球磨川禊になった【彼】のお話   作:のり弁765kcal

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第六話

 

 

 球磨川禊が、東風谷早苗にした“お願い”は二つあった。

 

 一つは、守矢神社に行ってもいいか。

 もう一つは――。

 

『僕の渡した螺子を、ちゃんと刺してくれたんだね』

 

「もちろんです! ちゃんとできました!」

 

 褒めて褒めてと言わんばかりに近づいてくる、東風谷早苗。

 球磨川禊は労いの言葉をかけつつ、洩矢諏訪子に向き直った。

 

『ほらね、僕じゃなかったでしょう』

 

「……なるほどな」

 

 先ほどまで、混乱していたように見受けられた洩矢諏訪子だが、今は幾分か冷静さを取り戻していた。

 

「既に、早苗にその精神操作を行っていたってことか。早苗を足がかりに、この神社を支配しよう……とでも思っているのかな?」

 

 球磨川禊は首を傾げた。

 

『いや?』

 

 そうして、東風谷早苗に声をかける。

 

『僕は東風谷さんには、なぁーんにもしてないよ』

 

「そんなはずは……ッ!」

 

『少なくとも人格操作――“下層人格”を東風谷さんに対して使ったことは一度もない』

 

 嘘だ。

 洩矢諏訪子はそう思った。

 いや、そう思いたかった、が。

 

『ねぇ、東風谷さん』

 

「そうですよ、諏訪子様! 球磨川くんは嘘ついていません!」

 

 八坂神奈子と、東風谷早苗を比べると、違いがあることに、気づいてしまった。

 八坂神奈子は、歪な変わり方をしている。急ごしらえ、というか、無理やり捻じ曲げられているように見える。

 

 だが――、東風谷早苗はどうだろうか。

 球磨川禊の言っていた“下層人格”なるものが使われたか、使われていないか、それはわからない。

 

 しかし、東風谷早苗の変わり方は、歪ながら、それでいて、まるでそれが正しいカタチのようであって。

 東風谷早苗の根幹部分が、球磨川禊の手によって、言うなれば、丁寧に変えられているように思えた。

 

 これは球磨川禊を滅せば、それで解決する、という問題ではない。

 

 変えられた東風谷早苗は、球磨川禊がどうであれ、変わったままだろう。

 これは――、遠回しな、人質だ。

 

『理解してくれたようで、よかったよ』

 

 そこまで、洩矢諏訪子の思考が辿り着いた時点で、球磨川禊の声が差し込まれる。

 現実に引き戻された洩矢諏訪子は球磨川禊を睨みつけるも、へらりとした笑みは、変わらない。

 

 それに対して、洩矢諏訪子は――。

 

「それでも、関係ない」

 

 鉄輪を握りしめ、一歩、球磨川禊へと近づいた。

 その瞳には、溢れんばかりの敵意、そして、研ぎ澄まされた殺意があった。

 

『……おいおい、状況を理解したんじゃないのかい?』

 

「ああ、理解したとも。理解した、理解した上で――私は、その思惑には乗らない」

 

『あの二人も、君の知っている彼女らに戻せるのは僕だけだよ?』

 

「そうだな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

 だが、関係ない。

 

 洩矢諏訪子は、球磨川禊のペースに乗ることだけは避けるべきだと考えた。 

 球磨川禊の能力は、本人が解かなければいけないものなのかもしれないし、本人が死ねば解けるものなのかもしれない。

 どちらにせよ、今、球磨川禊の話を聞いて、その思惑に乗ってしまったら、それこそ、洩矢諏訪子も術中に嵌るか可能性がある。

 

 それだけは、避けるべきだ。

 

 ゆえに球磨川禊の目的も、聞く必要はない。

 もはや、球磨川禊の言葉全て、戯言だ。

 

『僕が死んだら、彼女らはあのままだよ?』

 

「だから――」

 

 洩矢諏訪子は、僅かばかりの――しかし、人ひとりに対してなら十分な――神力をみなぎらせ。

 

「関係ない!」

 

 一つ補足しておくならば。

 この一撃は、球磨川禊では回避できないし、当たれば絶命する。

 

 そして、洩矢諏訪子の一撃は、球磨川禊に対しての殺意や敵意――たっぷりと“感情”がこもっていった。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 なるほど、と冷静に、球磨川禊は迫り来る神力の本流――白き、死の波を閑静していた。

 

 原作で言うところの弾幕……にすら、なりきれていない、ただの神力の塊。

 しかしながら、それゆえに隙間なく、球磨川禊では回避、不可能であった。

 

 そして、その威力は、小学生の身には、当然余るほどの威力であり、球磨川禊を確実に死に至らしめるだろう。

 

 ――あーあ。これは死んじゃうなぁ。

 

 くわえて、この神力には、洩矢諏訪子の“感情”がこもっている。

 “劣化大嘘憑き”では、なかったことにできない、明確な死、である。

 

 当然、洩矢諏訪子は、球磨川禊の能力を全て知らない。

 ゆえに、この一手は狙ったものではないが、重なった偶然の結果、最良の一手となった。

 

 もはや球磨川禊に、対策を講じる術はない。

 

 棒立ちの球磨川禊に、死の波は迫る。

 まるで津波のように、ちっぽけな人の身を呑み込まんとし――

 

 

「は?」

 

 

 ――球磨川禊の眼前で、真っ二つに裂けた。

 割れた波の先で、呆けたような声を上げる洩矢諏訪子と、球磨川禊の目が合う。

 

 

 

 

 球磨川禊には、対策を講じる術はなかった。

 それゆえ、球磨川禊は何もしてない。

 

 これはそう――“奇跡”だ。

 モーゼが海を割ったように、神力の波を、真っ二つに割る“奇跡”。

 

 球磨川禊の撒いた種が、今この瞬間、芽吹いたのだ。

 

 ちらりと、視線を東風谷早苗に送る。

 

「えへへ、やりました」

 

 そこには、へらりと笑う、東風谷早苗の姿。

 先ほど、八坂神奈子に、螺子を突き刺した後の、焼き回しのように、しかし、今度は、自分だけの力で、球磨川禊を助けたのだ。

 

 

 球磨川禊は堂々と、洩矢諏訪子と対峙していたが、何をやったかと言えば、それこそ喋っていただけだ。

 

 そう、球磨川禊は、今回、出しゃばるようで、本質的な部分に関わるつもりはなかった。

 

 これは、変わった東風谷早苗を、二柱の面々に見せつける舞台。

 

 ゆえに、螺子を刺すのも、攻撃を防ぐのも、東風谷早苗の役割だった。

 

 さて、では――。

 

 次は心でも、折ってみようか。

 球磨川禊は一歩、踏み出した。

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