「……え?」

 

 球磨川禊が立ち上がった。

 

 立ち上がった――それはいい、だが。

 

 立ち上がると共に、傷や腫れ、そして、服の汚れすらもなくなり――まるで無傷な球磨川禊がそこにはいた。

 

『ほら、ね。僕への暴力なんてこんなものだよ。想いの篭もらない純粋な暴力。だから、なかったことにできる』

 

「お前……! なんなんだよ……!」

 

『僕は球磨川禊で――どこまで言っても球磨川禊になれない、【彼】でもある……ま、こんなこと言っても仕方ないけどね』

 

 球磨川禊はそう言うと、視線を東風谷早苗へと向けてきた。

 その視線移動で、いじめの主犯格たちも、彼女の存在に気づいたようだ。

 

 その視線に一瞬見が竦みそうになるが、いじめの主犯格の視線はいつもより弱々しいものだった。

 

『やあ、東風谷さん』

 

「く、球磨川くん……えっと、これは……」

 

『いやはや、まさか待ち伏せされて、こんなボコボコにされちゃうなんて思っても見なかったぜ。情けないところを見られちゃったね』

 

「ボコボコ、って……」

 

 やはり、近くで見ても、球磨川禊に怪我や汚れの類はない。

 

 それどころか、地面に飛び散っていた血や、欠けたはずの前歯などもなくなっている。全てが、なかったことになっている。

 

『僕は不完全だから、貰った能力に反して、使えるのは“劣化大嘘憑き”だけ……ま、こんな面白手品なんかなくたって、別に困らないんだけど……とはいえ、長い間かけて、彼らを堕としていく暇もない』

 

 球磨川禊は、そう独り言のように呟いた後、意味ありげに手を広げる。

 

『なら、ここでお披露目と行こうか――僕の新しいマイナス。マイナスの否定から生まれた、マイナスすらも否定するマイナス“下層人格(キャパシティオーバー)”を、ね』

 

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