球磨川禊になった【彼】のお話   作:のり弁765kcal

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第四話

 球磨川禊からおぞましい雰囲気が流れる。

 そのおぞましさが、空気を伝って、この場の人間を絡め取っている――そんなふうに、東風谷早苗は思った。

 

『僕は球磨川禊だけど、球磨川禊には成りきれなかった』

 

 声を発することができず、固まっていた彼らに対して、球磨川禊は言葉を投げかけていく。

 

『ノーマルだった【彼】は――幸福(プラス)側だった【彼】は僕を受け入れることはできなかった。というより、拒絶したのかな』

 

 言ってる内容は、欠片も理解できない。

 意味がある言葉なのか、そもそも、誰に投げかけている言葉なのか――。

 

『その結果、僕は不完全な負完全になった。でも、それで終わらないのが(マイナス)なんだよね。いや、終われないのが、かな』

 

 気づけば、球磨川禊の手の先に、大きな螺子があった。

 

『マイナスを否定したことによって生まれた、マイナスすらも否定するマイナス――“下層人格”』

 

 そして――

 

 気負いなく、ふらっと一歩、足を踏み出し。

 

「……え?」

 

 誰の口からこぼれた言葉だったか。

 

 少なくとも、この場の――球磨川禊以外の――誰しもが、その情景を理解することはできなかった。

 

 いじめの主犯格の一人。

 球磨川禊は、彼の頭に――螺子を突き刺した。

 

 

 

「あ、あれ……」

 

 だが、それで状況は終わらない。

 小学生である彼らですら、はっきりとわかる。頭に特大の螺子が突き刺されば、確実に絶命する――はずなのに。

 

 球磨川禊が螺子を引き抜くと、そこには、傷一つ、存在しなかった。

 刺されていたいじめの主犯格は、喚くこともなく、ただただ、呆然としている。

 

「……く、球磨川くん」

 

 東風谷早苗は、辛うじて声をかけることができた。

 神々という超常の存在を知っている彼女だからこそ、この非現実的な光景を前にしても、なんとか自分を保てていた。

 

 とはいえ、なんと声をあげればいいのか分からず、そこで言葉を止まった。

 

『なんだい? 東風谷さん』

 

 そんな東風谷早苗の心情を知ってか知らずか。

 球磨川禊は、この異様な状況の前でも、いつも通りの声色で返した。

 

「えっと、今のは……」

 

『ああ、ちょっとした手品の類だよ』

 

「手品って……」

 

『そして、手品のネタばらしはここからさ』

 

「……え?」

 

 呆然と突っ立っていた、いじめの主犯格の一人――螺子で刺されていたはずの彼の目に、光が灯る。

 

「あれ……俺」

 

 なにが起こったのかわからない。そう言った様子で、辺りを見渡す。

 そして、その視線が、球磨川禊のいる方を向くとともに、彼は声をはりあげた。

 

「ひいいいいいいいいいい!!」

 

 叫び声を上げながら、逃げるように後ずさる。

 無理もないだろう。頭に螺子が突き刺さるという、現実ではあり得ない状況の追い込まれたのだ。

 それを引き起こした球磨川禊に対して、恐怖を感じる――というのなら、おかしいことではないだろう。

 

 しかし――。

 

「こ、東風谷……! 来るな……!」

 

 少年は、球磨川禊のいる方を向くとともに、叫び声を上げた。

 ――正確には、その球磨川禊の横にいる、東風谷早苗を視界に捉えた瞬間、恐怖の顔を歪ませたのであった。

 

「……え?」

 

「ひぃ……! こっちを見るな! やめろぉ……!」

 

「なんで……」

 

 少年の混乱を前に、いじめの主犯格である他4人は冷静さを取り戻した。

 しかし、発狂したかのように喚く少年を前に、声をかけあぐねているようだった。

 

 そんな彼らに対して――。

 

『ほいっと』

 

 球磨川禊は軽い声をあげるとともに、4人全員の頭に螺子を突き刺した。

 そして、ゆっくりと一人一人の前に立ち、一本一本、螺子を引き抜いていく。

 

 当然のように無傷の、少年たちがそこにはいて――。

 

 目に光を取り戻すと、全員が全員、東風谷早苗に恐怖を感じるようになっていた。 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 東風谷早苗から逃げるように、走り去っていったいじめの主犯格たち。

 この場には球磨川禊と、東風谷早苗だげが取り残された。

 

「球磨川、あれは、なにを……?」

 

 その疑問は当然だろう。

 彼らは東風谷早苗をいじめていたのだ。そこには、嘲笑や不快感はあっても――決して、恐怖はなかった。

 なのに――。

 

過負荷(僕ら)にとって、能力(スキル)ってのは、おまけに過ぎない――とはいえ、最初から間違っちゃってるマイナスは、“大嘘憑き”ですから、完全になかったことにはできないんだ』

 

 またしても、答えになってないような言葉を紡ぎ出す。

 

『だからこそ、その大本――マイナスの精神性を否定する、相手の人格を否定するマイナス、それが“下層人格”だよ』  

 

 ほとんどの内容を理解できなかった――が。

 その言葉の断片から、東風谷早苗は、おぼろげな答えを口に出す。

 

「スキル、マイナス……? ……球磨川くんが持っている、それで、彼らに何かした、ってことですか?」

 

『そう――彼らの人格をちょっとだけいじって、東風谷さんへの感情を全て恐怖に向けただけだよ。感情の大きさはいじってないから……いやはや、彼らは本当に東風谷さんのことを想っていたんだね』

 

「人格をいじる……って」

 

『言うなれば、人格形成ならぬ“人格整形”――なーんてね』

 

 あっけらかんと。

 何事もなかったように、球磨川禊はそう告げた。

 

 そこには、気負いも罪悪感も……はたまた正義感をもなく。

 まるで、単純作業をこなしただけだと言うような、気軽さだけがあった。

 

「もしかして、クラスメートのみんながおかしくなったのも、それで……」

 

『流石に一人一人の人格をいじるのは骨が折れるからね。“下層人格”は使ってないよ』

 

「なら……」

 

『だから――なかったことにした』

 

「……え?」

 

 球磨川禊の笑みが深くなる。

 まるで弧を描くように、口の端が釣り上がる。

 

『東風谷さんのいじめに関する記憶と、東風谷に対する感情を全部なかったことにしたんだ』

 

「な、なにを……」

 

 理解できなかった。

 いや、理解、というならば、先ほどから欠片もしていなかったが――もはや、理解しようという気すら湧かなかった

 

 人の人格をいじくり、記憶、感情すらもなかったことにする。

 それが、できるできない、の話ではない――そんなことが許されるのはずがない。

 東風谷早苗は、自らの良心、常識と照らしあわせて、その行為を否定する。

 

「そんなこと……して、いいと」

 

『東風谷さん』

 

 球磨川禊は、東風谷早苗のか細い声を――縋るような糾弾を遮る。

 

『よかったね』

 

「……はい?」

 

 そして、ただただ、球磨川禊は同じ言葉を続けた。

 

『よかったね――これで君のいじめは終わるんだ』

 

「――ッ!!」

 

 東風谷早苗の頭に、衝撃が走った。

 球磨川禊の行為――そのインパクトばかりに目が行ってたが、結果はその先にある。

 少し考えればわかることだが、これで、東風谷早苗に対するいじめは終わるのだ。

 

 いじめの主犯格は、これ以降、東風谷早苗に関わることはなく、他のクラスメートとの関係は真っ白になった。

 

 これからはいじめられることもなければ、クラスメートと友人関係になることすら可能だろう。

 

 しかし――。

 

「それでも、これは……!」

 

 東風谷早苗の高潔な精神は、それを否定する。

 理解者である球磨川禊相手でも、彼女の意思は揺るがない。

 

 いや、言い直そう。

 

 理解者が、球磨川禊でなければ、彼女の意思は揺るがなかった――。

 

『いけないこと、ってのは誰が決めるの?』

 

「誰が……って」

 

『例えば、僕の行為は法律では裁けないよね?』

 

「そう、ですが……!」

 

『じゃあ、裁くのは誰? 先生? 親? 東風谷さん? それとも、僕自身? ねぇ……誰なら裁けるの?』

 

 屁理屈である。

 人格の改変、記憶の消去――それらを証明できたらならば、球磨川禊は法の下に裁かれるだろう。

 しかし、そんな超常の能力を、この常識の世界で証明することなど不可能。

 だが、東風谷早苗は知っているではないか。

 超常の存在であり、人を裁ける天上の身を――。

 

 

 

 

 

 

『ああ、神様なら裁けるかな?』

 

 

 ――だが、東風谷早苗が、それを口にする前に、球磨川禊はその言葉を先取りした。

 

 

『――でもさ、助けてもくれない神様に……なにもしてくれない神様に、東風谷さんを助けた僕を、裁けるの?』

 

 

 べっとりと。

 東風谷早苗のキャンパスに、マイナスの闇が塗りたくられる。

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